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結局次の日の朝、顔を合わせた豪炎寺くんは少しだけスッキリしたような顔をしていて安心したのを覚えている。どうやら本人なりに何か悩みがあったようだが、自分の中でちゃんと区切りをつけられたのだとか。
その微笑みの中に何か諦念のようなものが見えて一瞬不安になったけれど、豪炎寺くんはいつも通りだったから声をかけるのも憚られてしまった。

「新必殺技?」

そんな中、鬼道くんの発案でさらなるチーム力の強化の為に新必殺技を生み出すことになった。鬼道くんが指名したのはまず風丸くん。選考試合のときに見せた必殺技の片鱗を見て、鬼道くんは新しい可能性を見出したらしい。
そして次に士郎くんと雷電くん。士郎くんのスピードと雷電くんのパワーを組み合わせれば、今までよりずっとすごい技が出来るはずだと笑う鬼道くんに私は内心頷いた。
その上、綱海くんもやる気を出して壁山くんと一緒に必殺技の練習をするらしい。壁山くんは若干嫌そうに見えるが頑張れ。君ならきっと出来る。

「そうと決まれば、さっそく特訓だ!」
「おう!」

私も監督に今のミーティング内容の報告に向かおうと立ち上がる。しかしそこでふと、緑川くんの様子が可笑しいことに気がついた。朝食にほとんど手をつけず暗い表情で俯いている。体調でも悪いのだろうか。しかし声をかけるか躊躇っている間に、緑川くんはさっさとお皿を片付けてその場から去ってしまう。…後でまた声をかけてみようかな。
その日は監督から許可をもらっていたので一日自主練。鬼道くんの指名した選手たちが新必殺技の習得に励む傍ら、他のみんなも一生懸命練習している。けれどやはりそこで目につくのは、少しだけ様子の可笑しい緑川くんだ。…そしてもう一人、そんな緑川くんの様子に気がついている人がいる。

「基山くん、ちょっと良い?」
「!何かな、薫さん」

多分私が何を言っても緑川くんは誤魔化すだろうし、それなら同じおひさま園出身で家族の基山くんに話を聞いてもらったら良いかもしれない。なので後でで良いから緑川くんの話を聞いてあげてくれないか、と頼んだところ微笑みと共に了承してくれた。基山くんも緑川くんに話を聞こうと思っていたらしい。さすが家族。

「ごめんね、私がもっとしっかりしてたら良いんだけど」
「薫さんの責任じゃないよ。自分の才能を信じられない緑川自身の問題だ。…それに、エイリア学園の問題でも」
「!」

緑川くんはかつて、エイリア学園の中でもランクが一番下のチームのキャプテンをしていた。基山くんたちの部下でもあった彼はきっと、そんな自分がここに居ることにプレッシャーを感じているのだと。

「俺たちもみんな分かってるんだ。緑川はすごい奴だって。血の滲むような努力でここまで来た。…それを認めようとしないのは、あいつ自身なんだよ」

…それを聞くと、なんかカチンとしてきたな。緑川くんが一番下の弱い選手だと自分を卑下するということは、そんな彼に負けて怪我まで負った私はもっと弱い存在だったということだ。何という屈辱。緑川くんが自分を強くてすごい選手だと認めない限り、私の存在はつまりそういうことでしょう。頭にきてしまった。

「絶対泣かす」
「…て、手加減してやって欲しいかな…」

ほっぺ伸ばしの刑に処してやるからな。





その日の夜、緑川くんを自主練に連れ出した基山くんたちの後を追って私はグラウンド近くの物陰に隠れる。しばらく二人でパスやら対人練習やらを続けていたものの、しばらくしてバテたように膝に手をつく緑川くんに基山くんは静かに声をかけた。

「どうした緑川、もう終わりなのか?」

その問いかけに対して緑川くんは悔しそうに歯噛みした。そしてまるでその言葉がとどめであったかのように、首を振って彼は叫び声を上げた。

「いいよもう!!どうせ俺なんて、これ以上やったって!!そもそも、エイリア学園のセカンドランクチームに居た俺なんかが選ばれたのが、間違いだったんだ…!」

夜の闇を引き裂くような悲鳴じみた怒声に、私は思わず唇を噛み締める。そんな風に君自身を卑下して欲しくなかった。このチームの中で誰よりも努力しようと足掻く君の姿を見てきたのだから。間違いなんかじゃない。君を見つけた響木監督も、君を選んだ久遠監督も正しく君を戦力として選んだのだ。…そしてそんな私の気持ちを読み取ったかのように、基山くんは静かに緑川くんの叫びを否定する。

「間違い、か…俺はそうは思わないけどね」
「え…?」

基山くんは言った。エイリア学園が無くなって、みんなが心からサッカーを楽しめるようになってから緑川くんのサッカーは変わったのだと。
宇宙人を演じていた以前はどこか無理をしていたように見えた彼も今は無心にボールを追いかけるようになって、何度転んでも立ち上がってボールに食らいつくような姿が増えて。
そんな緑川くん本来の力が発揮できるようになったことで、緑川くんは前よりさらに強くなったのだと。

「大丈夫さ、緑川なら。…少しは信じろよ、自分のサッカーをさ」
「…うん!」
「…それに、お前がいつまでもそうして落ち込んでいると、彼女にも心配をかけるぞ」
「彼女…?」

どうやら基山くんに呼ばれたらしいので、物陰からひょっこり顔を出す。すると緑川くんは私が居たことに初めて気付いたからか、驚いたように目を見開いていた。私はそんな緑川くんの肩に手を置いて、諭すようにして声をかける。

「緑川くん、君は基山くんの言う通り自分の力をもっと信じて良いんだよ」
「…薫ちゃん…」
「じゃないと、私が報われないでしょ?」
「………むくわれない…?」

途端に緑川くんの肩に置いていた手に力を込める。ギリギリと音さえしそうな勢いで握り込んだ私に引きつった顔で痛い!と叫ぶ緑川くん。どうやら怒られることに関して身に覚えが無いらしい。それならさらに重罪だね。

「緑川くんが自分を弱い弱いって言えば言うほど、それに比例して君に負けた私も弱いってことになるんだよ」
「そっ、それはもう言わない約束じゃ!?」
「黙らっしゃい、どう見ても先にエイリア学園時代の話を持ち出したのは君」
「たしかに!!!」

断末魔と許しを乞う緑川くんの悲鳴を聞こえないフリで、私は緑川くんの頬を最大限に引き伸ばす。ええい、私の怒りがこんなもので収まるものか。基山くんも引きつった苦笑いで見ていたけど、この件はどう考えても緑川くんが悪いと悟ったのか止めるようなことはしなかった。懸命だと思うよ。





次の日、憑物が落ちたようなスッキリした顔で練習に挑む緑川くんに基山くんと顔を合わせて笑い合う。この前は抜かれていた虎丸くんとの一対一も見事に突破してみせるなど、その調子はとても目覚ましい。他のみんなもだんだんと自分のやるべき課題を見つけているらしいが…それより一つ、気になることがあった。
不動くんのことだ。今日も一日中自主練にしてあるから個人がどんな練習をしていようと自由なのだが、いつのまにかフラリと姿を消していた不動くんの行き先を誰も把握していない。一応守にさりげなく訪ねたのだが。

『不動?そういえば見てないや…何か用事でもあるのか?』
『…ううん、大丈夫、ありがとう』

これは由々しき事態では?不動くんとイナズマジャパンが元から上手く行っていないとはいえ、キャプテンである守がその行き先を把握していないのはさすがに不味い。
チームキャプテンは守だ。そして守はだからこそこのチームメンバーの一人一人を纏めなきゃいけない責任がある。…それを守はまだ自覚していないのだ。それじゃあ駄目だ、そのままじゃたとえ世界に行けても私たちは勝てない。

「…なるほど、それでお前はどうする」
「…どうする、って」
「お前が監督ならば、円堂に何を言い渡す」

自分じゃどうしようも出来ず、監督に相談を持ちかければ真っ直ぐに見つめられて私は思わず唇を噛み締めた。…本当はもう分かっている。監督が守に何を言うつもりなのか、どのようにして今のチームの現状を把握させるつもりなのか。
そして私自身もそれしかないと分かっていたから。

「…私は」

絞り出すように告げた言葉に、監督は黙ったまま頷いた。それを見て私も静かに俯く。…もしもこのまま、守がこの事態に気がつかず決勝戦の日を迎えるというのならば、そのときは。


『私は、守を一度ベンチに下げるべきだと思います』


…そんな嫌な未来が訪れないことを、私は願うばかりだけれど。





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