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豪炎寺くんの暗い様子への違和感が抜けないまま、それでも本人が大丈夫だと言い張っている以上何も言えず、今日も練習は始まる。今日の練習は守のキーパー技の強化とそれに伴うみんなの必殺技のレベルアップだった。今も虎丸くんが撃ったボールを守が見事弾き返し、悔し紛れに「手加減した」という虎丸くんに「本気でやれ」と守が叫ぶ。それは虎丸くんなりの負け惜しみだよ守。

「円堂、行くぞ!」
「さあ来い!」

でも虎丸くんのシュートも前より威力の向上が見られる。それよりも守のキーパー技のレベルが高いだけだ。無理もない。守の成長スピードはときどき味方である私も恐ろしいくらいだしね。
そして次はどうやら豪炎寺くんが撃つらしい。守の声に応えるように彼が撃ち放ったのは爆熱スクリュー。けれどそのシュートが守に向けて飛んだ瞬間に私は思わず眉を潜めた。…いつもの精細さが欠けている。

「どうした豪炎寺!今のシュート、いつもの豪炎寺らしく無いぜ!」

守もそのことが分かったらしい。鼓舞するように豪炎寺くんへ声をかけたものの、豪炎寺はやはりどこか浮かない顔だ。…やっぱり、様子が変だ。でも誰もそのことに気がついていないし、下手に私が誰かに相談して大事にしたら豪炎寺くんも迷惑だろうし。難しいな。
…その日は結局、豪炎寺くんは終始厳しいような浮かない顔で練習を続けていたし、私もそんな彼に声をかけることが出来なかった。内心悩みながらも今日の練習データのまとめを部屋でしていれば、誰かが私の部屋のドアを叩く。

「はい…って、虎丸くん?」
「少し相談があるんですが…今大丈夫ですか?」

大丈夫も何も、私は選手を最優先すべきなんだからいつでも良いのに。そんな虎丸くん曰く、彼はどうやら今日守にシュートをあっさり弾かれたのが相当悔しかったらしく、それに加えてこのままじゃ世界に通用しなくなると危惧したらしい。そんな虎丸くんはある打開策を考えた。

「豪炎寺さんと連携技を作りたいんです!」
「…虎丸くんのタイガーストームと豪炎寺くんの爆熱ストームで、か…」

…確かに良いかもしれない。連携技が生まれるということはつまり、作戦の幅も広がるということだ。フォワード陣の攻撃の選択肢が生まれるのは指揮する側としても大歓迎。…それに、少し打算的な考え方をしてしまうと、豪炎寺くんの気分転換になるかもしれない。
何かに悩んでいるのなら、サッカーのときくらいそれから解放されて欲しい。無我夢中で彼がボールを追いかけられるように。

「…うん、私も二人の技が合わされば、もっとすごい技が出来ると思う。豪炎寺くんにも了承が取れたらまた私に言ってね。監督にも伝えておくから」
「ありがとうございます!」

嬉しそうな顔でさっそく飛び出して行った虎丸くんを見送りながら私はため息を吐く。…こんな風に遠回しでしか気遣えない自分が嫌になる。もっと私がしっかりしてて、豪炎寺くんに頼ってもらえるようなすごい人間だったら、豪炎寺くんは私に弱さを見せてくれたのだろうか。…そんなこと、考えたって意味は無いのにね。





次の日から豪炎寺くんたちは連携シュートの練習を始めた。やはりまだやり始めたばかりからか、あまり上手くは行っていないようだけれど二人のやる気は満ちているからあとは二人の努力に任せるしか無い。…それよりもやはり、豪炎寺くんはむしろ昨日よりも元気が無いように見える。とうとう秋ちゃんにまで心配されていた。今も理事長に呼ばれて帰ってきてからその様子はさらに可笑しい。

「薫ちゃん、戻らないの?」
「…ごめんねふゆっぺ、先に戻ってて。私は豪炎寺くんたちについてるから」
「うん、分かった」

練習が終わってからも延々と連携シュートに挑む二人を私はどうにも放っておけなくて、ふゆっぺに断って二人を見守ることにする。昼間よりはだいぶ息の合ってきたシュートだけれど、やはりまだ必殺技とまではいかない。その証拠に、まだ一度もボールはゴールを捉えていなかった。何度も何度も、二人は挑戦を続ける。いくら上手くいかなくても諦めないで。
そしてとうとうシュートの数が二十を超えた頃、虎丸くんが豪炎寺くんに向けて非難がましい声を上げた。

「豪炎寺さん…本当にやる気あるんですか!?」
「ッ」
「全然集中出来てないじゃないですか!可笑しいですよ!いつもの豪炎寺さんらしくない」
「…俺は集中している。お前がついて来れてないだけだ」

そんな虎丸くんに対して淡々と冷たく答える豪炎寺くん。私は思わず固唾を飲みながら二人を見守った。豪炎寺くんではなく自分が悪いと言われた虎丸くんはムッとしたような表情で黙り込む。しかし黙ってばかりでは無いと言いたげに豪炎寺くんへ反論してみせた。

「そんなことありませんよ。先輩の集中力が落ちてるから連携できないんです!」
「何…!?」

…止めに入った方が良いかもしれない。このままだと喧嘩になってしまう。試合前に二人が険悪になるのは最悪だ。そう思って腰を浮かしかけたものの、次の瞬間、虎丸くんが神妙な声で豪炎寺くんに問いかけた言葉に私は瞠目した。

「何かあったんですか?」

豪炎寺くんが一瞬動揺したような雰囲気を出した。虎丸くんもそれを感じたのか、豪炎寺くんが何かを言い出すのをジッと待っていたけれど、豪炎寺くんはやがて虎丸くんの顔も見ないままやはり淡々と言い放つ。

「…何も無い」
「…行きます」

それを聞いて虎丸くんも追求することを諦めたらしい。再びシュートに戻っていく二人に、私は浮かしていた腰をベンチに下ろし直した。…何が、豪炎寺くんをそんなに追い詰めているんだろうか。あんなになってしまうまで、何が彼の元気を奪っているのだろう。
それが分からないことがただもどかしくて仕方ない。…前に豪炎寺くんは私に頼れと言った。困ったときは頼って欲しいって言ってくれた。私だって豪炎寺くんに頼って欲しいに決まってるじゃないか。大事な人だ。好きな人だ。…それを抜いてもなお、私は豪炎寺くんに苦しい思いはして欲しくないのに。

「い、今の…見ましたか…?」
「あぁ…」

そして今、目の前で二人の連携シュートが片鱗をみせた。それは私にとってもチームにとっても喜ぶべき進展であるはずなのに。…それなのに。
ボールを拾い上げる豪炎寺くんの顔がどこか、何かを決意したように見えて不安になる。まるで黙って何処かへ行ってしまうかのような、そんなモヤモヤとした感情が。

「俺は、やっぱりサッカーが好きだ」

ねぇ、豪炎寺くん。なら君はどうして好きだと言ったその顔で、まるで一人で戦う覚悟を決めた戦士のような顔をしているの。





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