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そしてとうとう、それぞれがいろんな思惑を抱える試合の日がやってきた。決戦の会場はコンドルスタジアム。たくさんの観客が熱狂的な賑わいを見せているのが、控え室からも聞こえる声援で分かる。

「みんな、準備はいいな?」

靴紐を結び終えた守による最後の確認に、みんなは誰一人怯むことなく返事を返した。真っ直ぐに守を見つめ返すその目に、私の背も自然と伸びる。私もここまで来たらいろんなことはさて置いて、試合だけに集中しよう。

「ここまで来たら、あとはやるだけだ。俺たちの全部をぶつければ必ず勝てる」

「それじゃ、行くぞ!」

その拳に応えて、みんなも天高く拳を突き上げてみせた。やる気も気合いも、コンディションも十分。外の天気も良いし、あとはみんながどれだけ試合で実力を発揮できるか次第。私に、私たちにできることは、みんなを信じることだけだ。
そして選手整列と挨拶を終え、いよいよこの試合のメンバーを監督に発表してもらう。

「スターティングメンバーを発表する。FW、豪炎寺、染岡、基山。MF、風丸、鬼道、佐久間。DF、壁山、綱海、吹雪、飛鷹。GK、円堂。以上だ」
「はい!」

久遠監督はみんなの返事を聞いたあと、何か言いたげに響木監督の方を見たけれど、結局は何も言わずに前を向き直した。その監督の様子に思わず首を傾げたが、今はその意味を考えているときじゃない。私も、グラウンドへ向けて駆けていく選手のみんなの背中を見送った。
試合のキックオフは、豪炎寺くんと基山くんによるイナズマジャパンのボールで始まった。走り出して即座に基山くんが出したパスを受け取った染岡くんが、キレのあるドリブルで切り込んでいく。そんな滑り出しは好調で、このままゴール前へと突っ込んでいける。…そう思っていたときだった。

「カテナチオカウンターだ!!」
「カテナチオカウンター!?」

突然声を上げたフィディオくんのその言葉に、私たちは思わず目を見開くことになった。…カテナチオカウンター?聞いたことのない技名だ。フィディオくんがチーム全体に向けて指示を出していたのを見るに、恐らくイタリア側の必殺タクティクスなのだろう。けれど、事前の調べでそんなタクティクスがあるだなんて聞いていない。恐らく対日本戦に向けて構築された、新しいタクティクス。最前線にいる染岡くんも、突然のフィディオくんの指示に警戒を強める姿勢を見せて思わず立ち止まった。

「もらった!」
「うおっ!?」

しかし何故か、動き出しかけたフィディオくんを追い抜いた向こうの選手が、隙をついて染岡くんのボールを奪い去る。明らかにタクティクスの動きではない上に、指示を出したはずのフィディオくんも困惑顔。恐らく今の動きは、フィディオくんの指示を意図的に無視した独断だった。

「カテナチオカウンターなんて無くても、俺たちのサッカーさえすりゃ負けやしねぇんだよ」
「まさか、みんな…」

…しかも、イタリア側は何やらフィディオくんと噛み合っていないらしい。そうだとすれば、これは好機だ。司令塔と齟齬のあるプレーを行なってしまっている今、その隙をつけば得点のチャンスが来る。そしてその予想は当たったらしく、見た目こそ試合は拮抗しているように見えるものの、実際のイタリアは単調なプレーが目立つようになってきた。個々の能力の高さでチームプレーの欠如を補っているだけで、明らかに主力のフィディオくんを外してボールを回しているのが丸わかりだ。
しかし、だからといってイナズマジャパンが有利な状況である訳でもない。司令塔の存在を無視こそしているものの、ボールカットは的確だし、フォワード陣へもきっちりマークをつけている。そう考えながら試合を眺めていれば、隣の久遠監督からふと声をかけられた。

「…円堂、お前なら、ここでどうする」
「…向こうのマークを撹乱する一手が必要だと思います。相手のマークの集中を乱して、フォワード陣が動けるだけの余裕を作れる選手…」

私の中で今、それができると思う選手は、士郎くんだ。
そしてそんな私の考えを汲み取ったかのように一人小さく頷いた士郎くんが前線へと駆けていく。ディフェンダーが前線へ上がるなんて滅多に無いが、イナズマジャパンはゴールキーパーがシュートを撃ちにいくようなチームだ。特にチーム内での混乱は無い。そして佐久間くんからボールを受け取った士郎くんが前へ上がる。この調子なら、フォワードへのマークも緩めさせることができるかもしれない。

「カテナチオカウンターだ!」

しかしまたそこで、フィディオくんがあのタクティクスの名前を叫ぶ。側から見ればやけくそのデタラメを叫んでいるようにしか聞こえないが、それにしては指示を出すフィディオくんの声に迷いが無い。なのに、どうしてイタリアの選手は彼の指示に従わないのだろうか。
そしてやはり、その指示を無視して士郎くんへと突っ込んでいったジャンルカと呼ばれた選手を、士郎くんは華麗に抜き去って駆けていく。

「行かせるか!」
「…今だ豪炎寺くん!」

ゴール前へと迫っていく士郎くんを行かせるわけにも行かず、彼へ意識を向けた隙をついて豪炎寺くんが駆け出した。そしてそれに合わせて士郎くんは、豪炎寺くんとの連携技であるクロスファイアを撃ち放つ。二人の渾身の力を込めて放たれた強烈なそのシュートは、向こうのキーパーが技で応戦するよりも速くゴールネットを貫いた。それが、この試合でのイナズマジャパンの先制点となった。





「…さっきから向こうは、様子が可笑しくないですか?」

先制点を決めた喜びも束の間、不思議そうな顔で立向居くんが首を傾げたのに、雷電くんも同調するように頷く。きっと、あのカテナチオカウンターについての疑問があるのだろう。それに加えて、明らかにフィディオくんと対立しているかのようなチームの雰囲気。何かが可笑しいのは目に見えて分かる。

「あの人たち、気になる言葉を言ってましたよね」
「『カテナチオカウンター』ですね。僕も気になっていました」

そしてそれは、ふゆっぺや目金くんたちも同じことであったようで、不思議そうな顔で考え込みながら推測を続けている。

「何ですか?カテナチオって」
「カテナチオとは…」
「"鍵"を意味するイタリアの古い戦術のことだよ。たしか、五十年以上も前に流行ったやつじゃなかったかな」
「僕のセリフ!」

監督補佐をするにあたって、私もただ監督の指示を聞いていたわけじゃない。何かのためになれば良いと、世界各国の戦術を自分なりに勉強してきた。その中に、イタリアでかつて流行った戦術である「カテナチオ」という戦術がある。堅守・速攻を重視したものであって、堅実的なプレーが特徴だと言われている。今や、イタリアサッカーの象徴だと言っても良い戦術らしい。

「なぜそんな言葉を突然言い出したのかしら」
「そうなんだよね…」

向こうの意図が全くと言っていいほど読めないのが怖い。そのカテナチオカウンターとやらがたとえ未完成であれ、司令塔であるフィディオくんの指示を一切聞かないというのも可笑しな話だ。まるで、フィディオくん以外の選手はむしろそのタクティクスを拒んでいるかのようにさえ見える。…となると、恐らく。

(カテナチオカウンターは、総帥さんからの指示なのかな)

守や鬼道くんたち曰く、向こうは総帥さんと一悶着あったらしいし、素直に指示を聞きたくないのも当然かもしれない。でもそうなると、同じく総帥さんと因縁があるはずのフィディオくんが指示に従おうとしていることに疑問が生まれる。フィディオくんもフィディオくんで、恐らく総帥さんに何らかの思惑があるのだろう。…まぁつまり、一つ言えることがあるとすれば、これは。

「…三つ巴の戦いみたい」

日本とイタリアと、総帥さんと。イナズマジャパンにも総帥さんと因縁のある選手が居る訳だし、何とも複雑で面倒な対決になっているようだ。
そんなことを考えつつも試合は続いていく。先制点を決められたイタリアからの攻撃。しかしやはりフィディオくんの指示を聞く様子は皆無で、向こうのフォワードは無謀にも一人でこちらへ突っ込んできた。それを鬼道くんが、うちの司令塔が見逃すわけが無い。

「染岡!豪炎寺!左右からプレスをかけろ!」
「おう!」
「佐久間!風丸!俺に続け!!」
「分かった!」

迅速な指示の元、染岡くんを囮にした守備で、本命の佐久間くんがボールを奪った。あらかじめ風丸くんたちを前に上げていたことで、攻撃に繋がるのも速かった。今現在、この試合は完璧にイナズマジャパンのペースだ。フィディオくんもそれを見て、守備へ切り替えるようディフェンスラインを下げる指示を出した。でも、これも向こうの選手は無視してディフェンスが前に上がり出す。…それは悪手だ。攻めるべき場面と、守るべき場面を履き違えてしまっている。今はフィディオくんの言う通りにディフェンスラインを下げて、守備を固めるべきだった。だから。

「抜いた!」
「三人も!」

佐久間くんと鬼道くんの無言のアイコンタクトによる素早いパス回しで、こちらに向けて駆け寄ってきていた相手選手を三人も抜き去った。ディフェンスが上がりすぎていたせいで、残された守備も手薄。そしておまけに攻めることばかりを考えすぎて、豪炎寺くんまでフリーにしていた。佐久間くんから豪炎寺くんへのセンタリング。追加点のチャンスだ。

「ハァッ!」
「!」

しかし、そこにギリギリで下がり切ったフィディオくんが、高く上がっていたボールをクリアしてみせた。ボールはコート外へと飛んでいってしまい、一応こちらのボールではあるものの、勢いを挫かれたような気がして悔しい。…そしてそんなフィディオくんは、一切指示を聞かなかった結果危機を呼び込んだ仲間たちに文句を一つも言うことなく声をかけたというのに、他の選手はそれを固い表情で踵を返した。

「やっぱり揉めてる…?」
「喧嘩ですかね…」
「この前の虎丸くんと飛鷹くんみたい…」
「あ、あれは喧嘩じゃないですから…って、何で知ってるんですか!?」

見てたからだよ。日本から応援の手紙が届いてたときのことだったね。たまたま二人が浜辺に向かうのが見えて着いて行ったけど、終始ハラハラしてたんだよ。でもそのおかげで仲良くなったみたいだし、虎丸くんは新しい必殺技を編み出してたから不問にしてたの。
そう言ってにっこりと微笑めば、虎丸くんは決まり悪げに目を逸らした。サッカーの経験値で飛鷹くんにマウント取ったのに、見事に一本ボールを取られちゃってたもんね。それを思い出したのだろう。話が分からない周囲は首を傾げていたものの、私は微笑みで黙殺しておいた。





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