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世界大会本戦は前も言った通りライオコット島にて行われる。そこは別名サッカーアイランドとも呼ばれる島で、FFI開催のためにものすごく大掛かりな工事やら開発を進めたらしい。
そしてそんな島を舞台とするライオコット島で私たちは戦うことになる。世界各地から集まった強豪たちが二つのグループに分かれ、各グループの上位二名が決勝トーナメントに進出できるのだ。

「ジャパン専用の飛行機なんてあるんだ…」
「国の代表だからな、その辺りは大人たちがどうにかしてるんだろ」

出発は今日で、私たちはこれから一晩かけてライオコット島へと向かうことになる。私は今日からイナズマジャパンの追加メンバーとして加わる佐久間くんと話しながら、ゆっくりと走っている機体について話していた。向こうでは染岡くんが守たちと話している。ここで離脱してしまう士郎くんと緑川くんに代わり、頼もしいメンバーが加わって私も少し一安心だ。

「佐久間くんは飛行機大丈夫なの?」
「別にどうってことは無いな。高いところも平気だし」
「そっか」

ちなみにこの中では綱海くんが相当な飛行機恐怖症だ。鉄の塊が空に浮かんでいるのが納得できないらしい。こっちに来るまでにも一悶着あって、その時は雷電くんが何とか無理やり飛行機に押し込んでくれたのだとか。まぁ怖いのは仕方ないけどね。

「そういえばお前、豪炎寺と上手く行ったらしいじゃないか」
「なんでしってるの」
「鬼道から聞いた」

…鬼道くんか。たしかに鬼道くんと佐久間くんは仲が良いし、私とのこともあったのだからそれらを佐久間くんに報告なり相談なりしてても可笑しくはないね。

「俺は別に怒ってないからな。お前が鬼道と上手く行っても、そうじゃなくても俺はお前が自分で決めた道を応援する」
「…佐久間くん…」
「おめでとう、薫。豪炎寺に何かされたらすぐ言ってくれ、殴り飛ばしに行ってやる」

私の肩を叩きながらの佐久間くんの頼もしい言葉にジーンときてしまった。佐久間くんにはてっきり、鬼道くんを振ったことで責められるんじゃないかだなんて心配していたのだけれど、そうやって真っ直ぐに言ってくれたことがとても嬉しい。けれど、佐久間くんは何故かそのまま私の肩を鷲掴み、良い笑顔で私を見つめた。…嫌な予感。

「ところでだな、薫。俺はお前と特に仲が良い親友だと自負してたんだが、お前は一度もそんな俺に相談が無かったな」
「エッ」
「鬱憤を晴らさせろ」

めちゃくちゃほっぺを摘まれてしまった。痛い。いや、たしかに佐久間くんに一言も相談してない私も悪いんだが、普通に話しにくいことだったから仕方ないと思うんだ。
そう言ったら「そんなことだろうとは思ってた」と頷かれてしまった。思ってたのなら何故摘むのだ。

「薫ちゃん!」
「!夕香ちゃん」

佐久間くんから解放され半分涙目で頬をさすっていれば、どうやら豪炎寺くんの見送りに来たらしい夕香ちゃんがこちらに駆け寄ってきた。その後ろからはフクさんも来ている。見送りと夕香ちゃんの保護者も兼ねてなのだろう。しゃがみ込んで夕香ちゃんを抱き止めれば、嬉しそうに首筋にしがみついてきた。可愛い。

「お兄ちゃんのお見送りにきたの!」
「そっかぁ、修也お兄ちゃんは今荷物を預けに行ってるからもうすぐ来るよ」

この前豪炎寺くんのお父さんに直談判しに行ったとき以来だから久しぶりな訳ではないけれど、夕香ちゃんはそれでも嬉しそうな顔で私に抱きついてくれる。本当の妹ができたみたいで私まで嬉しくなってきた。
そんな夕香ちゃんはお兄ちゃんを迎えに行きたいらしいので、フクさんにことわって二人手を繋ぎながら豪炎寺くんの元を目指す。夕香ちゃんは豪炎寺くんの見送りはもちろん、空港という行き慣れない場所が珍しいのかはしゃいでいた。

「ほら、お兄ちゃん居たよ」
「あっ、本当だ!」

豪炎寺くんはちょうど今から身体検査の順番が回ってくるらしく、こちらに気がつくと優しく微笑んで軽く手を振ってきた。それを見て夕香ちゃんも大きく振り返す。少し時間かかるだろうし、ちょっとここで一緒に待っていようね。
夕香ちゃんに持っていた苺飴をあげて、近くのベンチに座って待っていると夕香ちゃんがふと私に内緒話の要領で口に手を添えた。私が耳を近づけると、夕香ちゃんはこっそりと尋ねてくる。

「薫ちゃんは、お兄ちゃんのこと大好きなの?」
「エッ」

思わず激しく動揺してしまった。ものすごい爆弾発言を聞いたような気がする。私はなるべく年上のお姉さんの威厳を保つべく、平静を装ってそう思った理由について聞いてみた。ちなみに平静を装っても装い切れないほどに私の顔は赤くなっている自信があるので、年上の威厳は遠くへ行っているものと思われる。そして夕香ちゃんはそんな質問に可愛らしい笑顔で答えてくれた。

「だって薫ちゃんね、さっきお兄ちゃんを見て優しい顔してたよ」

…優しい顔か。たしかにそうかもしれない。豪炎寺くんを視界に入れると何故か嬉しくて仕方なくなるし、顔は自然と笑顔になってしまう。前までは抑えられたものが、両思いだと知ってからは蓋が壊れてしまったかのように溢れて止まらない。
そんな私に夕香ちゃんがもう一度さっきと同じ質問を繰り返した。私はそれに対して、隠すことでもないからと正直に答える。

「…うん、そうだよ。とっても大好き」
「良かったね、お兄ちゃん!」

何だって?反射で振り返るとそこには口元を片手で覆った豪炎寺くんが立ち尽くしている。どうやら身体検査は思ったより早く終わったらしい。タイミングが悪過ぎる。「聞こえた?」と一縷の希望を込めて尋ねると、ベンチから降りて彼に飛びついた夕香ちゃんを抱き上げた豪炎寺くんが、やや目を逸らしながら口を開く。

「…悪い」
「忘れて…」
「えー、どうして!?」

お互い気まずい思いをしていれば、そのやり取りを聞いていた夕香ちゃんが不満そうに頬を膨らませて異議を挟んだ。そして再び今度は核爆弾級の衝撃をこの場に落としてみせる。

「お兄ちゃんも薫ちゃんのこと、とっても大好きなのに!」

今度は豪炎寺くんが撃沈する番だった。夕香ちゃん恐るべし。日本のエースストライカーを再起不能にまで追い込める人なんてそんなに居ないんだぞ。
とりあえず、このやり取りをみんなの前でやられるといろいろ困るので、夕香ちゃんには念押ししてみんなの前では言わない約束をしておいた。





見送りのロビーに戻ると、そこにはもうほとんどみんな揃っていて、雷門中サッカー部のみんなも来ていた。どうやら総出で見送りに来てくれたらしい。他にも虎丸くんのお母さんや飛鷹くんの後輩も来ていて、特にその後輩くんたちからは厚くお礼を言われた。どうやらあの後、本当に貴久くんが間に立って仲裁してくれたのだとか。チームのトップとは何か、ということを繰り返し言い聞かせて教育してくれているらしい。おかげで前よりも横暴な態度はなりを潜めたのだという。

「薫ちゃんも頑張ってね」
「俺たちの分までよろしく頼んだ」
「うん、士郎くんと緑川くんも、しっかり怪我を治してね」

三人でぎゅっぎゅと手を繋ぎながらのお別れの挨拶をする。いや、あっちに行っても連絡は勿論するのだが、やっぱり今まで近くに居た人が居なくなってしまうのは純粋に寂しい。しかもそれが特に仲良しだった二人となればなおさらだった。けれど、二人にだってまだチャンスはある。世界大会本戦でもメンバーの入れ替えは認められるから、二人の頑張りと監督の判断次第ではまたこのチームに戻って来られるのだ。その場合はまた誰かとの入れ替えになるということだけど、それでも二人には頑張って欲しいから。

「全員集合!これより出発する」

監督と響木さんが出発の手続きを終えて、私たちはとうとう日本代表の飛行機であるイナズマジェットに乗り込んだ。真ん中が三人席、その両サイドには二人がけの席があり、私はマネージャー三人に席を譲って一人で贅沢に二人席に腰を下ろす。…本当は後ろにいる豪炎寺くんの隣が良かったのだけれど、そこにはもう既に染岡くんが座っているし、その背後には守たちが座っているから下手な真似は出来ないので諦めた。
しばらく数時間はみんなも楽しそうに騒いでいたのだが、ご飯を食べて夜になればだんだんと眠気も襲ってくる。

「…みんな寝ちゃったか…」

すっかり寝静まってしまった機内を見渡して、私は息を吐く。寝ている人のために配慮して薄暗くされたこの機内の中では、本を読みたくともろくに読めはしないだろう。私もいつもならこの時間は眠いはずなのだが、さっきうたた寝をしてしまったせいで妙に目が冴えている。
音楽でも聴きながら自然に眠れるのを待とうかなんて考えながらぼんやりと外を眺めていれば、そこで突然誰かが私の右隣に腰を下ろした。

「わ」
「しっ」

静かに、とでもいうように人差し指を口元に添えた豪炎寺くんに私はコクコクと小さく頷く。たしかにここで大きな声を出したら周りの皆んなが起きてしまうだろう。そしたら今の状況はどう足掻いてもバレてしまう。私は出しかけた悲鳴を喉の奥に飲み込んで豪炎寺くんの耳元でこっそりと尋ねる。

「どうしたの」
「…」

すると豪炎寺くんはなぜか顔を顰めたかと思えばポケットから携帯を取り出し、メール作成のところで何やら文字を打って私に見せてきた。『少しで良いから隣に行きたかった』と打たれたそれに、私は思わず口元を緩める。私も、と口の動きだけで返せば豪炎寺くんも少しだけ嬉しそうに微笑んだ。軽くぶつかるようにして触れた手をするりと取られて、指を絡められる。機内が静かなこともあり、何だか悪いことをしているような気がしてドキドキした。いや、悪いことでは無いのだけれども。
…それにしても、さっきから何故文面での会話なのだろう。たとえみんなが寝ていたとしても、私がしたみたいに内緒話の要領で話せば問題はないはずなのに。

「…」
「…?」

そう尋ね返してみれば何やらもの言いたげな顔で私を見ている豪炎寺くんだが、言いたいことはちゃんと言わないと伝わらないぞ。そういう意図を込めて自分の耳に手を添えれば、豪炎寺くんは観念したような顔で私の耳に顔を寄せ、そっと囁くようにして声をかけてきた。

「…耳元で話されるとこそばゆいんだ」

…直接注ぎ込まれるような豪炎寺くんの低い声に思わず身体が固まる。たしかにこれは、駄目だ。今の私はものすごく情け無い顔をしている自信がある。思わず左手で赤くなった頬を隠すように抑えて狼狽えていれば、そんな私を見た豪炎寺くんが「ほら見ろ」とでも言いたげな顔でため息をついていた。そんな顔されても、私だって豪炎寺くんにされなきゃこんなことにならないんだからある意味これも豪炎寺くんのせいなのでは?
そう言ったら豪炎寺くんは少し驚いたように目を見開いた後で嬉しげに目を細めて、絡めていた指に少しだけ力を込めた。

「…なら、そういうことにしておくか」

…だから耳元で囁くのは止めてってば!





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