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周りからの目線が生温い。具体的に言うと一部から向けられる目線がまるで親から見守られているものと同じくらい生温いのだ。それはどう足掻いても昨日食堂にいたメンバー。やめなさい、みんなに勘づかれる。ちなみに鬼道くんは察しの良さのせいか気づいたらしく、豪炎寺くんに肩パンかましてた。当事者だから私は何も言えなかったし、豪炎寺くんも甘んじて受け入れていた。
しかし、特になぜか士郎くんのご機嫌が良くて朝から楽しそうなのだ。

「僕ね、前から薫ちゃんと豪炎寺くんが恋人同士になってくれればいいなって思ったたんだ」
「つきあってないです…」

尋問が始まってしまった。余計な一言を漏らしてしまったらしい。士郎くんの部屋に引き摺られるようにして連れ込まれ、詳しい訳を吐かされる。
思わず全部喋ってしまった。だって誤魔化そうとすると、士郎くんその度に目を潤ませて情に訴えかけてくるんだもん。誤魔化すなんて出来ないでしょ。

「…そっか、でも薫ちゃんたちが良いなら、それでも良いんじゃないかな」
「うん、ありがとう士郎くん」
「あ、そういえば豪炎寺くんのこと、キャプテンには言ったの?」

…それを聞いて私は思わずギクリと身体を強張らせた。そろりと目を逸らせば、士郎くんは理解したように一つ頷く。

「まだ言ってないんだね…」
「…ま、まだ付き合ってないし、大会中だし、それに…」

普通に気まずいに決まっている。守にとって豪炎寺くんは親友と言っても過言では無い存在で、そんな自分の友人と妹が両思いだなんて言い難いにも程があるじゃないか。そしてその辺りは豪炎寺くんとも意見が合っていて、とりあえず大会が終わるまでは黙っておくことにした。その後タイミングを見て話す機会を設けようということも話してある。

「それにほら、チーム内がギクシャクするのは嫌じゃない!?」
「薫ちゃん、薫ちゃん落ち着いて」

思わず士郎くんの肩を鷲掴んで思い切り揺さぶってしまった。士郎くんの顔が青くなってしまっていて申し訳ない。でもこれでもテンパっているのだから許してほしい。あれから恥ずかしすぎて豪炎寺くんの方を全然見られていないのだ。

「そういえば、東雲さんたちには報告した?」
「…昨夜、寝る前にどうしても落ち着かなかったから報告がてら…」

みんなが異常にはしゃいでとても大変だった、ということだけお知らせしておこう。特にのっちとまきやんが大興奮で宥めるのが大変だった。しののんは二人よりも落ち着いていたけれど、最後には「おめでとう」って言って祝ってくれて。
友達に祝福してもらえてすごく嬉しかった。今日まで黙ってたことはめちゃくちゃ怒られたけど。今度ちゃんとお祝いしてくれるらしい。それは嬉しいんだけど豪炎寺くんに喝を入れにいくのはやめてね。本当だよ。

「…あれ、噂をすればしののんからだ」
「東雲さんから?」

士郎くんと話していれば、そこにちょうどしののんから連絡が来た。メッセージアプリを開くと、そこには午後からの予定を聞く連絡が来ていた。どうやら私と会っていろいろ話したいらしい。午後から私たちに予定は無い。明後日からはとうとう本戦に行くためにライオコット島へと旅立つため、今日明日は合宿所の片付けだったり荷物を纏めたりと忙しいのだ。
なのでしののんからのお誘いには快くオーケーを返しておいた。





監督に午後から少し出かける旨を伝えにいけば、あっさりと許可は貰えたもののその代わりと言わんばかりに私はもっと驚きのニュースを聞かされることになった。ここで離脱してしまう士郎くんと緑川くんの代わりに選ばれた新しい代表、それが決まったのだ。

「染岡くんに、佐久間くんまで…!」

…嬉しい。守や源田くんたちからも話を聞いていたから、二人が代表選考で落ちた後も一生懸命練習に励んでいたことは知っていた。だからこそ、そんな彼らの努力の成果が実ってくれたことが嬉しくて仕方ない。もう既に二人には話が通してあるらしく、明日には顔合わせとしてこっちに来るらしい。私は二人のユニフォームとジャージの手配を頼まれた。

「あれ、薫どこに行くんだ?」
「ちょっとしののんと会ってくるね。守はちゃんと部屋の片付け終わらせるんだよ」
「は、はーい…」

私服に着替えて部屋を飛び出せば守と鉢合わせたので、ついでにそう釘を刺しておく。扉の隙間から見えてるから分かるけど、いろいろ整理整頓を怠ったね?帰ってもまだそのままだったら一緒にやることにしよう。
しののんとの待ち合わせは駅前。二時の約束だったのだけれど、少し早めに着きすぎたらしい。まだ来ていないらしいしののんを待っていれば、後ろから軽やかに肩を叩かれた。

「薫ちゃん」
「あ、しのの…ん…!?」

そして後ろを振り向いて驚愕する。そこには、あの綺麗な長い黒髪をバッサリ切り落としたしののんが立っていたのだ。思わず動揺して肩を掴んでしまうものの、当の本人のしののんはケロリとしている。待って、説明が欲しい。
そう捲し立てる私にしののんは苦笑しながらも「そこのカフェに入ろうか」と私を誘導するようにして近くのカフェに入店する。そしてとりあえず飲み物だけ注文して、私はしののんに問いかけた。

「しののん、それ、髪は」
「あぁ、うん、失恋しちゃったの」

…修学旅行中の大浴場での会話を思い出す。願掛けで伸ばしているのだと微笑んでいたしののん。好きな人が誰かのものになるまでは切らないのだと言っていた彼女がその艶やかな黒髪をバッサリと切り落としたのは、やっぱりそれが原因で。

「…それは、いつ…?」
「ううん、昨日かな。それで今朝、美容室に行って切ってもらったの」

昨日。それを聞いて私は血の気が引く思いをした。だって昨日私はみんなに、しののんたちみんなに豪炎寺くんの話をした。もしかしたらあの時既に失恋していたのかもしれないしののんに対して、私は無神経なことをしていたんじゃないだろうか。

「…そんな顔しないで、薫ちゃん」
「でも、しののん、私は」

しののんの気持ちを知りもせず、何も考えないで惚気まがいの言葉を吐いた私をしののんはどう思っただろう。幻滅されたかもしれない。最低な人だと思われたかもしれない。…そう思われても仕方なかった。しののんには、私を責めて詰る権利はあったのに。

「大丈夫、ほら言ったでしょ。最初から叶わない恋だったんだよ」

しののんは、何でもないように笑うから。…ねぇ、そんな顔をしないで。無理なんてしないで欲しかった。私にとってしののんは、昔からずっと大切な幼馴染で私の親友でもあるのだから。
でも、私が泣くのは違うと思った。私が傷つくのは可笑しい。当事者であるしののんが泣かないのに、私が泣いて良い訳がない。だから私は溢れそうな涙を堪えてしののんに問いかけた。

「…私は、しののんに、何か出来る…?」
「…じゃあ、ひとつだけ薫ちゃんにワガママ言っても良いかな」

しののんはいつだって優しい。長い付き合いになる私だってワガママを聞いたことは無かった。そんな彼女が初めて漏らしてくれた、彼女自身の本音。それを聞いて私は思わずまた泣きそうになるのを懸命に堪えた。


「私のこと、大好きって言ってくれる?」


…そんなの、いくらだって言える。心の底から何度だって言ってみせる。だって本当に大好きなのだから。ずっと昔からの大親友で幼馴染なしののんに、私は何度も救われてきたのだから。
だから今度は私が、私に出来る精一杯のことでしののんを助けたい。

「大好きだよ、しののん」

真っ直ぐに見つめてそう言い放った。それを受け止めて、小さく頷いてくれたしののんはまるで花が綻ぶような綺麗な顔で幸せそうに微笑む。


「___ありがとう、薫ちゃん。私も大好き」


…どうしてしののんが幸せになれないのだろう。私を支えてくれた彼女こそ、幸せになるべき人であるのに。だってしののんが居なきゃ、私は守への想いにケリさえつけられなかった。ちゃんと豪炎寺くんへの想いに向き合うことも出来なかった。
こうして今、私が豪炎寺くんと心を通わせることが出来たのはしののんのおかげでもある。
だから私は誰よりも、しののんの幸福を願うよ。

「幸せになってね、薫ちゃん」

別れ際、しののんはそう言って私を抱き締めてくれた。私もそれに強く抱き締め返してしののんに小さくお礼の言葉を呟く。もしも、もしもしののんが新しい恋に進めるその時が来たら、私はその時こそしののんの為に全力を尽くそう。しののんが幸せになれる世界を手に入れられる手伝いをしてみせる。…そう心に決めた。














「…本当にずっと好きだよ、薫ちゃん」

たったの一度だって泣かなかった彼女が雑踏の中に消えていく私の背中を見つめたまま、ほろりと一つ滴を溢したことにさえ気づかないままで。





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