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どうもイタリア代表とイギリス代表の試合が終わってから、チーム内がやけにピリピリし出したように見える。特にそれは守や鬼道くん、佐久間くんに不動くんと、総帥さんの罠に嵌められてアルゼンチン代表との試合に間に合わなかった人たちばかりで。しかも途中、鬼道くんが勢いのまま虎丸くんを突き飛ばした時は思わずヒヤリとさせられた。こんなことで怪我なんてさせられない。そして久遠監督もそう思ったのだろう。練習中にサッカー以外のことを考えるな、と怒鳴って練習を中止してしまった。

「…うん、擦りむいただけだね。これなら何とも無いよ」
「ありがとうございます!」

一応虎丸くんの手当てはしておいた。栗松くんのこともあったし、私は改めて自分の注意不足を反省したのだ。これから先は、もっと注意深くみんなを見ていかなきゃいけない。
私へお礼と共に頭を下げて駆けていく虎丸くんを見送り、私もようやく息がつけた。練習が中止された以上今は特にすることが無いのだ。マネージャー業もとっくに済んでいて、みんなもそれぞれ思い思いに過ごしているらしく、守なんてふゆっぺの買い出しに付き合うらしい。

「…お、何やってんだ?」
「染岡くん」

これから何をしようかと考えつつ救急箱の片付けをしていれば、ちょうど食堂に入ってきた染岡くんに話しかけられた。どうやら染岡くんは小腹が空いたらしく、お腹を押さえながら少しだけ気まずそうに「何か無いか」と聞いてくる。まだ夕飯までに時間もあるし、成長期の男の子としては確かにお腹も空くのかもしれない。

「おにぎりで良ければすぐできるよ。他に食べたい人が居ないか聞いてきてくれないかな」
「おう」

ご飯はあいにくお昼ご飯の余りだけど、まぁおやつ代わりなので構わないだろう。そう思いながら準備をしていれば、割と早く染岡くんが食堂に帰ってきた。その後ろを着いてきたのは、豪炎寺くんに風丸くん、そして雷電くんと士郎くんだった。割と大勢だけど、ご飯足りるかな。

「二つずつで我慢してね」
「作ってもらえるだけありがたいさ」

手伝おうか、とこっちに寄って来そうな数名を笑って制して、さっさとおにぎりを合計十一個作り上げる。一人二個ずつで、余りの一つは私の分だった。洗い物が面倒なので、雑だが大皿に全部まとめて置かせてもらう。
いただきます、と礼儀正しく挨拶を済ませたみんながおにぎりに手を伸ばしていくのを見て、私も空いていた席に腰を下ろせば、既に三分の二も食べ終わりつつある染岡くんがふと他のみんなに向けて不思議そうに首を傾げた。

「そういやお前ら、さっきは揃って何話してたんだよ」
「あぁ、半田たちから連絡が来てたから、少し雷門中の話をしてたんだ」

雷門中の話か。そう思うと懐かしくなる。この前まであのグラウンドで、みんな揃って練習していたというのに、随分と遠いところまで来てしまった。連絡もたまに取り合うものの、みんな元気にやっているだろうか。

「…でも、そういえば豪炎寺くんも風丸くんも、サッカー部に入ったのは今年の四月からなんだよね」
「あぁ」
「まぁ、俺はもともと陸上部だからな…。サッカー部の古参と言えば、それこそ染岡と薫だろ?」

風丸くんのその言葉に思わず誇らしくなる。そうなのだ。もともとは廃部されていたサッカー部を蘇らせ、一年間も頑張って活動してきたのは他でも無い私たちだった。
私と秋ちゃんも含めて部員は五人。グラウンドなんてろくに借りられず、隅っこでいつも基礎練ばかりをしていた。でもきっとあの時の我慢があったからこそ、今こうして私たちはここに居るのだと思ったら感慨深いね。

「何か無いのか?古参だけの思い出ってやつはよ」
「染岡くんが道に迷ってた同級生に『先輩』って呼ばれながら道を聞かれてたのは面白かったね」
「お前な」

あれは愉快だった。半田くんなんて床を叩きながら笑い転げてたおかげで、お怒りの染岡くんからプロレス技食らってたし。まぁ染岡くんは、元から大人っぽい感じはするし、背も高かったから間違われるのも仕方ないと思うよ。

「顔が笑ってんだよお前は」
「ごめん」

他にも、半田くんが綺麗な女の先輩が通りがかったところをカッコつけたせいで転んだこととか、私と秋ちゃん以外の三人が赤点を取ったせいであやうく廃部になりかけた話とか、話すことはたくさんあった。染岡くんからのツッコミもいただきつつ大抵の話を終えれば、そこでふと士郎くんが興味深そうに口を開く。

「薫ちゃんの話は無いの?」
「ないよ」
「嘘つけ、あんだろ。自分だけ逃げようったってそうはいかねぇからな」

私が何かやらかした話はほとんど無いのだが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいので誤魔化そうと視線を逸らせば、それを目敏く感知した染岡くんが逃げ場を断つ。
そしてよりにもよって彼は、私が一番思い出したく無い記憶ナンバーワンを引っ張り出してきてしまったのだ。

「去年のハロウィンのとき、せっかくだからマネージャーにドッキリしかけようって話になったんだけどよ。ちょっと怖え感じのマスク被った半田が、玩具の包丁に赤い絵の具塗ったの持って、部室にいるこいつら驚かせる作戦だったんだが」

…今でも覚えている。あれは私にとって洒落にならないほどの恐怖だった。秋ちゃんはまだ日直の仕事で来ていなくて、部室にいたのは私だけだった。やけにみんなが遅いなって思いながら部活の準備を進めていたとき、私はふとそれの存在に気がついた。
窓からこちらを覗く、返り血のついた仮面を被った男の姿に。
私はもう天まで届けと言わんばかりに叫んだ。その日、英語の授業で「ハロウィンだから」という余計な理由でB級ホラーなんかを見せてくれた先生のせいで、私の中では殺人鬼が地雷だったのだ。そしてそのまま部室を飛び出し、近くに隠れていたらしい染岡くんの懐に突撃。半ば突っ込むような形で縋り付いたよね。

「しょうがないでしょ、だってああいうのは苦手なんだから…」
「あぁ、そういやお前、あん時は後ろから追っかけてきた半田にガチでビビリながら俺の背中に引っ付いてたよな」
「あーあーあーあーあー!」
「今思えば、あれ泣いてたんじゃねぇか?」
「聞ーこーえーなーいー!!」

喚いて今のセリフを掻き消そうとするものの、どうやらみんなバッチリ聞き取ってしまったらしい。少し微笑ましげにこちらを見る視線をバッチバチに感じて、私は呻きながら染岡くんに向けて抗議の構えを取った。

「ねぇ、あの、それ誰にも言わないって約束したやつ」
「そうだったか?」
「鬼!」

染岡くんめ。私に昔の話をバラされた恨みと言わんばかりに楽しそうな顔をしやがって。…まぁその後殺人鬼もどきの正体が半田くんで、染岡くんも共犯だと知ってからは、練習量を倍にさせてもらったのだが。
しかしこれ以上恥ずかしい話を聞きたく無くて、私はお皿を洗う名目で席から立ち上がる。顔が羞恥のせいで熱くて仕方なかった。すると背後で、少しだけ声を落とした豪炎寺くんの声が聞こえる。

「…染岡」
「ん?」
「他には無いのか」
「豪炎寺くん怒るよ」
「…何でもない」

これ以上の恥は無いし、あったとしても晒す気は無いのでね。そんな私の確固たる意志を読み取ってくれたらしいみんなは、自然に話題を変えてくれた。それに安堵しつつ、おにぎり作りに使ったお皿を片付けていれば、そこに少しだけ慌てたような久遠監督が姿を表した。いつもは冷静なその顔に焦りが見えて、私は思わず真面目な顔つきで走り寄る。

「どうしましたか」
「…冬花が倒れた。すまないが、冬花の着替えを頼んでも良いか」
「!はい」

…ふゆっぺが倒れた。それを聞いて少しだけ動揺してしまう。守が買い物について行っていたはずなのだが、いったい何があったのだろう。
しかしそれ以上私への説明に時間を割いてもらう訳にもいかず、私はとりあえずふゆっぺの着替えを取りに二階へと駆け上がった。





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