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激闘はそこで終わったものの、しかし本番はここからだ。私はグラウンドから少し離れた場所で試合を見ていた久遠監督の方へと走っていく。隣にはふゆっぺもいた。

「お疲れ様です、久遠監督」
「あぁ」

候補選手についてまとめた紙をバインダーごと監督に手渡し、私はふゆっぺに向き直る。この前はあの後ちゃんと自己紹介し直して、ふゆっぺとは改めて友達になったのだ。覚えていないのはもう仕方ない。無いものは無いのだから、それなら新しく紡ぎ直せば良いのだ。

「おはようふゆっぺ、今日から一緒に頑張ろうね」
「うん、よろしくね薫ちゃん」

そんな二人を連れて、整列しているであろうみんなの元へと歩いていく。久遠監督が響木監督の隣に並んだその横の一歩後ろで私は佇んだ。…ここからいよいよ、イナズマジャパンの始まりだ。

「ふゆっぺの…お父さん?」

久遠監督を見て目を丸くした守に、そういえばそうだったと思い出す。守とも顔を合わせたのだとふゆっぺから聞いていた。そこで私と同じように知り合いの素振りを見せた守に驚いたのだということも。
しかし久遠監督はそんな守の指摘に反応を示さず、淡々とした口ぶりで自己紹介を始めた。

「私が、日本代表監督の久遠直也だ。よろしく頼む」

選手を始めとしたみんなは困惑している。…それは仕方ない。きっとみんなは響木監督がその座についているものだと思い込んでいたからだ。そしてその思い込みに私は気がついていたけれど、そこで訂正しても混乱を招くだけだと黙殺した。それだけだった。

「どうして、響木監督が代表監督じゃないんですか?」
「…久遠なら、今まで以上にお前たちの力を引き出してくれる。そう判断したからだ」

響木監督がそう言って小さく頷いたのを見て、守は何かを感じたらしい。真っ直ぐに見返して力強く頷き返した。

「では、代表メンバーを発表する」
「!」

私が渡したバインダーを手に取りながら久遠監督がそう告げる。その言葉を聞いて途端に空気は緊張に張り詰めた。…ここで決まってしまう。久遠監督はきっと、たとえ全国大会優勝の雷門中イレブンのメンバーでさえ容赦無くふるい落としてくる。そういう人だということは短い付き合いの中でも十分に理解できていた。
…そして選ばれたのは、鬼道くん、豪炎寺くん、基山くん、士郎くん、木暮くん、風丸くん、綱海くん、雷電くん、立向居くん、緑川くん、不動くん、宇都宮くん、飛鷹くん、壁山くん、栗松くん。そして守の十六人だった。

「鬼道、頑張れよ。お前は俺たちの誇りだ」
「…あぁ!」
「円堂、俺たちの分まで暴れてこいよ!…世界を相手に!」
「染岡…おう!」

…その中に佐久間くんと染岡くんの名前は無かった。分かってはいたけれど、こうして顔馴染みのメンバーが落とされるのは、少しくるものがある。公正な目で判断したであろう監督のことは責められない。…けれど、それでも泣きたくなるような気持ちにはなった。

「佐久間くん、染岡くん」
「…薫か。お前も頑張れよ、鬼道たちのことを頼む」
「しっかりな」
「…あのね、これだけは、言っておこうと思って」

踵を返して帰ろうとする二人を呼び止めて口を開く。…こんなことは、あまり言わない方が良い。あるかも分からない可能性の話なんてして期待させるのはきっと最低なことだ。
けれど私はそれでも、二人に話さざるを得なかった。だって私だって、二人も一緒に世界を見たい。

「まだ、可能性はあるの」
「…可能性?」
「FFIは試合ごとにメンバーの登録をすることになってて、試合のメンバーは自由に変えることができるの」
「…それは」
「二人が代表になる可能性も、ゼロじゃないんだよ」

…それでもきっとその機会が訪れる可能性の方が低いだろう。私は二人に余計な期待を与えることになる。でも、私はそこまでしてでも二人に諦めて欲しく無かったから。

「…そうか、ゼロじゃねぇのか…」
「終わった訳じゃない、可能性はある…!」

二人の目がやる気に満ちていくのを見て、私は思わず唇を噛み締める。頑張ってほしい。二人とも私の大切な友達で、いろんな挫折や苦しみを超えてここまで来たことを私は知っていたから。…どうか報われて欲しいと思う。
そしてそんな葛藤を読まれてしまったらしい。染岡くんは仕方なさそうに笑って私の頭を撫でた。

「余計な期待だとかンなことは考えなくて良いんだよ」
「あぁ、それはつまりお前が俺たちに期待してくれてるってことだろ。…待ってろ薫、俺たちは必ず代表に入ってみせる」
「…うん、待ってる」

待ってるよ、二人とも。そう思っていても良いかな。もちろん今のイナズマジャパンのために全力を尽くすし、サポートを怠る気は無い。
でもその傍で君たちのことを応援する。…君たちが、追いついてくることを願っているから。





さっそく合宿所へ入ることになったみんなが与えられた個室に歓声を上げているのを他所に、私は宇都宮くんを呼び出す。彼だけはいろいろと特殊な事情があって、一応部屋はあるものの彼が合宿所に寝泊りすることは無いことになっていた。

「週に三日か四日くらいは、練習を早上がりしたいんだったよね」
「はい。…すみません、代表に選ばれたのにこんなわがままを…」
「家の事情は仕方ないよ」

宇都宮くんの実家は定食屋を切り盛りしている。しかし、店主であるお母さんが病弱なこともあって店は宇都宮くんが支えながら何とか続けられている調子らしい。近所の人にも手伝いをしてくれる人がいるらしいのだが、代表に選ばれた以上はそう簡単に手伝いができなくなってしまうかもしれない。それを宇都宮くんは危惧していた。

「そのことなんだけどね、監督とも何度か相談して私がお手伝いに行くことになったよ」
「…薫さんが、ですか?」

久遠監督からさっそくの指示である。週に三日、練習の手伝いやら何やらを私は三時で切り上げて定食屋さんの仕事を手伝うこと。主に宇都宮くんが練習に出る日を中心としての日程だ。店主のお母さんも宇都宮くんが代表に選ばれたときのことを考慮して、しばらくは定休日を二日に増やすらしいので無理なことにはならなさそうだ。

「料理はできるんですか?」
「うん、普段から手伝いはしてるし、レシピを見せてもらえば」

ありがとうございます!と頭を下げた宇都宮くんの頭を撫でておく。君はまだ小学生で、何より代表選手なんだから。無理をしないで周りを頼ったって良いんだよ。

「たしか、木曜日と日曜日が定休日だったから…私は火、金の夕方から夜にかけてと、土曜日の昼間に行くことになるかな」
「一番忙しい時間帯に…本当にありがとうございます」
「宇都宮くんが練習に集中するためだから、気にしないで」
「…あの、虎丸で良いですよ!なんか名字ってこそばゆくて…」
「…分かった、じゃあ虎丸くんって呼ぼうかな」

そこで話は終わったものの、実はこれから先の私の予定はすごくハードスケジュール。
日曜日に完全な休日を設けられているのだが、虎丸くんのお店の手伝いに加えて他にも色々諸々忙しいことが盛り沢山なのだ。つまり本当に休む暇が無い。いや、このことを覚悟して監督補佐の話を受けたのは私だが、それにしてもハード。倒れないように注意しながら駆けずり回るしかないのが辛い。

「守、部屋の片付けはどんな感じ…」
「あ、薫!あと少し!」
「…あと少しかぁ…」

あと少しにしては散らかってるぞ守。下着やらなんやら、放り出したままだけどそれで本当に良いのかい。仕方ないので、私は守の部屋に入ると服をタンスに詰め直し始める。いろいろとね、整理しないでおいて後から困るのは守の方でしょ。

「守、勉強道具は机に置いておくんだよ」
「分かってるって…」

たとえ日本代表とはいえど勉強はしてもらう。そう言い切った久遠監督に私は全面的に同意した。勉強はしなきゃ駄目だよ。これでも中学生なんだから。なので一応、就寝する前の一時間は勉強タイムが設けられている。なんか地獄を見そうな面々が一部いるような気がするけれど、気のせいだと目を逸らしておくことにした。

「…よし、できた」
「ありがとな薫!」
「ちゃんと整理整頓はするんだよ」
「あぁ!」

他の人もどうやら荷解きが終わったらしく、守と二人並んで食堂の方に向かえばみんなそれぞれ談笑していた。
今日は一応練習は無しにしてある。試合で疲れただろうし、まずは合宿所に慣れることが先なのではないかと久遠監督に伝えたところ、一理あるとして許可されたからだ。なんか今日はみんなに対して威圧的な態度を取っていたけれど、ちゃんと選手のことは考える人なんだと思う。…まぁ、本当に大変なのは明日からなんだけどね。





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