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さてさて、うちのエースストライカーである豪炎寺くんのシュートが、ああも易々と止められるとはみんな思いもしていなかった。守のシュート技もあっさり突破されてしまっていたが、しかしいつもの練習場では偵察の目が気になって必殺技の練習も特訓もできない。
御影専農中戦はもうすぐそこまで迫っているというのに。みんながどうしたものか…と頭を抱える中、私は次の日である祝日の朝、夏未ちゃんに呼び出されていた。ちなみに午後からは練習がある。
場所は雷門中七不思議のひとつである開かずの間。何かの倉庫でもないらしいここは、何の用途で作られたかも分からない秘密の部屋となってしまっているようだった。…という謎に包まれたその正体を、私は夏未ちゃんの口から知ることになる。

「もともとはイナズマイレブンの特訓場だったらしいわ」
「えっ」

最初から最後まで初耳である。つまりここはサッカー部の為の施設。少し前まで廃部寸前だったここサッカー部は昔は相当期待されていたらしい。一緒に入って中を覗いてみると、機械だらけの明らかにやばそうなトレーニング道具ばかり。しかし機械のどれもが年季の入っているのに対してボールの状態が新しいのは、きっと夏未ちゃんが手配してくれたからだろう。
パッと見いろいろと体力強化や身体能力の向上に使えそうなものばかりだ。…でも。

「これ、怪我とか大丈夫かな」
「そこが私も心配なのよね」

何せ、もうすぐ試合なのである。決勝にはきっと鬼道くんたち帝国が上がってくるのだろうし、それなら私たちだって二回戦敗退なんかで終わらせるわけにはいかないのだ。試合には勝ち、最高のコンディションで決勝戦に挑む。それが私たちにとっての最善の道だと思うから。
そう言えば夏未ちゃんは「だから貴女を連れてきたのよ」と笑った。

「まず最初に貴女に試してもらおうと思って」

…なるほど、たしかにそれは私が適任だ。たとえここで怪我をしたとしても、マネージャーは夏未ちゃんを含めて残り三人。そしてその中でも身体能力の高いのが私だ。自慢ではないが、体力と反射神経なら守にも勝てる自信がある。体力テストだっていつでもA評価だ。でもそう言えば、夏未ちゃんは何だか怒ったような顔になってしまった。

「危険性がほとんど無いのは既に実証済みです。そんな貴女を犠牲にするような言い方はやめなさい。私は貴女のその運動神経を見込んで…」

そこまで怒りながら口にして、私がやけにニコニコしていることに気がついたらしい。自分が口にした先ほどまでの言葉も。そっか、夏未ちゃんは私を信頼して任せようとしてくれていたのか。

「ありがとう、夏未ちゃん」
「…もう二度と、そういう自分を蔑ろにするようなことを言うのはやめなさい」
「はぁい」

夏未ちゃんは優しい。いつも普段は厳しいことばかり言うし、現実にシビアな人だけれど、それが一方的に理不尽だったことは一度もない。現実を見て、自分なりの正しい決断を下そうとする。ちゃんと成功した場合のご褒美も用意してくれている。平等な人だ。
だから私は、いつだって嘘の無い夏未ちゃんの言葉を信じられるのだと思う。





とりあえず、特に危なそうなものとキツそうなものを選んでトライしてみた。その結果は、体力が自慢なさすがの私も汗だくで息が乱れに乱れるほど。外で待っていた夏未ちゃんからスポーツドリンクを受け取って仰げば、一気に八割も飲んでしまった。上の方でまとめ上げていたお団子も崩れている上に先の方まで汗でびちょびちょになってしまっていたのでポニーテールに結い直した。なるほど、でも、熟せないほどでは無いかもしれない。

「どうだったかしら」
「んん、最初のうちはみんな一度に三時間が限度かな」

それ以上はどうしてもガタがくる。少しずつ体を慣らして、慣れた頃に量や時間を増やすというやり方が良いだろう。ゴールキーパー用の練習場もあったし、やはりここはサッカー部のために作られた場所で間違いは無かったようだ。
そんな考え事をしていた私を他所に、夏未ちゃんがどこかに電話をかけているが、相手はどうやら秋ちゃんだったらしい。時折私の名前も出ることから私の不在を心配してくれているようだった。愛されているようでとても嬉しい。

「先に彼らを連れて来るわ。貴女はそこで休んでなさい」
「お願い」

気遣いに甘えてその場に座り込む。…それにしてもきつかった…普通にしんどい。いつもはあまり使わない筋肉もたっぷり使ったような気がするし、これはちゃんとアイシングしないと恐らく明日は筋肉痛だろう。みんなにもアイシングを後で用意しておかなければならない。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、上の方からざわざわと声がする。みんな来たようだ。そして、その先頭に立っていた守が私を目敏く見つけて驚いたような声を上げた。

「薫!?こんなとこで何してんだよ?」
「夏未ちゃんからお願いごとされたから付き合ってたの」

何の?と聞かれたものの、私は黙って微笑みながら手を振って有耶無耶にした。それはこの扉の先を見てのお楽しみだ。近くに寄ってきた豪炎寺くんが汗だくの私を見て不思議そうに首を傾げる。

「…凄い汗だが運動でもしたのか?」
「は?お前が汗かくって何事だよ!」
「水浴びじゃなくてか!?」

染岡くんと風丸くんに素っ頓狂な声を上げて驚かれてしまった。うるさいやい。別に私だって人間なんだから汗くらいかく。…まぁ確かに運動でもこの量は珍しいことではあるけれど。

「みんなのために一肌脱いだんだよ」
「いったい何を…」
「それは、これよ」

夏未ちゃんがスイッチを入れれば、途端に開きだす修練場への扉。中へと入って行ったみんなの後に続けば、みんなはその広さと設備の充実度に驚いていた。分かるよ、私もそんな反応をした。
夏未ちゃんからの簡単な説明を受けて、やっぱり喜ぶ守と素直になれない夏未ちゃん。どっちも可愛くてニコニコしてしまう。

「時間は三時間だったわよね」
「…一応初回ってことで、一万秒!」
「…そうね、貴女が言うなら」

一万秒、というワードに秋ちゃんと春奈ちゃんがギョッとした顔をしたけれど、時既に遅し。鍵がかかると共に中での特訓がスタートしてしまった。

「い、一万秒ってだいたい三時間程度ですよね!?大丈夫なんですか!?」
「怪我なんてしたら…」
「あら、大丈夫よ。イナビカリ修練場の最低限の安全性はここに居る彼女が身をもって証明してくれたもの」
「したよ」

ピースサインと共に頷いておいた。少なくとも、今のみんなの身体能力なら重大な怪我はしないとみている。打撲や打ち身はあるかもしれないけれどね。するとそこでようやく二人は私が汗塗れな理由を察したらしい。ふと、秋ちゃんがそういえば、と口を開いた。

「薫ちゃんは、これをどれくらいの時間でやってみたの?」
「ん?あぁ、とりあえずいろいろ試してみようと思ってたから、五時間程度かな」
「えっ」

すごく引きつった顔で見られてしまった。さすがにね、五時間も動き回ってるとしんどくもなるし汗もかくものだね。ちょっと一度シャワーを借りてこよう。そのついでにアイシングやボトルの用意なんかもしておけばちょうどいいかもしれない。
そう思いながら秋ちゃんたちと手分けして作業すること三時間、ようやくタイマーが止まって特訓を終えたらしいみんなは、扉の向こうで疲れ果てた屍となっていた。パッと見で大丈夫ではなさそう。

「お疲れ様」
「お前…これ本当に試したのかよ…」
「うん、五時間くらい」
「俺たちより長えのか…」

疑うような染岡くんに胸を張りながら応えれば、なんかドン引きするような目で見られてしまってとても遺憾の意。「体力強化メニューの方がマシ」と泣き言を溢す半田くんに思わずにっこり。そうでしょう。だから今度からは文句を言わずにちゃんと取り組むんだぞ。

「ちゃんとアイシングしてね。明日動けなくなっちゃうよ」
「体中が痛いです…」
「もう、動けないっスよ…」

とりあえず一人一つずつアイシングは各自に用意しておいたので、塩飴と一緒にそれぞれに手渡していく。みんな疲労が凄まじそうだけれど、土門くんなんて床に這いつくばってしまっていた。

「土門くん生きてる?」
「何とかな…」
「入部早々ハードな練習だったね」

運があるような無いような。アイシングを首筋に当てるようにして渡してあげながらそう笑えば、土門くんも釣られたようにして笑う。「たしかに」と頷いていたが、土門くんが前に居た学校での練習はどれくらいキツかったのだろうか。

「あっちもなかなかキツかったけどな、精神的な疲労はこっちの方が…」
「なるほど」

たしかに、ある意味命の危険さえ感じそうなトレーニング器具なんて他所には無いだろうしね。そう一人頷いて納得してしまった。





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