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憂鬱な気持ちは晴れないまま、次の日はそれでも容赦無くやってくる。今日は自主練ではなく、一度実戦形式で試してみようということで試合を行うことになった。今日はリカちゃんたちも応援に来ている。大阪に帰ったはずなのだが、どうやら決勝戦の日にまたわざわざこっちに来るのが面倒だという理由で塔子ちゃんの家に泊まっているようだ。毎晩夜遅くまで寝かせてもらえないらしい塔子ちゃんがやつれている。
そんな塔子ちゃんの嘆きに苦笑しつつ、監督に促されてチーム分けのメンバーを発表しようと私が口を開きかけた、その時だった。
「わ」
「なんだ!?」
…目の前をボールがギリギリで通過した。守がキャッチしたものの、私の目と鼻の先を猛スピードで通って行ったボールに思わず意識が遠くなりそうになる。いや、実際にふらりと後ろによろめいたのだけれど、ギリギリで監督が咄嗟に支えてくれたのだ。危なかった。
そしてみんなが目を向けた先、そこには何故かエイリア学園のデザームが居た。…いや、私は既におひさま学園で一応挨拶はしてるから名前は知っている。砂木沼治さんだ。基山くんと緑川くんも驚いたように目を見開いている。
「さすがは円堂…素晴らしい反応だ」
「デザーム!!」
思わず名前を呼んだ守に、やはり砂木沼さんは一応名前の訂正をし、なぜか自分を「ネオジャパンのキャプテン」であると明かした。…ネオジャパン?その言い方だとまるで、もう一つ日本代表チームがあるというようなものじゃ…。
「ネオジャパン…?」
「ふ…」
不敵に笑う砂木沼さん。そしてその両隣に並んだ数々の面々を見てみんなが驚いたような顔をした。私もびっくりした。見知った顔がこんなにいっぱいいる。
帝国からは源田くんや成神くん、寺門くんまで来ていて他にも今まで戦ってきたチームのメンバーが引き抜かれているような様子に思わず眉を潜める。こんなメンツを集めて、何をしようとしているのだろう。…するとそこで、ふと懐かしい声が耳を刺した。そこには。
「久しぶりね、円堂くん」
「瞳子監督!」
私にとっては静岡で別れてから一ヶ月も経っていないからそこまででは無いが、他のみんなからすれば実に懐かしい瞳子監督の姿があった。そんな瞳子監督は守たちイナズマジャパンを一瞥したかと思えば今度は久遠監督に向き直る。久遠監督も何かしら不穏な気配を感じたからか黙って瞳子監督と対峙した。…空気に緊張が走る。
少し不安になりながらとりあえずネオジャパンと名乗った面々の方に顔を向けると、ふと源田くんと目が合った。その途端に源田くんはあの真面目な顔つきを崩して優しく微笑んでくれたから、私も釣られて微笑み返しながら手を振る。風丸くんに背中を叩かれて鬼道くんにジト目で見られた。そんな顔しないで。
「久遠監督ですね?初めまして、吉良瞳子です」
「…君のことは響木さんから聞いている。地上最強のチームを率いた監督だと」
「ご存知なら話は早いですね。…私はネオジャパンの監督として、正式にイナズマジャパンに試合を申し込みます。…そしてネオジャパンが勝ったときは、日本代表の座をいただきます」
みんなが絶句するのが分かった。私も突然のその申し込みに驚愕を隠せない。
だってこれはつまり下克上だ。負けてしまえば最後、私たちイナズマジャパンの居場所はネオジャパンに塗り替えられてしまうことになる。思わず久遠監督を見上げたものの、監督に動揺した様子は見られない。むしろ何か思案するように黙り込み、やがて監督はその申し出を受け入れた。
「…良いでしょう」
「監督!?」
…まぁ、監督がこんな強者揃いのメンバーを相手に断るとは思っていなかった。どうせ監督の中ではこのネオジャパンの戦いですらイナズマジャパンの実力の底上げに利用しようとしているに違いない。敗北すれば失うものは大きいというのに、随分とすごい自信だ。いや、だからこそイナズマジャパンの監督なんてものができているのだろうけど。
*
両選手がポジションにつく。しかしそこで砂木沼さんがついたポジションを見て、イナズマジャパンからは困惑の声が上がった。砂木沼さんがついたポジションはミッドフィルダー。イプシロンのときはキーパーかフォワードだったというのに、どうしてそんなところに。
「…見せてもらおうか、貴女が作り上げた最強のチームを。鍛え上げられた、選手たちのプレーを!」
監督がこんな声を上げるなんて珍しいな。もしかして煽りだろうか。そんなことしたら審判に怒られてしまうぞ。
そんなことを思いつつも試合がスタートした。キックオフはイナズマジャパンから。ボールを持ちながら一気に前線へと駆け上がっていく士郎くんの前に戦国伊賀中の霧隠くんが迫る。
「行かせるか!」
「吹雪!!」
鬼道くんの上げた声に素早く反応した士郎くんはそのまま霧隠くんを交わし中盤へと突入する。しかしそんな士郎くんの背中を振り返りながら砂木沼さんは寺門くんたちに向けて叫ぶ。
「郷院!寺門!」
大柄な体からは想像できないほどの機敏さで士郎くんの道を防いだ二人に、士郎くんは咄嗟の判断で虎丸くんに向けてパスを出した。しかしまたそこで砂木沼さんからの指示が飛ぶ。その声に応えるようにして虎丸くんの足元のボールを成神くんがクリアした。…指示が早い上にそれに応えて動くスピードが段違いに速い。
「前に戦ったときよりも実力が跳ね上がってますね…」
「…」
監督は何も言わないまま、策を巡らせるようにしてグラウンドを厳しい目で見つめている。
試合の続きはイナズマジャパンのスローイングから始まった。木暮くんからボールを受け取った鬼道くんが基山くんへと指示を出す。前へ出したボールを受け取った基山くん。上手くボールは繋がり、そのまま攻撃態勢へ。…と、いきたいところなのだが。
「改、石平!」
二人がかりでついたマークが巧みに基山くんを翻弄する。基山くんが体勢を整え直す間も与えないうちにボールは奪い去られてしまった。…ディフェンスが固すぎる。これを突破出来なきゃゴールを奪うどころの話じゃない。
その後もイナズマジャパンは果敢に攻めるものの、ネオジャパンのディフェンスの前に尽く敗れた。思わず歯噛みしながら試合を見ているしか無い私たち。…しかしそこで久遠監督が動いた。
「…円堂、風丸を呼べ」
「!はい」
試合を黙って見つめていた風丸くんを呼ぶ。誰にも聞こえない、私たちだけにしか聞こえないくらいの声で出したその指示は、きっと監督にとってはこの窮地を破るための一手だった。
「お前の必殺技を完成させてこい」
「…はい!」
そのままグラウンドを飛び出していく風丸くんの背中を見送り、私は試合に目を向け直した。ちょうどそこでは、虎丸くんから士郎くんに向けてパスが繋がったところだ。…シュートチャンス、今なら攻撃ができる。
「ウルフレジェンド!!」
士郎くんの強烈なシュートがゴールに向けて襲いかかる。誰もが私たちイナズマジャパンの先制点を確信した。…しかしそれは、不敵に笑って見せた源田くんの繰り出したキーパー技によって愕然とした驚愕に変わる。
「ドリルスマッシャーV2!」
…これは確か、あの沖縄のときにも見た砂木沼さんの必殺技だったはずだ。士郎くんのシュートを何度も弾き飛ばしてみせていたあの技に、士郎くんも目を見開いている。その技をどうして源田くんが使えるの。
しかしその驚きはまだまだ序の口だった。源田くんからボールを受け取りこちらへと攻め上がってくる砂木沼さんは、イリュージョンボール改やダッシュストームなど帝国学園や世宇子中の必殺技を次々に繰り出してみせたのだ。…これで分かる。ネオジャパンは、所属する学校の分だけ必殺技を共有していた。
「グングニルV2!!」
御影専農中の下鶴くんが繰り出した、やはり砂木沼さんの技であったはずのシュートが守を襲う。正義の鉄拳で応戦した守だったが、しかしそれは信じられないほどのパワーに押し負けてゴールを許してしまった。…前に戦ったときには完璧に弾き飛ばしていたはずなのに。
「円堂守。私はお前からサッカーとは熱く楽しいものだと学んだ。だが…同時に勝負とは、辛く険しく厳しいものなのだ!」
その言葉に込めた砂木沼さんの思いがどれほどのものかなんて、私たちには分からない。血反吐を吐くような思いで紡がれたそれには、きっと何ものにも揺るがない確かな覚悟があった。
「日本代表の座は必ず勝ち取る!!」
…けれど私たちだって負けるわけにはいかないのだ。ここまで必死にみんな頑張ってきた。あとひとつ勝てば世界にだって行ける。だからこそ負けない。
日本代表の座を守り抜き、世界に羽ばたくのは守たちイナズマジャパンだ。