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ネオジャパンの人たちとの挨拶後、久しぶりに源田くんたちと話すことができた。お互いに健闘を称えあってから、今日までの話をする。どうやらネオジャパンの人たちは、これまでのイナズマジャパンの試合も見にきていたらしい。

「いつもハラハラさせられたな。…その分、あんな熱い戦いを俺たちもしたいと思わされたが」
「源田くんたちもすごかったよ。まさかあんなに強力なキーパー技を習得してただなんて思わなかったし」

本当にこの試合はドキドキした。監督が試合を受けた以上、勝つ算段をつけているだろうとは思っていたのだが、やはりネオジャパンは強かったから。そしてもう一つ、気になっていたことを聞いてみることにする。暇がないせいなのだが、全然会えていない佐久間くんのことだ。

「…佐久間くんはどうしてる?最近メールしても『大丈夫』としか返ってこないし…」
「照れてんだよ佐久間のやつ。監督からネオジャパンに誘われたときも『俺はいい』って断ったしな」

…それなら良かった。落ち込んだり、また真帝国学園のときみたいにヤケクソになってたら嫌だもんね。今度こそ私の拳が火を吹くよ。
そんな私の思惑は知らず、佐久間くんの話をしてくれるみんなに私も安心した。一度は敵同士だったけれど、こうして話せるようになったことが嬉しい。

「あーあ、それにしても負けちゃいましたねぇ。俺、代表になれたら瞳子監督に頼んで薫先輩もマネージャーにしてもらおうと思ったのになー!」
「成神くん!?」
「お、そりゃ良いな。お前、優秀な監督補佐なんだろ。戦力になるなら大歓迎だぜ」
「そんな無茶を言う」

源田くんを見てみると黙ってにっこりされたので頼れない。これは賛成派だな?まず瞳子監督が許可しないだろうに…。

「『良い考えね、検討するわ』って前向きでしたよ」
「嘘でしょ瞳子監督」

そこら辺割とシビアな人だと思っていたのだが。
…なるほど、危なかったというわけか。もし負けていたらこっちに引き抜かれていたかもしれないという。…でも、それは無いかな。

「私はイナズマジャパンの監督補佐だからね。もしネオジャパンが勝ったとしても、応援はしても仲間にはなれないよ」
「…ちぇ、そう言うと思いましたけど」

拗ねたように腕へしがみついてくる成神くんに苦笑しながら塩飴をあげる。どこから出した、とギョッとしたように驚かれたがそんなにビックリする?普通にポケットにいつも人数分は常備してるよ。このジャージ、結構ポケットが大きいんだ。

「薫ちゃん!話終わったの?」
「うん、緑川くんもお疲れ様。あの必殺技すごかったね」
「えへへ…石の上にも三年、辛抱強く待てば努力は実るものさ!」

源田くんたちと別れた後みんなの元に戻れば緑川くんに目敏く気づかれた。今日の緑川くんのプレーがすごかった、と褒めれば嬉しそうに相好を崩される。可愛い。この前のことも含め、悩みがようやく吹っ切れた様子に安心した。基山くんとも視線を合わせて頷き合う。

「今日はここまでとする。各自、身体を休めろ」
「はい!」

試合をしたからか、監督はどうやら今日はここで練習を切り上げるらしい。自主練やら特訓やらは各自に任せるそう明日も午後からは休みになっているし、私も明日午後からゆっくりする為に今日のうちにいろいろ仕事を済ませてしまおう。





そして次の日、なんと乃々美さんがみんなのためにお弁当を作ってきてくれた。カタール戦の前も差し入れてくれたのだが、乃々美さんの家のお弁当屋さんの味はすごく美味しい。栄養満点だし、みんなも嬉々として食べているので思わず嫉妬してしまいそうなほど。
監督の分もいただいたので監督の部屋にその弁当を届け、少しだけ簡単な打ち合わせをしてから部屋を出る。すると何故か守の手を引いたふゆっぺがグラウンドから飛び出していくところだった。思わず疑問ばかりが頭に浮かぶものの、その後ろを追いかけようとする二人組を目敏く見つけて私は首根っこを引っ掴む。

「何すんねん!?…って、薫やん」
「今度は何企んでるのリカちゃん…」
「だよなぁ、やっぱり企んでるよなぁ…」

塔子ちゃんは遠い目をしているので恐らく無罪。これでもリカちゃんの暴走(推測)を止めてくれたのだろう。まぁそう簡単にリカちゃんを止められるとは思わないが。
そんな二人に話を聞き出したところによると、どうやらリカちゃんはふゆっぺと守をくっつけようとしているらしい。思わず呆れてしまった。

「…怒らないんだな、薫」
「怒る?なんで?」
「いや、だってなんか薫はさ、『守に相応しい女の子じゃないと認めない!』って邪魔しそうに見えるし…」
「えぇ…しないよ。それにふゆっぺのことは認めてるし」

もし守と付き合ったり結婚するなら、という女の子リストの中にはふゆっぺの名前が一番最初に来ている。何せ、まだブラコン全開の私が当時唯一認めたのがふゆっぺだ。むしろふゆっぺが守のことを好きだと言っても私は背中を押してあげられる自信がある。素敵な女の子だしね。

「…それにしても、必殺技を思いつくためにデートか…」

そのためにふゆっぺを騙すような形でデートに行かせたリカちゃんは割りかしギルティだが、そこはまぁ追々考えていくとして。…ふと、そのとき思い至ったのは不動くんの存在。未だチームに馴染むことなく孤立を選ぶ不動くん。守も今のチームの状況には気がついていないようだし、このままだと決勝戦もチームがまとまらないまま大変なことになってしまうだろう。…よし、決めた。

「私もデートしてくる」
「おう!…おう!?」
「なんでそんなオモロイこと目の前で言うん!?どっち追いかけたらええか分からんやないか!」

知らないよ。むしろ人目を気にしないために守に貼りついててくれた方が良い。驚愕に絶句している塔子ちゃんと喚くリカちゃんをその場に置き去りにして私は急いで駆け出す。今日は平日だし、この時間帯なら駅前のカフェが空いているだろう。そんなことを頭で考えつつ、一度部屋に戻って制服に着替えて準備を済ませてから食堂を覗けば、まだご飯を食べている人たちから離れて椅子に座っている不動くんを発見した。

「不動くん」
「…あ?なんだよ…」
「今日午後から暇?」
「…別に…」
「よし、暇だね」
「俺は何も言ってねぇよ」

どう見ても暇じゃないか。他の人たちは息抜きで外に遊びに行ったりしてるのに、こんなところでぼんやりしているんだからさ。
そして暇だと分かったところで私は不動くんの腕を笑顔で掴む。訝しげな不動くんの顔を気にせず私はさっそくデートの提案をすることにした。

「不動くん、私とデートしよう」
「…………………ハ!?」

後方からいろいろと吹き出す音が聞こえたが気づかない方向で。私は衝撃のあまり呆然としている不動くんの手を引きながら食堂を飛び出した。





駅前のカフェは最近出来たばかりなものの、東京の都市部に本店を持つ可愛いスイーツが人気なお店らしい。前にまきやんが行きたいと騒いでいたのを思い出す。私の予想通り店内の人はまばらで私たちも五分も待つことなく中に入ることができた。カップルか女性客ばかりの店内に、不動くんは少し居心地悪そうだけど我慢して欲しい。

「不動くん何食べる?今日は奢るから好きなの頼みなよ」
「…何企んでやがる」
「ん、不動くんと仲良くなりたくて」

お友達ごっこかよ、と吐き捨てられた。言い方が酷いんじゃないか。私だって本当はちゃんと手順を踏んでから君と仲良くなりたい。

「…手順?」
「佐久間くんたちの件についてちゃんとしっかり話し合ってから友達になりたくて」

話し合い(物理)である。私のファイティングポーズが火を吹くからな。君と手加減無しの真っ向勝負をして、お互いスッキリしてから向き合った方が遺恨が無くて良いと思うの。そう言うとドン引きされた上に「ゴリラ女」と呟かれた。今すぐカフェデートから河原で決闘にシフトチェンジしても良いんだぞ。そう凄んだら口を閉じた。それでよろしい。

「まぁ友達云々はともかく、今日は不動くんの話を聞きたくて」
「…俺の話ねぇ…」
「ぶっちゃけ、今の自分の扱いに文句があるでしょ」

昨日の試合しかり。非公式の試合ですら出させてもらえない不動くんはきっと、久遠監督にだって不満を抱いているはず。見透かすようにそう微笑めば、図星だったのか舌打ちされてしまった。

「…あの監督は俺の実力を分かってねぇんだよ。俺さえ出せば、あんなチンタラした試合なんざさせなかった。昨日もだ」
「不動くん観察眼すごいもんね。多分だけど、オーストラリア戦のカラクリもすぐに見抜いてたでしょ」

不思議には思っていたのだ。試合に出されずふて腐れているかと思いきや、意外にも試合中の目線は途切れることなくグラウンドを向いている。それが彼なりの観察であり、頭の中では窮地を打開するための作戦が練られていたに違いない。選考試合で初対面にも関わらず武方くんの性格を見抜いたオフサイドトラップにも舌を巻いたのだ。
だからこそ思う。もしも不動くんがチームに馴染み、みんなが不動くんの指示を信頼するようになれば今のチームはもっと強くなる。

「イナズマジャパンの絶対的な司令塔は鬼道くんだよ。鬼道くんは、試合中でも柔軟に作戦を変更できる」
「ハッ、どうせ俺は鬼道には敵わないとでも言いたいんだろ?」
「卑屈だね…」

最後まで話聞こうよ。

「でも私は不動くんの観察眼は必要だと思ってる」
「…」
「たとえば前半、不動くんを温存して試合の打開策、相手の弱点を見つけさせれば、たとえ窮地に陥っても後半は鬼道くんと一緒にチームを勝利に導けると思うんだ」

それに、今よく考えれば不動くんは一度も公式試合に出ていない。言わば、不動くんは敵チームにとって唯一情報の無い警戒すべき選手なのだ。そんな彼がたとえば、次の決勝戦で隠していた実力を発揮したらどうなるだろう。相手はもちろんイナズマジャパンを研究して挑んでくるに違いないし、私たちだって苦戦を強いられる。でもそこで不動くんが流れを変えてくれたら。

「と、いうことで不動くんには何とかチームに馴染んで欲しいから賄賂代わりのデートです」
「…デートって呼ぶな気色悪りぃ。豪炎寺の奴に誤解されても知らねーぞ」
「ヘアっ!?」

思わず身を乗り出して不動くんの口を塞ぐ。パァンと小気味良い音がした。…今、何て言った?不動くんはどうしてその名前を出したの。

「んん、ん゙ッ!!」
「あ、ご、ごめん」
「だァッ!いきなり何しやがる!!周りから見られてんだろうが!?」

たしかにカフェの店内にいる人たちからとても注目されている。ごめんなさい。少なくとも修羅場じゃないのでご安心を。…けれどこれは由々しき事態。よりによって不動くんにバレてるのは不味い気がする。具体的には弱み的な意味で。

「…なんで分かったの」
「あ?ンなもん見てりゃ分かるだろ。あんだけ色ボケした目で見てんだ。むしろ近くにいて分からねぇあいつらが可笑しいだろ」

…色ボケした目か…そうか…。たしかに割と目で追ってることが増えたけど、それでも自制して気づかれないようにしてたつもりなんだけどな…。まぁでも、不動くんが簡単に言い触らすような人じゃないことを信じて一応釘を刺しておこう。

「言ったらトマト」
「テメェ本当に仲良くなる気あんのか」

あるよ。でもお互いちゃんと秘密は守って行こうねって話だからさ。





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