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でも豪炎寺くんから指摘を受けて少し反省した。私は監督と選手の間に立つパイプ役にならなきゃいけないのに、監督側に寄り過ぎて公平な態度を取れていなかったような気がする。ただでさえ監督の無愛想で厳しい態度に反感や不満は募っているんだ。それなら私の仕事はそのガス抜きをして、少しでも円満なチーム作りへと役立てるべきではないのだろうか。
あの翌日、壁山くんが心を折られかけて練習をボイコットしかけたという話をふゆっぺからこっそり聞いて私は愕然としつつそんな結論を得た。
「そっか…薫も悩んでたんだな」
「うん…ごめんね、なんかいろいろと…」
それに気づいてすぐ私が駆け込んだのは、そんな壁山くんを説得して練習に連れ戻してくれたという守の自室。どうやらベッドでゴロゴロしていたらしい守に突っ込むように半泣きで飛びつくや否や今回の件の相談を始める。何せ守はキャプテンだ。一番チームのことがよく見えているはずなので、これから私がどうすれば良いかどうかを一緒に考えて欲しかったというわけで。
「でも確かに驚いたんだよなー。薫が壁山を励ますことがあっても怒鳴ることなんてなかったからさ」
「うぐ」
「みんなビックリしてたぜ?鬼道なんか口開けっ放しでさー」
どんな顔してたんだ鬼道くん。私だって怒鳴るときは怒鳴るよ。あんまり怒らないから声を荒げないだけで。…しかし、そんないつも冷静沈着な鬼道くんを驚かせるほど私は怒るというイメージが無いのだろう。嬉しいやら悲しいやら。
「明日からはなるべくフォローに回るようにするね…」
「おう!俺も薫には無理して欲しくないからな!」
「…無理してるように見えた?」
「うん、すっげー難しそうな顔してた」
…見抜かれてる…もっと情けなくなってきたな…。双子ならではの以心伝心というやつだろうか。守曰く、風丸くんですら気がついてないらしいからそうだと思っている。むしろそうであって欲しい。私のことを「様子が可笑しい」と心配していたみんなには、守から「心配するなって」と双子ムーブをかましてくれたそうだ。ありがとう。
「…みんな怒ってないかな」
「怒るわけ無いだろ。薫が頑張ってることくらい、みんな知ってんだからさ」
「…そうだと、いいなぁ」
頑張ってる、と守は言ってくれた。自分でも勿論頑張ってないとは言わないくらい働いている自覚はあるけれど、それでも実際にそう言い切ってくれることが嬉しかった。
でも念のため、監督には伝えておくことにした。これからは注意では無くフォローという形で選手を支えていきたいと。…そうしたら「コイツ何言ってんだ」と呆れた目をされてしまったのだが。
「私は最初からそんな役割をお前に求めた覚えは無い」
つまり「無理はしないで良い」ということでよろしいか。ぶっきらぼうで言葉の意味が分かりにくいが、叱られる訳でも嫌な顔をされる訳でもなかったのでそれで良いのだろうけど。
*
そしてとうとうアジア予選の組み合わせ抽選の日がやってきた。いつもならご飯を食べたら部屋に引っ込む面々も今日だけは食堂に残っていて、それだけ組み合わせ結果を気にしているのだということが分かった。
[全国のサッカーファンの皆様、こんばんは。今夜は皆様もお待ちかね、第一回FFIアジア予選、組み合わせ抽選会の模様をお送りします]
…始まった。FFIはここからがスタート。抽選会に訪れている各国の代表監督たちが順々にテレビに映る中、そこに映り込んだ久遠監督の姿を見て私は思わず息を呑んだ。アジア予選の組み合わせ結果は、全て監督にかかっている。
そもそもFFIは全世界を五つのエリアに分けて予選を行い、エリアごとに代表チームを決める。アジアエリアからの代表は一チーム。エリアによっては二チーム選ばれ、合計で八チームが決勝トーナメントへと進出するのだ。
そしてそんなたった一つの席を狙う厳しい戦いを決めるための抽選は次々に進んでいき、ようやく呼ばれた日本にみんなが固唾を飲んで見守る。
[イナズマジャパン、1-A]
「…1-Aって言うと…」
「…オーストラリア代表、ビッグウェイブスだな」
イナズマジャパン初戦の相手は、オーストラリア代表ビッグウェイブスに決まった。オーストラリアと言えば、アジア予選では韓国と並び優勝候補と言われた強豪国だ。いきなりの組み合わせに食堂が緊張に満ちる中、みんなが口々にこの組み合わせについて話し出す。
「…決まったな」
「いきなり優勝候補か…」
「あぁ…だが相手にとって不足は無い」
…相手は優勝候補。簡単には勝たせてもらえないし、苦戦を強いられることは間違いないだろう。けれど、みんなの顔には迷いも不安も一つだって見えなかった。私にとっては、それが頼もしくて仕方ない。
「よーし、オーストラリア戦に向けて、明日から特訓だぁ!!」
「おう!!」
チームが一丸となって試合に挑もうとする良い雰囲気になっている。だんだんこの代表合宿での生活にも慣れてきたのかみんなも前よりは雰囲気がだいぶ良くなっているし、これは良い傾向かもしれない。
そう一人で安心しながら、私は監督が抽選会から帰ってくるのを待って部屋へと向かう。相手が決まったことだし、これからはオーストラリア戦に向けて練習をしなければならない。そのための打ち合わせだった。
「明日からは練習禁止だ」
「えっ」
しかし部屋に入るや否や、帰ってきたばかりらしい監督はコートを脱ぎながら早々にそれだけを私に言い放った。…練習禁止?オーストラリア戦は明々後日。時間なんてほとんど無いのと同然なのに、何故また急にそんなことを言い始めたのだ。しかもまだイナズマジャパンの課題は山積みだ。世界と戦うには、日本はまだまだ遠く及ばないと言ったのは監督自身のはずなのに。
「…理由を聞いても良いでしょうか」
「…これを見ろ」
監督は私が質問したことに対して僅かに眉を顰めたものの、対面初日に私が言った「最低限の説明はして欲しい」という約束を思い出したらしい。渋々ながらため息をついてオーストラリアの情報と見られる書類を渡してきた。…必殺タクティクス?
「チーム全体によるフォーメーション型戦術のことだ」
「…必殺タクティクス、ボックスロックディフェンス…」
曰くそれは、四人一組がまるで箱のように相手選手を取り囲むことでボールを奪う驚異のディフェンス型。海の男たちと呼ばれるオーストラリア代表だからこそ取れる柔軟な対応力で、相手選手を簡単には逃してくれないらしい。
練習を禁止してみんなを部屋に待機させるのは、狭い部屋の中で練習させることで周囲からの圧力に慣れ、その突破方法を自分らで見つけさせるためだそう。…しかしだからこそ疑問に思う。
「それならなおさら、選手に意図を話して練習させた方が良いんじゃ…」
「自ら考えて動けない選手など、私のチームには必要無い」
…なるほど、そういうことか。確かに練習初日にも監督はディフェンスだけに徹する壁山くんや、鬼道くんの指示を待って動いた風丸くんに対して厳しい指導をしていた。
今までだったならそれでも上手くいっていたかもしれない。鬼道くんの指示を聞いて、動いて、自分に与えられた役割だけを熟す。…でもそれじゃあ目指せてもこの国の頂点だけ。監督がこのチームに求めるものは、世界レベルなのだから。
「…分かりました。一応確認なんですが、ロードワークや自主練の類いも禁止に?」
「そもそも不要な外出を禁止とする」
「了解しました」
監督の意図は理解した。そしてそれが、このチームを勝利に導くためのものであることも分かった。それなら私はその指示に従おう。…恐らくみんなはその指示に納得しないと思うし、何なら不満は溜まる一方だろう。
だからこそ、私がそこをどうにかフォローしていかなくては。まだたったの一戦目、しかも勝つか負けるかさえも分からないこの状況でチームをバラバラにする訳にはいかないのだ。