134



「何やてぇ!?部屋から出られへん!?」
「本当に大丈夫なのか?その監督…」
「よく分からないの…」

午後になって虎丸くんが家の方に帰ってしまってから、リカちゃんと塔子ちゃんが合宿所にやってきた。「陣中見舞いのつもりで来たのに誰も居ないから驚いた」と話す二人に監督の指示で部屋に待機しているのだと話すと、リカちゃんは目に見えて怒り出し、塔子ちゃんは訝しげな顔になってしまった。頷く秋ちゃんも不安そうだ。

「っしゃあ!ウチに任しとき!!」
「リカちゃん?」

何やら勢い良く出て行ったリカちゃんは、どうやら久遠監督に文句を言いに行くらしい。しかし様子を見たところ、監督の鋭い目線にたじろいで完全に及び腰になってしまっていた。顔が引き攣っている。帰ってきたリカちゃんは、塔子ちゃんと秋ちゃんからの呆れたような目に誤魔化すようにして胸を張っていたが、それでもやはり言い足りなかったのか今度は私に食ってかかってきた。

「ところでアンタは何やっとんねん薫!!アンタ、腐っても監督補佐やろ!?」
「首、首が締まってる」

激昂してるリカちゃんに胸倉掴まれたけどどうか落ち着いてほしい。このままでは酸欠で私が死ぬ。それに気づいた塔子ちゃんたちが助けてくれたものの、塔子ちゃんもリカちゃんと同じことを私に言いたいらしい。だから私はその問いかけに、やはり同じ答えを返した。

「監督のことは信頼してるの」
「…せやけど!」
「みんなよりも長く深く監督とは関わってるし、みんなの知らない監督のことも私は知ってるから」

それに、監督の作戦が正しいかどうかは明後日の試合で全て分かることだ。この状態で上手くいくかは不安だし、失敗すれば監督の肩を持った私まで信頼を失うだろう。…でも、それでも私が信じると決めた。最後には結局それが全てではないだろうか。そう言い切った私が意見を変えることは無いと悟ったらしい二人は、何とも微妙そうな顔をして帰って行った。申し訳ないけど、これだけは変えられないからね。

「…私、洗濯物干してくるね」
「あ、じゃあ、私は中庭の掃除をするわね」

秋ちゃんにそう言ってから、私はそろそろ洗い終わるであろう洗濯物を取りに向かう。まぁ、干すと言ってもみんなのユニフォームくらいのものだ。下着は女子マネージャーに配慮して個人個人で洗って部屋干しにしてもらっている。確かに私も守や風丸くんあたりなら平然と干せるが、そこに豪炎寺くんのものが来ようものなら問答無用で赤くなる自信がある。

「…昼間から考えることじゃないな…?」

駄目だ、日に日に考えることが変態くさい。この前ジャージを借りたときだって、とうとう柔軟剤の匂いで豪炎寺くんのものだと判別してしまった。女の子として終わっている気がする。気持ち悪がられてないと良いんだけどな。
そう思いつつ、さっさと手早く干し終わり入り口の方に回る。すると、何故かそこには合宿所の入り口で心配そうに右往左往している秋ちゃんの姿があった。

「どうしたの、秋ちゃん」
「薫ちゃん、どうしよう、実は…!」

どうやら、飛鷹くんが不良らしき男の子四人に連れて行かれてしまったらしい。ケジメだとか言っていたらしく、どうにも不穏な雰囲気だったのだとか。私はそれを聞くや否や、洗濯カゴを秋ちゃんに預けて一階の階段前で見張りを続けている監督の元に向かう。礼儀を弁えている飛鷹くんのことだ、監督にも律儀に許可を取って出て行ったに違いない。

「監督、飛鷹くんを連れ戻してきます」
「…」

監督は何も言わなかったけれど、行くなとも言わなかった。それを良いことに、私は黙って外へと走り出す。しかし、少し手間取ってしまったからか飛鷹くんたちが何処に行ったのか分からない。不良の溜まり場、なんてものをあるのだろうけどただの一般人の私にはその場所の見当さえつかなかった。…でも、それなら分かる人に聞けば良いだけの話だ。

「もしもし、貴久くん」
[お、どうした薫。昼間っから電話なんざ不良になっちまうぞ]
「体験談かな?」

ケラケラ笑いながらそう言ってきた貴久くんの呑気さに思わずずっこけそうになるのを何とか耐えて、私は今回の要件を手短に告げる。雷門中から近いところで不良が行きそうなところはどこか。貴久くんの元の縄張りでもあるわけだから、簡単に見当はつくだろう。案の定「多分あそこだな」と教えてくれた貴久くんにお礼を告げる。

[何かあったら言えよ。すぐ駆けつけてボッコボコにしてやるからな]

声音は朗らかだが、私は知っている。貴久くんのボッコボコはボッコボコ(全治一ヶ月)だということを。でも貴久くんとのツーショット写真という伝家の宝刀もあるわけだから心配いらないと思うんだけどな。一応善意での申し出らしいので気持ちだけ受け取っておく。多分言わない。
そして貴久くんに教えてもらった通り線路沿いの工事現場へ向かってみると、なんとドンピシャ。そこには飛鷹くんと四人の不良たちの姿が。

「飛鷹くんに手を出さないで!!」
「ッ!?円堂さん!?」

四対一で対峙している飛鷹くんの前に庇うように飛び出して、私は四人の不良たちを睨みつける。こんなところで暴力沙汰なんてことになったら、飛鷹くんはサッカーが出来なくなってしまう。それだけは避けなきゃ駄目だ。
これでも一応、喧嘩の腕前には自信がある。何せ貴久くん仕込みの喧嘩だ。女の子が出来るような簡単な動きを教えて貰っていることと、私本来の器用さと素早さでもって的確に急所へ叩き込んでみせる。地獄を見たい人からかかってくると良いよ。

「な、何だよアンタ!俺たちは飛鷹さんに話があるんだ!!」
「円堂さん、これは俺のケジメですから…!」
「ケジメだの何だの関係無いの!!飛鷹くんが今いるのはどこ!?」
「…イ、イナズマジャパンです…?」
「私は誰!?」
「監督補佐の、円堂さん…」
「そう!つまり選手を監督する責任があるの!そして君もそのうちの一人!!」
「!」

飛鷹くんは頑張っている。一人だけ初心者の中、選んでくれた監督たちに報いようと必死で毎日死に物狂いで練習している。私だってその姿を見てきたのだ。情だって湧く。
だからこそ、こんなことで私は飛鷹くんを失いたく無い。努力する人間こそ報われるべきだ。たとえ過去が不良であれ何であれ、自分の生きる道を見つけた人を私は応援する。

「だから、飛鷹くんに手を出したいなら私が相手するよ」
「…円堂さん…」

睨み付けて拳を構えれば、四人の不良たちが慄いたように後ずさる。しかし飛鷹くんはそんな私の肩を叩いて、なんとも微妙そうな顔で首を横に振ってみせた。

「多分、誤解があります」
「…誤解?」

何でも飛鷹くん曰く、この四人は自分を慕ってくれていた不良時代の後輩らしく、今回訪ねて来たのは飛鷹くんに戻ってきてもらえるよう頼みに来たのだという。ただの私の早とちり。しかし勘違いなら良かった。さすがに腕に自信があっても四人はキツいし、最悪貴久くんとの写真を出さないといけないかと身構えたところだ。印籠かな?
そして飛鷹くんは私が理解したことを察するや否や、背後の後輩くんたちを見ないまま冷たく言い放つ。

「…もうお前たちとは縁を切った」
「見捨てるんですか、俺たちを」
「…あぁ、そうだよ。じゃあな。…行きましょう、円堂さん」
「飛鷹さん!何でそんな風になっちゃったんすか!?俺たちよりサッカーが大事なんすか!?…飛鷹さん!!」

悲痛な声をあげる後輩くんたちを思わず振り返るけれど、飛鷹くんが止まる気配は無い。

「…本当に、あれで良かったの?」
「…俺は決めたんです。サッカーに全てをかけると」

…けれど、本当にあんな別れ方で良かったのだろうか。貴久くんは、みんなで盛大に祝って見送ってもらったのだと笑っていたからなおさらそう思う。たとえ不良同士という間柄でも、一度は仲間で後輩だった。なのにケジメとやらがこんな風についてしまっても飛鷹くんは本当に後悔しないのだろうか。それにこれは、飛鷹くんだけの決意で済む問題じゃないと思う。

「…でも何かあったら教えてね。その時は、私にだって伝手はあるから」
「すみません、迷惑をかけました」

しかしまぁ、それこそ私が首を突っ込んで解決する問題でも無い訳だし、ここは静観するしか無いのだろう。最悪は貴久くんの威を借りるしかないけどね。





TOP