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そこから防戦一方の展開で試合は進む。ボックスロックディフェンスの攻略法に誰も気づけないまま、もどかしい思いで試合を見つめていた。豪炎寺くんも士郎くんも、あの圧力に囚われて結局ボールを奪われてしまっている。…早く気がついて欲しい。ヒントは今までの部屋での練習に隠れている。それを教えることができれば…!!
「まだ気づかないのか!」
「えっ」
しかしそこで久遠監督が初めて声を上げる。みんなは驚いたような顔をしているが、私は別の意味で驚愕していた。「答えを言うな」って言ってたの、監督自身では…?えっ、答えを言えない苦しみに葛藤していた私の今までの悩みはどうなるんだ…??
「箱の鍵は、お前たちの、中にある」
抗議の視線を思わず向けたものの、絶対気がついてるくせに監督はそれを黙殺した。酷い、これはちょっとした監督補佐への裏切りでは?最初に言い出したのは監督で、私はそれをちゃんと遵守していたのに。響木監督とふゆっぺにチクるぞ。
しかしそこでヒントを与えた意味はあったのか、再度ボックスロックディフェンスに囲まれた鬼道くんがはじめに気がついたらしい。先ほどまでとは格段に違う、軽やかな動きで相手をかわし始めたことで流れが変わった。
「ここだ!」
そしてとうとう崩れてしまったディフェンスの穴を抜くように、豪炎寺くんへとパスを出した鬼道くんに私は思わずガッツポーズが出た。良かった、これでどうにかなる…!
「薫さん、このことを知っていたんですか…!?」
「…うん、監督に言うなって言われてたんだけどね。自分たちで気づかなきゃ意味がないからって」
春奈ちゃんが驚いたような顔をして私にそう尋ねてきた。ごめんね、今まで言えなかったから相当みんなには嫌な思いをさせたと思うけど。でもちゃんと、監督にはみんなを勝利に導くための考えがあったんだよ。
そして豪炎寺くんもまた、あのディフェンスを完璧に突破しボールは士郎くんの元へ。そのままシュートへと移り、同点ゴールになるか。…そう思っていたが、やはり甘かったらしい。士郎くんのウルフレジェンドは相手の必殺技によって止められてしまった。豪炎寺くんの爆熱ストームも。
「…選手交代…?」
そんな中、オーストラリア側は選手を二枚変えた。ボックスロックディフェンスが破られたことでの作戦変更だろうか。ついさっき、虎丸くんたちにアップへ行くよう指示していたことに関係あるのかもしれない。私が知らされているのは必殺タクティクスのところまでだから、後は全部監督任せになる。
そして、私の予想はどうやら当たったらしい。緑川くんが相手のディフェンス技に弾き飛ばされる姿を見てそれを実感した。相手はボックスロックディフェンスを用いた作戦を手放して、即座に個人技でのディフェンスに切り替えてきたのだ。
「切り替えが早い…!」
「これが世界なのね…」
そのまま試合は膠着状態が続く。何とか前半で同点に追いついて欲しいところだが、実際はそう上手くはいかないらしい。…しかも、そこでトラブルが起きた。鬼道くんが相手のスライディングをもろに受け、足を痛めてしまったのだ。本人は何でもないような顔で立ち上がったものの、試合再開直後に足を抱えて蹲ったことから、それが笑えない状態であることが分かる。
「春奈ちゃん氷水!」
「はい!」
他の選手たちへのドリンクやらタオルやらは秋ちゃんとふゆっぺに任せて、私は春奈ちゃんと一緒に鬼道くんへの治療に当たる。守の肩を借りてこちらへ戻ってきた鬼道くんの靴と靴下を即座に剥ぎ、スプレーで簡単な処置をしながら春奈ちゃんの氷水を待った。
「…痛い?」
「平気だ、これくらい…ッ!」
「…駄目だね、この試合は君を出せない」
「俺はまだやれる!」
鬼道くんはそう言うけど、これ以上プレーを許せば完全に足を痛めてしまう。そうなれば、たとえこの試合で勝っても今後の試合に鬼道くんは出られないだろう。下手をすれば、しばらくの間サッカーさえ出来なくなるかもしれない。それだけは私も看過できなかった。そして守も私の援護射撃に回ってくれたおかげか、鬼道くんは苦い顔をしながら交代を了承する。
「後半頭から行くぞ。…虎丸」
「!」
「は、はい!皆さんに迷惑がかからないプレーを心がけます!」
自分が試合に入ると思っていたらしい不動くんが驚いたように顔を歪める。私も不動くんが入ると思っていたので、これには少し驚いた。練習を見ていても不動くんの能力が高いことは分かったし、鬼道くんの代わりをするなら不動くんだと、そう思っていたから。
しかしまぁ選ばれたのは虎丸くん。監督も何か考えがあるのだろうと切り替えて、監督の後半の指示を聞くことにした。
*
「よし、虎丸くん頑張れ。緊張しても良いから、思いっきりプレーするんだよ」
「は、はい!頑張ります!!」
少し緊張気味の虎丸くん背中を叩いて鼓舞する。そりゃあ緊張もするだろう。何せ、小学生でありながら予選といえど世界大会の舞台に立つんだ。周りからの歓声も段違いに大きい。飲まれたって可笑しくは無い。案の定、グラウンドのポジションに立ってからはソワソワと辺りを見渡している。でも虎丸くん、割と土壇場に強いところあるからな。お店の手伝いのときも、急なトラブルに難なく対応してたし。
そして次に気になるのは、難しい顔でグラウンドを睨みつける綱海くんのこと。監督は後半の指示の途中、綱海くんが合宿所を抜け出していたことを指摘し「新たな必殺技で点を取れ」と言い放った。それはつまり。
「…監督は、綱海くんの必殺技のことを知っていたんですか?」
「…見れば分かる。それに、合宿所を抜けて遊び呆けるような奴でも無いだろう」
「!はい!」
綱海くんが正しく評価されていてとても嬉しい。いつも明るくおちゃらけているから誤解されやすいけれど、綱海くんは一度やると決めたことに対しては責任感の強い人なのだ。一年生をはじめとした後輩のことも可愛がって面倒を見ているようだし、最上級生としてもみんなから一目置かれている。それが綱海くんだ。
そしてとうとう後半が始まった。相手のキックオフから始まったものの、いきなりそのボールを虎丸くんがヒールキックで鮮やかにカットしてみせる。すごい。
「だーッ!!もうヒントってどこにあるんだ!?」
そして綱海くんの詰まり具合もすごい。未完成の新必殺技の答えを、監督は試合の中で探して来いと言ったが、果たして本当にそれは見つかるのだろうか。いや、試合の最中で努力を花開かせた守たちの姿を知っているからこそ、可能性はゼロでないと思っているが。
そこで二人のマークを引きつけた虎丸くんが、高く飛び上がると共に豪炎寺くんに向けてパスを出す。ボールを受けた豪炎寺くんは爆熱ストームを放つものの、やはり相手の必殺技の前に止められてしまった。…しかしそこで、綱海くんが何かに気づいたように目を見開く。
「…ヒントはフィールドの中にある、か…随分手強そうな波じゃねぇか!!」
どうやら、相手の必殺技を見て閃いたらしい。期待出来そうな展開に思わず監督を見れば、監督も僅かに頷いているのが見えた。それが正解のようだ。
そのまま試合はやはり一進一退を続けたまま時間だけが過ぎていくものの、ふと虎丸くんが相手選手の股下を通してパスを出したことで流れが変わる。受け取った緑川くんが蹴り出したシュートはやはり止められたものの、そこで綱海くんが不敵に笑う。
「見えた…!よっしゃあ!!」
キーパーの手で大きく投げ出されたボールを胸でトラップした選手の隙を突き、虎丸くんがまたもや華麗にカット。そしてそこにパスを要求した綱海くん。
「俺に回せ!!」
「!はい!!」
瞬時にパスを出した虎丸くんからボールを受け取った綱海くんが、そのまま体を捻るようにしてシュート体勢に入る。…しかし、それは後少しの惜しいところで相手の必殺技に止められてしまった。そして再びオーストラリア側の攻撃が始まり、ディフェンスを抜かれたことでシチュエーションは試合開始直後と同じように。
そして、一点目を奪われたのと同じ技が守のいるゴールを襲う。…けれど。
「この技は一度見た!」
守を舐めるなよ。毎日毎時間毎分毎秒進化している守は、同じ技に何度もやられるようなキーパーじゃない。守は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませるようにしてシュートを待つ。集中しているのだ。そして、集中することによって溜めた力は強力なシュートを弾き返すためのパワーとなる。
見事正義の鉄拳でボールを弾き返して見せた守に再び私もガッツポーズ。
「あの特訓が役に立った!」
鬼道くんといい守といい、各々昨日までの個人特訓が役に立っているらしい。ボックスロックディフェンスの攻略に重ねて、個人のレベルアップまで測っていたとは。監督の采配には本当に舌を巻く。
そして守の弾き返したボールを受け取った綱海くんは、まるで守の気迫に応えるかのように猛々しく叫んで見せた。
「俺に乗れねぇ波はねぇ!!」
先ほどよりも高く、強く。まるで嵐のような荒々しさをもって放たれたシュートが相手ゴールを襲う。キーパーはやはりこれまでと同じ必殺技で応戦してきたものの、今回は綱海くんの方に軍配が上がった。これでようやく、同点ゴール。
目金くんをして名づけられた「ザ・タイフーン」によって、この試合はとうとう振り出しに戻されたのだ。