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そしてそんなハードな特訓を経て挑んだ御影専農中戦は、見事私たち雷門中の勝利で幕を閉じた。後半の途中で突発的な守の飛び出し暴走やら何やらがあったものの、データに頼るサッカーを最終的には捨てたあちらの選手たちは、それはもう生き生きとして戦っていたとだけ。最終的にはあの失礼なツンツントゲ頭のキーパーも守と和解していたようだから許した。…最近こんなことが多いような…?もっと守に仇なす人間に厳しくなりたい。
そして、そんな次の対戦校は秋葉名戸中。私たちと同じく完全なダークホースで、何とあの苦戦した尾刈斗中を下してしまったのだという。しかもこちらに入ってきた数少ない情報によれば、秋葉名戸はメイド喫茶に篭っているらしい。そこは果たして中学生が入ってもいい場所なのだろうか?

「これは行ってみるしかありませんね…メイド喫茶に!」
「怒られない?」
「これは偵察ですよ偵察」

守も含めてそんな敵地に乗り込むような真似をさせても良いのかと悩んだものの、守のやる気も上がっていることから苦渋の決断で見送ることにする。もしも、守が、変な趣味をひっさげて帰ってきたらその日が君の眼鏡の命日だからな。一応そう脅しておいてからみんなを見送り、私は豪炎寺くんと一緒にタクシーに乗って病院へ。私の今日の予定は豪炎寺くんの病院の付き添いをすることなのだ。御影専農中戦で足を負傷してしまったのだ。本人曰く軽い怪我であるとのことだが、今度の試合には間に合わないらしい。

「悪いな、面倒をかける」
「マネージャーの仕事だしね。荷物持つだけだから楽だよ。なんなら豪炎寺くんを背負おうか」
「…いや、遠慮する」

断られてしまった。男の子のプライドというものだろうか。苦い顔で言われてしまったし。たしかに同じ歳の女の子におんぶされる…守なら喜んで飛びついてきそうだけど、それはやはり兄妹だからなのだろうね。
そんな思春期男子の気持ちを考察しつつたどり着いた病院で、豪炎寺くんを待合室の椅子に座らせておきながら、私はたったかと保険証を受付に出しに行く。ついでに名前も書かなければ。ごう、えん、じ…あっ。

「やらかしちゃった」
「何をだ?」
「間違えてうっかり受付に『豪炎寺薫』って書いちゃった」

ベンチに戻り、思わず照れながら報告したら盛大に咽せられた。そんなに驚かなくても。軽く咳き込んでいる背中を摩ってやりつつ、冗談で口走りかけた夫婦みたいになったね、という言葉を何となく飲み込んでおいた。冗談が過ぎると怒られそうだ。

「豪炎寺くん顔真っ赤」
「…誰のせいだと思ってるんだ」
「私だね。豪炎寺くんもクールに見えて年頃の男の子なんだ」

豪炎寺くんは大人びて見えて、実は意外にこういうことには初心らしい。豪炎寺くんファンに教えたら喜ばれるだろうか。いや、それを知った経緯を根掘り葉掘り聞かれて「調子に乗るな!」と陰湿ないじめに発展するのがオチだ。最近もただでさえ豪炎寺くんと一緒に居ることが多いせいでされていた嫌がらせがようやく終わりを迎えつつあるというのに。

「あ、たぶん次豪炎寺くんだよ」
「…あぁ」

私に揶揄われたことで拗ねてしまったらしい豪炎寺くんは、その小さな一言で返事を返すと、こちらをジトリと見てから立ち上がって診察室の方へと消えてしまった。ごめんってば。
そしてしばらく、十五分くらい経った頃だろうか。診察を終えた豪炎寺くんが帰ってきたので一緒に帰ることにする。と言っても、豪炎寺くんはそのままお家に直帰するらしいので、病院の入り口前までだけど。タクシーが来るまで暇つぶしに話をする。

「良かった、じゃあ数日で完治するんだね」
「あぁ、今度の試合には間に合わないが…円堂たちなら大丈夫だろ」

そりゃあね、豪炎寺くんが抜けてしまうのは心細いけれど、うちには染岡くんだって居るのだから大丈夫。ゴールには守だっている。盤石な布陣なのだから恐れることはないよね。
そう言って胸を張っていれば、ふと豪炎寺くんが何やら聞きたそうな顔をしていることに気がついた。何だろうと首を傾げると、少しだけ聞きにくそうな顔で躊躇うようにして口を開く。

「…お前は、染岡のことが好きなのか」
「染岡くん?そりゃ好きだよ。友達だもん」
「…半田は」
「好きだよ、友達だし」

染岡くんも半田くんも、一年の頃から一緒に頑張ってきた仲間だ。わちゃわちゃしながらも築いてきた絆がある。だからこそ私はあの二人を心から信頼できるのだ。もちろん、一年生や新しいメンバーのことも信頼しているけれど、どうしても仲間の贔屓目で染岡くんたちを持ち上げてしまう。特別扱いなんて駄目なのにね。

「反省…」
「…お前らしいんじゃないか」
「そうかな」
「あぁ」

そう言ってもらえると少し救われる。まぁ一番贔屓してしまうのは守なのだけれどそれはそれ。双子の特権というものだから許して欲しいところだ。ところでなぜ今その話を?と尋ねたところ、豪炎寺くんは分かりやすく目を逸らして黙秘の姿勢を貫いていた。





「一生の恥」
「薫ちゃん…」

試合当日である。いつものようにバスやら電車やらに揺られ辿り着いたのは、試合会場である秋葉名戸中。しかし、そこについた途端何故かメイドの格好をしたあちらのマネージャーさんに更衣室へ引き摺り込まれてしまったのだ。あれよこれよという間に着せられたのはメイド服。ふりふりがいっぱいついてる。頭には猫耳。スカートが膝丈なのが幸いなものの、おのれ秋葉名戸中。マネージャーは着用必須みたいなふざけた規則がなければこんなもの脱ぎ捨ててやったものを。
ただ夏未ちゃんに着せたのはバッチリ。お嬢様がメイドって既に仮装の域を超えて主従逆転みたいなややこしいことになりそうだけど、当の本人は呆然としていて気づいていない。

「お、円堂ちゃん似合ってるじゃん」
「携帯を、携帯をしまうんだ土門くん…!写真は禁止だぞ…!」
「あ、薫もその格好してんだな!よく分かんないけど似合ってると思うぜ!」
「撮ってよし」
「手の平返すの早くない?」

守が似合ってるって言ったら似合ってるんだよ。胸を張らずしてどうする。ただ流出したら怒るのでそこのところよろしくね。他の女の子たちの写真もだぞ。
カメラを構え始めた秋葉名戸中の方々に向けて、ヤケクソ気味にピースサインをかましながらそう凄めば「ギャップ萌え…」「男前メイド…嫌いじゃない…」という身の毛もよだつ呟きをなされたので即座にベンチに居る豪炎寺くんの背後に撤退。呆れたような目で見下ろされていますがあれは無理です。

「見てほら、まだ鳥肌立ってる」
「そこまで嫌だったのね…」
「なんか嫌なんだよね…。オタクが悪いってわけじゃないんだけど、他の人から性的嗜好の目で見られるのは、ちょっと」
「…恋愛対象になるのが嫌ってことですか?」
「どうなんだろう…?今まで告白されたことなんて無いからなぁ…」
「えっ」
「えっ」
「え?」

何故か、すごく、驚いた顔をされているのはいったい何故。ベンチの豪炎寺くんまで何さ。ちゃんと本当の話だよ。小学校の六年間でのその手の話は私だけ無し。仲良しの女友達とかは「あの人が好き!」「告白された!」ってきゃいきゃいしてたけど。おまけに私のバレンタイン実績なんて、守とお父さんと風丸くんとサッカー部くらいだよ。あとはお祖父ちゃんの仏壇前。
念のため、試合前のアップを終えてベンチに一旦戻ってきた守と風丸くんに向けて確認してみる。私、昔から告白されたことなんて少しも無かったよね?

「無かったぞ!」

ほら、守の良い笑顔。隣の風丸くんも何故か顔を引きつらせながら頷いてるし。私がモテそうだとかそんなのは全くもって無いんだよ。守は昔から人誑かしだからすぐに女の子を虜にしちゃうんだけどね。そこは厳しい私の妹チェックが入る。
ちなみに、それを突破したのは過去に一人だけだ。今は遠くに引っ越してしまったけれど、私の初めての親友だった女の子。元気にしているだろうか。

「ちなみに秋ちゃんも私のチェックは突破してるから安心してね」
「な、何の話!?」

こっそり耳打ちしたら顔を真っ赤にした秋ちゃんは可愛いが、守へ向けられた恋心を私が見落とすとでもお思いか。
参考までに言うと、私はほんのり夏未ちゃんも怪しいと思っている。まだまだ守の彼女になるには及第点だけど、そこは今後の成長に期待ということで。





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