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私が頼んだのはフレンチトースト。不動くんはストロベリーパフェというなかなか甘ったるいスイーツを頼んでいた。どうやら不動くんはスイーツに目が無いらしい。通りでここに来るまであんなに抵抗していたのに、カフェの名前を出したら大人しくなったと思ったんだ。さてはここに来てみたかったけど、男の子一人で入るのは気が引けていたタイプだな?

「不動くんフレンチトースト一つあげるよ。だからちょっとソフトクリームのところちょうだい」
「…ほらよ」

チョロくないだろうか。にこやかに小さな取り皿を指し示せば、難なくソフトクリームをくれた。代わりにフレンチトーストを一切れ差し出してお互いに交換する。…予想以上に美味しい。さすがは雑誌でも取り上げられるほどの有名店。まきやんに報告しておかなきゃ。

「不動くんはもともと愛媛の人?」
「なんでテメェにンなこと…」
「ベリーあげるね」
「…生まれはこっちだ。ガキの頃にあっちに飛んだ」

チョロくないだろうか(二回目)。いや、まさか付け合わせのベリーで釣れるとは思ってなかったよ私も。これは今後彼をうまく使いたいときに活用出来るかもしれない。スイーツなら、プロレベルとまでは行かずとも作ることはできるし。
…そしてそんな不動くん曰く、彼はどうやら昔人の良い父親が背負ってしまった借金のせいで夜逃げせざるを得なかったらしく、母親には「偉い人になれ」と言い聞かされて育ってきたらしい。あの総帥さんにも、自分の立場を強めるために取り入ったのだとか。ちなみにここまでフレンチトースト二枚目で話してくれた。もう不動チョロ王で良いんじゃないかな君は。

「…そっか、そんなことがあったんだね」
「同情なら要らねぇよ」
「あっ、その辺りは別に。不動くん何だかんだで元気いっぱいだから」
「…そうかよ」

そうだよ。何なら宇宙人として破壊活動を強いられていた緑川くんたちの方が同情できる。エイリア石の影響でしばらく大変だったみたいだし。
…まぁ、どちらにせよ私が同情する権利なんてどこにも無いんだけどね。怪我をしたにしろ、迷惑をかけられたにしろ私だってこうして元気なのだから。

「不動くんって頭も良いしサッカーも出来るのにさ、見た目と態度でむしろマイナスぶっちぎってるのが面白いよね」
「喧嘩売ってんのか?」
「え、買うの?」

黙られた。それでよろしい。それに私の言ってることだってあながち間違いじゃないと本当は自覚しているくせに。その明らかに「悪役です」と言いたげな格好を辞めれば、もっと周りとも歩み寄れる気はするんだよな。立向居くんなんてよく不動くんのことを気にかけているし、せめて彼くらいには優しくしてあげてよ。良い子だよ立向居くんは。

「俺は良い子チャンが嫌いなんだよ」
「捻くれてる…」

多分十年後あたりに思い返したらのたうちまわって死にたくなるくらいのカッコつけたセリフだね。覚えておこう。大人になっても付き合いがあったらの話だけど。
…まぁ、そんな感じでなんだかんだと不動くんとはのんびり穏やかに話すことができた。みんなと歩み寄る気はさらさら無いらしく、むしろあっちが俺に合わせろくらいの傲慢さだったけれど、いつか共闘しなければならない日が来たらそのときは私も頑張って仲介するとしよう。





その後はさすがに店の前で解散し、私もインクの尽きつつあったペンを買いに文房具屋さんに寄ってから合宿所に帰還した。
すると何故か帰って早々、般若を背負った風丸くんとぷんすこしてる士郎くんに捕まる。理由を問う前に強制的に食堂の椅子に座らされ、周りには何故か聴衆が。取り調べかな?

「話を聞かせてもらうぞ薫…」
「な、何の…?」
「壁山たちから聞いたんだがお前、不動とデートしたんだってな…?」

…その話?別にやましい気持ちは無かったし、ただ単にスイーツ食べていろんな話をしたくらいだけど、何か問題でもあったのだろうか。そんな理由が思い至らない私にイライラした様子の風丸くん、クワリと目を見開いて私に向けて一喝した。

「何をされるか分からない相手を気軽に誘うな!」
「私の方が多分強いよ」
「お前の喧嘩の実力は置いておいてだ!!」

ああ言えばこう言う。風丸くん私の親みたいだね。いやだって本当に私と不動くんが喧嘩すれば私の方が強いと思う。スピードと反射神経はあるし、パワーは無いけど急所を的確に突ける器用さはあるので負けるつもりは無いし多分割と余裕で勝てる。そう言えば風丸くんは頭を抱えてしまった。手のかかる幼馴染でごめんね。諦めて。
すると、それまで黙って話を聞いていた鬼道くんが怖々と口を開く。名前を呼ばれてそちらを見れば、鬼道くんは何やら不安なそうな顔で私にこんな爆弾を落とした。

「…お前は、不動のことが好きなのか…?」

…なんて?鬼道くんはいつからリカちゃんの生き霊が取り憑いたのだろうか。もしや熱があるのかもしれない。みんなもまさか、みたいな顔で私を見てるけど万が一にもそのまさかは無いので安心して欲しい。好きな人は別の人なので。なので全力で首を横に振って無いアピールをしておく。そもそも何を言ってるんだ君は。

「いや、もしやという可能性の話だが…」
「モヒカンはタイプじゃないから…」
「そういう話でも無い!!」

黙ってろと言いたげな目線で鬼道くんを見事黙らせた風丸くんは、今のやり取りで怒りが削がれたのか大きなため息をついてガックリと肩を落とした。とうとう私の説教を諦めたらしい。デコピンを一発だけもらってその場はお開きになった。額が痛い。

「…あれ、守たちは…?」
「まだ帰ってきてないわ」

一応ふゆっぺに連絡を入れたところ、一度円堂家に寄ってからこっちに帰ってくるらしい。お祖父ちゃんの特訓ノートを取りに行くのだとか。あまり遅くなると心配だから早めに帰ってきてねとだけ伝えておいて私も夕飯の支度の手伝いに行く。今日はデートという名のお出かけに付き合ってくれたからな、不動くんのトマトは特別に一個減らしてあげるとしよう。そう思いながら食堂に向かおうとすれば、ちょうど合宿所に戻ってきたらしい豪炎寺くんと鉢合わせる。

「あ、お帰りなさい豪炎寺くん」
「あぁ」

豪炎寺くんは週に一度、家の方に帰って洗濯物を交換する。これは家が近くの人たちはみんなそうで、私と守も週に一度は家へ洗濯物の交換がてら顔を見せに帰っていた。

「夕香ちゃん元気だった?」
「…最近は毎日楽しそうだ。体に不調も無い」
「それならよかった」

夕香ちゃんとはしばらく会っていないし、私も決勝戦が終わってひと段落ついたら豪炎寺くんに頼んで夕香ちゃんに会いに行こうかな。夕香ちゃんと遊んでいるとまるで妹が出来てみたいで楽しいのだ。だから私は、豪炎寺くんにそれを言い出すつもりで口を開きかけて。

「…豪炎寺くん、元気ない?」
「!」

少しだけ暗いような顔に思わず心配になったのだけれど、豪炎寺くんはそんな私の声かけに対して首を横に振った。少し疲れただけだ、と彼は言うけれど本当なのだろうか。…でもどこかその横顔が「何も聞くな」と言っているような気がして私は黙り込む。

「…そっか、それなら良いんだ」
「…」
「もうそろそろ夕飯だって。食堂まで急いでね」

豪炎寺くんにそれだけ告げて私は今度こそ食堂に向かう。廊下を歩きながら私は思わず俯きながらため息を吐いた。
…今の豪炎寺くんは、少しだけ怖かった。まるで踏み込むなとでも言うような強張った顔。あれには見覚えがある。

『俺は、何を言われてもサッカー部には入部しないぞ』

出会ったばかりの頃、サッカーから必死に目を背けていたあの時の豪炎寺くんの顔に、よく似ていたような気がした。





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