127
守が出したパスによりAチームが反撃に出たものの、士郎くんと染岡くんの放ったワイバーンブリザードは立向居くんのムゲン・ザ・ハンドに阻まれてしまう。そこから鬼道くんへと渡されたボール。…Bチームの反撃の始まりだ。鬼道くんの指示でBチームの選手が前へと上がっていく。
しかしそうはさせまいと言うように鬼道くんが四方を囲まれた。
「こっちだ!」
そのすぐ側を走り抜けたのは不動くんだった。鬼道くんは目を見開き周りの選手を見渡すものの、パスを渡せそうな選手が居ないことを瞬時に理解したのか、何とも苦い表情で不動くんにパスを出す。
「…迷いは見えるけど、まだ冷静かな」
逆に佐久間くんは不動くんを意識しすぎだ。同じチームだと何とか割り切っている鬼道くんとは違い、ディフェンスの範囲を逸脱してのスライディングなんて危うすぎる。今もボールを弾き飛ばしたことで不動くんに噛みついているが…明らかに冷静じゃない。特に不動くんのタイプからすれば逆上しやすい人間は格好の餌食にしかならない。
案の定、佐久間くんを煽るような言葉を返した不動くんに鬼道くんが嗜めるような声をかける。…しかし。
「これは勝つための試合じゃねぇ。決めるとこだけ決めれば良いのさ」
…たしかにそれも真理だ。何事にも本気な守たちからすれば分からない理論かもしれないけれど、たしかに監督は「勝ち負けで代表を決める」とは言わなかった。試合中の判断力、技術を鑑みて決まる。だからこそ、不動くんの言いたいことも分かった。私は全力でやって欲しいけどね。
「…動いた!」
しばらくそのままじりじりとした競り合いが続いていたものの、戦況はいよいよAチームの方に傾いた。基山くんがディフェンス陣を掻い潜り、敵陣へと深く攻め込んでいく。それと共に放たれた流星ブレードは、立向居くんが必死に伸ばした手には惜しくも届かずこの試合初の先制点となった。観客が喜びに沸き立つ。しかし悔しげな顔のBチームをよそに、悔しげな顔をする選手に目が行った。…武方くんだ。
「ぐぬぬ…!俺だってホントはフォワードなんだ!ミッドフィルダーなんて納得いかねぇ、みたいな!!」
…駄目だ、周りが既に見えていない。見せ場が無いことに焦っているのだろう。もともと確か彼は目立ちたがりな性格だったはず。しかもライバルとして意識している豪炎寺くんが先ほどからシュートを撃ちにいっているのを見ている以上、我慢がならないらしい。…けれど、そんな苛立ちは格好の餌食だ。案の定そんな武方くんの背中を見つめた不動くんがあくどい顔をしている。
「木暮、風丸!もっと前に来い!!」
「えっ?」
「良いから前に出ろ!」
何か考えがあるらしい不動くんからの指示に、名前を呼ばれた二人が困惑した顔をしている。しかし反論する理由が特に無かったのか、訝しげな顔をしながらも指示通り前へと上がった。そんな勝手な指示を始めた不動くんに気がついたのか、鬼道くんが強張った顔で不動くんを一喝した。
「不動!勝手に指示を出すな!!」
「ふん…知るかよ」
言い方言い方。それだから雰囲気悪くなるんだよ。まぁ何となく不動くんがやりたいことは理解できたけど。離れた場所から見ているからこそ気がついた。…また不動くんの罠だ。
そして木暮くんと風丸くんが前に上がったことでゴール前が先ほどよりも手薄になったことに気がついたらしい武方くんがニヤリと笑って走り出す。…出過ぎだ。今の君の役割はシュートを決めることじゃ無いでしょ。
「隙あり…みたいな!」
「!」
武方くんが空いたスペースに駆け出す。…わざと空けられたスペースだ。武方くんはそこに誘い込まれた。そして不動くんが風丸くんをボールを持った松野くんにつけ、松野くんを武方くんが呼ぶ。咄嗟に出したボールは武方くんに渡り。
「よっしゃあ!バックトルネー…!」
その途端、ホイッスルが彼の動きを制した。ボールを蹴り損ねて着地した武方くんは辺りを見渡したことで、どうやら今のホイッスルの意味を察したらしい。…オフサイドだ。
悲痛な声を上げる武方くんをよそに、私は思わず舌を巻く。今、武方くんが松野くんからパスを受ける直前、不動くんは前進しわざと武方くんを最前線に押し出した。オフサイドトラップ。とても高度な技で普通は中学生の試合なんかで見られるようなものじゃないが、それを易々と彼はやってのけた。そこから不動くんの実力が垣間見える。
「通すな、飛鷹!」
「お、オッス…!」
試合は依然続いていく。木暮くんからパスを受け取った不動くんがゴール前へと走り込む。その勢いにたじろいだ飛鷹くんに、守が思わず一歩前に出た。
飛鷹くんは初心者だ。まだカラも取れていないヒヨコだと思って良い。練習だって真面目に出ていたようだし、私の渡したメニューもきちんとこなしたらしいがそれはそれ。経験者には敵わない。
案の定、不動くんはそんな飛鷹くんと守ごと突破するようにボールを高く上げてゴールを狙った。
「おりゃあ!!」
ゴールラインを割るのではと危惧したシュートはしかし、そこに間一髪で駆け込んできた綱海くんによってカットされる。コート外へと転がっていったボールに舌打ちして踵を返した不動くんをよそに、守が綱海くんにお礼を言いつつ飛鷹くんを鼓舞していた。…まだ飛鷹くんはここまで良いとこ無しだ。響木監督の期待だけじゃ代表の座は掴めない。僅かでも可能性を提示できないのなら、久遠監督は簡単に飛鷹くんを切り捨てるだろう。
*
まだ前半が終わっていないというのに、試合は激しく展開していく。両チームともそれぞれ豪炎寺くんと染岡くんが競い合うように一点ずつ決め、一進一退の攻防が続いた。しかし、やがて戦況はBチームへと傾いて。
ボールを持って攻め込んできたのは宇都宮くんだった。そこへ雷電くんが立ち塞がるものの、小柄な体を上手く活かして巧みにボールを捌き雷電くんを掻い潜る。
「豪炎寺さん!!」
「行け、虎丸!!」
間近に迫るゴールを目の前にして、宇都宮くんはどうやら豪炎寺くんにボールを渡したかったらしい。しかしその豪炎寺くんには二人もマークがついていてパスを出すのは無謀だ。ここは宇都宮くんがシュートを撃つしかない。
「…え?」
けれど、宇都宮くんはシュートを撃たなかった。絶好のシュートチャンスで何故か後ろの闇野くんへとバックパスを繰り出してしまう。…そのときちょうど前半終了のホイッスルが鳴った。両チームそれぞれがベンチの方へと戻っていくのを眺めながら、私も前半のまとめに取り掛かる。…思ったよりもデータが取れた。これが代表決定戦という場だからかみんなのやる気も気合も十分で、良いところも悪いところもハッキリと見える。
「…さっきのパス」
それにしても宇都宮くんのことが気になる。響木監督の話によれば、彼はたしか小学校のチームでエースストライカーを張るほどの実力を持ったフォワードだったはず。あの小柄な体で繰り出すパワータイプのシュートこそが彼の持ち味。だからこそ響木監督が目をつけた。…それなのに。
「…プレーは積極的なんだけどなぁ…」
パスもマークも、むしろ自分の役割をしっかりと積極的に果たそうとしているその姿にはやる気が見える。しかしシュートだけは何故か撃とうとしないのだ。よくよく思い出せば、宇都宮くんはゴール前に迫ると何故かいつも豪炎寺くんを始めとした他の選手にパスを出していたように思える。
「あとで響木監督に相談してみようかな…」
そうだ、今は宇都宮くんのことだけを考えている場合じゃない。もうすぐ後半だって始まるのだから。笑っても泣いても、正真正銘最後の戦い。誰が残って誰が落ちるのかは私にだって分からないけれど、せめてみんなが悔いの無い戦いにすることができるように。
…そして、とうとう後半戦が始まった。まだ前半の白熱した勢いが尾を引いているのか、最初からの激しい攻防戦で幕を開ける。
「行くぞ、豪炎寺!」
「壁山、土方!豪炎寺をマークだ!」
Aチームへ切り込んでいった鬼道くんが声を上げたのに対して間髪入れず守が声を張り上げた。守の指示に従い豪炎寺くんに張りついた二人。…すごいな鬼道くん。何とも豪華な囮だ。
「っ豪炎寺は囮か…!!」
鬼道くんは豪炎寺くんとは逆サイドを走っていた虎丸くんにパスを出した。つまり、これで虎丸くんの走り込むサイドは手薄という訳で。しかしそうは行くかと言わんばかりの綱海くんがそこに滑り込んできた。体勢を崩されながらも虎丸くんが緑川くんにパスを出す。
「行くぞ!アストロブレイク!!」
フィールドを抉るようなシュートがゴールに突き刺さった。その懐かしいシュートに対して思わず左足が跳ねたような気がしたけれど、気のせいだと跳ね除けた。対抗心が疼いたとかそんなのじゃないからね。
これで二対二、しかし今の得点によって勢いづけられたBチームはさらなる猛攻でAチームに迫っていく。そこでようやくシュートチャンスを得た闇野くんがシュート体勢に入った。とどめの一点と言わんばかりに放たれたシュート。…けれどそこに飛鷹くんが立ちはだかった。
「くそッ、今度こそ!」
ボールを蹴り飛ばそうという魂胆なのだろうか。しかし初心者にとって空中のボールをトラップすることは、それもシュートという威力もスピードも上がったボールをどうにかすることには技術やタイミングが必要で、実質不可能に近い。
案の定、ボールが来るよりも早く振り抜いてしまった飛鷹くんの足はボールに届かない。…けれど、気づいた。見えてしまった。
「…勢いを殺した…?」
闇野くんのダークトルネードは簡単に止められるような技じゃない。威力もスピードもフォワードの名に相応しいレベルのもので、飛鷹くんが止められるはずがないのだ。…けれどそんなシュートを飛鷹くんは、足を振り抜いたことによって生まれた風圧によって勢いを殺した。相当な脚力。聞いてはいたけれどここまでのものだったのか。たしかに響木監督が目をかけるだけの可能性は秘めているらしい。
「後半、残り五分です!」
春奈ちゃんの声が聞こえて思わずストップウォッチに目を落とせば、いつのまにか試合は終盤へと近づいていたようだった。守が投げたボールから再び試合が始まる。
守が投げたボールに向けて跳躍した綱海くんがそのままツナミブーストを放つものの、それはBチームが身を呈して弾いてみせた。弾き返ったボールを佐久間くんが基山くんへダイレクトパス。
「十、九、八、七…!」
攻め上がる基山くんの前に立ち塞がった目金一斗くんをものともせずに振り切った彼は、残り迫ったカウントダウンの中で士郎くんへパスを出す。
「ウルフレジェンドォオッ!!」
「ムゲン・ザ・ハンドッ!!」
試合終了直前、二人の必殺技がぶつかり合いせめぎ合い、ゴールを中心として衝撃波が発生する。どちらが勝ってもおかしく無かった。…しかし、最終的に軍配が上がったのは士郎くんのシュート。ゴールに突き刺さったシュートによって点数はAチームへと傾き。…そこで試合終了のホイッスル。
三対二。選考試合の結果は、守率いるAチームの勝利だった。