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スターティングメンバーを発表するために選手全員をベンチ前に集める。目金くんや風丸くんと頭を悩ませながら私なりに考えたフォーメーションになるが、これが今の私に考えられる最良のメンバーだと思う人たちを選ばせてもらった。

「フォワードは豪炎寺くん、染岡くん、虎丸くんのスリートップでいくね。ミッドフィルダーは風丸くん、基山くん、雷電くん。ディフェンスは綱海くん、壁山くん、木暮くん、飛鷹くんで。
そしてゴールキーパーは立向居くん。…君に日本のゴールを任せるよ」
「…はい!」

世界最強のディフェンスを誇るアルゼンチンを前にする限り得点は難しいとは思うが、そこはもうみんなを信じるしか無い。良い策が無い以上、ベンチで切り開く道を探す。…その瞬間まで、みんなには耐えてもらわなくちゃいけないけど。
そして試合がスタートした。キックオフはイナズマジャパンから。短いパスで繋ぎながら中盤へと攻め込んでいく中、雷電くんからボールを受け取った基山くんが前線の虎丸くんへとパスを出す。
完全にフリーだった虎丸くんへのそのボールは繋がったかのように思えたのだが、しかしそこに素早く入り込んできた相手選手に易々とカットされてしまう。

「あいつ、いつの間に…!」

そのままカウンターで攻め上がっていくアルゼンチン側に、しかし日本だって負けてはいられない。一番先にゴール前へと戻ってきた雷電くんによってボールは再び日本ボールへ。そのまま豪炎寺くんへと蹴り出されたパスは今度こそ繋がる…と言いたいところだったが、しかしやはりそこに入り込んできた相手選手に取られてしまう。

「くっ…!?」
「また取られた!」

低い姿勢のまま素早い動きでボールを奪いにくるその様子はまるで獲物を狙う狼のように見えた。
その後も、日本は果敢に敵陣へ攻め込むものの、やはりどう足掻いてもパスが途中でカットされてしまう。完全に守りのリズムを調子づかせているアルゼンチンのペースだ。その理由は分かる。

「虎丸くん、フォローを!!」
「え!?」

ボールを持った風丸くんの前に迫る相手のミッドフィルダー二人を見て、基山くんがフォローのために虎丸くんの名前を呼ぶけれど、その虎丸くんは当初のポジションよりも遥か前に出てしまっている。そこからでは間に合わないことを悟った基山くんは今度は豪炎寺くんを見たが結果は同じ。…分かった、原因はこれだ。
上がりすぎなのだ。虎丸くんも、豪炎寺くんも。フォワードを始めとしたみんなの攻撃意識が高すぎて前のめりになり過ぎてしまっている。そのせいでディフェンスラインもめちゃくちゃだし、通るパスも通りにくくなってしまうんだ。
そして今、そんなこのチームに足りないのは鬼道くんや不動くんのような司令塔的役割を果たせる選手だ。もちろん、あの二人レベルなんてそうそうに居ない。…でも、彼ならいける。

「基山くんッ、指揮を!」
「!あぁ!!」

先ほどからのプレーを見ている限り、この中で一番冷静なのは基山くんだ。もともと頭の回転が早い基山くんだからこそ、素早い状況判断も出来る。そしてそんな思惑はハマり、先ほどまではチグハグだった日本のパスがようやく通り始めた。基山くんの指示で見事に連携でボールを繋いでいる。基山くんが風丸くんにパスを出した。

「風神の舞!」

途端に迫ってきたアルゼンチンのディフェンスを突破した風丸くんから、ボールは最後に豪炎寺くんへ渡る。爆熱スクリューを撃ち出した豪炎寺くんの必殺技が勢い良く炎を纏いゴールへ襲いかかっていった。
…しかし、誰もが決まったと期待したそのシュートは、テレスさんの必殺技によって止められてしまった。

「…アンデスの不落の要塞、か…!」

余裕綽綽といった様子でカットしたボールをトラップしたテレスさんに思わず歯噛みしてしまう。しかし日本のエースストライカーを小学生扱いとは何事だ。うちの自慢のストライカーなんだぞ。
…そして、アルゼンチンはまるで今までが遊びだったかとでもいうようにして守りの態勢から攻撃態勢へと切り替わる。目でも追うのがやっとな高速のパス回しに目金くんが悲鳴を上げた。

「どういうことです!?守りのチームじゃ無かったんですか!?」
「守りだけじゃ勝てないよ。アルゼンチンはディフェンスの実力が有名なだけで、攻撃だって世界トップクラスだ」
「それ先に早く言ってくださいよ!?」
「ごめん」

普通に言い忘れてたんだ。緊張って怖いね。
しかしそんな悠長なことを考えている暇は今は無いのだ。アルゼンチンに翻弄されっぱなしの日本はとうとう最後のディフェンスを突破され、立向居くんの待つゴールまで迫られてしまった。

「ムゲン・ザ・ハンド…!!」

立向居くんが今出せる最強のキーパー技は、しかし相手の必殺技の方が遥かに上だったらしく、呆気なく破られてしまった。未だゴールキーパーにさえボールを触らせていない日本にとって、この先制点は重い一点だ。既に致命傷と言っても良い。これ以上は点なんて一点もやれなかった。
…しかし、そんな日本を嘲笑うようにして二点目も決められてしまう。立向居くんも何とか未完成のキーパー技で挑んでみたものの、成功は叶わず。しかもなんと。

「秋ちゃんスプレー!」
「えぇ!」

フォワードへボールを渡すまいとスライディングでボールをカットした風丸くんが足を捻ってしまったのだ。続行は不可能。最悪様子を見るためにも下げざるを得ない。ディフェンスの要の一人でもある風丸くんを下げるのは正直痛過ぎるが仕方の無いことだ。後は栗松くんに任せるしかない。
キャプテンマークは基山くんに託し、試合が再開する。栗松くんがさっそくボールをカットしたかと思いきや、しかしこぼれ球を相手選手に颯爽と拾われてしまった。…ボールが再び、相手のフォワードに渡る。

「ディフェンス!」

駄目だ、間に合わない。立向居くんには怯えの色が見えた。…仕方ない、何せ今立向居くんが立っているのは守のいないゴール前だ。韓国戦の時とは訳が違う。あのときはまだベンチに守がいた。けれど今は姿さえ見えない以上、ゴールを守れるのは立向居くんしかいないから。
…しかしそんな立向居くんに向けて、飛鷹くんが叱りつけるようにして言葉をかける。

「怖がってんのか!?」

立向居くんの目が見開かれた。まるで図星を刺されたとでも言いたげな顔をしている。そんな立向居くんを見て、飛鷹くんはなおも叫んだ。…そしてその言葉は立向居くんだけじゃない、私の心にまでも深く突き刺さる。

「失敗したって良い、自分の全部をぶつけるんだ!!」
「…失敗しても良い…?」

…そうだ、ここで怖がってたって最後に待っているのは敗北だけしか無い。それならいっそ、何もかもを振り切るつもりで全力を出し尽くすしか無いじゃないか。素人上等。頼れる大人もキャプテンも司令塔も居ない以上、ここで踏ん張れるのはここにいる選手だけなのだから。
私はお守りのように手にしていたアルゼンチンのデータをベンチに叩きつけて立ち上がる。その勢いに隣のふゆっぺが驚いたようにビクリとしていたけれど、申し訳ないが今は謝っている余裕は無い。私はお腹の底から張り上げるようにして叫んだ。

「根性見せろ立向居ィ!!!」
「はいッ!!!」

思わず口が悪くなった私をギョッとしたように見つめるベンチ組はこの際無視だ。何故かテレスさんまでこちらを見て目を見開いているが、こっちを見るんじゃない。私は見せ物じゃないんだぞ。
すると、その言葉に応えるようにして、怯えも躊躇いも何もかもをかなぐり捨てた立向居くんが、全身全霊で新しいキーパー技に挑む。禍々しささえ感じるようなオーラと共に放った渾身の新技は、見事そのシュートを止めてみせた。
『魔王・ザ・ハンド』。守の技でもおじいちゃんのノートの技でもない、正真正銘立向居くんだけの使える必殺技。
そしてそれは、今日の日まで血の滲むような努力を重ねた練習が花開いた瞬間でもあった。





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