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後半が始まった。カタールはフォーメーションを攻撃的な布陣に変え、試合開始早々バテ気味な緑川くんや雷電くんたちを吹き飛ばして攻め込んでくる。…あぁ、私の嫌な予感は見事に当たったことになったのだ。
しかし攻め込まれたものの、撃たれたシュートは守が弾き飛ばし風丸くんがクリアすることで何とか凌いだ。…けれど、その代わりに。

「緑川くん!」

緑川くんがとうとう倒れた。どうにか体力を回復できないものかと頑張ったのだが、やはり今日までのオーバーワークが祟ったらしい。足も痙攣しているし、完全に熱中症だろう。早めに処置しないと大変なことになる。立向居くんが肩を貸す形で運んできてくれた緑川くんを即座に日陰に寝かせ、秋ちゃんに頼んでおいた氷嚢で処置に入った。

「緑川くん、私のこと分かる?目眩しない?」
「…今のところは、大丈夫だ。…ごめん、薫ちゃん」
「…何が?」
「焦らなくて良いって、薫ちゃんに言われてたのに。俺ずっと焦りっぱなしで…!」

悔やむような顔の緑川くん。私はそんな彼の額に容赦無く氷嚢を乗せてやった。冷たい!と思わず呻く緑川くんの頭をそっと撫でる。だって今さらそんなこと言ってもどうにもならないでしょ。

「緑川くんは頑張ったよ」
「…そう、かな」
「うん、だって前半であんなに綺麗に相手選手のボールをカット出来たのは、緑川くんの努力の成果でしょ。すごいよ、緑川くんはすごい」

努力をした人間を誰が責めるものか。もちろん、無理のし過ぎは緑川くんの自業自得だ。それによってこうしてバテてしまっては目も当てられない。でもそれは、他でもない緑川くん自身が自分で理解して反省しているからもう良い。なら私が今彼にしてあげられることは、目いっぱい労って褒めてやることだけだから。

「頑張ったね、緑川くん」
「…ありがとぉ…」

ちょっと半泣きでヘラリと笑った緑川くん。レギュラーの座はたしかに守っておきたいかもしれないけれど、あまり無理はしたら駄目だよ。久遠監督はちゃんと君のことを戦力として数えてる。だからこそ君が怪我や病気なんかでリタイアしたらいけないんだよ。
そう言い聞かせれば、緑川くんも何度も頷きながら鼻をすすっていた。泣き虫だなぁ、本当に。
そしてそんな緑川くんに付き添って医務室に行ったりしている間に、試合はどうやらいろんなことがあったらしい。監督はバテて動けなくなってしまった綱海くんの代わりに虎丸くんを投入したという。
虎丸くんの実力を考えれば妥当な采配だと思う。しかしやはりそこで、虎丸くんのシュートに対する消極的さが目に見えてみんなに戸惑いを与えたらしい。

『ここに集まっているのは、日本中から集められた最高のプレイヤーたち。そして敵は世界だ!俺たちは世界と戦い、勝つためにここに居るんだ。それを忘れるな!!』

けれどそこで、豪炎寺くんから厳しく叱咤されたのだという。本気のプレーをすれば仲間が離れて行ってしまう。そんな虎丸くんの心の呪いを砕いて道を示してくれたのだという。
そしてそれをみんなは肯定した。虎丸くんのプレーを受け止めると笑った。…その結果、虎丸くんはようやくここで目覚めたらしい。

『…良いんですか?俺、思いっきりやっちゃっても!』

そこからは虎丸くんが大活躍だった。小柄な体ながら猛虎の勢いでディフェンス陣を突破し、一対一でキーパーとの戦いに勝利。勝ち越し点を決めて日本が勝利を掴めたのは、虎丸くんの覚醒があってこそだった。
そしてそれを試合後、みんなから聞かされて私は驚きの事実に思わず悲鳴を上げた。何せ、みんな虎丸くんが小学生だったことを知らなかったのだという。

「逆にお前は知ってたのかよ」
「うん、だって私虎丸くんの保護者代理だし…」
「通りであんなに世話を焼いてた訳でヤンスね…」

え、逆に私が何を思って世話を焼いてたと思ってるの。まさかだけど、よからぬ想像をした訳じゃないでしょうね。
そうジト目で尋ねれば、割りかし全員が目を逸らした。これはいったいどういうことだ。虎丸くんは私にとっては弟みたいなものだし、恋愛対象になんてしないよ。…それに、好きな人もいるんだから。言わないけど。





そしてイナズマジャパンはとうとうアジア予選決勝に進出した。一部を除いて少しずつ打ち解けてきたみんなも、決勝に向けて気持ちを大きく固めているらしく、練習にも身が入るこの頃だ。

「響木監督、お待たせしました」
「おぉ、来たか」
「!お疲れ様です、円堂さん」
「飛鷹くんもお疲れ様」

そんな私がやってきたのは、雷雷軒の裏にある小さな空き地。今日は午後からフリーになっていたし、私も虎ノ屋さんのお手伝いは無かったからこっちに顔を出してみたのだ。飛鷹くんもさすがは元不良と言ったら言い方はあれだが、根性があるおかげで上達が目覚ましい。響木監督も顔には出さないが満足そうだった。

「今少し見てたけど、フォームが安定してきたね。あんまりフラつかなくなったでしょ」
「はい」

最初は無闇矢鱈に足を振りまくるものだから、ボールもあちらこちらに飛んで大変だったのだ。その為響木監督が飛鷹くんに提示したのは、昼間の練習以外でのボール使用の禁止。全体練習ではボールを使わなくちゃ話にならないから仕方ないとして、それ以外の時間にフォームを始めとした基礎を叩き込むことにしたのだ。
そこからしばらくフォームの細かい修正をしたりすれば、時間はだんだんと過ぎていく。そしてふとそこで、響木監督が足の素振りを止めさせた。飛鷹くんがくたびれたように地面へとへたり込む。

「次はボールですか?」
「あぁ…飛鷹、蹴ってみろ」
「…良いんですか?」

飛鷹くんも驚いた顔。どうやら彼にとっては意外なことだったらしい。けれど私も監督の指示には賛成だった。ここまで仕上がってきたのなら、次は実践を見据えた練習に移るべきだ。
響木監督も案の定、飛鷹くんの驚きを諭すようにゆっくりと口を開く。私は黙って壁に白いチョークでボール一つ分より一回り大きな丸を書いた。

「次は予選決勝だ。勝つためにはお前のその足が必ず必要になる」
「俺の、足が…」
「だからその為に、次のステップに進もうね。決勝戦まで時間がある訳じゃないし、私もビシバシいくよ」
「…はい!」

やる練習は、的当てだ。私の書いた白丸にボールを当てる練習。最初は難しいかもしれないし、ボールは上手く飛ばないだろう。けれど飛鷹くんは割りかし狙いを定めるのが上手だ。まるで相手の弱点を容赦なく突いていくような、というか。たぶんこれまでの喧嘩で培った経験だろう。物騒だけどそれが今サッカーに活きている。
そして帰り道、飛鷹くんと並んで合宿所に向かいながらふと思い出したことを彼に問いかけた。

「そういえば、響木監督に聞いたんだけど昔の後輩とちょっと揉めたんだってね」
「…すみません、喧嘩は禁止されていたのに…」
「あぁごめんね、怒ってる訳じゃないの。手加減したとも聞いてるし、たぶん牽制か何かだったんでしょ?」

たしか守たちみんなが虎ノ屋さんにお手伝いをしにきてくれた日だ。驚いたけれど、守の取りなしで派手な喧嘩沙汰にはならなかったと聞いて胸を撫で下ろしたのを覚えている。こんなところで喧嘩してしまえば、チームの為にも飛鷹くんは選手から外しざるを得ない。そんなのここまで努力して頑張ってきた飛鷹くんには酷なことだから。

「何かあったら相談するんだよ。貴久くんもいつでも頼れって言ってたし」
「………ありがとうございます…」

顔が引きつってるよ。まぁ貴久くんは君にとっての先輩だし、不良は引退したのにまだこの辺りでも影響力強いみたいだからね。でも最近「後輩共がなってない」ってボヤいてたのをしののんが聞いたらしいから、頼れば結構快く解決に力を貸してくれると思うよ。良かったね。





そして次の日、午前の練習を終えてすぐ監督は午後からの練習をオフにした。オーバーワークを避けさせるためだろう。特に要注意人物な緑川くんが不満そうな声をあげているが、監督はそれを一言で黙らせていた。
クールダウンに入る選手たちをよそに、私は監督の部屋にいったん書類を提出しに行くことにした。昨日の練習のデータをまとめたものだ。するとその帰り道、水道場で何やら下卑た笑みを浮かべた不動くんが飛鷹くんに絡んでいるのを見て、私は真顔のまま彼に歩み寄る。

「へっ、偉そうによぉ」
「不動」
「まともにパスもできないお前がフィールドに居たら、俺たち十人で戦うようなもんだぜッ!?」
「辞めなよみっともない」

助走をつけるとまではいかなかったがバインダーで強かに後頭部を叩いた。髪の毛が頭頂部に集まってるから防御力低いね。今後の改善点にすると良いよ。
不動くんは何やら苛立ったように私を振り返ったものの、私はそこから一歩も動く気は無い。睨みつけてもなお動じない私に少しだけたじろいだ不動くん。私はそこにボソリと彼だけに聞こえる声で言葉をささやいた。

「サラダ増量」
「!!!」
「…薫今なんて?」
「ッ何でもねーよ!!」

悔しそうに歯噛みしながらその場から去っていく不動くん。悔しいだろうそうだろう。何せ、厨房に立つのは君じゃなくて私だ。そして私の手にかかれば君のお皿にだけトマト増量現象を起こすことはとっても容易い。逆らわないのが吉。
そしてそんな不動くんを見送りながらも、守や私に一言告げてその場から去ろうとする飛鷹くんに私は駆け寄り、一言だけかけておくことにした。

「ああいうのは相手にしない方が良いよ。不動くんもフラストレーション溜まって発散したいだけだから」
「…たしかに腹は立ちますが、あいつの言うことも一理あります。…このままじゃ、俺のせいで負けると言っても…」
「何言ってるの飛鷹くん。それはある意味君の自惚れだよ」
「!」

君のせいで負ける?そんなのチームメイトをフォローしながらプレー出来なかったみんなの落ち度でもあるんだから、君だけのせいなんかじゃない。仲間をフォローできてこそのチームだ。そしてそれをみんな分かってる。だから守だって君をもっと知ろうとしてるんだよ。

「誰だって最初は上手じゃないし、飛鷹くんだっていつまでも初心者のままじゃないでしょ」
「…」
「頑張れ、今はただ精一杯自分のやれることをやるだけだよ」

それだけを告げて歩いていく。飛鷹くんがみんなに溶け込めるのと、守が飛鷹くんを絆すのとどちらが先なんだろう。でも守はあれで案外しつこいし、飛鷹くんだって性根は優しい人間だから。…そしてだからこそ思う。
もしみんなが一つに纏まってくれたらきっと、イナズマジャパンは今より強くなるのにな、と。





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