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…まぁそれにしても、不動くんは見事に空回りしているものだ。
あの不動くんの独りよがりなプレーが実は、相手選手の注目を自分に集めることで他の選手を動きやすくするための陽動だと見抜けたところまでは良かった。しかしそこまでの過程で元々なかった信頼を完全に失っていた不動くんは、ものの見事にパスミスを連発。いつもならみんな追いつけるはずのボールを、相手が「不動くんだから」という理由で不信感を抱いてしまっていた。どうしようもない。そしてそれに守もどうやら気づき始めたらしい。

「…みんな、バラバラだ…」

それに問題は不動くんだけじゃない。
先ほどからミスを恐れてか、あと一歩及ばない飛鷹くんのプレー。
ぎこちなくなってしまった動きのおかげでさらなるズレを生んだ豪炎寺くんのシュート。
みんながまるで噛み合わない歯車のようにぎこちない。チーム内も険悪な雰囲気が漂っている。…そしてそんなチームを目の前にして、守はようやく自分の役目を思い出したらしい。
キャプテンとして、果たさなきゃいけない自分の本当の役目を。

「監督!俺…」
「…」
「俺は世界と戦うために自分を鍛えることばかり考えていました。そのせいで、大事なことを忘れていたんですね?…チームを、見るってことを」
「…分かったのか円堂、自分のやるべきことが」
「はい、監督!」

その言葉を聞いて、私はようやく安堵した。守はそんな私にも向き直り、苦笑いで謝ってくる。

「ごめんな、俺、やっと気づいたよ」
「…ここからが大変だよ、守」
「あぁ、望むところだ!」

俺はみんなのキャプテンなんだ、と。守はグラウンドを見据えて、前よりも随分しっかりとした顔つきで実感するように呟いた。…そうだよ、守。キャプテンとして、守にしか出来ないことがある。それを私も監督も分かって欲しかったの。

「なら行ってこい円堂。あいつらを世界の舞台へ連れて行ってやれ。…お前の力でな」
「はい!」
「頑張れ守!」
「おう!」

そしてボールが一度外に出た瞬間に、選手交代の声が響き渡る。満を辞して立ち上がったイナズマジャパンのキャプテンの姿に、会場が爆発するような歓声を上げた。立向居くんに代わってグラウンドに駆けていく守を見送っていれば、監督の元に鬼道くんも駆けつけてくる。

「…鬼道」
「はい」
「お前の答えもプレーで見せてもらう」
「はい!」

私は鬼道くんに無言で掌を差し出す。鬼道くんはそれにわずかに目を見開き、ほんの僅かに微笑んで掌を打ち合わせてくれた。…頑張れ、鬼道くん。私は君の友人として、君のチームメイトとして君を心から応援しているから。
そして守はグラウンドに入るや否や、待ち構えていた風丸くんたちに話を始める。ここからじゃ少し遠くて聞こえないが、不動くんへしきり目を向けていることから彼についての話をしているのだろう。…大丈夫、上手くいく。もしも不動くんと鬼道くんが噛み合って、ダブル司令塔が機能し始めれば勝機はイナズマジャパンにある。

「ボールは嘘をつかない!パスを受けてみれば分かる!!」
「円堂…」

不動くんに対しての意見を絶対に変えない守に、みんなは戸惑っている。…けれど信じて。不動くんが信じられないというのならせめて、守の言うことを信じてみて。そうすればきっと何かが変わるから。
…そんなみんなの戸惑いは晴れないまま試合は再開した。照美ちゃんへのパスを見事にカットした不動くんがまたもや風丸くんに鋭いパスを出すものの、無意識に躊躇した風丸くんはそのボールに追いつけない。

「円堂…いくらお前がそう言ったって…」

…しかし、その時だった。またもやボールを持った不動くんについた四人のマーク。そこに駆け上がってきた選手の姿に誰もが目を見開いた。
それは、不動くんにパスを呼ぶ鬼道くんの姿だったのだ。それを鋭く見据えた不動くんは、側からすればやや厳しいように見えるパスを鬼道くんに出す。彼はそれに何とか追いつき、パスを受け取ってみせた。

「鬼道…!」
「届いたっス!?」

今まで誰も追いつけなかった不動くんのパス。それをこの中で誰よりも因縁のあるはずの鬼道くんが受け取ってみせた。…それだけで、みんなの印象はガラリと変わる。そして鬼道くんはそんな不動くんにパスを返し、煽るようにして声を張って叫んだ。

「もっと強く速いパスで構わない!」
「なら…こいつでどうだ!!」

それを受けた不動くんの、先ほどよりも鋭く速いパスが鬼道くんに向かう。その合間に選手を一人抜くという連携パス。それを今度は余裕を持って受け止めた鬼道くんに、壁山くんが戸惑うような声を上げた。

「またっス!鬼道さんだからっスよね!?」
「いや…あいつは分かっていたんだ。鬼道ならあのパスに届くはずだと」
「えっ?じゃあ…全部分かっててあそこに走って行ったってことっスか!?」

そこからの変化が著しかった。鬼道くんが態度で示してみせたおかげで、風丸くんたちも目を覚ましたようなプレーをし始めたのだ。先ほどまであれほど追いつけなかったはずの不動くんのパスを受け取れるようになり、それに伴ってパスが通り始める。やがて不動くんを中心にみんなが動くようになったのを見て、チェ・チャンスウは不動くんを今度こそ危険視したらしい。自ら不動くんに激しいマークへつき始めた。

「龍の誇りにかけて抜かせません!」
「チッ…」

膠着状態。どうやら抜かせてはくれないらしい相手の様子に歯噛みする不動くんだったが、そこへ鬼道くんが駆けつけた。それを見て、不動くんは競り合い中のボールを鬼道くんの方めがけて蹴り上げ、自分自身も飛び上がる。
そして鬼道くんと共に向き合うようにして蹴り込んだボールは、そこからまるで相手の動きを殺すかのような衝撃波を生んでチェ・チャンスウを吹き飛ばした。目金くん曰く「キラーフィールズ」と名づけられたその技は、今までの二人の因縁を知っている人たちからすれば驚きでしか無かった。

「行くぞ壁山!」
「はいっス!」

そしてチェ・チャンスウのディフェンスを突破した不動くんはそのボールをヒールキックで高く後方に上げる。それを見た風丸くんは壁山くんに合図をし、共に高く飛び上がった。それを見た相手選手二人も同じように飛び上がるものの、風丸くんはまるでそれを嘲笑うかのように壁山くんと足の裏を合わせるようにしてさらに上へと飛び上がり、抉るような竜巻を纏わせたシュートをゴール目掛けて叩き落とす。

「名づけて、『竜巻落とし』!」

そのシュートはイナズマジャパンにとっての追加点となった。これで二対二。試合は振り出しに戻り、そしてここからまたイナズマジャパンの反撃が始まる。…ちなみに今の風丸くんのシュートはどうやら綱海くんと壁山くんが練習していた技であったようだが、綱海くんは大して気にしていないらしい。





不動くんというイナズマジャパンの抱える問題が一つ解決したところで、しかし試合は終わらない。むしろここで調子を取り戻し始めたイナズマジャパンに相手はさらなる警戒を強めた様子だ。後半も半分に迫ってきたこともあり、追加点で引き離そうと躍起になっている。
今も涼野くんが持っているボールを奪いに行こうと風丸くんが前に飛び出したものの、それは照美ちゃんを中に侵入させるための罠だった。針の穴を通すような正確なパスを受けた照美ちゃんが、さっき立向居くんからゴールを奪った「ゴッドブレイク」で守に挑む。

「正義の鉄拳!!」

守はそれを何とか弾き飛ばし、日本のゴールを死守した。…しかし喜ぶのも束の間。木暮くんからあっという間にボールを奪い返した照美ちゃんは不敵に笑い、何と今度は南雲くんと涼野くんを率いて連携シュートを撃ち放った。
「カオスブレイク」と呼ばれた凄まじいシュートが守を襲う。守も驚愕の面持ちで応戦するものの、しかしそれは残念ながらゴールを割られてしまった。これで三対二。また引き離された。

「…この時間での追加点は痛いですね…」
「…」

そしてイナズマジャパンからのキックオフ。士郎くんがベンチに下がった代わりに基山くんが入りみんなが一斉に攻め上がる。ここで守りに入ったら終わりだ。最低一点、取れるなら二点取らなきゃ日本は負けてしまう。
そしてそこで飛鷹くんにボールが渡る。けれどボールを受けた飛鷹くんはどこか狼狽えているように見えた。…混乱している。

「飛鷹!鬼道に回せ!」
「あ…オ、オス!」
「飛鷹くんよそ見したら駄目ッ!!」

うっかりなのかパニックからなのか、素直に守の方を見て頷いてしまった飛鷹くんの隙をついてボールを奪われる。そのまま駆け上がっていく相手選手たちに、鬼道くんは焦りながら戻るように指示した。攻撃態勢で前のめりになっていたから今の日本は随分守備が手薄になってしまっている。
南雲くんが好戦的な笑みを浮かべながら木暮くんを突破した。しかしそこで、壁山くんが新必殺技である「ザ・マウンテン」でボールをコートの外にクリアした。ナイスプレーだ。

「良いよ壁山くん!」

…それにしても、飛鷹くんをどうにかしなきゃいけない。今飛鷹くんは彼自身のプレッシャーで潰れかけてしまっている。ミスをすればあの後輩たちに格好がつかないとでも思っているのだろうが、私からすれば格好つけて手に入れるものが敗北ならそんなのクソ食らえだ。
そして韓国側のスローイン。みんな誰にボールが渡るのかと警戒をしていたのたが、それを一瞬上回りマークを抜け出してみせた選手が三人いた。…照美ちゃんたちだ。

「撃たせない!」

しかしそこで風丸くんが良い動きを見せた。風丸くん自慢の俊足で彼らに追いつき、一瞬早く飛び上がってそのボールを奪い取ってみせたのだ。そしてボールはフリーの飛鷹くんへ向かう。…けれど。

「!」

飛鷹くんは何と、そのボールを空振りしてしまった。随分と久しく見ていなかった飛鷹くんの単純なミスに思わず息を飲む。ここに来て致命的なミスを犯した飛鷹くんは顔を真っ青にさせていた。…それにここで相手にコーナーキックのチャンスを与えてしまうのは少し痛い。ここで凌がなきゃ、決められてしまえば日本はその時点で敗北が確定すると言っても良い。
いつも綺麗に整えている髪が乱れていることにも気づかないまま、暗い表情でコーナーのチェ・チャンスウを見つめる飛鷹くん。…しかしそこで、守がそんな彼を咎めるように口を開いた。

「何を怖がってるんだ飛鷹」
「そんなことは…!」

飛鷹くんが振り返ればそこには、厳しい顔で飛鷹くんを見据える守がいる。けれどその顔は飛鷹くんのミスを責めるものじゃない。ミスをすることを恐れて全力を出せない飛鷹くんを憤る、キャプテンの目だ。

「いいか飛鷹、失敗したってカッコ悪くなんか無い。もっとカッコ悪いのは、失敗を恐れて全力のプレーをしていない今のお前だ」
「キャプテン…」

その通りだ。今まで誰も君や他の選手が全力のミスをしたって何も責めなかった。それは、その選手が必死になってボールに食らいついたからこそのミスだと分かっているからだ。
でも今の君のミスは違う。全力を尽くさないミスなんか必要無い。いくらだってチームに迷惑はかけても良いけれど、自分に誇れないようなプレーだけはしないで。

「思いっきりプレーしてみろ!失敗したって良いじゃないか!」
「…失敗したって良い…?」
「あぁ、今のお前を、全部プレーにぶつけてみろよ!」

それを聞いて飛鷹くんはようやく目を覚ましたかのような顔をした。暗かった表情に生気が戻り、その目は真っ直ぐ守を見つめ返す。

「…分かったよキャプテン。やってやる!」
「おう!」

そしてチェ・チャンスウによって蹴られたコーナーキック。みんなが一斉にボール目掛けて駆けていく中、その中を猛スピードで抜き去りボールを奪ったのは照美ちゃんだった。…そこに南雲くんたちも合流したということは、カオスブレイクの流れだ。三人で同時に飛び上がり、狙い定められたボール。この距離じゃ先ほどまでより威力は強烈なはずだ。それを覚悟して誰もが身構えた。
しかしそのとき、飛鷹くんが翔んだ。

「飛鷹!」

雄叫びを上げて高く飛び上がった飛鷹くんは三人を真っ向から睨めつけて、まるで自身を鼓舞するかのように叫ぶ。そこには彼なりの覚悟と決意が見て取れた。

「失敗がなんだ…俺は、飛鷹征也だ!!」

あの凄まじい脚力で振り抜いた足は、空間を割いてボールを奪い取る。見事カオスブレイクを防いでみせた飛鷹くんは、そのまま地に足をつけるや否や前線へボールを送り込んだ。その横顔を見て思わず微笑む。

「…やりましたね、響木監督」
「…あぁ」
「…少しはマシなチームになれそうだな」

響木監督も少しだけ嬉しそうに笑っていた。自分の弟子が自らの実力を発揮したことがよほど嬉しかったのだろう。私も彼の成長を見ていただけあって実に感慨深い。久遠監督もやっと安堵したように息を吐いていた。
そしてそんな飛鷹くんの送り込んだボールはやがて基山くんに繋がる。ゴール目掛けて放ったのは、何度も何度も止められていた流星ブレード。しかし先ほどまでとは違う、さらに強くなったシュートだ。

「流星ブレードV2!」

基山くんのシュートがゴールを割り、日本は再び同点に追いついた。まだ残り時間は少しある。ここで攻めて追加点さえ決められれば、そこで私たちは勝てる。
…だからどうか、最後まで悔いのないサッカーをしてね、豪炎寺くん。君が後悔したまま居なくなってしまうことだけは、絶対に嫌なんだよ。





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