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丸一日のお休みを終えれば、次の日からはいよいよアルゼンチン戦を目の前に控えた練習が始まる。私も監督の指示に従いながらみんなの補助をしたり、マネージャーの仕事を手伝ったりと大忙しだ。…しかしそんな中、少しだけ心配していることがある。立向居くんのことだ。

「春奈ちゃん、立向居くんの調子はどう?」
「まだ成功には程遠いらしいんですけど…立向居くんならきっと大丈夫です!」
「それなら良いんだけど…」

なんと、立向居くんは守がお祖父ちゃんのものでない自分だけの技を習得したことに感化されてしまったらしく、今一年生や綱海くんの協力を得て特訓に励んでいるのだ。そのことは監督も把握しているらしく、特に言及は無かったことから監督としても立向居くんの新必殺技会得は好都合な様子。

「無理だけはしないように、春奈ちゃんも見ててあげてね」
「はい!」

どうやら立向居くんたちは一年生だけで練習したいらしく(綱海くんは例外)、私も一度は協力を申し出たのだが断られてしまったのだ。そりゃまぁ一年生だけでの練習は楽しそうだし、自分たちの力だけでやり遂げたいという気持ちも分かる。でもちょっと寂しいんだよね。やっぱり先輩としては、後輩にはまだまだ頼って欲しかったりするのだ。でもこうして後輩の成長も見られるのも嬉しかったりするというジレンマ。

「必殺技が出来るまで!立って、立って、立ち続けるのよ!!」

…あと、春奈ちゃんが意外に熱血スパルタだったというのも初めて知れたという。
可愛い鬼コーチ指導の元、今日も朝から必殺技の会得に励む一年生チーム+αをみんなで苦笑いを交えながら見守る。しかしちょうど今目の前で、「立向居くんを奮い立たせるために怒らせる」作戦を決行したみんなが彼に向けて悪口を次々に言い放ち、結局立向居くんを落ち込ませてしまったのを見て私たちの顔も思わず引きつってしまった。

「新しい必殺技が完成するのは少し先かも…」
「そうだね…」

思わずふゆっぺに同意。あそこはでもまぁ、少しずつ前進はしているらしいので後は立向居くんの根性に期待だ。
それに今、私が立向居くんよりも気になるのはあの三人だった。鬼道くんと佐久間くんと不動くん。あの三人、朝の自主練習から戻ってきてから様子が可笑しい。さっきから凡ミスも連発しているし、集中力も途切れがち。見ていて随分と彼ららしくないのを感じた。そしてそれは久遠監督も感じたことだったらしく、監督は厳しくも彼らをグラウンドから出してしまった。

「鬼道くんたち、どうしたの。朝から変だよ」
「…すまない、これは俺たちの問題なんだ」

グラウンド外で練習を見つめる鬼道くんたちに近寄り尋ねたものの、言外に「言えない」と言われてしまえば私もそれ以上は口を出せない。仕方なく私も身を引いて、再び練習に集中した。今夜にでも無理やり三人引き連れて、守と一緒に話を聞こう。…そう思っていたのに。

「…みんな居ない?」
「えぇ…円堂くんまで鬼道くんたちを追いかけて行っちゃって…」

少しお手洗いで抜けている間に、何とあの三人どころか守まで居なくなってしまっていたという始末。私は空いた口が塞がらなかった。慌てて監督に報告すれば、監督は僅かに眉を顰めたものの「放っておけ」と一蹴。鬼道くんたちのことはともかく、守はキャプテンとしてあの三人を追わせた方が良いと判断したのだろう。まぁたしかにそれもそう。

「やっぱり私も探しに…」
「すれ違いにならない方が良いし、薫さんは待機してた方が良いと思うよ」
「でもあの人たちみんな、一文無しでどっか行っちゃったんだよ…?」
「…まぁ、少なくともこの島の交通機関はみんなだいたいは無料なんだ。心配しなくても大丈夫だろ」

練習が終わっても帰ってこない四人に、私も後を追いかけようかと考えていたのだが、それは基山くんと風丸くんに止められてしまった。たしかに守はともかく他の三人は普段からしっかりしてるから、合流さえしてくれれば心配は要らないのだろうけど、私が言いたいのはそこじゃ無い。

「携帯さえ持って行ってないから、連絡の取りようが無い…!」
「…あぁ…それは…」

どうか切実に報告連絡相談を大事にして欲しいものだ。ただでさえこの島は広いというのに、無闇矢鱈に動き回られて何かのトラブルにでもあったりしたら困るのはこちらの方でもある。さすがにその私の主張は庇いきれなかったのか、二人とも遠い目で頷いてくれたけど。

「…心配なのか?」
「…うん」

そして守たちは、夕飯の時間になっても帰ってこなかった。みんなでご飯を食べ終わった後、私は建物の入り口前で立ち尽くしているしかなくて。思わずといったように豪炎寺くんが心配してくれるのに対して、私は小さく頷いた。少しだけ、嫌な予感がするのだ。

「…もう少しだけ、ここで待ってみる。駄目だったら私も諦めるから、豪炎寺くんはもう休んで。明日も練習だよ」
「…無理はするなよ」

でも結局守たちからようやく連絡が来たのは、私が諦めてお風呂に入った後の話だった。響木監督宛てに届いた電話によれば、守たちみんなは何故かは知らないがイタリアエリアに今晩は泊まるらしい。イタリアといえば、とフィディオくんのことが過ぎった。
しかしそんな響木監督でさえ守たちの事情は頑なに話してはくれなかったので、詳しい理由までは私も知れない。未だ胸は騒めくものの、私はとりあえず居場所が分かっただけでも良しとしよう、と自分に言い聞かせることで落ち着くことにした。





だがしかしそういう予感はよく当たるもので、私が昨日から感じていた嫌な予感は見事的中してしまった。

「大会本部からの呼び出し…ですか?」
「あぁ、午後からは自主練にする。くれぐれも怪我人が出ないように注意してくれ」
「分かりました」

そもそも今朝から少し可笑しいな、とは思っていたのだ。昨日からイタリアエリアにいるらしい守と鬼道くん、それに佐久間くんと不動くんまでもが外泊と聞かされただけでも戸惑っていたのに、このタイミングで久遠監督と響木監督に対する本部への呼び出し。
試合は明日だから良いものの、こんな指導者も選手も手薄な状態で大丈夫なのだろうかと不安に思っていた。…その矢先だった。大会本部役員と名乗る人からの連絡があったのは。

「もしもし」
[お忙しい中失礼します。こちらはFFI本部の者です]

この時点でさっそく何か嫌な予感がした。だって監督たちは、ついさっきその本部からの呼び出しを受けて出て行ったばかりだ。だというのに、まるで二人が出て行ったタイミングを狙ったかのようなこの電話。思わず眉を潜めながら用件を問いただす。
…すると、聞かされたのは予想だにしなかった衝撃の内容だった。

[急遽、試合日程が変更になりました]
「…は?」
[試合は本日三時から、ヤマネコ島ヤマネコスタジアムでのキックオフです。…それでは]
「え、ちょっ…!」

電話は無情にもあっさり切られてしまった。呆然としながらも頭の中で先程の言葉を何度も反芻する。明日のはずだった試合が突然、今日の三時に変更になった?何故?何が原因で?…いや、それよりも、今は何時?
そこまで思い至って壁の時計を振り返れば、針はすでに十二時半を指していた。私は即座に部屋を飛び出して広間に飛び込む。仕事が終わってお喋りしていたらしい秋ちゃんとふゆっぺは、取り乱して駆け込んできた私を見て目を見開いた。それに構わず私は叫ぶ。

「秋ちゃん、ふゆっぺ!選手全員集めて!十五分以内に今すぐ!!」
「わ、分かったわ!」
「何があった」
「…実は」

同じく広間で寛いでいたらしい豪炎寺くんと基山くんが、そんな私の様子にただ事では無いと察したのか厳しい顔つきで私に尋ねてきた。私は顔を強張らせたまま簡潔に、試合時間が今日の三時になったことを伝える。二人はギョッとした顔で時計を仰いだかと思えば信じられないというように首を横に振った。

「可笑しいよ、あまりにも急すぎる」
「あぁ…監督たちは何て言ってるんだ」
「その監督たちも今は用があって出かけてて。…かなり、厳しい状況なの」

やがて、一生懸命集めてきてくれたらしい全員を広間に集めて説明を始める。アルゼンチン戦がいきなり今日の三時からに変更になったこと。もう今すぐ出発しなければ間に合わないこと。戸惑いを隠せていないみんなに、私も自分の動揺を何とか悟られないように手を叩いて行動を促した。

「詳しい話は準備が終わってから。時間が無いからバタバタするけど、一時に入り口のキャラバン前に集合!時間厳守で!!」
「はい!」
「分かった!」

みんなが散り散りになるのを見送ってから、私も急いで準備に入る。アルゼンチン戦のデータは僅かといえど、前に監督がまとめていたはずだからそれを見るしか無い。…作戦会議は今夜の予定だった。それが出来ないまま実戦に入るのは痛いけれど、それでもやるしか無いのだ。
準備を終えて外に出ればすでにみんなが集まっていた。その間に豪炎寺くんと基山くんが詳しいことを説明してくれたらしい。監督が居ないとはどういうことだと騒ぐみんなに私は口を開く。

「監督たちは今日の昼頃から大会本部に呼ばれてるの。一応、さっきからずっと監督に連絡を入れてるんだけど返事は無い。多分電波の入らない場所に居るか、そもそも電源を切っているのかもしれない」
「ど、どうするでヤンスか!?」
「キャプテンたちも居ないんスよ…!?」

…そうだ、監督たちのこともそうだけど、一番痛いのは守たちが居ないこと。特にスタメンの守と鬼道くんが居ないのはかなりキツい。佐久間くんも不動くんもイナズマジャパンの切り札と言っても良いほどの選手だし、この四人が一斉に不在なんてタイミングが悪過ぎた。…でも。

「守は来るよ」
「…薫さん」
「鬼道くんも、佐久間くんも、不動くんもみんな来る。…そう信じて待つしか無いの。ここで弱音なんて吐いてるわけにはいかないでしょう」

弱気な意見を厳しく叱咤する。こんなところで立ち止まっていたって何にもならない。携帯機器を置いて行ってしまったらしい守たちへの連絡手段は何も無い以上、私たちが出来ることは守たちを待つことだけ。…だから。

「とりあえず私が監督代理で指揮を取る。そして、キャプテン代理は風丸くんに任せます」
「俺か!?」

風丸くんを見ながらそう言えば、素っ頓狂な声を上げて目を見開かれる。豪炎寺くんや基山くんじゃなくて良いのかと聞かれたものの、私が監督代理として指揮する上でキャプテンを任せるなら間違いなく私は風丸くんを選ぶ。二人や他の選手が悪いわけじゃ無い。ただ、風丸くんになら無条件でチームを任せられると思ったから。

「風丸くんになら、任せられる。…お願いしても良い?」
「…分かった、任せてくれ!」
「よし!」

一つ頷いてみんなの顔を見渡した。…まだ不安そうな色が消えない人も居るけれど、そこはどうにか腹を括ってもらうとしよう。今ここに四人も選手が居ない以上、どうしてもみんな出ずっぱりになってしまう。監督代理がこんな未経験者なんかで申し訳ないがそこは我慢して。後で文句はいくらでも聞いてあげるから。

「それじゃあ行くぞ!」
「おぉ!!」 

風丸くんの鼓舞に応えてみんなはキャラバンに乗り込む。私は緊張で震えそうな手足を懸命に叱咤しながら、みんなの後に続けてキャラバンへと足を踏み入れた。





試合会場であるヤマネコスタジアムは四方を滝などの水場に囲まれたグラウンドだった。これが誤報であるかもしれないという一縷の望みを持って試合会場に足を踏み入れたのだが、残念ながらそうはいかなかったらしい。やがて始まる試合に向けて熱狂的に沸き立つ観客はもちろん、反対側のベンチにはジ・エンパイアの選手たちも控えて居た。

「キャプテンたち、来ないっスね…」
「やっぱり知らないのかな、日程が変わったこと」
「心配すんな。あいつらなら絶対に来るからよ」
「だと、良いでヤンスが…」

ベンチに座って資料に目を通すフリをしながらみんなの様子を窺う。イナズマジャパンは特に一年生たちが不安そうだ。染岡くんが何とか励ますものの、いつもの頼もしい守が居ないだけでこんなにもメンタル面に影響が出るとは思わなかった。
緊張で指先が冷えているのを感じながら、何とか落ち着こうと息を吐く。…駄目だ、私まで不安になったらいけない。たとえ代理でも、今はチームの監督としてみんなを導けるように堂々としてなくちゃ。響木監督のように、そして久遠監督のように。

だから怖いなんて、間違っても私だけは思ったら駄目なのに。

…しかしそこで、誰かが私の握り締められた拳を掴んだ。思わず顔を上げればそこには、膝をついて私の顔を覗き込む豪炎寺くんが居る。豪炎寺くんは私の固い指を一本一本解くように引き剥がして、最後に私の冷たい右手を労るように撫でた。そして真剣な顔で私に向けて口を開く。

「心配するな」
「…豪炎寺くん」

触れてくれた手が温かい。緊張で強張っていた身体から力が抜けていくのが分かる。おちついて呼吸をしろ、と促されてようやく落ち着いて呼吸が出来たような気がした。
豪炎寺くんはそんな私の様子をしばらく見ていたかと思えば、やがて目を合わせて静かに微笑む。

「必ず勝つ。だからお前は、俺たちを信じていれば良い」
「…うん」

…そうだよね、豪炎寺くん。私は決して一人じゃない。一人でチームの全てを背負わなくたって良いんだ。だってここには、頼れる仲間がたくさんいるんだから。
だから私もそんな信頼を託すつもりで豪炎寺くんの手を握って額に当てる。…神様なんてこの世にいるかも分からないものに私は願わないし、祈らない。
託すのも信じるのも全部、目の前にいる彼を始めとした私の自慢の仲間たちだ。

「頑張れ、エースストライカー」
「あぁ、任された」

真っ直ぐに見つめた目を、豪炎寺くんは真正面から受け止めてくれた。…だから、大丈夫。もう怖いものは無い。フィールドに出られない私が出来ることは、もう残り少ないんだから。
精一杯足掻いてもがいて、そして最後には。
みんなが勝利を掴んでくるのだと信じて、ここで待つしか無いんだ。





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