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練習禁止だなんて、絶対みんな文句言うし納得しない。
そんな私の予想は見事に当たり、やる気満々でグラウンドへ向かおうとする選手たちを引き止めた久遠監督は早々に練習禁止令を出した。思わず言葉を失った選手たちをよそに、明らかに納得していないのが丸わかりな鬼道くんが、険しい顔をしながら守を押し除けるようにして久遠監督へ声を上げる。

「久遠監督、俺たちは日本代表に招集されたばかりで、チームとして完成していません。この二日間は、チームの連携を深めるために使うべきです!」
「監督は私だ。命令には従ってもらう」

しかし監督はそんな訴えでさえもあっさりと切り捨てた。それもそうだろう。監督の頭の中には既に明後日の試合への筋書きが出来上がっている。あとはその筋道に沿ってみんなを導いていくだけ。ただ単に言葉が足りないだけの大事故だ。
詳しいことは説明しておけと私に言い残して立ち去った監督に一つ頷き、私はみんなに向き直る。

「まず、決まり事だけど基本的に宿泊階である二階から下へは降りないこと。各個人の部屋の行き来は大丈夫だけど、どうしても用事があるならマネージャーか私に…」
「待て薫!お前はこの指示に納得しているのか!?」

鬼道くんをはじめとしたみんなの不満そうな視線が突き刺さる。思わず息を飲んだけれど、ここで引く訳にはいかない。私はあくまで毅然とした態度でみんなを見渡し、真っ直ぐに鬼道くんを見据えた。

「納得してるから、ここに居るの」
「!」
「私から詳しいことは言えないし、言わない。けれど私は、これがこのチームの勝利に繋がると信じてる。…それだけだよ」

みんなは信じられないようなものを見る目で絶句していたけれど、私は一歩も引かなかった。それだけは譲らない。私が監督を信じると自分で決めた以上、これは何を言われたってこれだけは揺るがせない私の決意だ。
みんなはまだ納得いかなさそうな顔をしていたけれど、私はそれに気づかぬフリで説明を続けた。そして解散を告げ、誰かが何かを言い始める前に踵を返して監督の部屋に戻る。監督は強張った顔で入ってきた私を見て何か言いたげに眉を潜めた。

「…私の一存だと言えば良かったものを」
「私が、決めたことです。…監督はチームを勝利に導いてくれると信じてます。監督を選んだ響木監督のことだって信じてますから」

そうだ。久遠監督こそ日本代表監督に相応しいと推したのは響木監督だ。あの人は人を見間違えない。瞳子監督のときだってそうだった。…それに何より、この人は既にもう日本を世界に導くための準備を始めている。大量にまとめられたデータやそれに基づいて組み立てられた作戦。それこそが監督の尽力の証だと私は知っていたから。

「…ここから私は何をすれば良いですか」
「…見張りをする。私は階段前に行く。お前は引き続き選手のデータをまとめろ」
「分かりました」

この合宿所を抜け出すためには、真正面の入り口しか無いわけだから監督だけで確かに十分だろう。それに私は監督からイナズマジャパンの選手たちの日々のデータをまとめておくように言われている。…まぁ、データといっても春奈ちゃんたちが記録してくれた練習中のシュート成功率だったり、私が主観的に感じたことを書き綴っただけのデータもどきでしかないのだけれど。
「出来次第持って来い」とのことだったので部屋に篭り慣れないパソコンでタイピングしていれば、ふと誰かが私の部屋のドアを叩く音が聞こえた。誰だろ。

「…虎丸くん?」
「…あの、少し相談したいことがあるんですが」

とりあえず部屋の中に通して話を聞くことにする。小声だったし、たぶんお店のこと関係での話なのだろう。そして予想は当たっていたらしく、もしこのままずっと個室待機であるなら、今日は一時間早く上がらせて欲しいらしい。確かにこの状態ならそれでも良いかもしれない。監督も虎丸くんの事情は知っているから止めはしないだろう。

「でも一応監督に聞いてくるから、虎丸くんは引き続き部屋で待機しててくれるかな」
「はい」

階段下で待機しているはずの監督の元へ向かう。すると何故か一階の方から守や鬼道くんたちの声がして、何事だろうと首を傾げていれば鬼道くんが何やら監督へ訴える声が聞こえてきた。

「アジア予選は、負けたらその時点で敗退決定なんですよ…!?」

…みんな、焦っている。それもそうかもしれない。雰囲気が少しずつ纏まりつつあると言ってもまだまだ課題は多い。こんなところで止まっているわけにはいかないと、みんなそう思っているのだろう。けれど監督はちゃんと意図をもってみんなに指示を出している。だからこそ何とか宥めようと口を開きかけて。

「…あなたには桜咲木中サッカー部を事件に巻き込んだ過去がある。イナズマジャパンも潰すつもりなんですか」
「ッ鬼道くん!!!」

反射的に怒鳴りつけた。全員の目が驚いたようにこちらを向いたけれど、私はそれに怯むことなく顔を顰めてみせた。…だってそれは、違うでしょう。鬼道くんの今の言葉は訴えでも何でもない、怒りや苛立ちに任せたただの腹いせの当て付けだ。人の持つ過去を抉り、傷つけることも吝かでは無いという意思をもって放たれた言葉を私は決して容認しない。今のはどう足掻いても、鬼道くんが明確に間違っていた。
そんな私から険しい顔で睨みつけられて、鬼道くんは今の自分の失言を悟ったらしい。少し悔しげでありながらも気まずそうな顔で小さく謝罪の言葉を吐いた。

「…私の判断に背くことは許さない。従わない者は、チームから外れてもらう」
「…ッ」

そしてそれ以上、監督に何を言っても拉致が開かないと判断したらしいみんなはどこか悔しげな顔で上へと戻って行った。それを見送り、私も虎丸くんのことについて話をしてから上に戻る。予想通り監督はあっさりと許可を出してくれたのだが、先ほど鬼道くんたちに怒鳴りつけてしまったことがモヤモヤしてならない。…言い方も悪かった。みんなはきっと久遠監督のことを『事件を起こしてサッカー部を潰しかけた人間』だと思っている。…私が話さないで欲しいとお願いしたことだから、勘違いされるのも仕方ないのかもしれないけれど。

「…嫌なやつだなぁ、私」

どっちつかずの自分勝手。鬼道くんやみんなを傷つけたくないから真実を隠蔽したくせに、そんな監督を信じろとみんなに訴える。説明もしないくせにそれを願うだなんて、実に最低だ。思わず自分の部屋のドアに額をぶつけながらしゃがみ込む。…どうすれば、このチームが纏まるのかが分からなかった。





お昼になってもやはり不満そうなみんなの中を、やや気まずい思いで昼食を作りながら過ごす。みんなも何やら私に言いたげなものの、先ほどのこともあって話しかけにくいらしい。申し訳ない。壁山くんは食欲が無いと言いながらスパゲッティ二皿目なのだがそれは本当なのか。

「どうしたんだ?そんな辛気くせえ顔して」
「…うん、ちょっとね。自己嫌悪がすごくて」

比較的話しかけやすい雷電くんにお茶を運べば、やはり顔色を心配された。相当分かりやすいことになっているらしい。士郎くんも心配そうな顔をしているけれど、ここで情けないところを見せるわけにはいかないしね。向こうでは、なかなかチームに馴染もうとしない飛鷹くんと交流を図ろうとする守の姿がみえたけれど、どうやらそちらも難航しているらしい。一匹狼だしね、飛鷹くん。みんなもそんな態度の飛鷹くんに言いたいことがあるようだけど、まぁその辺りは守の腕の見せ所だろう。
そう思って一人頷いていると、ガラリと音を立てて扉を開いた目金くんが何やら自慢げな顔で食堂の中に入ってくるのが見えた。何だろう、と瞬きしていれば、彼は意気揚々とその訳を話し出す。

「みなさ〜ん!オーストラリア代表の情報を入手しましたよ!!」
「えっ?」

…そんな、まさか。ただでさえ今、他の国の情報は規制されて入手しにくいというのに?監督でさえ手に入れたのは数年前のオーストラリア代表の情報だ。だというのに、目金くんによると手に入れたのは今回の代表の情報。そうだとしたらこれは、ある意味一つの前進のきっかけになるかもしれない。練習風景や試合の様子を見て鬼道くんたちのような察しの良い人たちが監督の采配の意図を読み取ってくれれば、この状況も打開できる可能性がある。
目金くんが流し始めたビデオの先に映っていたのは、オーストラリアの選手たちが試合前の準備をしているところ。

「…どんなプレーをするんだ?」

みんなが固唾を飲んで見守る中、選手たちはポジションにつく。どうやらオーストラリア側のキックオフだったらしく、センターライン前に立っていた選手が真剣な顔で他の選手と頷き合い、ボールを蹴り出して。
何故かそこで一度途切れたビデオは、なぜか海で遊ぶオーストラリア代表選手たちを映し出した。みんな思わずずっこける。私も目眩がしそう。

「………だぁッ!!」

いや本当にどうして。思わず勢いのままに額を机に打ち付けた。ゴアッという凄まじい音の後に遅れて痛みがやってきたものの、それさえ気にする余裕もなくただ歯噛みしながら唸る。打開策が遠くにさよならする声が聞こえたような気がした。ちくしょう、期待を返せ。
秋ちゃんと春奈ちゃん、それにふゆっぺがギョッとした顔で心配してくれているけれど、ごめん。今はその心配に答える余裕が無いの。心労が一気にやってきた気分。しんどさがすごい。

「見る意味ねぇじゃん」
「…それって役立たず…?」
「グアッ!?」

不動くんとふゆっぺからの容赦無い指摘に目金くんがダメージを食らっているがカバーはしないぞ。私だって傷心中。それにしてもふゆっぺはやたら辛口な気がしなくも無い。天然かな?
しかし、そんな目金くんをよそに地道な情報収集を続けていたらしい春奈ちゃんたち曰く、オーストラリア代表選手たちが「海の男」であることが明かされた。イナズマジャパンで一番の海の男な綱海くんが目敏く反応する。

「海で心と体を鍛え上げたチーム…特に守備が固く、相手の攻撃を完全に封じてしまう未知の戦術があるらしいです」
「へぇ…面白えじゃねーか」

…よくそこまで情報を集められたね、春奈ちゃんたち。さすがに必殺タクティクスのことまでは分からなかったらしいが、それだけヒントを出してもらえたらまだ何とかなりそうだ。
しかしそんな相手チームの手強さを知らされたみんなにとって、その情報は逆効果だったらしく守が焦ったそうに食堂を飛び出して行きかけて。

「…か、監督…」

そこでちょうど鉢合わせた久遠監督によって、阻まれてしまっていた。ほらね。





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