130


「薫ちゃんから見て、久遠監督のことはどう思ってるの?」
「…私?」

本日の練習を終えて、今はみんな食堂で夕飯が出来上がるのを待っている。相当に疲労したのか誰も彼もが疲れ切った顔をしていて、その上やはり久遠監督からの指導も精神的にきているらしい。…まぁ、たしかに今日は壁山くんも風丸くんも最初から厳しくいろんなことを指摘されてたからな。
そしてみんながそんな久遠監督についていろいろ話しているのを苦笑いで聞いていれば、隣で野菜を切っていた秋ちゃんがこっそりと私にそう尋ねてきたのだ。

「…私は、ほら。みんなよりも早く監督と知り合って、監督と顔を合わせて話してるから。悪い人じゃないことくらいは知ってるよ」
「…信頼してるってこと?」
「うん、そういうことかな。監督補佐っていう立場だから特に。…優しい人だよ、監督は。言い方が悪いだけで」

秋ちゃんがきょとんとしている。「優しい」という言葉と監督が結びつかないのだろう。それは監督の自業自得なのでフォローしないが、あの人はちゃんと優しい人だ。このチームのことを考えてくれている。だから私もあの人を信頼するって決めたのだ。

「今はまだ分からないことだらけだろうし、嫌なところばっかりしか見えないだろうけど。…大丈夫、あの人は信頼できる大人だよ」
「…そうね、そうよね…」

秋ちゃんはまだ不安そうだったけれど、私はそれを笑顔で宥めておいた。本当にね、言葉が足りないだけなんだよ。それが一番の欠点なんだけど。
今夜の夕飯はシンプルにカレー。練習初日だし、みんなお腹が空いているだろうという判断からのメニューだ。
ついでにサラダもつけたので栄養は考えられていると思う。ちなみにメニュー作成も私の仕事になっているのだけれど、これも割と重大な仕事だね…?しんどい。

「髪を!濡らしたまま!歩かない!!」
「はいっ!?」

そろそろ出来上がりそうだ、ということで机を拭こうとすればそこにやってきたお風呂先発組。拭き方が適当なせいで髪から水がボッタボタの数名の中で緑川くんの頭をタオルで包む。そのままだと床が濡れるじゃないか。
みんなもちゃんと拭いて!と注意すれば、髪が長めの面々が慌ててタオルで髪を拭き出す。

「秋は夜だって冷えるんだし、風邪引いたらダメでしょ」
「えへへ…ごめんね…」
「なんで嬉しそうなの」
「何でかなぁ」

本当はドライヤーで仕上げまでしたいところなのだけど、残念ながらドライヤーは無いしそもそも時間も無いので割愛しておく。だいたいの水分を拭き取れたかな…と思ったところで軽く手ぐしで髪を整えてあげれば完成。満足して振り返ればそこには何故かワクワク顔でタオルを持った、順番待ちの士郎くん。

「…拭こうか?」
「うん」

うんじゃないけどね。可愛いから許すけど。仕方がないので士郎くんの頭も拭いてあげてから台拭きを再開する。君も楽しそうで何より。
しばらくすればお風呂後発組も戻ってきて、私はやはり先程のように一喝しながら守の髪を拭くこととなった。まったく世話が焼けるね。





「よーし、繋いでくぞー!」

次の日からもやはり練習風景は変わらない。守が精神的支柱となりながらチームを引っ張り、それに応えるようにしてみんなが意気込みながら練習に励む。久遠監督も相変わらず厳しく鋭いことを言いながら指導しているし、私は私で監督の指示に従いながら練習メニューの指導を行う。

「良いぞ、二人とも!」

守のスローイングを受け取った鬼道くんが風丸くんへパスを出したのが見えた。そのまま相手陣内へと持ち込もうとする風丸くんは、側から見ても前より格段にスピードが上がった気がする。今度改めてタイムを測り直さなきゃ駄目だな。そう思いつつも他の人たちはどうかと辺りを見渡せば、そんな風丸くんを見て面白くなさそうに顔を歪めている不動くんが目に入った。

「チッ…調子に乗りやがって…」

嫌な予感がした。思わず不動くんを呼び止めようと口を開きかけて、しかしそれを久遠監督に目で制される。…なるほど、どうやら不動くんの一連の動きでさえ監督はみんなの何かしらの糧にしたいらしい。仕方がないので黙っていれば、そんな不動くんは後ろから風丸くんに向けてスライディングを仕掛ける。あんなのギリギリ反則みたいなものだと思うのだが。
一旦笛を吹き、ミニゲームを中断させて風丸くんの元に走り寄る。これは止められなかったからセーフなのだろう。風丸くんはそこそこ強く身体を打ち付けたらしく、顔が苦しそうだ。

「不動!今のはわざと後ろから…!!」
「良いぞ不動!ナイスチャージだ」

褒めるタイミングがあからさまに可笑しいんですが監督。しかも褒めた相手が悪過ぎた。あからさまにみんなからヘイトを集めている不動くんに対して。たしかにあの動きは良かったし、反則ギリギリを狙った果敢な攻めのスライディングは味方なら心強いことこの上ないだろう。
けれどそれが不動くんなのが悪かった。不動くんは一度、染岡くんに怪我を負わせたこともあるからこんなプレーはかえって敵を作りやすい。

「…不動くん、攻める姿勢は良いと思うけど加減は考えてね。練習で怪我したら元も子も無いよ」
「ハッ、仲良しごっこならお前らだけでやってくれよ。弱いのが悪いんだろ?」

ピクリと眉が跳ねたけれど、私はそれを何とか微笑みでねじ伏せた。落ち着け、動揺したら相手の思う壺だぞ私。不動くんがわざと相手の怒りを買うような言動をとっているのは既に把握しているんだ。とりあえず風丸くんを助け起こし、何も異変が無いことを確認してから私は元の監督の横に並んだ。…見てろよ不動くん、私を怒らせたら怖いことを、バッチリしっかり君に教え込んでやるからな。

「え、笑顔が怖いです薫先輩…!」
「明らかに怒ってますね…!?」

怒らないわけがない。しかし、不動くんに対して声を荒げたりすればまたチームのヘイトは積もりに積もるだろう。だから私はあくまでも平和的な解決策を提案する。
とりあえず今夜の夕飯、サラダに乗せるトマトを彼の分だけ二倍にしておくと決めた。昨日のカレーにつけたサラダのトマトに一つも手をつけていなかった不動くんの弱点は既に私に露見していることを彼はまだ知らないだろう。絶対に二倍にしてやるんだからな。

「お疲れ様でした!それじゃあ俺、これで失礼します。また明日、よろしくお願いします!」
「気をつけて帰ってね」
「はい!」

そして結局あの後、監督の真意を読めないままギスギスした練習が続いてしまっていた。今日もお店の手伝いのために一人だけ早めに帰宅する虎丸くんを見送ってから練習に戻れば何と、今度は緑川くんの様子が可笑しい。何やら焦っているような様子で、綱海くんのパスを呼ぶ声も聞かないまま一人で突っ走っている。案の定、無理に一人で突っ込もうとしたせいで士郎くんのスライディングにボールを奪われた。
綱海くんから注意されたものの、その言葉でさえそっぽを向いてしまった緑川くんの名前を呼ぶ。

「緑川くん」
「…なに…ッ!?」
「今の態度は可笑しいでしょ」

少し決まり悪そうな様子で振り向いた緑川くんの頬を摘んで伸ばす。お説教だ。今のは明らかに緑川くんの判断ミスだったというのに、綱海くんにあの態度は無い。

「今のは、自分が悪かったって分かってるよね」
「…うん」
「…よし、それが分かってるなら良いんだ。後で綱海くんに一言謝るんだよ。あと焦らないこと。緑川くんだって、このチームに選ばれたすごい選手なんだからね」
「…うん、ありがとう」

大方、反則ギリギリのプレーばかりしている不動くんだけが監督に褒められている姿を見て焦りを感じたのだろう。レギュラーの座を奪われるかもしれないという焦りが目に見えていた。でも、そんなのじゃ駄目だよ。味方を敵に回すようなことをするのは一番いけないことだ。周囲のみんなは敵じゃない。同じ世界を目指して切磋琢磨するライバルなんだから。

「…今日は最後、なんだか雰囲気が悪かったですね…」
「まだチームも始動したばっかりだしね。仕方ないよ。出会ったばかりで上手くいく方が可笑しいんだから」

夕飯を作りながら物憂げな春奈ちゃんに私は笑って励ます。まだまだ二日目なんだし、みんなも今は手探りで方向性を決めている段階だ。監督や不動くんに対してのヘイトが溜まりつつある気がしなくも無いけれどそれはそれ。私なりに精一杯フォローしていくしかない。

「頑張ろう。私たちだって、選手じゃなくてもイナズマジャパンの仲間だよ。選手のみんなが、いつも通り明日も練習できるように、精一杯支えていこうね」
「…そうですよね、頑張ります!」

そう言って話を締めくくれば、春奈ちゃんもようやく元気が出たのかやる気に満ちた表情でガッツポーズを作ってくれた。春奈ちゃんと一緒に夕飯当番だったふゆっぺもそんな春奈ちゃんを見て安心したような顔をしている。ちなみに私は少し用事があるので台所を借りているクチだ。…よし、できた。

「…こ、これは…?」
「これ?不動くん専用の特別サラダ」
「トマトの量がすごいんですけど!?」

トマト二倍にするって言ったもんね。有言実行するって決めてるから絶対にやるよ。せいぜい悶え苦しみながら完食すると良い。残したら明日は四倍にするけどね。





TOP