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しかし勝ったからといって、私たちの戦いがそこで終わるわけじゃない。当然、一回戦を勝ち抜けば次は二回戦が待っている。そしてそんな次の私たちの相手は、カタール代表のデザートライオンらしい。監督から聞いた話だと、相手はどうやら疲れ知らずの体力と当たり負けしない足腰の強さを持っている持久力型のチームらしい。
体力と足腰を徹底的に鍛えろ、と告げた監督はどうやらみんなに練習メニューを考えさせるつもりらしい。

「とは言っても…どんな練習をすれば良いんだろ…」
「そんなもん、徹底的に走り込むしかねぇだろ!走って走って走りまくって、強い足腰を身につけりゃあ良いんだ!」
「体力強化メニュー…?」
「立ち上がるな立ち上がるな」

そっと持ち上げた私考案の練習メニューは日の目を見ること無く、勘のいい風丸くんに止められてしまった。一応頑張って考えたんだけどな。引きつった顔の鬼道くんに「とりあえず見せてみろ」と手を差し出されたので嬉々として提出すれば、一通り目を通された後にそっと見ないフリで伏せられた。なんで。

「いつも通り私も参加するから大丈夫だよ?」
「お前はまず自分のスペックを把握してから考えろ…!」

どうやら駄目らしい。久遠監督も「正気か?」みたいな顔はしてたけど、選手たちに聞いてみろって一応許可はくれたのにな。駄目なのか。
思わず肩を落としながら大人しくみんなの話を聞けば、どうやら結局走り込みにするらしい。さっそく練習だという雰囲気になってきたのだが、そこで虎丸くんが荷物を持って立ち上がった。

「あの、すみません」
「ん?」
「申し訳ないんですが、俺、ここで失礼します」
「え、あぁ…」

…そうだった。そういえば今日は虎丸くんは早上がりの日だ。私は今日は手伝う日なので今は一緒には行かないが、後で早上がりして追いつく予定だ。今日はたしか弁当屋の、乃々美さんも手伝いに来ると聞いているし人手は十分足りるだろう。多分忙しくなるけど。
みんなはこんな風にほとんど毎日早退している虎丸くんに訝しそうな顔をしているが、私も虎丸くんとお店の手伝いのことはみんなに教えないと約束しているので何も言えない。しかしそこで、何故か目金くんと春奈ちゃんがやる気を見せた。

「ここは、調査すべきかと!」
「わっかりましたぁ!任せてください、私たちで虎丸くんのことを調べてみます!」

おっと、この流れは不味いぞ。この二人は監督の噂のことといい、情報収集力はなかなか侮れないのだ。放っておけば、虎丸くんのことがバレてしまうかもしれない。
そう思ったため、多少さりげなさを装って二人を止めることにする。

「や、止めといてあげたら…?虎丸くんにも何か訳があるんだろうし、ちゃんと監督にも許可取ってるんだし…」
「…その口ぶりだと先輩、何か知ってますね?」

しまった、勘づかれた。監督の許可の件は言わなくて良かったかもしれない。みんなが不思議そうな顔で私を見ているのに対し、私はあくまでさりげなく視線を逸らす。私は何も知らない。何も言わない。何も聞いてない。

「…知らないよ」
「絶対嘘!先輩には、久遠監督の情報隠蔽という前科があるんですからね!!」

くそう、それを言われると肩身が狭い。鬼道くんたちのことを思って黙っていたとはいえ、実はあの後情報を溜め込んでチームから孤立しかけたことに対してはお説教を食らっていたのだ。風丸くん、春奈ちゃんの両名に。正座だったので足がすごく痺れた。

「…そういえば最近、薫ちゃんもときどき居なくなるよね」
「う」
「帰りが遅い日もあったな」
「ぐ」
「…もしかして、虎丸と関係があるんじゃ…」

グサグサと突き刺さる視線に居た堪れなくなる。知ってることは話せというみんなからの眼圧がすごい。でも私だって虎丸くんと約束してるのだ、それを私の一存で反故にする訳にはいかないのだから。つまり、こうするしかないのだ。

「………黙秘!!!」
「あっ逃げた!!」

その場から逃げ出す一択しかあるまいよ。背後からの春奈ちゃんからの呼びかけを申し訳ないが無視して私は食堂から逃走する。その後もしつこくみんなから聞かれたものの、私は最後まで黙秘を貫き通し、監督からは呆れた目で見られた。
そして今日も早上がりを決め込んだのをやはり訝しげな目で見られながら、私は虎丸くんと合流すべく練習を抜け出す。何も聞かないで欲しい。これは、私と虎丸くんの信頼関係の問題なので…!!





「…という訳だけど、一応みんなには秘密のままだから安心してね」
「それ本当に安心できます?」

ぐうの音も出ない。虎丸くんは最近割と私に対して辛辣さが出てきた。どうやらこっちの方が素らしいから、本音を見せてくれていることに喜ぶべきか悲しむべきか。
たしかにあの後春奈ちゃんたちは秋ちゃんを連れて消えてしまったので心配事しか無いのだが、一応ここらへんに来ている様子は見られなかったので大丈夫だと信じたい。多分。

「私からは口割らないから大丈夫だよ」
「…すみません、俺のわがままで…」
「虎丸くんだって、みんなに迷惑かけたくないだけでしょ。良いんだよ、私にくらい迷惑かけたって。何たって私は君の保護者代理なんだから」

虎丸くんはしょんぼりした顔でそう謝ってくるけれど、私は一応君より二つも年上のお姉さんなんだから頼れるところは頼って欲しいな。ただでさえ君はしっかりしてるのに。
苦笑しながら、今仕上がったばかりの料理を岡持に入れる。配達は基本顔の広い虎丸くんの役目だ。乃々美さんはもうすぐ店番が終わってこっちに来るらしいし、私一人が残ったところで大して困ることはない。

「…ところで、なんか外騒がしいね」
「乃々美姉ちゃんの声だ…」

調理場で話していたので気がつかなかったのだが、ふと店の入り口前が騒がしいことに気がつく。お客さんだろうか。夜からの開店時間には少し早いが、常連のお客さんなら入れても良いと虎丸くんも言っていたし、そろそろ準備しよう。そう思ってエプロンを付けていれば、虎丸くんが先に様子を見にいってしまった。

「何騒いでるんだよ、乃々美姉ちゃん。俺今から出前に…」

しかしそこで何故か言葉が途切れる。何かあったのだろうかと不安になり顔を覗かせようとすればそこで見えたのは、何故か守や豪炎寺くん、そしてマネージャー全員だった。なんでみんなここに居るの。

「あっ!薫先輩まで居るじゃないですか!!」
「薫!?」

おまけに見つかってしまった。とりあえず、もうすぐ開店準備を始めなくてはいけないからと虎丸くんを出前に送り出し、みんなを中へ引っ張り込む。乃々美さんにも手伝ってもらいながら、みんなを席に案内して座らせたところで、何やら私に物申したいらしい春奈ちゃんが私を見上げる。

「先輩…やっぱり虎丸くんとこっそりデートしてたんですか!?」
「誤解がすごい」

そんなわけあるものか。どんなやっぱりなんだ。それに虎丸くんは小学生だよ。年下に手を出す訳ないでしょ。
何やらみんなもギョッとした顔をしているため、私は慌てて誤解を解くことにする。こうなったらもう隠すどころでは無いので、虎丸くんには申し訳ないが説明させてもらうとしよう。

「いや、実は…」
「薫さん、その説明は私にさせてください」
「…宇都宮さん」

するとそこにやって来たのは、部屋で寝ていた虎丸くんのお母さんだった。…たしかに、下手に私が説明するよりもお母さんに詳しく説明してもらった方が良いかもしれない。
そう思って任せれば、虎丸くんのお母さんはみんなに虎丸くんの事情を説明してくれた。練習の後にまで手伝いをするという虎丸くんの日常に、みんなも絶句していた。

「お弁当屋さんの乃々美ちゃんや、薫さんが手伝ってくれるから助かるんですけどね…」
「困ったときはお互い様よ、おばさん」
「虎丸くんのためですから」

虎丸くんとも上手く連携が取れるようになってきたからか、前よりずっと仲良くなれた気はするしこれはこれで私も楽しい。働くことの大変さも知れるしね。
するとそこで、出前から虎丸くんが帰ってきた。

「ただいま!」
「おかえりなさい虎丸くん」

虎丸くんから岡持を受け取って調理場の方に運んでおく。後の説明は虎丸くんのお母さんがしてくれるだろうし、私は先に岡持を洗っておこう。
虎丸くんは、既に顔を出しているお母さんに目を剥き、少しだけ怒ったような顔で詰め寄っていく。

「駄目じゃないか母さん!休んでてよ、店はまだ忙しくないんだからさ」
「悪いね、虎丸…」
「良いんだよ、店のことは俺に任せとけって…」
「虎丸!!」

…びっくりした、守が突然大声出すからお皿を落とすところだった。動揺でバクバクと跳ねる心臓を抑えながら守たちの方を覗き見れば、そこには虎丸くんに説教をする守が居た。

「何でこんな大事なことを黙ってたんだ!」
「そ、それは…」
「守、虎丸くんもみんなに気を使って…」
「薫もだぞ!!」
「はい」

怒られてしょんぼりしている虎丸くんに、思わず私も取り成すように声をかけたものの同じように怒られてしまった。私も思わずしょんぼり。守に怒られたら何も言えなくなっちゃうじゃないか。
しかし守はそんな私たちをよそに、何故か岡持を引っ掴んで外へ飛び出していく。

「出前だな!よし、任せろ!」
「あっ」

任せろじゃないよ守。それ何も入ってない空の岡持なんだけど。あと、どこに出前行くのか分かってないでしょ…?
案の定、すぐに引き返してきた守は少し気恥ずかしそうな顔で頭をかきながら尋ねてくる。

「…で、どこへ行けば良いんだっけ…?」
「…まずその中身は空だよ守…」
「えっ、そうなの?」

みんなが仕方なさそうに笑う中、私は思わず肩を落としかけてしまった。





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