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私は一応監督補佐という立場だが、別にそれはマネージャーの仕事をしないというわけじゃ無い。むしろ積極的にやっていきたい気持ちでいっぱいのため、今日も朝早くから合宿所内を走り回っていた。

「おはよう薫ちゃん、早いわね」
「おはよう秋ちゃん。早起きは慣れてるからね。あ、そっちのお味噌汁混ぜてもらっても良い?」
「分かったわ」

マネージャーの仕事は多岐に渡る。練習中のサポートはもちろん、こういった料理や洗濯などの雑務までこなさなきゃいけない。いくらマネージャーが三人と目金くんまで合わせて四人いるとはいえ、明らかにオーバーワークだ。
選手に手伝わせるなんて以ての外だし、そこは私たちなりに分担してやるしかないだろう。ちなみに今日の朝食当番は私と秋ちゃん。

「今日の朝ごはんのおかずはどうするの?」
「とりあえず、今日は和食にするって決めてあったから無難に卵焼きかな。…大変だけど」
「…コンロが三つあって良かったわよね…」

選手が万全な体制で試合に挑めるように、食費をはじめとした生活費に関しては何も心配要らないことになっている。なので冷蔵庫の中の食材も充実しているのだが…それでも手間というものはどうにもならない。卵焼きが良い例で、一つ一つ手早く巻いてもだいぶ手間がかかる。

「木野先輩、薫先輩!ドリンクとタオルの準備終わらせてきました!」
「次は何をすれば良いのかな…?」
「ありがとう春奈ちゃん、ふゆっぺ」

そこへ、昨日の段取り通りに仕事をしてくれたらしい春奈ちゃんたちが帰ってきた。こっちはちょうど卵焼きをあと少しで作り終えるところだったのでタイミングが良かった。二人にお味噌汁とご飯をよそってもらいながら配膳していれば、最初に食堂に入ってきたのは雷電くんと鬼道くんだった。雷電くんは沖縄のときに早起きなことは知ってたけど、鬼道くんも相当早いんだね。

「何か手伝うことはあるか?」
「ありがとう。じゃあ、春奈ちゃんたちがよそってるご飯を運んでもらってもいいかな」
「分かった」

次々に集まって食堂が賑やかになっていく中、最後にやってきたのはどうやら寝坊しかけたらしい守だった。…ちゃんと目覚ましかけたのかな、守は…。いや、かけてない気がする。たぶん今日からの練習に浮かれてそこら辺が抜けていたに違いない。後でちゃんと言っておこう。

「じゃあ、朝食前に今日の予定について連絡するから聞いててね」
「は、腹減ったっス…」
「我慢」

朝食前に今日の予定や監督からの連絡事項について発表する。今日はとりあえず監督も様子を見たいようなので普通に練習。まだ対戦チームが決まっていない状態だから基礎練が主になるという。まだみんなも慣れていないだろうし、コミュニケーションを取ったりするためには良いのかもしれない。

「練習は九時半からだから、五分前行動を意識して動くようにしてね。遅刻したら体力強化メニューだよ」
「ここでもなのか…!」
「監督公認です」

まぁ、おそらく遅刻なんてするわけがないからただの脅しだけどね。ちょっとしたジョークだと思って重くは捉えないで欲しいな。
でも本当に遅刻したらやらせるけどね。





朝食が終わって解散したら、私は監督の元へ。マネージャー初心者なふゆっぺにも改めて仕事内容などの段取りを説明するために一緒に監督の部屋へと向かえば、そこにはもう既に準備を終えてしまっている監督がいた。運んでおいた朝食も綺麗に食べられている。後で持って行かなきゃ。

「基礎練を終えた後はミニゲームを行う。その後はディフェンスの確認だ」
「分かりました。ミニゲームのチーム分けは…」
「お前に任せる。お前の采配で振り分けろ」
「はい」

昨日の試合はじっくり見ていたし、改めてバランスの良いチームを構成すれば良いだろう。側で聞いているふゆっぺにも練習の合間にマネージャーが動くタイミングを教えておいた。仕事分担については秋ちゃんたちと話し合ってもらうことにしよう。

「円堂」
「?はい」
「お前は、私が最初に言ったことを覚えているか」
「…!」

私を探るような目で見据える久遠監督の言葉に思い出したのは、この人と初めて会った日の仏頂面。私にスキルコーチとしての能力は期待していないとばっさり切り捨ててくれた監督は、その代わりに私へこう告げた。

『お前の仕事は、俺の出す指示に従いチームに貢献することだ』

言い方は傲慢かもしれないが、監督の人柄や言い分を知るうちに信頼に値する人間であることは自分の中でも理解できているし、サッカーに対しては熱意があるこの人ならチームを勝利に導いてくれるという期待もある。問題はこの言葉の足りなさすぎる人がチームの反感を買わないかどうかだが。

「…覚えています」
「ならば良い。そのことを忘れるな」

…それに、久遠監督の境遇は既に響木監督も交えて話を聞いている。昔監督を務めていた中学校のサッカー部監督を辞めた理由に、あの影山総帥が関わっていたことも。そしてその上で私は、その事情をみんなには伏せてもらうようお願いした。
だってそんなことを聞いて、真っ先に気にして傷つくのは鬼道くんだ。
総帥さんと決別したと言って私たちと同じ道を歩いていても、鬼道くんの心にはいつまでもあの人の影が取り憑いている。守からも話を聞いた。守とお祖父ちゃんの、そして響木監督との師弟関係が羨ましいと呟いたという鬼道くんの胸中を思ったら、胸が苦しくなった。

『…必要の無いことを選手に伝えるつもりは無い』

そんな私のわがままでしかない頼みも、久遠監督は聞き入れてくれた。…だからこそ私は監督の指示に従う。たとえみんなから猜疑心を持たれてしまったとしても、監督を信じて私は自分に与えられた役目を果たす。…そう、決意していたのは良いのだが。

「はっきり言おう。今のお前たちでは世界には通用しない」
「えっ…!?」

どうしてそんな練習初日から決裂するようなこと言うのかなこの人。いきなり選手との信頼関係にヒビ入れてきたぞこの人。
いや、言いたいことは分かる。一度久遠監督に見せてもらった海外の試合は、日本のサッカーがままごとに見えてしまうほどにハイレベルだ。たとえ全国制覇を果たした雷門イレブンだって海外のチームに挑めば苦しい結果になると贔屓目で見ても分かる。でも問題は言い方。

「何だその顔は。まさか自分たちが世界レベルだと思っていたわけではあるまいな」

戸惑うみんなの顔を見て、久遠監督はそれでもなお冷静に冷徹な言葉をもってその戸惑いでさえも切り捨てる。…まぁ、それも仕方ない。何せここに居るのは全国から集められた選りすぐりの代表選手たちだ。つまりは日本のトップチームと言っても過言じゃない。…けれど、まだそれは日本に限った話だ。
みんなは、世界がどんなものかを知らない。

「お前たちの力など、世界に比べれば吹けば飛ぶ紙切れのようなものだ」
「紙、切れ…」

いやだから言い方がですね、監督。もっと柔らかくして欲しいんですが。初日から心を叩き折るような真似をしたら駄目だと思います。
案の定、みんなもそんな監督の言葉に眉を寄せている。プライドを傷つけられた気がしたのだろう。あからさまに積り始めている監督への不満に引き攣りそうな頬を無理やり押さえ込んだ。

「私はそんなお前たちを一から鍛え直すよう頼まれた。中には私のやり方に納得できない者もいるだろう。だが口答えは一切許さん」

そう言い切った監督は反論する隙さえ与えないまま、そのまま畳み掛けるように口を開く。

「お前たちは私の言う通りに実行することだけ考えていれば、それで良い。…特に鬼道、吹雪、豪炎寺、円堂!」

名指しされた四人が思わず身を揺らす。久遠監督はそんな四人へ特に強い視線を送り、やはり強い口調で厳しい言葉を言い放った。

「私はお前たちをレギュラーだとは全く考えていない。試合に出たければ、死ぬ気でレギュラーの座を勝ち取ってみせろ!」

以上だと締めくくった監督に、私は一歩前へ進み出るとみんなにさっそく今日の練習メニューを伝える。冷や汗かいてるけど気にしないで。最初からフルスロットルで飛ばしにきた監督に引いてるだけだから。

「最初はグラウンド十周から。それを終えたら基礎練習に移ります。動きは常に迅速に」
「あ、あぁ…」

そら行け!と言わんばかりに追い立ててランニングに行かせる。これ以上は何を考えても始まらないのだからとりあえず練習しようね。
…いや、しかしちょっと待って。これはもしかして、もしかしなくても私が間に立ってコミュニケーション取らなきゃいけないやつなのでは。

「目が死んでますよ」
「…しってる…」

目金くんに指摘されるほど私の目は死んでいたらしい。…これからのハードスケジュールに加えて精神的負担もかかりそうなことに気がついただけだから大丈夫だよ…。





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