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何事も無かったかのような様子で再び席についた私に、みんなもどうやら何も聞かないことにしたらしい。ありがたいね。でも別に危ないところと伝手があるわけじゃないから安心して欲しい。貴久くんは現在、コックさんになろうと専門学校に通うための勉強中だ。面倒見も良い。飛鷹くんの後輩たちのことも任せてくれ、とのことなのでありがたくお願いした。今度ちゃんとお礼を言いに行かなきゃね。
そしてバスは安全運転を心がけながらも急ぎ足で会場に到着した。入り口前には監督とふゆっぺの姿が見える。

「遅れてすみません監督!」
「…全員揃っているな、行くぞ!」
「はい!」

予定よりは遅れたものの、何とか無事に会場入りを果たした私たちはまず選手の控え室に通される。私は監督に呼ばれ、最後の確認のために部屋を出た。…監督が何の話をしたいのかは、既に理解している。私も今朝の出発のギリギリまで待って、それでも間に合わなかったから。

「円堂の答え次第では、ベンチに下げる。…良いな?」
「…はい」

守は結局、今日の日までチームの不和に気づかなかった。不動くんは孤立したままな上、彼がみんなとの連携もろくに取れないような状況で必殺技にこだわってしまっている。…それじゃ駄目だ。世界で勝つためにはこのチームが本当の意味で一つにならなきゃ意味が無いのだから。

「薫ちゃん、お父さんはなんて?」
「…いろいろ後でみんなに話すって。それ以外は特に何も無いかな」

控室に戻ると、私に気づいたふゆっぺにミーティングのことを聞かれる。けれどここであのことを話すわけにもいかず、私は笑って誤魔化した。あたりを見渡せば、みんなもそろそろ準備が終わりそうに見える。守に目を向ければ、守も頷いてちんなに移動を促した。
…フィールドに出れば、観客席は既に満員。皆、アジア予選を制するのがどちらであるのかを見届けるためにここへ来ているのだ。荷物を置いて監督の話の前に選手たちはみんなで円陣を組む。

「みんな、いよいよ決勝戦だ!絶対に勝って、世界に行くぞ!」
「おう!!」

やる気のこもった声。道中ハプニングはあったけれど誰も欠けることなくここまで来られた。…あとは韓国に勝って世界への切符を掴むだけ。
するとそこで、横の方から誰かの声が聞こえた。…そこには。

「元気そうだね。それでこそ、全力で倒す価値があるというもの…」
「…照美ちゃん!?」

何故か、韓国代表のユニフォームを着て不敵に微笑む照美ちゃんの姿があった。みんなもそんな照美ちゃんに驚いたらしい。…そして、私たちを驚かせるのは照美ちゃんの存在だけでは無かった。その背後から出てきた二人に、またもや驚きが募る。

「やっと会えたね」
「長くて退屈したぜ、決勝戦までの道のりは」

南雲くんと涼野くんだった。基山くんたちは何故か宇宙人ネームで二人を呼んでいたけれど、よっぽどテンパっていたのだろうか。
そしてそんな照美ちゃんは自分の出身が韓国であることをみんなに明かした。そういえばそんな話を前にした気がする。南雲くんたちは、チームそれぞれ二枠ずつ認められている外国人選手枠での参戦なのだろう。…それにしても、照美ちゃんと顔を合わせるのは久しぶりだ。最後に会ったのは確か修学旅行のお土産を渡したときだったし、しばらく用事で会えなくなるって言われてたから。

「かつての僕たちだとは思わないことだ。各々が過酷な特訓を重ねた。…そしてこのチームにはチェ・チャンスウがいる」

チェ・チャンスウ。たしか監督の話だと韓国代表チームにおける最重要人物だったはずだ。彼はごく普通ににこやかな挨拶を交わす。印象は悪くない。…けれどやはり、さすがは韓国代表の中心人物になり得る人なのだろう。彼は最後に意味深な言葉を守たちに残した。

「…でも気をつけて。決勝戦のフィールドには、龍が居ますから」

…これは暗に彼らの必殺タクティクスである「パーフェクトゾーンプレス」のことを言っているのだと思う。やはり監督からは口出し厳禁を言い渡されているため、タクティクスについての情報をみんなは何も知らない。あの泥練習の成果をどう発揮するかがこの試合の鍵になる。
そしてそんなみんなはチェ・チャンスウの説明を聞いてもそのやる気に揺らぎは見えなかった。むしろ守からの鼓舞を受けてさらに士気は上がっている。

「よし、やろうぜみんな!決勝戦だ!!」
「おう!!」

監督はそんな守をジッと見つめていた。
…そして試合直前の最後の時間、体を伸ばしたり話をしたりとみんなそれぞれ思い思いに過ごしている中、さりげなく目を配っただけでもチーム内にはいろんな懸念が多すぎる。
まずは豪炎寺くんのこと。これは守も既に知っているようだからまだ良い。守も私と同じく彼に悔いの無い試合をさせたいようだったから。けれど問題は飛鷹くんと不動くんのことだ。さっきここに来るまでに後輩に鼓舞されたことで、飛鷹くんには余計な力が入っている。あれじゃ試合中にカラ回ってしまうだろう。
そして大問題の不動くん。今も鬼道くんに茶々を入れて怒りを買っているというのに、守は気づいていない。…まだ、視野が狭いんだ。もっと守はキャプテンとしてチーム全体を見渡せるようにならなきゃいけないのに。

「円堂」

そしてとうとう、監督が守を呼んだ。豪炎寺くんとアップをしていた守はこちらへ走り寄り、監督の言葉を待つ。監督はベンチの上に腰掛け目を伏せたまま、守に向けて一つの問いを投げかけた。

「…この試合、イナズマジャパンは勝てると思うか?」
「え…?勿論です、監督!俺たちは絶対勝ちます!勝って世界に行きます!」
「…お前には、何も見えていないようだな。キャプテンでありながら」

…その問答が、監督に決断させてしまった。私も思わず目を伏せる。監督は伏せていた目を上げ、そんな守を見据えるようにして淡々と冷たい口調で言い放つ。
守が戸惑っているのが分かった。でもね、守。誰が何と言おうと、今の監督の言葉は絶対に正しいのだ。

「今のままではイナズマジャパンは絶対に勝てない」
「な…!?」
「それが分からないお前は…キャプテン失格だ」
「どういうことですか、監督!」

守の顔が驚愕に歪む。けれど監督はそんな守に簡単に正解を教えてあげるほど優しくは無い。答えは必ず自分で導き出せ。…それが、久遠監督の方針なのだから。

「今のお前は必要無いということだ。…このチームにはな」

背を向けたまま非情にもそう言い切った監督に、守はショックを受けたような顔をした。周りのみんなもそれを聞いていたのか驚いたような顔をしている。秋ちゃんが狼狽えたようにして私の肩を叩いた。

「薫ちゃん、監督があんなこと…!」
「…私が監督に言ったの。守は今、フィールドに立つべきじゃ無いって」
「え…」
「今の守は、見るべきものが何も見えてないの」

守が驚いたようにこちらを見た。私はそれを真っ向から見つめ返して、厳しい口調で守に告げる。
私だって何度も迷った。守に声をかけて、気づかせてやるのはきっと簡単なことだ。…けれどそれじゃ守は何も成長しない。教えられてばかりの人間はいずれ、自分の力だけじゃ何も気づけなくなってしまうだろう。
そしてそれは、誰よりも守のためにならない。…それなら私は心を鬼にしてでも、今の守をスタメンから外す。そう決めたのだ。





試合が始まった。キャプテンマークは鬼道くんに託され、イナズマジャパンは守を欠いたまま韓国戦に挑むことになる。
キックオフはイナズマジャパンから。いつも通り豪炎寺くんと士郎くんのツートップが前へ駆け出し、鬼道くんの指示に合わせて士郎くんが風丸くんへパスを出した。風丸くんが受け止める。そしてみんなの位置を見た風丸くんは即座に大きくパスを出した。ボールはフォワード陣を狙っている。…しかし。

「あれは…!?」

さすがは韓国の司令塔、チェ・チャンスウ。無言の指文字らしき指示だけで迅速に選手を動かし、フォワード二人にマークをつけた。これじゃ攻撃が出来ない。…けれど、風丸くんだってそう簡単に相手の思惑には乗らない。
回転をかけてあったボールは大きくフォワード陣から逸れ、その後ろを走っていた基山くんにボールは渡ったのだ。

「流星ブレード!」

基山くんの必殺シュートが韓国ゴールを狙い定めて襲い掛かる。勢いに乗せたそのシュートはさっそくイナズマジャパンの先制点を飾るかのように思えた。しかしそれは、相手のキーパー技によって弾かれてしまう。…でもまだ序盤。そう簡単に勝てる相手じゃ無いことはみんな分かっている。
そして韓国の反撃が始まった。キーパーによって弾かれたボールはチェ・チャンスウに渡る。鬼道くんも追いかけたものの、軍配は残念ながらそちらに上がったようだ。

「涼野、南雲、アフロディ、上がりなさい!」

指示に応えた三人が大きく前に上がっていく。突然示された三つの選択肢にイナズマジャパンが戸惑うのが分かった。三人とも凄まじいシュートを持つ選手だ。誰であっても得点される可能性は高い。痺れを切らした雷電くんがチェ・チャンスウのボールを奪いにかかるものの…それじゃあ相手の思う壺だ。
案の定、そんな雷電くんの頭上を軽々と超えて出したパスは照美ちゃんへ。そして照美ちゃんは彼の十八番であるゴッドノウズを繰り出した。

「ムゲン・ザ・ハンドォ!!」

けれど立向居くんだって負けてない。今日まで代表選手の一員として、彼だってパワーアップしているのだ。だからなのだろう、あの強大なシュートを立向居くんは見事止めて見せた。彼自身も止められたことにホッとしている様子だ。

「いいぞ立向居!」

立向居くんからボールが出されるものの、途中で相手に取られてしまったイナズマジャパン。またシュート体勢に入られるのは少し厳しい。そう思って見守っていると、そこで豪炎寺くんがなかなか鋭いスライディングでボールをカットした。でもそれは、側から見てもファウルでしかないプレーだ。…焦ってる。いつもの冷静な豪炎寺くんらしくない。

「…豪炎寺くん…」

守も後ろのベンチで監督や私の言葉の意味を考えている。その悩ましい顔を見て、チクリと胸を罪悪感が刺した。…でもこうするしか無いの。守が間に合わなかった以上、この試合で勝つためにはこれしか方法は無かった。
そして試合は続く。韓国側からのボールキックは高く上がり、雷電くんが相手選手とぶつかり合いながらカットしようとするものの衝突してボールはこぼれた。しかしそれを何と飛鷹くんが拾ったのだ。そのまま攻め上がっていく飛鷹くん。…けれどそれは、あまりにも上がりすぎだ。鬼道くんが緑川くんたちへのパスを促すものの、躍起になった飛鷹くんの耳にそれは届いていない。

「何だこいつ、隙だらけじゃないか」
「フン、所詮その程度のスピードでは…」

猛スピードでピッチを駆け上がっていた飛鷹くんだったが、背後から迫ってきていた南雲くんたちのクロスするような動きによってボールを奪われてしまう。…そりゃそうだ。あまりにも独りよがり過ぎて誰もカバーに行けないなんて、「奪ってください」と自己申告しているようなものなのだから。

「飛鷹さん、どうしてパスを出さなかったのかしら…」
「え?」
「だって、緑川さんもヒロトさんも、マークがついていなかったのに…」

…ふゆっぺの鋭い観察眼には舌を巻く。守はそんなふゆっぺの疑問に対して少し引っかかった様子を見せたものの、どうやら飛鷹くんの様子に気づくまでには至らないらしい。…早く、気づいて。
そしてその間にも飛鷹くんからボールを奪った南雲くんと涼野くんは巧みなコンビネーションでイナズマジャパンのディフェンスを翻弄していく。とうとう壁山くんまで抜かれ、最後に残ったのは立向居くんただ一人だ。

「ここは行かせない!」

しかしそこで立ち塞がったのは士郎くんだった。南雲くんたちがディフェンス陣を相手している間にここまで追いついたらしい彼は、ここで新必殺技である「スノーエンジェル」を披露してボールを奪った。いつものアイスグランドよりも強力なディフェンス技だ。
そしてそのまま駆け上がった士郎くんは、雷電くんと共に新たな連携シュートを撃ち放った。

「「サンダービースト!!」」

それはまるで、雷のように荒野をかける獣のような。凄まじいスピードと威力をもって二人のシュートは韓国ゴールをこじ開けて見せた。歓声が上がる。韓国戦までに間に合ったんだ…!
思わず諸手を挙げて喜びたくなったけれど、隣の監督が未だに厳しい顔をしているのに気づいて思い出す。…そうだ、まだ相手は本気を出してない。今見せたのも彼らの実力のほんの片鱗に過ぎなかった。このままで照美ちゃんたちが終わるわけがない。ここまで大量得点差で勝ってきた韓国の実力。それが発揮されるのは、きっとここからだ。

「吹雪!もう一発決めてやろうぜ!!」
「あぁ!」

今度の攻撃はあちらから。細かくパスを繋いで攻め上がってくる韓国選手たちに、鬼道くんが警戒するように声をかける。ボールが南雲くんに渡ったところで緑川くんがスライディングを仕掛けた。しかしそれは呆気なく避けられてしまう。しかも彼らは一点を決められているというのにどこか余裕そうな顔だ。

「行かせないよ!」

そして士郎くんが再びスノーエンジェルでチェ・チャンスウからボールを奪って駆け上がる。そのボールは前線に走った綱海くんに渡った。そしてそのままシュート体勢に入ろうと身構えた綱海くんに。…チェ・チャンスウは不敵な笑みを浮かべたのだ。

「始めましょう…我々の完全なる戦術を」

チェ・チャンスウが右手を真っ直ぐに上げ、まるで謳うようにしてグラウンドのその声を響き渡らせる。

「龍の雄叫びを聞け!我らが必殺タクティクス『パーフェクトゾーンプレス』!!」
「ッ何だ!?」

その声が合図だったかのように変化した韓国チームのフォーメーション。綱海くんの周囲を囲うようにして高速で走り出し、その外側にいる士郎くんを更に囲うようにして走り出す。まるで二重丸のようなその囲み方は、脱出困難な牢屋にさえ見えた。…いや違う、これは敢えて彼らの言い方をするのなら、とぐろを巻く龍に閉じ込められているのだ。





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