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さっきまで豪炎寺くんと一緒に居られてすごく楽しい時間だったというのに、突然その全てが台無しにされてしまった。その原因はどう見てもナイツオブクイーンのエドガーさんのせい。何と彼は、よりにもよって守を馬鹿にするような言動を取ったのだ。
いや、たしかにこのパーティーに遅れたのは守が悪い。あれだけ時間に遅れるなと釘を刺したというのに、恐らくフィディオくんたちとのサッカーに夢中になっていたのだろう。そこは追々帰ってから説教するから良い。問題はそんな守がタキシードを着た姿を見て思わず笑いをこぼしたエドガーさんのセリフである。
『いや失礼。あまりにも似合っていたものだから』
私の顔から笑みがストンと消えた瞬間である。隣の豪炎寺くんが少し驚いた顔をしていたけれど申し訳ない。ちょっと看過できないセリフを耳にしたものだから内心荒ぶってしまっているのだ。むしろ今にも掴みかかりたいのを我慢しているだけ褒めて欲しい。
当然、他のみんなもその嘲笑を放っておける訳がなくそんなエドガーさんに突っ掛かった。すると、それを嗜める守に向けてエドガーさんは余裕綽々といった様子で口を開く。
『だったら、やってみますか?今ここで』
何と彼が挑んだのはこの場での守との対決。エドガーさんのシュートと守のキーパー技、どちらが上かこの場で雌雄を決しようというのである。結果は残念ながら負けてしまったが、守はその圧倒的なシュートの前に怯むことなく、むしろ目を輝かせていたので結果オーライ。
しかも私はそれを聞いて即座に携帯のカメラを起動させていたので録画もバッチリ。その余裕な態度を後悔すると良い。帰ったら徹底的に弱点を分析してやるからな…!
「絶対打倒ナイツオブクイーン…」
「…そうだな」
そんな豪炎寺くんもイギリス代表諸君に思うところがあるらしく、私の怨嗟のような声を否定はしなかった。その後もパーティーは続いたものの、割と刺々しい雰囲気になっていたのでお開きも早かった。ただ、別れ際わざわざ見送りをしに来たイギリス代表選手たちの中に居たフィリップさんには恭しくお辞儀をされたのでとりあえず会釈しておいた。豪炎寺くんが怖い顔してたけど。
「お前はそのシュートを見てどう思った」
「…一つ気になったのは、撃たれた直後よりもゴール寸前に来たボールの方が勢いがあったことですかね」
帰ってからその動画と共に監督の部屋を訪れ、報告がてらのミーティング。どうやら監督は、守たちみんなに相手がどんなチームであるかを知って欲しかったらしい。たしかにおかげで相手の切り札らしいシュートも見ることが出来た。
しかしそんなエドガーさんもわざわざただで私たちにシュートを見せる訳が無い。恐らくあれは手の抜かれたシュートだったと思うし、実際勝負が終わった後の余裕そうな顔を見ていれば分かった。
「予想ですが、恐らく、あれは距離があればあるほど勢いの上がるシュートなのではないかと」
「…その通りだ」
どうやら正解だったらしい。一応情報として新たに書き込んでおく。監督はやはりこれをみんなに言う気は無いらしく、試合の中で実感させるようだ。まぁ、たしかにイナズマジャパンは前情報を得るよりもその身で実感した方が対処も早いし、余計な先入観を与えるよりは良いのかもしれない。
「明日は八時にここを出る。遅れないようにしろ」
「はい」
そんないつも通りのミーティングを終えた夜の次の日の朝。朝食作りのために台所へ向かっていれば、途中でジャージに着替えた染岡くんたちと鉢合わせた。いつもは起床時間のギリギリまで寝ているような壁山くんまで一緒に居て思わず目を見開く。まだ時間は六時過ぎだというのに、珍しいことだ。
「…あれ、珍しいね。みんな早起き」
「昨夜のことを考えたら、ジッとなんかしてられなくてよ」
染岡くんが楽しそうに拳を握るのに対してみんなも頷く。今日の試合に対して怯むどころか、むしろやる気満々なみんなに思わず笑みが溢れた。これなら大丈夫だと、根拠は無いけど自信が生まれてくる。
「皆さん、やる気十分ですね!」
「今日は特別に朝ごはんを豪華にしよっか」
「えぇ、そうね!」
今日の朝ごはんは和食だけれど、おかずを特別に増やすとしよう。試合で勝ってあのエドガーさんをギャフンと言わせるために、みんなには精一杯頑張ってもらいたいしね。
*
そしてそんなイギリス戦。まぁ何ともアウェーな状態な試合会場だった。何せ、観客のほとんどがイギリスの応援ときた。みんなもさすがに唖然としていたものの、これに負けていては話にならない。秋ちゃんもこの声援を全部自分たちへの応援だと思えば良いと良いことを言っていたし、まさにその通りだと思った。
「…手強い…!」
しかしそれでもナイツオブクイーンは強かった。何せ鬼道くんをしてもパスが通らないという始末だ。シュートチャンスさえもらえず、みんなが苦戦して必死にディフェンスに挑む中、しかしそこでボールがとうとうエドガーさんに渡る。…エクスカリバーを撃たれる!
「止めろ円堂!」
だけど守も考え無しな訳じゃない。昨夜の勝負を経てきちんと対策は考えた。壁山くんのザ・マウンテンで勢いを殺し、殺しきれなかった分を守が抑えてシュートを止める。初見だったらこんな作戦は取れなかったが、昨夜あのシュートを見せてくれたおかげで対策が取れたのだ。その辺りはエドガーさんに感謝するとしよう。
そして何とかそのまま反撃に転じることは出来たものの、そこでナイツオブクイーンは必殺タクティクスであるアブソリュートナイツを使用してきた。おかげで攻め込んでも攻め込んでもパスが通らず、イナズマジャパンは自分たちのペースを掴めない。
「負けてたまるか…!俺たちは世界一を目指してここに来たんだ!!」
守が何とかシュートを止めたものの、エドガーさんは相変わらずの余裕っぷり。しかしそこで守が口にした「世界一」の言葉に、彼は突然表情を消した。そして彼は厳しい表情で「無理だな」と冷たく切り捨てる。
「何だと…!」
「君たちは、世界一の意味を本当に分かっているのか?」
エドガーさんは言った。世界一とは、自分たちだけのものではなく、自分たちを代表に選んだ国のために目指すものであると。その期待を裏切ることなく人々の夢を背負って戦うのが代表としての使命。
…たしかにそうなのかもしれない。ネオジャパンの人たちを思い出して、私は思わず唇を噛み締める。彼らだって悔しかったはずだ。日本代表に選ばれたくて、必死に足掻いていた。そんな彼らを破ってみんなはここにいるのだから。
「私たちは、ナイツオブクイーンに選ばれた誇りを胸に戦っている!ただ目の前の高みしか見えていない君たちに、負けるわけにはいかない!!」
「!!」
そして再開した試合。パスを受け取った遥か後方にいるエドガーさんはエクスカリバーの構えに入る。ゴールから遠く離れた超ロングシュート。普通ならば、途中で勢いの削がれてしまうそれはしかし、さらに勢いを増して守に向けて襲いかかる。
「守…!」
エクスカリバーが日本のゴールを貫いた。イギリスの先制点。未だシュートチャンスさえ得られない日本にとっては大きく苦しい一点となってしまった。…けれどそこでようやく久遠監督が動く。鬼道くんを呼び出し、諭すように耳元で監督は彼に助言を施した。本当に毎回思うけど、人に黙っておけって言っておきながら自分から言っちゃうところはどうかと思う。
*
前半が終了した。試合は一対二の劣勢。あの後負傷した壁山くんに代わりフィールドに立った染岡くんが、新技の『ドラゴンスレイヤー』で同点に追いついたものの、そこでナイツオブクイーンは新たな必殺タクティクスである『無敵の槍』を発動させた。エドガーさんを守るようにして敵陣へと突き進むそのフォーメーションでディフェンスは尽く破られ、日本は再び逆転を許してしまう。
「遅いな守…」
そして守はハーフタイムの間にトイレに行くと言ってからまだ帰ってこない。早く帰ってこないとミーティングも出来ないというのに。グラウンドを出て守の姿を探す。とりあえず男子トイレのある場所まで向かってみようと早足で進んでいると、誰かと立ち話をしている守を発見した。そこに私も近寄る。
「守!もう、どこ行ってたの」
「ご、ごめん!ちょっとおじさんと話しててさ…」
「…おじさん?」
視線を向けるとそこにはサングラスをかけたおじさんが立っていた。しかもその人はこの前すれ違ったトラックを運転していたおじさんで、どうやら守は今、必殺技についての相談をしていたらしい。それはお世話になってしまった。慌ててお礼を言いつつ頭を下げると窘められる。
そしておじさんは私たちを見下ろしながら、静かにポツリと言葉を落とした。
「…止められないなら、止めなければ良いのかもしれんな」
「え?」
「…止めない…?」
…どういうことだろう。守はゴールキーパーなのだから、どんなボールも止めて見せるのがキーパーの仕事だ。だというのに、シュートを止めなかったらそれはただの自殺行為なのでは?
思わず守と顔を見合わせ一緒になってキョトンと首を傾げていると、おじさんは可笑しそうに小さく笑った。そしてふと思いついたように私たちへ向けて問いかける。
「あ、そうだ。最後に一つ教えてくれ」
「…?」
「トイレはどこだ?」
「…私が案内しますよ。守は先に戻ってて。そろそろミーティングが始まるから」
「わ、分かった…」
思わずずっこけた守と肩を落とした私。とりあえず守はフィールドの方に誘導して、私はおじさんをトイレまで案内することにする。そんなに距離は無かったし、私とおじさんは初対面に近かったから道中は無言だったのだけれど、その途中でおじさんが突然呟くように口を開いた。
「…お嬢さんは美人だなぁ」
「…そうですかね…?」
「あぁ、婆さんに似とるとよく言われんか」
「あぁ…結構言われますね」
それは結構いろんな人から言われる。私と守はどうやらお母さんの血筋に似ているらしく、特に私はお祖母ちゃんの若い頃によく似ているのだそうだ。守はお祖父ちゃんの若かりし頃に似ていると評判だけど。…でも、どうしてそれをこの人がそれを知っているのだろうか。そう思って首を傾げると、おじさんも私の疑問が分かったらしい。肩を竦めて何でもないように笑った。
「まぁ、何となくだ」
「何となく」
いまいち釈然としなかったものの、まぁ守に助言してくれたらしいし、悪い人では無いのだろう。何も突っ込まないでおくことにした。
…それにしても、少しだけ居心地が悪いような気がする。おじさんは悪い人じゃないと思うし、私の考え過ぎかもしれないけど、でも。
「…あの、一つ良いですか」
「ん?なんだ」
「私とどこかで会ったことはありませんか」
どこか少しだけ、この人が懐かしいような気がするのはどうして。
…けれどおじさんは一瞬黙り込んでから、その首を横に振った。無言の否定を見て、私は苦笑いして頭を下げる。私の考え過ぎだ。急にこんなこと言っても、逆に不審に思われてしまう。
「すみません、多分、気のせいでした」
「構わんよ。…誰か、探しとる人でもいるのか」
「…どうなんでしょうか」
探している人。…もしも居るとするのならばそれはきっと、お祖父ちゃんに他ならないのだろう。生きているかもしれない、私の実の祖父。…生まれてから一度も会ったことのない、私たちにとっては写真の中のだけの人。
「会いたくないような気も、するんですけどね」
つまらない話をしてしまった、と誤魔化すように微笑む。けれどおじさんは何故か帽子のつばを軽く下げながら、何も言わないで私の頭を撫でた。
その手は、とても大きくてゴツゴツしていて。少しだけ守に似ているような気がして。
どうしてか少しだけ、泣きたくなったような気がした。