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開会式から一晩開けて、イナズマジャパンの対戦相手が決まった。全体的に二つに分けられた予選グループのうち、私たちが割り当てられたグループはAの方でそんな初戦の相手はイギリス代表ナイツオブクイーン。優勝候補と名高いチームが初戦なのは少し痛いかもしれないが、どうせいつかは当たるかもしれなかった相手。ここで戦っておいて損は無いはずだ。
みんなもそんなイギリス代表に竦むことなく、明後日の試合に向けてやる気は満タンだ。とても頼もしいね。

「円堂、後で部屋に来い」
「?はい」

みんなが盛り上がる中、監督に呼ばれたのでみんなを練習に送り込んでから監督の元に足を向ける。一声かけて中に入れば、監督はその手紙を私に向けて差し出した。丁寧に蝋で封をされていたらしい一通の手紙。受け取ってみると、それはナイツオブクイーンからの手紙だった。辛うじて読める綺麗な筆記体を読み取っていくうちに、何とかその内容は把握できた。それは。

「…招待状、ですか?」
「あぁ、イギリス代表ナイツオブクイーンからのものだ」

たしかに中身は、パーティーへの招待状。親善パーティーと銘打たれたそれを、監督はどうやら受けることにしたらしい。たしかに、対戦相手の情報はどんなものであれ喉から手が出るほどに欲しいし、そのためには相手の懐に潜り込む必要がある。選手に説明しておけ、と言われて私は招待状を片手にみんなの元へ向かった。

「あっ、お帰りなさい薫ちゃん。監督はなんて?」
「…うーん、ちょっとみんなに話がしたいから、集めてもらっても良い?」
「?うん、分かった」

秋ちゃんに選手のみんなを収集してもらいながら、どう説明したものかと頭を巡らせる。しかもパーティーは今日の夕方とあることから、正装用のタキシードやら女子用のドレスやらのことも考えなくてはいけないだろう。まぁ、それはとりあえず後で考えることとして。
私は、何事か?という不思議そうな表情で集まってきたみんなに向けて今さっき届いた手紙についての説明を始めた。

「親善パーティー?」
「うん、イギリスのナイツオブクイーンからの招待で、何でも試合前にチーム同士の選手の親睦を深めたいんだって」

正装でという説明にいくつか不満の声が上がったけれど、相手がイギリスという紳士の多い国のチームであり、向かう場所がそんな彼らの本陣である以上はこちらが郷に従わなきゃいけない。
六時から始まるということらしいので一応準備のために五時には宿泊所に戻って来るように伝えておいた。特に守には念を押しておく。練習に夢中になって時間を忘れることがあるからね。

「午後からは練習は自主練にするって監督が言ってたから、一旦練習は切り上げてね」
「了解!」

みんながいい返事で片付けに戻っていくのを見ながら私も踵を返す。今からタキシードとドレスの手配をしなくてはいけない。ライオコット島にレンタルのお店なんてあっただろうか…と頭を巡らせながら建物の中に戻れば、そこでちょうど久遠監督に呼び止められた。何でも、ナイツオブクイーンが急な申し出だったからとタキシードもドレスも貸し出してくれるらしい。それはとてもありがたい。

「着替えはイギリスエリアで行う。時間にくれぐれも注意してくれ」
「はい、分かりました」

少し変わってしまった予定をみんなに伝えなきゃいけなくなってしまった。とりあえず私はメールの連絡網で一斉送信しておくことにする。五時までに各自イギリスエリアに向かうように言っておいた。メールを見てなくても、気がついた人は声を掛け合うだろうし、まぁ大丈夫だろう。それまでは自主練組に付き合ったりでもしようかな。久しぶりに守の自主練を見るのも良いかもしれない。
そう思いつつ午後の予定を確認してからキッチンを借りてドリンクを作った。中に戻ってきた秋ちゃん曰く、守はあの後こっちには帰らないでボールをひとつだけ持ったまま自主練しに行ってしまったらしい。水分補給を忘れているな、守め。





水筒とタオル、そしてほんの少しの塩飴を持って宿泊所を飛び出す。どうせ砂浜で自主練しているのだろうと思っていたのだけれど、どうやら予想は外れたようで守はグラウンドで誰かと練習をしているようだった。ボールを蹴っているのは守を除いて全部で四人。日本のユニフォームじゃないから、また守がどこかで知り合った選手を連れてきたのかもしれない。本当にどこで知り合って来るんだろうか。
しかしそこはまぁ、守の自由なので私がいちいち口を挟むことはしない。なので手っ取り早く用事だけは済ませようと、守に声をかけるべく私は口を開いた。

「守…」
「ッ危ない!!」

しかし、ゴール前の守に声をかけようと手を上げかけたところで、鋭い声が耳を刺した。思わずそちらを見ればそこそこ勢いのあるボールがこちらへと飛んできている。…どうやら、蹴り込んだシュートが弾かれてこっちに飛んできてしまったらしい。私は咄嗟に反射で身を翻し、シュートの要領でそちら側に蹴り返す。一番ガタイの良い男の子が唖然とした様子でトラップしたのを確認してから、私は守の元に駆け寄った。

「守、ちゃんと水筒持っていかなきゃ、熱中症になるでしょ」
「ご、ごめん忘れてた…」
「全く…タオルも持ってきたから、あっちの階段のところに置いておくね」
「おう!」

守の態度に反省の色が見えたので、お説教はそこそこにして私も帰ることにする。しかし、そこであのガタイの良い男の子に引き止められた。何やら少し興奮気味で、どうやらその原因はさっきのボールを蹴り返したことにあるらしい。

「君は何者だ?さっきのフォーム…素人じゃ無いんだろ?」
「イ、イナズマジャパンの監督補佐です…。これでも一応、自分でもサッカーは出来るし、好きですから…」

圧が強い。別に大したことはしてないのだが。
…まぁ、あのボールがそこまで強く無かったことも幸いしたのかもしれない。我ながらジャストミートで返せた。もう少しボールが緩く高く上がっていたら、守の方に必殺技で返していたかもしれないし。とりあえず目の前の彼に、私は選手で無いことと期待されるほどの実力は持ち合わせていないことを伝えておく。なんか申し訳ないしね。
しかしそこで、何故か私を見て何かを考え込んでいたアイガードの男の子が何かに思い至ったような声を上げて私を指差した。

「あっ!キミはアスカの写真のメイドガール!!」
「ちょ、ディランッ…!!」
「は?」

思わず低い声が出た。今のメイドガール発言とはいったい何かな?そして私の予想が間違っていなければ、アメリカのアスカくんは土門くん一択でしかないのだが、そこのところはどうなのだろう。そう尋ねると、ディランと呼ばれた彼は何とも清々しい笑顔で親指を立てて答えてくれた。

「そのアスカだよ!」
「アメリカエリアに用事が出来てしまった」

恐らくメイドというのは私の覚えている限りだと、決して思い出したくは無いFF地区予選で秋葉名戸中との試合のときに取られた写真で間違いないだろう。たしか土門くん写真撮ってたし。まさか恥でしか無いあの黒歴史が国境を越えて晒される羽目になっていたとは。おのれ土門くん、事情と場合によっては許さないからな。
すると、そんな私のふつふつとした怒りを感じ取ったらしいもう片方のアメリカ代表選手が慌てて私を嗜めてきた。マークくんというらしい。

「ち、違うんだ!アスカが悪いわけじゃない!悪いのはどちらかと言うと、悪ノリしたディランとカズヤで」
「一之瀬くんかぁ」

再会したら説教しなきゃ。何の悪ノリだかは知らないけれど、人の恥ずかしい写真をそう易々と他の人に見せるんじゃ無い。余計な赤っ恥をかいたじゃないか。新たな決意を胸に秘める私に、ガタイの良い男の子が不思議そうな顔で首を傾げる。

「メイド…?彼女は使用人なのか?」
「あー…いえ、これは日本の文化の一つというか、いわゆるコスプレ…?」
「?」
「通じてないかぁ」

説明して余計な知恵をつけさせるのも悪いし、とりあえず誤魔化しておく。とりあえずアメリカ代表の二人には、一之瀬くんに「覚悟しろ」という伝言を伝えてもらっておく。土門くんには今度写真を消すように頼んでおかなきゃ。
…それにしても、土門くんは何故私の写真なんかを保存してたんだろうか。不思議でならない。

「マモル、彼女は…?」
「あ、紹介するよ。俺の双子の妹の薫だ!」
「…初めまして、円堂薫です」

立場はさっき説明したから良いだろう。そう思って名前だけ紹介させてもらう。あっちからも丁寧に自己紹介が返ってきた。ガタイの良い男の子はアルゼンチン代表のテレス・トルーエくん。さっきのメイドガール発言がディラン・キースくん。それを嗜めたのがマーク・クルーガーくん。そして私のことを守に聞いたのが、フィディオ・アルデナくん。…なんでこんなに代表チームの中心選手が集まってるんだろ。ここジャパンエリアなんだけれども。

「俺はマモルに会いに来たんだ」
「守に?」

フィディオくんはどうやら、昨日タイヤを探しに行った守とハプニングに巻き込まれたらしく、そのやり取りを経て友人になったらしい。だからこそ今日わざわざここまで足を運んで会いに来てくれたのだとか。アメリカ組二人は、一之瀬くんから守のことを聞いて興味を持ったから。テレスくんはフィディオくんと勝負したくて追いかけてきてここに居るらしい。

「君も参加するか?」
「…私?」

テレスくんがボールを差し出しながらそう誘ってきた。守もそれを聞いて賛成していたのだけれど、生憎今からやることはたくさんあるのだ。申し訳ないけれどお断りさせてもらうことにした。
そのお詫びとはいかないけれど、全員に一つずつ塩飴をあげておく。アメリカ組には、一之瀬くんに対する「覚悟してろよ」という伝言を頼んで二人分の塩飴も預けておく。

「そうか…残念だな」
「ごめんなさい、また余裕があるときに誘ってくれたら嬉しいな」

苦笑しつつ手を振ってその場を離れる。守にはちゃんと時間を守るように釘を刺しておいてから。
…それにしても、あのテレスくんとやら。こちらにはやたら好意的だったけれど、個人的には何だか苦手だ。さっきの話を聞いている限りでも守のことを眼中に入れてないことがよく分かるし。まぁそれも試合でギャフンと言わせてやれば良いだけの話だ。私の双子の兄は素晴らしい選手で、素晴らしいチームのキャプテンなんだということを教えてやれば良い。そう思い直して私は自分の中で頷いた。





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