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「ここからは、攻めに攻めてとにかく攻めて行こうね。当たって砕けろならぬ当たって相手を砕かせろ作戦でいこう」
「物騒だなオイ!!」
「テレスさんにギャフンと言わせたい」

あっちは何となくこっちのことを好意的に見ていてくれているのはこの前の様子から分かるのだが、先ほどからこちらを最初から舐め腐るような態度が正直気に食わない。豪炎寺くんのことと言い、イナズマジャパンに対しての態度と言い。一度くらいはギャフンと言わせてやらないと、私としては気が済まないのだ。

「立向居くん、厳しいことを言うとここからは一点も相手にあげられない。…ゴールは死ぬ気で頼んだよ」
「はい!」
「基山くんは引き続き司令塔をお願い。とにかく、細かいパスを繋いで攻めていって」
「あぁ」

大丈夫、みんなならやれる。二点差は厳し過ぎるけれど、まだイナズマジャパンの心は死んでなどいないのだから。ここから追い上げて、絶対に勝利を掴んでみせる。何よりみんなならできると、私は信じていた。
そして後半がスタートした。キックオフはアルゼンチン側から。…しかし、相手は何を考えているのかいきなりボールをこちら側へと蹴り渡すような真似をした。

「さぁ、どこからでもかかってきな」

…だからこういう態度が死ぬほど嫌なんだよね。なんかこの「チャンスくらいあげるよ」みたいな舐めた態度。実力があるからこその余裕なのかもしれないけど、正直好きじゃない。むしろ不愉快だ。
そしてそんな高く上がったボールを胸でトラップした綱海くんが豪炎寺くんへとパスを渡す。だが、豪炎寺くんはいきなりアルゼンチン選手七人に囲まれてしまった。
それは、アルゼンチンの必殺タクティクスのフォーメーションで。

「…誘導が目的か…!」

ボールを持った選手を囲うようにして誘導し、わざとテレスさんの正面に行くように抜かせる。要塞と呼ばれるまでの鉄壁を誇るテレスを抱えるアルゼンチンだからこそ使える必殺タクティクスだ。おまけに周りの味方にパスは出せないようフォローまできっちりしているのだから嫌になる。突破口が易々と見つからない。
そして豪炎寺くんが放った爆熱スクリュー、それはテレスさんと真正面からぶつかり、やがて止められてしまった。

「薫ちゃん、あれって…」
「…あれだと日本はまともに攻撃さえさせてもらえなくなる。テレスさんの守備力に、今の日本じゃ真正面からは勝てない」

今度は染岡くんも止められた。グラウンドを睨みつけながら突破口を必死で探すものの、その解決策がなかなか浮かばなかった。どうすれば良い。他の選手がフォローにまわろうとしても、相手はそれを抑え込むようにフォローさせてくれないのに。
…いや、一つだけ、一応策はある。だけどこれをぶっつけ本番でやっても良いのかが分からなかった。それに体力を相当消費することになるし、私の一存だけじゃ決められない。
しかも、この劣勢状態のおかげでみんなの士気も下がりつつある。守や鬼道くんが居ない、そして監督たちも居ないこの状況が不安なのだろう。私もそれは同じだった。

「…どうすれば…!」

けれど、その時だった。ベンチに座っていたふゆっぺが私の横を駆け抜けて、グラウンドのサイドラインに立つ姿が見える。何事だと戸惑う私たちを他所に、ふゆっぺは下を向きつつあるみんなを叱咤するようにして叫んだ。

「___みんなどうしたんですか!」

その声を聞いてみんなが顔を上げる。突然叫び出したふゆっぺに驚いたような顔をしていた。しかしふゆっぺはそんなみんなの視線に構わず、胸の内に溜めていた思いを懸命に吐き出す。

「まだ試合は終わってないんですよ、なのに諦めてしまうんですか!」
「でも、あのディフェンスが崩せないんじゃ…」
「だったら何なんです!?何があっても諦めない、それがイナズマジャパンのサッカーじゃなかったんですか!?」

…思わず息を飲んだ。だって、ふゆっぺの言う通りだったから。私たちはいつだって、一つ一つの試合を乗り越えてきた。劣勢なんて何度も陥ってきたじゃないか。だというのに、守と鬼道くんや監督たちが居ないからという理由で、私たちは諦めてしまうのか。…そんなの、駄目だ。

「だから予選大会にも勝てて、ナイツオブクイーンにも勝てたんじゃないんですか!?」

そうだ。だからこそ諦めちゃいけない。何よりそれは、ここに居ない人たちにまで迷惑だ。ネオジャパンの人はもちろん、日本に置いてきてしまった士郎くんや緑川くんの分まで、私たちは懸命に戦わなくちゃいけない。

「お願い、もう一度立ち上がって。そして戦って!」
「そうですよ、冬花さんの言う通りです!!」
「やりましょう、最後まで!イナズマジャパンのサッカーを!!」

ふゆっぺの叫びに感化された秋ちゃんや春奈ちゃんまでもが同じように立ち上がって励ましの声を上げた。それを受けてだんだんと表情を明るくさせていくみんなに、私も腹を決める。体力がなんだ、ぶっつけ本番がなんだ。そんなの、負けるかもしれない今の状況を考えたら尻込みしてる場合じゃないくせに。

「栗松くん!ちょっと来て!」
「!はいでヤンス!」

私は栗松くんをベンチ前に呼び出し、考えた作戦について話す。…これは、今一番体力の残っているディフェンス陣だからこそ出来る必殺タクティクス破りだ。一年生に任せるのは責任を負わすようで心苦しいけれど、彼らだって立派なイナズマジャパンの一員なのだから。

「頼んだよ」
「任せて欲しいでヤンス!」

…さぁ、ここからだ。この劣勢を少しでも押し返して、あのアルゼンチン代表たちの涼しい顔をギャフンと言わせてやる。君たちが弱者だと侮る私たちにだって、その喉首に噛みつく牙があるのだと教えてやるんだ。
栗松くんがグラウンドに戻り、みんなに私からの作戦を伝えてもらったところ、みんなが驚いたようにこっちを見たのを親指立てて答える。ここで守備に回るわけにはいかない。後半開始前に私が言ったように、攻めて、攻めて、攻めまくるのだ。

「そう簡単に砕けてやるほど、日本は柔じゃないんだから」

そして試合が再開した。まずスローインを受け取ったのは木暮くん。やはりあっという間に囲まれるものの、栗松くんと壁山くんの指示で真ん中に寄らないよう必死に耐えていた。痺れを切らした相手選手が突っ込んでくるものの、それを何とか交わした木暮くんは今度は壁山くんにパス。今と同じ流れでボールを運ぶ壁山くんから、最後に栗松くんへボールが渡った。

「栗松くん、耐えて!!」

ここで耐えれば、ゴールは目前。なかなか思い通りにいかないディフェンスに苛立ちを見せつつあるテレスさんは、自分が豪炎寺くんたちから引き離されていることにまだ気がついていない。ここから上手く繋げれば、攻撃のチャンスが訪れる。

「繋ぐでヤンス!!」

そして最終的に、栗松くんの捨て身のパスでボールは豪炎寺くんに渡る。驚愕に目を見開いたテレスさんを他所に、声を張り上げたのは基山くんだった。…豪炎寺くん、虎丸くん、基山くんの三人で行う新必殺技。今日までの練習で完成させたあの技が、今こそ火を吹く。

「グランドファイア!!」

テレスさんは何とか駆けつけたものの、必殺技で止める前に吹き飛ばされた。そしてそのシュートは、ゴールキーパーの必殺技すらも貫いてゴールを揺らす。…日本の得点。アルゼンチンの必殺タクティクスを破った上、無失点記録を止めてみせたのだ。

「これなら行ける…逆転できる!」

残り時間は、と手元の時計を見る。…しかし、そこに表されていた残り時間を目の当たりにして、私は思わず息を飲んだ。それと同時にグラウンド中に鳴り響いたのは試合終了のホイッスル。愕然とするイナズマジャパンのみんなを他所に、私は唇を噛み締めてベンチの柱を叩いた。…ここまで、来られたのに。みんながここまで必死に頑張って、やっと逆転への道筋が見えたところだったというのに。

「…ごめんなさいッ…!」

…私の力じゃ、何も及ばなかった。このチームを勝利には導けなかった。それが悔しくて、悲しくて、辛くて。肩を落として整列する選手の顔さえ満足に見られないまま、私はいつまでも項垂れたままだった。





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