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このパーティーはどうやら立食形式を取っているらしい。鬼道くんが、ここには居ない守の代わりにキャプテン代理として向こうのキャプテンであるエドガーさんに挨拶をしてから解散すると、一部のみんなは嬉しそうに料理の方へと歩いて行った。
各々パーティーの雰囲気を楽しんだり、他の選手とも交流してみたりと楽しそう。…そしてその中でも私は。

「ああ失礼、グラスが空いてしまっていましたね、レディ。今すぐ代わりを用意させましょうか?」
「お、お気遣いなく…」

相手選手のうちの一人に捕まってしまっていた。どうしてこうなったと言いたいのは山々なのだが、元はと言えば私が悪い。秋ちゃんと守が来るのが遅いのではと心配になって、エスコートしてくれていた豪炎寺くんに一度断り、私はいったん会場を出て秋ちゃんの携帯に連絡を入れることにしたのだ。しかし、そんな秋ちゃんはどうやら携帯を持って行き忘れたらしく電話に出ない。仕方がないので会場に戻り、豪炎寺くんかマネージャー陣と合流できないものかと辺りを見渡していれば、よそ見をしていたのがいけなかったのだろう。相手選手のうちの一人とぶつかりかけてしまった。

『おっと、失礼。…おや、麗しいレディ、エスコートもつけずお一人ですか?』
『え、いえ、これは…』
『もしよろしければ、貴女の話し相手を務めさせていただいても?』

断れなかった。何せ今の私は監督補佐で、ここには招待という形で来ている。なのに断るなんて失礼だろうし、何より善意で申し出てくれているであろう彼を拒むのは心が痛い。頼みの綱のチームメイトは距離が離れていて助けを求めにくかった。どう見ても万事休す。しかしフィリップ・オーウェンと名乗った彼はどうやら料理上手らしく、日本料理にも興味があるようでそこそこ会話は弾んだ。

「なるほど…ワショクの要は出汁…。しかしあれはいささか我々には味が合わないのですが…」
「文化の差もありますし、そこは仕方がないと思いますよ。苦手な方も多いと聞きますし」

ウェイターさんを呼んで手渡してくれたフルーツジュースの炭酸割りを受け取りつつ、この状況をどうするか考える。そろそろみんなと合流しなければ心配させてしまうかもしれない。豪炎寺くんにも連絡を入れてくるとしか言っていないし、これだけ長い間何も言わずに離れていると何かあったのかと思われてしまう。
しかしここを離れる良い案も思いつかなかったため引きつりそうな笑みを何とか押し込めて相槌を打っていれば、どうやら先ほどのウェイターさんに料理を取ってくるように頼んでいたらしく、ウェイターさんから受け取ったお皿を私に差し出してきた。

「飲み物ばかりでは味気ないでしょう。私のチョイスで申し訳ないのですが、よろしければ」
「あ、ありがとうございます…」

…正直に言うとイギリスの料理はあまり美味しくない。お菓子の部類は美味しいというのに、料理だけは不味いと評判なのがイギリスだ。さっきも今差し出されている料理と似たようなものを食べてみたのだが、微妙な味をジュースで流し込んだことを覚えている。
だが、差し出されてしまえば断るのも失礼になってしまう。そう思って、すすめられた料理を仕方無しに口に運んだのだが。

「いかがですか?」
「…美味しい、です。さっき似たようなものを食べたんですが、それよりも格段に…」

すごく美味しい。味付けも程よくて、少なくともさっきの料理とは天と地の差があるほどに美味しかった。素直にその感想を伝えたところ、フィリップさんは嬉しそうに頬を緩めて「光栄です」と軽く会釈する。

「それは私が考案したレシピを採用していただいたものなんです」
「すごいですね…!」

どうやらフィリップさんはイギリス料理が不味いと言われる現状が耐えがたいらしく、将来はそんな評判を塗り替えて「美味しい」と言わせることが夢らしい。自分の国の料理の誇りをかけた目標だ。とても素敵だと思う。
頑張ってくださいという鼓舞も込めてそんなことを伝えてみたところ、フィリップさんは何故か頬を染めて嬉しそうに微笑み、自分の胸を手で押さえて口を開いた。

「…貴女を一目見た瞬間から可憐な女性だと感嘆していたのですが、話せば話すほど貴女に興味が湧いてきました」
「ど、どうも…?」
「もしよろしければ、ここから先は私にエスコートをさせていただく名誉をいただけませんか?」

流れるように手を取られて、恭しくそう申し込まれて思わず狼狽える。こんなに女の子扱いをされるのは初めてなので、どういう風に振る舞うのが正解なのかが分からなかった。
…それに今気づいたのだがフィリップさん、雰囲気が豪炎寺くんに似ている…!髪型はもちろんなのだが微笑み方とかまでもよく似ていて、通りでお誘いを断りにくかった訳だと納得してしまう。いや納得している場合じゃない。私は豪炎寺くんのことが好きで、付き合ってはいないとは言えど一応両思いなのだから他の男の人にエスコートされるのは豪炎寺くんへの裏切りになってしまう。だからこそ私は何とか断ろうと、フィリップさんへ口を開きかけて。

「悪いがそれは俺の役目だ」
「…ごう、えんじくん」

取られていた手を奪うように背後から握り締めてきた豪炎寺くんに腰を引き寄せられた。思わず豪炎寺くんに縋りついてしまう。物怖じすることなくフィリップさんを真っ直ぐに見据えた豪炎寺くんの顔は険しく、やや乱暴に私の手を奪われたフィリップさんもまた不快そうな顔で豪炎寺くんを睨み返した。

「…君は誰だ?彼女と何の関係がある?今、彼女は私と話をしているのだが」
「…俺は」

豪炎寺くんはその問いかけに僅かに狼狽え、チラリと私を見下ろした。私もどう答えて良いか分からず眉を下げていたものの、それを見て豪炎寺くんは何を思ったのか何かしら決意したような顔でフィリップさんを見据え直し、堂々とした声で言い切った。

「俺は、彼女の恋人だ」

その言葉と同時に腰を抱く手に力がこもって、私は出かけた悲鳴を何とか飲み込んだ。未満だ、という訂正をする余裕は無かった。だって、嬉しい。まだ恋人じゃないのに、豪炎寺くんがここまで嫉妬じみた苛立ちを露わにしてくれることが嬉しくてたまらない。私は豪炎寺くんに想われているのだと実感できてしまう。
フィリップさんは、そんな豪炎寺くんの言葉を否定しない私の真っ赤な顔を見てそれが真実だと理解したらしい。ややショックを受けたような顔で茫然としていたかと思えば、しかしさすがは英国紳士。すぐさま体勢を整えて口を開いた。

「…なるほど、それは失礼した。マナー違反はこちらだったようだ」

そしてスッと差し出された手に、握手だろうか?と思わず反射で右手を差し出せば、豪炎寺くんが止める間も無くフィリップさんは私の手の甲に軽く口付けて、してやったりという顔で豪炎寺くんを鼻で笑う。そんな豪炎寺くんへの対応とは裏腹に、思いがけないハプニングに固まる私に向けてフィリップさんは最後まで優雅に微笑んで見せた。

「レディ、楽しい時間をありがとうございました。…それでは」

フィリップさんがくるりと背を向けて立ち去った直後、豪炎寺くんに右手を取られる。そして険しい顔をしたまま、手の甲をハンカチでやや強く拭われてしまった。その少し不機嫌そうな顔に、私は恐る恐る謝罪の言葉を投げかけた。

「ごめんね、豪炎寺くん…」
「…いや、お前は悪くない。目を離した俺の落ち度だ」

そんなことは無い。私がさっさと振り払って豪炎寺くんのところに戻れば良かっただけの話だ。それが出来ないまま、豪炎寺くんに探させるようなことをしてしまったおかげでこんなことになってしまったし、申し訳なくて豪炎寺くんの顔が見られない。俯いて落ち込んでいれば、ふと豪炎寺くんに名前を呼ばれて恐る恐る顔を上げた。その顔は先ほどまでの不機嫌さがなりを潜めていて、私を見つめる瞳は静かに優しい。

「俺の腕を掴んでくれ」
「…うん」
「…初めからこうしておけば良かったな」

言われた通り豪炎寺くんの左腕に手を添えて、二人並んで歩き出す。私もさすがにヒールでの移動に慣れてきたけれど、豪炎寺くんの歩みはゆったりとしていて私を気遣ってくれていることが良く分かる。それに甘えながら会場の少し端へとやってきた。ここなら人目もあまり気にならないし、声をかけられることも滅多に無いだろう。

「豪炎寺くんは何か食べた?」
「あぁ、いくつかな」

飲み物を傾けながら他愛の無い話をする。この別世界のような雰囲気のせいか、豪炎寺くんや私がいつもと違う格好をしているせいか、妙に足元がふわふわして落ち着かない。そんな私の様子が目に見て取れたのだろう。豪炎寺くんは苦笑して、軽く私の頭を小突いた。

「落ち着かないのか」
「…うん、こういうの初めてだから…」

ドレスだって初めて着たし、パーティーも初めて。一応ここに来る前にパーティーの基本的なマナーは勉強してきたから粗相はしていないと思うが、やっぱり緊張してしまうのだ。そう溢せば豪炎寺くんは面白そうに微笑む。何を笑っているのだ、他人事だと思って。

「悪い」
「顔が笑ってる」

反省無しか、と言わんばかりに眉をしかめて頬を摘んでおいた。私が緊張してる姿が可愛かった、などと君は言うが、そう簡単に可愛いと言わないで欲しい。特に君の口からそれを聞いたら一気に心臓がもたなくなるので。
そうお願いすれば、やはり豪炎寺くんは楽しそうに笑って「善処する」と口にした。善処する気無いでしょ君。





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