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次の日、アメリカ代表対アルゼンチン代表の試合が行われた。それは私たちにとっても運命を決める一戦であり、刻々と目の前で過ぎていく時間の中で行われる一進一退を、私たちは固唾を飲んで見守っている。現在はアルゼンチンが一点リードしているものの、アメリカも負けじと猛攻を続けていた。

「…やっぱりアルゼンチンは守備が固いね」

なかなかゴールキーパーにさえボールを触れさせてくれないテレスさんに思わずそうポツリと溢せば、あの敗戦を思い出したらしい面々、特にFW陣が苦い顔になる。君たちも散々辛酸を舐めさせられたもんね。執念で一点はもぎ取ったし、あの必殺タクティクスも攻略できたから、あと五分時間さえあれば逆転だってあり得たかもしれないのに。…けれどこの世に「もしも」なんて存在しないのだ。そんなもの、想像だけしかできない役立たずでしかないのだから。
そしてそんな苦戦を強いられているアメリカだけれど、主戦力である一之瀬くんが欠場している以上、やはり決め手に欠けてしまうようだ。けれど、それでもテレビの向こう側にいる土門くんたちは、諦めてはいなかった。最後まで必死に走って、ボールを奪って、ゴールを見据えて。…それでも、アルゼンチンには届かなかった。

「…ユニコーン負けちゃったっスよ」
「…ということは」
「アメリカに勝ち点がつかない…!」

アメリカに勝ち点が付かないということは、つまり今のランキングの変動は無いまま、グループ二位であるイナズマジャパンの決勝進出が確定したということだ。それはたしかに喜ばしいことであるはずなのに、その決定打が他のチームの敗北だったことに胸が苦しくさせる。そんなチームの想いを汲み取ったかのように、鬼道くんが静かに口を開いた。

「…俺たちは前に進む。敗れたチームの思いを受けて前に進み続けるだけだ。…そうだろう?円堂」

人一倍浮かない顔をしていた守は、その言葉を受けて頷いた。キャプテンとして、この結果とその思いを飲み込んだような、そんなしっかりとした顔で前を向いている。この世界との激闘の中で、守も少しずつ成長しているのだろう。そう思わされた。

「…よし、決勝トーナメント進出だ!一之瀬や戦ってきたみんなの思いと一緒に、全力の上にも全力でいこう!」

真剣な守の鼓舞に、みんなも同じく真剣な顔つきで応える。…そうだ、みんなもこの結果が喜ばしいわけが無いのだ。悔しさの方が一際大きいのに違いない。だからこそ守の言うように、これまで以上の全力を発揮できるように努力するしかないのだ。選手だけでなく、私たちも。

「決勝トーナメントまであと四日!天辺目指して特訓だ!」
「おう!」

さっそく特訓だ、と部屋を出ていくみんなを見送りつつ、私も部屋を出るためにテレビのリモコンを手に取った。しかしふとそこで、テレビにまだ映っている土門くんたちユニコーンの選手たちを見て、私はあることを思いついた。急いで秋ちゃんの方へと駆け寄る。

「秋ちゃん」
「どうしたの薫ちゃん」
「一之瀬くんって、明日手術のためにアメリカに帰るんだよね」
「!…えぇ」

事故の後遺症を、今度こそ完璧に治すために手術を受けるという一之瀬くん。その成功率はお世辞にも良いとは言えず、最悪の場合は二度とサッカーができなくなるかもしれないらしい。当事者である一之瀬くんはもちろんだけれど、それを知ってしまった秋ちゃんや土門くんも気に悩むものがあるだろう。だからこそ、私も友達のために自分にできることはやりたい。

「一之瀬くんに手紙を書かない?」
「…手紙…?」
「うん。『手術頑張ってね』『待ってるよ』って伝えるための手紙」

私だって一之瀬くんのことが心配なのだ。たった数ヶ月の間とはいえ、同じチームで戦った仲間同士、また一緒にボールを蹴りたいとも思っている。その思いを、今もきっと不安であろう一之瀬くん自身に伝えたい。誰にも負けないくらい、私たちは彼の復帰を望んでいるのだということが、少しで良いから伝わって欲しかった。

「どうかな」
「…ありがとう、薫ちゃん。私、一之瀬くんに手紙書くわ!」
「うん!」

せっかくだから、と守や他の雷門メンバーにも声をかけてみる。そうすれば、みんなもその意見に賛成してくれた上、守の発案で「せっかくだから寄せ書きにしてイナズマジャパン全体での激励にしよう」ということになり、許可を取りに行った久遠監督も反対することはなく、黙ってイナズマジャパンの旗を手配してくれた。

「薫は本当に見送りに行かなくて良いのか?」
「もう、それはさっき言ったでしょ。あまり大人数で行くのは良くないし、仕事もあるから」
「じゃあ、やっぱり私も…」
「秋ちゃんが行かなくて誰が行くの。幼馴染なんだから、大切な話は直接しなきゃ駄目だよ」

土門くんの見送りに、私はついて行かないことにした。それは単に、補佐としての仕事があったことも事実だけれど、何よりも秋ちゃんに幼馴染同士の会話の時間を長く持って欲しいという私のわがままからもあった。一之瀬くんという、共通の幼馴染で二人の現在の懸念である彼のことは、きっと二人でしか話せない。守はキャプテンとして、雷門中の代表としてついていくべきだ。

「今生の別れでもあるまいし、大丈夫。電話もメールもできるんだから」

それも純然たる本音であったから、まだ少し不満そうな守と申し訳なさそうな秋ちゃんを笑顔で私は見送ったのだった。





土門くんを見送りに行ったはずの守がお祖父ちゃんのノートを持って帰ってきたのだが、これは一体全体どういうことなのだろうか。あまりの急展開に頭がついていかない。何をしたら見送りの土産がノートになるというのだ。
しかしよくよく話を聞けば、どうやらふゆっぺが記憶を取り戻した際に、昔ふゆっぺのお父さんから見せてもらっていたというノートの存在を思い出したらしい。お祖父ちゃんから預かっていたのだとか。そしてそのふゆっぺの記憶を頼りに古株さんや夏未ちゃんが動いてくれたおかげで発見に至ったのだという。

「というわけで、これが祖父ちゃんの最後のノートなんだ」

至急全員集合を呼びかけられ、何事かと集まってきたみんなに守がノートを手に入れるまでの経緯を話す。驚いたような声が上がる中、久遠監督がふゆっぺに向けて口を開いた。

「冬花、見覚えあるか」
「ふゆっぺ、ほら」

守が開いたノートを覗き込んだふゆっぺは、しばらくその文字を眺めていたかと思うと、何かに気がついたように目を見開く。そして、それがふゆっぺのお父さんがかつて読んでいたノートであることを認めた。

「パパに勇気をくれたノート」
「勇気?」

どうやらふゆっぺはお祖父ちゃんの癖字が読めるらしく、その要因となったのは、ふゆっぺのお父さんがノートの内容を何度も何度も声に出して読み聞かせてくれたからだということ。図らずも、私たち以外にこの文字を読める人が存在していると知って少し驚いた。

「私、パパがこのノートから心の強さをもらえるって言ってたのも覚えてる」
「心の強さか…」

…守や夏未ちゃん曰く、このノートの内容はこれまでのノートとは少し違うらしい。ゴッドハンドやムゲン・ザ・ハンド、他にもたくさんの強力な必殺技を授けてくれた、私たちにとっては味方のように心強いお祖父ちゃんのノート。今回はどんなことが書いてあるのだろうか。みんなは新しい究極奥義を期待しているようだけれど、今の話を聞いているとその可能性は低いように思われる。

「それが…今ふゆっぺが言った通りなんだ」
「はぁ?それじゃ分かんねぇぞ」
「だから…心」
「心…?」

そしてそんな予想通り、ノートに書いてあったのは必殺技のことではなかったらしい。しかし「心」とはいったい何のことを言っているのか分からず、私たちの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

「キャプテン、どういうことなの?」
「技じゃないんだ。ここに来るまでに目を通してみたけど、このノートには必殺技のアイデアは書いてないんだよ」
「守、見せて」

内容が何なのか知りたくて、私は我慢できずに手を伸ばした。守から受け取ったノートを覗き込んで読み込んでみる。…そして守の言う通り、みんなが期待するようなノートでは無かったことを知って顔を上げた。

「…たしかに、これは技のことは書いてない」
「あぁ、でもこの中には俺たちがこれから強くなるために必要なことが書いてある。読んでみるぞ」

「心」の強さをもらえる、とはたしかに言い得て妙だと思った。これは恐らくお祖父ちゃんのこれまでの経験と価値観を踏まえて綴られた、サッカーの心得のようなものだ。私は守にノートを返すと、改めて守が口にするその言葉に耳を傾けた。

「『技を生み出す根源は心の強さである。新たなる技を生み出すには、新たなる心を身につけること』…分かるか?」
「まだるっこしいな、見せてみろ」

焦ったそうな綱海くんが守のノートを手に取ったけれど、君その字読めないでしょうに。案の定読めなかったらしい綱海くんは、その癖のあり過ぎる字に顔を引きつらせて守にノートを返却した。ノートを返された守は、その続きを読み上げていく。

「『心のその一、どんな時も諦めない、ガムシャラガッツ』
『心のその二、どんなに強い敵も恐れない、タチムカウユウキ』
『心のその三、大切なものを守りたいと思う、ソコナシノヤサシサ』
『心のその四、仲間のすべてを信じられる、ゼッタイテキシンライ』
『心のその五、どんな事態にも動じない、コオリノレイセイ』
『心のその六、隠された真実を見抜く力、ミヌクシンガン』
『心のその七、人の過ちを許す強さ、ユルスツヨサ』
『心のその八、他人の喜びと悲しみを分かつ、ワカチアウナミダ』
『心のその九、高き志を持つ者だけが見る、ハテシナキユメ』
『心のその十、自分の力を信じる心、マヨワナイジシン』
『心のその十一、どん底でも消えることのない、センシノホコリ』…以上」
「はあ?なんだそりゃ」
「なんか難しいっスね…」

読み終えたノートの内容にみんなが疑問の声をあげる。…先に目を通して、改めて聞いた私でさえ少し疑問に思うのだから、みんなの戸惑いも納得ができた。何せ、この十一の心をもって、何を成し遂げれば良いのかが全然さっぱり不明なのだ。

「…どう思われます」
「うん…大介さんらしいとも言えるが…」

監督たちも唸りながらノートの言葉の意味について悩んでいる。…お祖父ちゃんがノートの最初に書いていた「心を身につける」の方法が全く分からなかった。技ならば練習と特訓を重ねれば良いだけの話だけれど、心なんてどうやって身につければ良いのだろうか。

「そうやって考えるのも特訓のうち、ということじゃないのか」
「!」
「…なるほど、確かにな。常にこの心を意識し続けていれば、いつでもこの言葉は俺たちの中にある」
「つまり、身につけるってことだね」

豪炎寺くんが言い出したその言葉に鬼道くんも頷いた。士郎くんも納得したように笑う。…なるほど、それも一理あるのかもしれない。常に考え続けるのは難しくとも、欠片でも意識している限りいつかは身につくのだろう。それを思うと、お祖父ちゃんは意外に策士なのかもしれないと思った。

「…分かんないけど、でも祖父ちゃんのノートなんだ。今までも力になってきてくれた。今度のノートだってきっと…俺たちの力になる!」
「おう!」

とりあえず今は、その言葉の意味を考えつつも練習に励むしかないだろう。みんなのやる気に満ちた声を聞きながら、私も改めて気持ちの気合いを入れ直すことにした。…のだ、けれど。

「あ!?」
「びっくりした…」
「どうかしたのか?」

話し合いを終えて、午後の練習に挑むべく私も準備をしていれば、とんでもないことに気がついてしまった。背後をちょうど通りがかった立向居くんには申し訳ないが許してほしい。ただいま絶賛私はピンチなのだ。思わず青い顔で振り返った私に、何事かと真剣な顔で寄ってきたみんなへ私は手にしていた鞄を抱え直しながら、言葉を絞り出すようにして口を開いた。

「…切れちゃったの」
「何が?」
「塩飴が!」

全員が一斉に脱力したようにずっこけた。そんなことかと風丸くんがボヤいたけれど、そんなこととは何だ。補給に重要な塩飴が切れてしまっているんだぞ。ここ数日試合後にいろんなことが重なり過ぎて備品のチェックを疎かにしていたのが運の尽きだ。私は慌てて、呆れたような顔をしている監督のもとに走り寄る。

「監督!買ってきても良いですか!?」
「…早めに戻れ」
「はい!」

許可は出た。監督たちもただでさえ今から用事があって練習に出られないのに、補佐である私が最初から抜けるのは申し訳ないが、こちらとしても緊急事態なので許して欲しい。荷物持ちも必要無い。ひとまずの代用品として、いくつか見繕うだけだ。私の細腕でだって持ち運べる。
そう言って私が飛び出したのはショッピング街だった。最初はジャパンエリアで見つけようかと思ったのだが、ショッピング街にあるスポーツ専門店なら商品のラインナップも多そうだと思ってこちらに足を運ぶことにしたのだ。そして予想通り、私が日本でも愛用していた塩飴を発見し五袋ほど購入した。良かった、これでしばらくは何とかなるね。

「…ん?」

しかし早く練習に戻ろうとバス停まで早足で歩きながら人混みを避けていれば、そこで露店の前に見知った顔を見かけたような気がして思わず足を止めてしまった。…ここには居ないはずの顔だ。言うならば、日本で別れたはずの大阪ギャルと総理ご令嬢。

「ゲッ!バレてもうた!!」
「だからあたしは寄り道しない方がいいよって言ったのに…」
「…なんでいるの…?」

地元民の方らしい二人組の出す露店の前で、アクセサリーやら何やらを興奮気味に眺めていたリカちゃんと塔子ちゃんを見つけてしまった。いやなんで本当にライオコット島にいるというの。





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