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子供たち同士の交流ということで、大人で監督な久遠監督はパーティーには行かないという。子供であっても立場は一応監督補佐の私もそれに倣うべきかと考えたものの、それを見透かしたらしい久遠監督から「遠慮をし過ぎだ」と呆れられてしまった。余計な配慮だったらしい。
なので私も、秋ちゃんたちと女子四人でイギリスエリアのロンドンパレスに向かう。たどり着いたのは予定よりも少し早い時間だったが、入り口で出迎えてくださったスタッフの人たちに案内されてドレスルームに足を踏み入れれば、そこはまるで別世界だった。

「…わぁ」
「綺麗なドレスばっかり…」
「こ、このドレス、本当にお借りしても良いんですかね…!?」

明らかに上等なのが目に見えて丸わかりなドレスや小物の数々に、みんなで思わず顔を引きつらせていたものの「どれでもお好きに選んでください」と言われてしまえば選ばざるを得ない。各自じっくりと選び始めて、秋ちゃんとふゆっぺは白系統の清楚なドレスを、春奈ちゃんはピンクの可愛らしいドレスを選んでいた。

「薫先輩は何にしましたか?」
「…うん、これ、良いなぁって思ったんだけど…」
「良いじゃないですか!先輩にピッタリです!」

そして私が選んだのは、オレンジ色のドレス。薄いレースがふんわりとしたスカート部分で広がっていて、肩にかける淡いオレンジ色のショールも留め具の花のコサージュが可愛くて素敵だ。パッと見て心惹かれてしまったそれは、別に私が好きな色という訳では無いのにね。
バッグなんかの小物も借りて、ヘアメイクまで申し出てくれたスタッフの方の好意に甘えて髪まで結い上げてもらう。化粧も軽くしてくれたらしく、仕上がりを鏡で見たときには一瞬別人かと思ってしまった。お化粧の力ってすごい。

「ど、どうかな…」
「素敵だと思うよ、薫ちゃん」

こんな格好は初めてで照れ臭くて、ふゆっぺにも聞いてみれば微笑ましそうに頷いてくれる。そんな他の三人も元からすごく可愛いのにその可愛さがさらに引き立てられていてとても素敵だった。…こんな可愛い三人の側に私なんかが並んで大丈夫なのだろうか…?そう言い出すと、秋ちゃんから怒られてしまった。

「もう!薫ちゃんは可愛いんだから自信持って!」
「そんなの持てないよ秋ちゃん…」

どうやらこの建物の階下では着替え終わった選手みんなが既に待っているらしく、私たちもそちらに合流しようと部屋を出た。
…しかし、よくよく思えば今からこの格好でみんなの前に出るんだよね。それはつまり、豪炎寺くんにも、見られてしまうと、いうわけで。
三人がみんなの待つフロアに降りようとしている途中で、私は思わず階段の途中で立ち止まった。…可愛くないって、思われたらどうしよう。似合わないって思われるのが怖かった。すると、私が降りてこないことに訝しげに思ったらしい春奈ちゃんが様子を見に戻ってくる。

「先輩?」
「…や、やっぱり着替える。無理、出られない…」
「…もう、往生際が悪いですよ!」

さっきの部屋に戻ろうと踵を返そうとしたところ、ジト目の春奈ちゃんによって半ば引きずられるような形で階段を降りていく羽目になった。今の私の顔はきっと羞恥で真っ赤になっているのだろう。嫌だ嫌だと眉を下げつつみんなの前に姿を表せば、おぉ…というどよめきが耳に入った。それは何のどよめきなの。

「似合ってるじゃないか、薫」
「お世辞でも嬉しいよ風丸くん…」
「…お前のその自己評価が低いところは相変わらずだな…」

だって、本当のことだし。私なんかよりよっぽど秋ちゃんたちの方が可愛いじゃないか。私の存在なんて霞んじゃうでしょ。そう言ったらまた呆れられてしまった。
…ところで、先ほどから階下を見られない。原因はこっちをジッと見ている豪炎寺くん。タキシード姿が様になっていてカッコいいのだ。見たら目が潰れてしまうんじゃないかというくらいカッコいい。ついでに胸もときめきで潰れそう。さっきから痛いほどにキュンキュンしてる。

「ほら、豪炎寺くんエスコートしなよ」
「あ、あぁ…」

にこやかな基山くんに背中を押された豪炎寺くんが戸惑いつつも前に出てきた。そして、少しだけ緊張に顔を強張らせた様子で私に向けて手を差し伸べてくる。私は一瞬躊躇いつつも、その手のひらにそっと手を重ねてゆっくりと階段を降りた。…ま、周りの空気が妙に生温い…!
内心、心臓が爆発しそうなのを堪えつつも豪炎寺くんのエスコートでゆっくりと階段を降り切る。低いとはいえど踵がヒールだから怖いんだよね。というか何で基山くんは写真を撮ってるの。

「吹雪くんに送ろうかと思って」
「なんで」

だから他の子の方が可愛いし綺麗だってば。いくら仲良しの士郎くんといえど、私の写真を送られたら困るでしょ。というか、さっき基山くん私と豪炎寺くんのツーショット写真撮ってなかった?本当にそんなの送られて士郎くんが反応に困ったらどうするの。
そう抗議したものの、基山くんはなぜか苦笑い。しかし写真を送ることに変わりは無いようなので仕方なく諦めた。士郎くんは優しいから笑わないと思うんだけどね。恥ずかしいんですよ。

「…お前、オレンジなんて好きだったか?」
「え、何かひと目見て良いなぁって思ったから…」

しかしふとそこで声をかけてきた佐久間くんの不思議そうな顔に、私も首を傾げつつそう答える。「何故」と言われても「ピンと来た」としか言いようがないから仕方ないじゃないか。このオレンジ色に目を惹かれて、思わず手を伸ばした。それだけだ。
するとそこで、さっきから何やら考え込んでいた綱海くんが納得したような声を上げる。それを聞いて私は思わず頭が真っ白になることになった。

「なんかそれ、豪炎寺みてーな色だな!」

思わず思考停止した。そして、ふと今の自分の格好のカラーリングを思い出して目を見開く。…たしかに、オレンジ色は豪炎寺くんが好きな色でよく身につけている色でもある。しかも私は、それを何となく「これ良いな」という直感で選んでしまっているじゃないか。
つまり、今の私は好きな人の好きな色のドレスを無意識に選んで身に纏ってしまっているという、割と恥ずかしい状態、というわけで。
声にならない悲鳴をあげかけつつ、思わず隣を見やれば豪炎寺くんも驚いたように目を見開いて固まっている。こ、困らせてしまった…!

「あ、あれ、円堂くんは!?」
「そ、そういえば居ないね…」

空気を読んだように秋ちゃんが声を上げてくれたおかげでこの微妙な生温い空気が霧散してくれたのだけれど、私と豪炎寺くんの間には少し気まずい雰囲気が漂っている。そうだよね、両思いといえど自分の好きな色を着られたりしたら微妙な気持ちになるよね…!
そして、秋ちゃんが守を探しに行くと飛び出して行ってしまったのを後は任せつつ、私たちは先にパーティー会場へ向かうことになった。入り口へゾロゾロと歩き出すみんなの背中を見ながら、私は小声で豪炎寺くんに謝罪の言葉をかける。

「ご、ごめんね。こんな気持ち悪いこと、しちゃって。豪炎寺くんが嫌だったら、今すぐ着替えてくるから…」
「…いや、着替えなくて良い」
「…ぇ」

熟れた林檎のように真っ赤であろう頬を押さえて唸るようにそう絞り出した私の言葉を拒んで、豪炎寺くんはゆるりと口元を緩めて微笑んだ。その笑みから目を離せず思わず絶句する私に、豪炎寺くんは乗せていただけの私の手を軽く握り締めて照れ臭そうに口を開く。

「よく似合ってる」
「…ありがとうございます…」

軽率にそんな顔でそんなことを真正面から言わないで欲しい。嬉しい気持ちで死んでしまいそうになってしまうから。そう抗議するつもりで私は、仕返しにこっそりと「豪炎寺くんもカッコいいよ」と囁いてみる。
豪炎寺くんはそれに対して少し動揺したように軽く咽せていたのでちょっとスッキリ。どうだ、簡単にやられてばかりの私じゃないんだぞ。





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