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綱海くんと士郎くんが、パーフェクトゾーンプレスによって負傷した。なんでもこの必殺タクティクスは包囲した相手にプレッシャーを与え、迫る壁の恐怖を煽って自滅させることが目的らしい。それに嵌められた綱海くんと士郎くんは、互いに足を痛めつける形で自ら負傷してしまったのだ。
二人はまだやれると言っているけれど、これ以上無理をすれば後々に響く。特に士郎くんの怪我が酷いのだ。それを監督も分かっていたのか、監督は二人を木暮くんと虎丸くんと入れ替えることにした。

「士郎くん、氷水で本格的に冷やそう」
「うん、ありがとう…ッ!」

余程痛いのだろう。紫色になるほどに腫れている士郎くんの足は多分折れてはいない。…けれどこれは、下手をすると筋を痛めている可能性だってあった。…これじゃ、たとえこの試合に勝っても、士郎くんは。

「薫ちゃん…?」
「ッ、ううん、ごめんね、ぼーっとしてた」

…駄目だ。こんなところで狼狽えるな。悪い可能性を考えるくらいなら、今は真っ直ぐにこの試合を見届けなきゃ。
久遠監督は種を既に撒いている。鬼道くんたちだって少しずつそれに気づく。…そして守もきっと、チームの不和に気づいてくれるはずだ。
しかしそんな今、ちょうど雷電くんと飛鷹くんがパーフェクトゾーンプレスによってボールを奪われ韓国に攻撃のチャンスを許しているところだった。壁山くんのディフェンスが破られ、突破された後にボールが渡ったのは南雲くん。

「アトミックフレア!!」

撃ち放ったシュートは立向居くんに迫り、立向居くんもなんとか止めようとするものの、残念ながら軍配は南雲くんのシュートに上がった。一対一、これで同点振り出しというわけだ。
みんなが沈痛な面持ちでゴール前に集まっているのを見て切に願う。お願い、そろそろ気づいて。まだ韓国側が油断しているうちに、彼らの必殺タクティクスの突破口を見抜いて。
そしてそんな願いはどうやら少しだけ聞き届けられたらしい。鬼道くんが何かに気がついたように考え込むのが見えた。まだ確信には至っていないらしいが…それでも今、この状況で見ればそれは大きな一歩だ。

「…そろそろ練習の成果を見せてくれないか」

…またヒントを出したなこの人?いや、このタイミングで気づいてもらわなきゃ手遅れになるから気持ちは分かるけれど、私には箝口令を敷いておいてそれは無いのでは?
しかしそれで鬼道くんは自分の考えを確信したらしい。不思議そうな顔のみんなに向けて、その突破口を示す。

「みんな泥のフィールドを思い出せ!下を泥だと思ってコントロールするんだ!!」

よし、ここからが反撃だ。ボールを持ってあがる虎丸くんが二人のマークにたじろぐものの、鬼道くんがそのボールを受け取る。…そして再び、韓国はパーフェクトゾーンプレスを展開した。

「次なる餌食はあなたです…」
「…ここは泥のフィールドだ」

もう鬼道くんに迷いは見られない。訝しげな顔のチェ・チャンスウを他所に、鬼道くんは高らかに叫んで見せた。

「さあ…奪ってみろ!」
「なっ…!?」

イナズマジャパンが取った対抗策は、空中でのパス回し。ボールを一切地面につけることなく足や胸のトラップのみでパスを繋げていくその戦術を、目金くんは「ルート・オブ・スカイ」と名づけた。それに対して綱海くんがはしゃいでいるが、君は怪我人なんだから安静にして。気持ちは分かるけど。
そんな最後に繋がった基山くんのシュートだったが、しかしそれはキーパーに止められる結果になってしまった。…でもこれは大きな前進だ。パーフェクトゾーンプレスの突破口を見つけた。それなら後は、攻撃を何とか通すだけ。

「気に入りましたよイナズマジャパン。龍の餌食に相応しい相手です」
「…お褒めに預かりどうも」
「龍は今、牙を剥いて飛び立つ。私たちの戦術は完璧なのです…!」

チェ・チャンスウの皮肉に対して鬼道くんも皮肉で返す。司令塔同士の同族嫌悪というやつだろうか。ちょっと見ててヒヤヒヤしてしまう。
…そして韓国が一度必殺タクティクスを破られたくらいで終わるわけがない。むしろここからがスタートだ。それを証明するかのように相手キーパーが豪腕を生かしてボールを大きく日本サイドにぶん投げてきた。しかしそれを何とか虎丸くんが受け取り、風丸くんに渡す。けれど。

「地走り火炎!」
「うわっ!?」

相手のディフェンス技でボールを奪われる。どちらも油断できない一進一退の戦いだ。だがそのボールをスライディングで緑川くんが奪い返し、今度こそ前線の虎丸くんへ。二人はあの連携シュートに挑むようだった。…しかし。

「…豪炎寺くん…?」

豪炎寺くんの顔が一瞬、何かを見つけたような驚愕に歪むのが見えた。思わずそちらを見れば、そこにはちょうどここへ着いたらしい豪炎寺くんのお父さんの姿があった。…そしてそのことで僅かに動揺してしまったらしい豪炎寺くんはタイミングを誤り、ボールを大きく外に逸らしてしまう。
大丈夫だろうか。良かれと思って豪炎寺くんのお父さんを試合に呼んだけれど、もしかしたらそれは悪手だった?…いや、今は考えている場合じゃない。どちらにしろ、後は豪炎寺くんが自分のプレーを貫くだけなんだから。
そして試合は韓国のスローイングから再開した。ボールを受け取ったチェ・チャンスウの動きを封じようと雷電くんと鬼道くんが対峙する。

「ならく落とし!」
「ぐあっ!?」

しかしチェ・チャンスウのドリブル技により雷電くんが吹き飛ばされ、鬼道くんはその近くにいたことが災いして下敷きになってしまった。思わず腰を浮かしかけるものの、どうやら鬼道くんは無事らしい。…駄目だったのは雷電くんの方だ。足を捻ってしまったらしく、本人もこれは無理だと即座に判断。監督は栗松くんを投入した。

「雷電くん、足見せて」
「おう…ッ痛て…!」

見たところスプレーだけでどうにかなりそうだ。痛め具合は綱海くんと同程度といったところだろう。この試合は安静にして二日くらいゆっくりと休めば良くなる。それに安堵して試合に目を戻せば、そこではちょうど照美ちゃんがシュート体勢に入るところだった。…これは、照美ちゃんの新必殺技だ。

「ゴッドブレイク!」

あまりにも強大な威力のシュートに、立向居くんのムゲン・ザ・ハンドはあっさりと砕かれてしまった。ベンチのみんなも思わず息を飲む。…これで一対二、前半終了間際にとうとう逆転されてしまったのだ。
そしてセンターサークルにボールを戻した瞬間、前半は終了した。日本は何とも歯痒い展開のままハーフタイムを迎えることになる。





「すみません、円堂さん…」
「気にするな!取り返せばいいんだ!」

二点も許してしまったせいか、沈痛な面持ちで守に謝る立向居くんに守が元気付けるように声をかけた。そこに久遠監督が後半の作戦について話そうと口を開いてくる。

「後半は、更にメンバーを変える」

告げた名前は、緑川くんと鬼道くん。緑川くんは足の酷使による疲労、鬼道くんはあの雷電くんとの接触で膝を痛めたことが理由だった。…平気なフリをしてたんだ。
しかしそこまでは良かった。問題はこの後。監督は何と緑川くんと交代する形で鬼道くんの後釜に不動くんを指名したのだ。その理由は、不動くんが韓国にとって未知数の存在であるから。

「強いものは弱いものを食らって生きる。それが自然界の掟だ」

…なんか格好つけたこと言ってグラウンドに向かっていくけどね不動くん。まだハーフタイムだからグラウンドには入れないんだよ。慌てて駆け寄ってそれを告げれば「分かってるに決まってんだろ!」と焦ったように怒鳴られた。嘘だね、ちょっと入りかけてたもんね。君、まるで遠足前夜の子供みたいだよ。
そして肝心の鬼道くんの代わりだが…監督はどうやらやはり守を入れないまま、十人で試合を進めるらしい。みんなが息を飲み、守も思わず黙り込んだ。…でもまだ守は気づけてない。大事なことに気づかない以上、私としても守を試合には出せないから。

「…立向居、頼むぞ!」
「ッはい!頑張ります!」
「飛鷹、前半良い動きだったぞ。後半もしっかりな!」
「…はい」

守はそんな動揺を振り払うように努めて明るい声でみんなを鼓舞していた。
そして後半がスタートする。みんなが走り出す中、不動くんは周りを窺うように視線を巡らせ、そして最後にベンチの鬼道くんを見据えて不敵に笑う。

「…見せてやるよ、不動明王のサッカーをな」

不動くんはボールを持った南雲くんに迫り、激しいチャージでボールを奪おうとし始めた。南雲くんもはじめのうちは余裕そうな顔をしていたものの、それでも不動くんのしつこいチャージにとうとう痺れを切らしたらしい。まるで振り払わんとするかのように肘を振り回して。

「!上手い…!」

さらりと避けてみせたおかげで、南雲くんはバランスを崩して不動くんにボールを奪われた。オフサイドトラップの時のような巧みな動き。恐らく南雲くんが好戦的で短気であることも思慮に加えての判断だろう。
そのまま前に上がっていくように見えた不動くんだったが、しかし相手選手と対峙したところで何故か踵を返し自陣へと戻ってくる。そして何故かボールを壁山くんに向けて打ち込んだ。何してるんだ。
でもその目的はすぐに分かった。不動くんは今、相手選手を引き剥がすために壁山くんを壁にしたのだ。そして風丸くんにも同じようにボールをぶつけて相手選手を振り払う。しかも彼はパスを呼ぶ基山くんにボールを渡さないままシュートへ。それは当たり前のようにあっさりと止められてしまった。…こんなやり方じゃ、チーム内にヘイトが溜まるばかりなのに。

「あの人、誰も信じてないのかも…だからみんなも彼を信じようとしない…」

それを聞いて思い返したのは、不動くんから聞いた彼自身の過去だ。…彼を取り巻く環境が彼の考え方も生き方も歪めてしまった。それを可哀想だと思うことは不動くんにとっての侮辱に過ぎないけれど、それでもどうしても孤立を選ぼうとする不動くんに歯痒く思ってしまう。
鬼道くんが不動くんの姿を見て悔しそうに歯噛みしていた。…しかしそこで、響木監督が姿を表す。そして不動くんに不満を抱く鬼道くんを嗜めるようにして、響木監督は不動くんの過去について語り出した。父親のこと、母親の言葉、影山総帥に取り入った理由、何もかも。

「だが、俺はあいつにサッカープレイヤーとしての才能を感じた」

それが、響木監督が不動くんをスカウトした理由。鬼道くんはそんな話を聞いてしばらく黙り込んだ後、立ち上がって響木監督の隣に並び立った。そしてハッキリとした口調で意見を告げる。

「ありがとうございます。少しあいつが分かってきました。…ですが、それとこれとは別です。あんなプレーをする不動を受け入れることは出来ません」
「もちろん、それはお前たち次第だ」

そしてそこで今までずっと黙って話を聞いていた久遠監督が守に向けて声をかける。不動くんのことについて考えていたであろう守は、監督の呼びかけに顔を上げた。
目の前の試合では、再び独りよがりなプレーをした不動くんのシュートがキーパーに止められている。

「このままでは間違いなく日本は負ける。…どうする、円堂」

守はその問いかけに対して、分からないと答えた。…それはそうだろう。でもそれなら、探すしかない。守はその答えを自分自身で、フィールドの中から見つけ出さなきゃいけないのだから。





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