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野生中との試合を終え、初の公式戦で勝利を収めたのも束の間、何と夏未ちゃんがサッカー部のマネージャーとして入部してきた。驚いている秋ちゃんと春奈ちゃんを他所に、私は両手を上げての大歓迎。何だかんだと文句や嫌味を言いながら、時々こっそりと練習を見に来たり試合観戦に来ている辺り、サッカーに興味を持っているのではないかと思っていたところだ。

「雑用はしないわよ」
「マネージャーは三人居るし、誰だって最初は初心者だよ。それに、夏未ちゃんには夏未ちゃんにしか出来ない仕事もあるし。だから、初心者だとかそういうことは気にしなくても大丈夫」
「…そ、そういう理由で言ったわけじゃ…」

ふふ、残念ながら私は分かっているのだ。仲良くなってまだまだ短い付き合いとはいえ、案外優しい夏未ちゃんが何やらサッカー部にはある種の期待をかけていることは分かっている。
そしてそんな宣言の通り、夏未ちゃんは練習の様子見くらいで雑用やら何やらをする様子は無かった。しかし時々話を聞くに、夏未ちゃんは夏未ちゃんで理事長代理としての仕事も忙しいようだ。むしろ、そんな多忙の中であれだけ練習を見に来てくれることはありがたいことだろう。…それに今は正直それどころじゃなかったりするのだ。

「松野くん、ホース運ぶの手伝って」
「…ホース?何に使うのさ」
「ん、ちょっとね」

いつも通りの河川敷での練習。二回戦への出場を決めたサッカー部に休み無し。そんな訳で、私たちはせっせとここで練習に励んでいる訳なのだが。
何やら最近練習のギャラリーが増えてきたことに対して「とうとう自分たちにもファンが」と色めき立っている守は可愛い。可愛いけれどそれを、そうだね良かったね、と喜んであげられることが私には出来ない。

「そもそも何処から持ってきたの、それ」
「うちの物置から引っ張り出してきたの。河川敷には一応水道があるから、ここに取りつけて…」

蛇口を思い切り捻り出せば、思ったよりも勢いよく出てくるから素敵。私の期待以上の働きをしてくれそうなホースの先を押し潰して、まだ不思議そうな松野くんの前で威力を確認する。そして、主にこそこそと何やらしている奴らの方角へ目掛けて。

「発射」
「何してるの!?」

一部に目掛けてシャワーの如く水をお見舞いする。悲鳴のような声が橋から聞こえるが、私は全部聞こえないフリでやり過ごす。水撒き楽しいね。何してくれんだ!という怒号に対して、私はあくまでも友好的な笑顔で手を振って応えた。

「この暑い時期にジッと偵察するのは大変だと思いまして。熱中症対策の放水でしたが…何か、ご不満でも?」

ちなみに笑っているのは口元だけで目は笑っていなかったりする。案の定、あちらは「無いです!!」と引きつった顔で引き下がってくれた。これには私も思わずにっこり。そして松野くんはそれを見て小さな悲鳴と共に後退する。何故味方の君が私を怖がるんだ。

「…って、偵察?あれが?」
「うん、ほら、ビデオカメラとかパソコン使って分析してる人たちが居るでしょ。実質地区で二番目のチームを倒した雷門の情報を集めに来てるんだよ」

すると色目き立っていたグラウンドも、夏未ちゃんの乱入によりあれが偵察だと分かったらしい。でも夏未ちゃん、土手から車で降りてくるのは危ないからやめた方が良いよ。それ、そこらへんのジェッコースターよりも怖いと思うんだけどな。
そして夏未ちゃんは、私たちに向けて「必殺技練習禁止令」を出した。みんなはどことなく不満そうな様子だけれども。

「私も必殺技の練習の禁止は賛成かな。他にも課題は山ほどあるんだし、できることをしようよ」
「薫…あぁ、そうだよな!」
「ところでここに新しい体力強化メニューがあってですね」
「待った!!!!!」

そっと取り出しかけた体力強化メニュー表を半田くんに奪われてしまった。返しなさいよ。それ三日くらい頑張って練り上げた、私特製の最新メニューなんだぞ。みんなの最近の成長具合も織り込んだ傑作なんだから。一部を除いた周囲のみんなが「よくやった!」とか「そのまま破棄しろ!」って言ってるけど、家にコピーがあるから捨てても無駄だよ。
ちなみにメニュー表をチラリと覗き見た半田くんは即座に白目を剥いていた。「できるか!!」と文句を言っているけれど、考案した責任者として私もやるから大丈夫だってば。

「そういう問題じゃ無いんだよなァ!!」
「だってサッカーに大事な体力を培わなきゃ」
「ボールに触る前に死ぬわ!!」
「まぁどっちにしろ明日の練習で使うから覚悟はしててね」
「グゥ」

体力勝負なら、陸上経験のある風丸くんにも負けない自信のある私。走るのも嫌いじゃないので明日の練習が実に楽しみだ。





しかしそれにしても、最近の中学生は思春期とはいえど、もう少し人に対して思いやりと優しさを持てないのだろうか。
堂々と偵察しにきたらしい次の対戦校である御影専農中の機械だらけの車に向けて、容赦無く放水しようとする私を「弁償代が!」「さすがに誤魔化し切れないでやんす!」と必死な一年生に止められてしまった。ちなみに最近は私の放水が功を成して偵察があまり来ない。意地でも張り付く彼らには容赦無くお見舞いしているが。せいぜい浸水してないと良いね。
そしてそんな中、練習途中に乱入してきた挙句に、雷門中との試合は「害虫駆除」だと言い切った奴らの頭にこそ放水が必要では?と真顔でホースを向けたところ、今度は二年組に止められた。

「なら今度は60°の角度で、こう、トンッて」
「お前はそろそろ、アニメから仕入れてくる豆知識を忘れるんだ…!」

某猫型ロボットに出てくるママの豆知識は強いのである。このネタ前にも言ったね。そろそろ人間バグ直しの常識として浸透しても良いと思うんだ。
そんな私にドン引きしつつも、守が怒って挑んだ勝負にアッサリと勝ってしまった奴らはさっさと帰ってしまった。おのれ、サッカーサイボーグめ。試合で恨みは晴らしてやるからな。コテンパンにしてやろうじゃないか。

「どうすれば良いと思う?」
[お前は俺に犯罪の片棒を担がせる気か?]

これは鬼道くんとの通話である。連絡先を交換した日から、何と週に二回のペースで電話をするのが当たり前になってしまった。メールも私が送れば短くとも返事を必ずくれるし、あの極悪非道そうな立ち振る舞いとは裏腹にもともとは良い人なのだろう。ちなみに佐久間くんとはペンギン平和協定を結んだので度々メールをする。時々放課後にはお茶もするし。今度ペンギンのシールをあげる約束をしたら大いに喜ばれた。鬼道くんもこれくらいデレたら良いのに。

「そういえば鬼道くんって友達居る?」
[いきなり失礼過ぎないかお前は]
「言葉を間違えた。他校に友達っている?」

今回聞きたいことがあったのは、土門くんの件についてだ。この前の野生中戦で土門くんが使っていたキラースライドはそういえば帝国の技だったな?と思い至り、本人に詳しいことを聞いてみたところ「友人から教えてもらった」と言っていたのだ。離れた場所でそれを聞いていた豪炎寺くんは何やら考え込んでいたけれど、たしかに土門くんの社交性ならあの帝国にも友達がいそうである。

[…お前が友人じゃなかったのか]
「わ、鬼道くんも私のこと友達として認めてくれてたの?ふふ、嬉しいなぁ」
[やはり忘れろ]

やだよ。忘れるわけないじゃないか。滅多に見られない鬼道くんのデレなんだもの。顔は見えないけれど、きっと電話の向こう側では苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。簡単に想像できてさらに可笑しくなってしまった。するとまるでそれを誤魔化すように話の続きを求められる。おっといけない、話を忘れるところだった。

「うちにね、土門くんっていう転校生の新入部員が居るんだけど、話を聞いたら帝国サッカー部に友達がいるらしくてね。帝国サッカー部にも他校に友達居たんだなぁと思ったら気になって」
[…そうか]
「鬼道くんの友達だったりしない?」
[いや、…いや、俺の友人だ]
「あ、やっぱり?鬼道くんなら顔も広そうだからって思って。佐久間くんなんかだと人見知りしてそうだから」

やはり予想は当たっていたらしい。堅物な鬼道くんと気さくな土門くん。二人のテンションの差は激しそうだけど、サッカーの腕前からして密かにライバルだったのかもしれない。つまり決勝まで行けば二人の対決が見られるのだろうか。それはなんかとても楽しそうな予感。

[だが他の奴らには秘密にしてくれ]
「え、どうして?」
[何でもだ。…頼む]
「えー、じゃあ今度一緒にサッカーしようね。守も鬼道くんとの再試合に燃えてたし」
[…あぁ、分かった]

頼む、と呟いた声が少しだけ固かったような気もするけれど、何かしら鬼道くんの中で抱えるものがあるのだろうか。やっぱり最近の中学生は訳ありが多い。もっとのんびり広々と生きていけたらいいのにね。

















「…もっと誤魔化しようがあったはずなんだがな」

あいつには嘘をつきたく無かっただなんて、どうかしている。
切れた通話の向こう側、無機質な電話の機械音を耳にしながら、少年は自嘲するようにそう呟いた。





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