181




どうやら塔子ちゃんたちはみんなにサプライズで応援に来たらしい。お祖父ちゃんのノートを持ってきてくれた古株さんに連れてきてもらったのだとか。しばらく時間を潰してからこちらに顔を出すつもりだったようだが、それにしてはショッピングを満喫し過ぎでは?

「ほっほ、お嬢さんもいかがかね?」
「そうや!薫も買っとき!お守りになるやろ!」
「日本の神様に怒られそう」
「細かいことは無しや!」

日本ではお守りをいくつも持たない方が良いって知ってるかいリカちゃん。私も一応必勝祈願として守とお揃いのお守りを所持しているのだが、本当に細かくなくても問題は無いのだろうか。しかしたしかに、こうして見るだけなら随分魅力的なアクセサリーばかりだ。

「民芸品らしいで!」
「あのマグニード山とやらで作られたんだってさ」
「へー…」

二人のお爺さんからの説明だったらしいそれを聞いて思わず頷く。なるほど、由緒正しき逸品というわけか。それなら随分高そうだけれど、こうして露店で販売しているということはそうでもないのかもしれない。一般人向けのものなのかも。

「お前さん方サッカーが好きなようじゃのう」
「好き好き!大好きや!三度の飯よりサッカー愛に溢れとるで!」
「本当かなぁ…」
「なんや、文句あるんか」
「無いです」

リカちゃんはどちらかというと恋の方が好きなように見えるけれど、それはそれ、これはこれというやつだろう。もしくは別腹と言っても良いかもしれない。

「あたしたちイナズマジャパンの応援に来たんだ」
「そう…ウチら、勝利の女神や!」

決めポーズでババンと自己紹介もどきを果たした二人。まぁたしかに、二人が見にきた試合は今のところ負け無しだから、それもある意味正しいのかもしれない。見知った顔だからみんなも励まされてくれるだろう。そんな風に納得していれば、ふとこちらを見たお爺さんたちが私のことも尋ねてくる。

「ほう…女神とはな。素晴らしい」
「そちらのお嬢さんもそうかね?」
「いえ、私は…」
「この子はな、そーんなイナズマジャパンのエースストライカー様専用の勝利の女神や」
「人前で何てことを」
「お姫様の方がええか?」
「リカちゃん」

羞恥で死にそうになったのだがどうしてくれるのだろうか。いや、たしかに間違ってはいないし、個人的にもそうであって欲しいな、なんて欠片でも思ってしまったのは事実だが、それを第三者にバラす意図とは。単に私が一人で恥ずかしい思いをしているだけでは?ちなみに私と豪炎寺くんのことは空港に行くために学校を発つ際、見送りに来たリカちゃんの尋常でない観察眼ですべてバレた。後で詳しく話すから、と口止めしていなかったら、ものすごい勢いでみんなに触れ回ったのに違いない。恐ろしや。

「女神を名乗るならば、とっておきの品を見せるとしようか」
「とっておきやて!?」
「そんなこと言って、吹っかけてくるんじゃないの?」

断じて女神を名乗った覚えは無いのだが、このお爺さんたちからすれば私もこの二人と同じ扱いになるらしい。誠に遺憾の意である。しかしとっておきの品、とくれば気になってしまう。だから仕方ないので、ここは女神の名を甘んじて受け入れることにした。断じて満更じゃなかったわけではない。決してないんだからね。

「これはライオコット島に古くから伝わる物じゃ」
「サッカーを司る、天と地の王よりの贈り物なのじゃ」
「すっごーい…光ってるやん…」
「そう?趣味悪い」

お爺さんたちが取り出したのは二つの腕輪だった。暗い色と、明るい色の二種類。何だか不思議な雰囲気を醸し出しているそれを見て、リカちゃんはどうやらお気に召したらしい。しかし塔子ちゃんはそうでも無かったようだ。まぁたしかに私も気になることは気になるけれど、なんか違う気がする。伝承の鍵、と呼ばれたそれを受け取って眺めるリカちゃんを見ながらそうぼやくようにして告げれば、お爺さんたちの目が輝いたような気がした。…気のせいだろうか。

「ならばお嬢さん、こちらはどうじゃ」

そう言ってお爺さんが取り出したのは、一つのチョーカーだった。木彫りらしい白磁のそれに、金色で独特の紋様が刻まれていて、何だか先ほど見た腕輪よりも輝いて見えるような気がする。言ってしまえば、二つの腕輪のデザインを重ねたような紋様だろうか。

「…綺麗…」

思わず手を伸ばしてしまった。難なく受け取れたそれを、紋様をなぞるようにして触れていれば、背後で塔子ちゃんが「あんたそんなに趣味悪かったっけ…」と呆れたような声をあげていた。私もこんなものは趣味じゃないのだが、これだけは何故か惹きつけられてしまった。民芸品には呪いに使うものも多いと聞くし、その不思議な魅力にでもつられてしまったのかもしれない。

「これにも何か言い伝えがあるんですか?」
「それは伝承のしるべと言う」
「在るべきものを在るべき場所へ導いてくれるじゃろう」

それは、少し嬉しいかもしれない。別に物に頼るわけでは無いけれど、イナズマジャパンのみんなを勝利に、世界の頂点に導くことができるのなら、願掛けであっても心強いことこの上ない。

「おっちゃん、これなんぼ?」
「えっ、買うの!?」
「…私も買おうかな」
「薫まで!?」

せっかく勧めてもらったし、何なら気に入ってしまってもいるので、ライオコット島の思い出として一つ買おうかと内心頷く。リカちゃんは黒い方の腕輪を塔子ちゃんに勧めているが、どうやら塔子ちゃんはやはり好みでは無いようだった。
そして何と、お爺さんたち曰くこれらはタダにしてくれるらしい。途端に喜ぶリカちゃんに苦笑していれば、リカちゃんがはしゃいだように白い腕輪を嵌めた。

「ほら、あんたも!」
「はいはい…」

たしかに、ここでサイズが違いましたなんて悲劇はごめんだ。これが入らなければ一つ大きいサイズに替えて貰えば良い。そう思いながら嵌めようとするものの、何故か留め口が見つからない。しかしお爺さん曰く、これは少し特殊な噛み合わせをしているから一人じゃ着けにくいのだとか。仕方ないのでお爺さんに頼み、チョーカーを嵌めてみる。すると驚くことに、それはまるで私の首回りを測ったかのようにピッタリだった。





いったんチョーカーを外そうと思ったのだが、リカちゃんに「そのままでええやん」と止められてしまったので、着けたまま私たちはジャパンエリアへと帰還した。私は成り行きでリカちゃんのショッピングバッグを持つことになり、体良く荷物持ちにされた気がしなくも無い。しかし塔子ちゃんの縋るような目を見て、仕方なくお手伝いしたのだ。

「ほな、ウチらが先にとっておきのサプライズとして行くからあんたは後から来いや」
「やっと円堂たちに会えるんだな!」

いや、私も早く戻らなきゃいけないんですが…という意見は却下された。この際帰還が遅れた理由は二人のせいにしよう。そうしよう。
綱海くんの蹴り損なったボールを見事蹴り返しながら登場していった二人の後に続いて、押しつけられた荷物を抱えながら登場すれば驚かれてしまった。重いのでまずは助けて。

「ウチら、あんたらが優勝できるようにハッパかけに来たんやで!」

手助けをもらいながら荷物を運んで、二人のボールをまともに顔面で食らった守の介抱をしていれば、事の経緯を説明し終わったらしいリカちゃんに秋ちゃんが気まずそうな顔で一之瀬くんの話を切り出した。…そうだ、そういえばリカちゃんは、一之瀬くんのことが好きなのだ。しかしそんなリカちゃん曰く、一之瀬くん本人から連絡があったらしい。遠回しに振られたのだと、そう言いながらも口調は明るくて、リカちゃん本人がもうすでに納得しているのだということが分かった。

「でも、ダーリンとの出会いと別れは、ウチをもっと良い女に輝かせるんや!」
「…あら、それは?」

とことん前向きなリカちゃんを見られてホッとしていれば、秋ちゃんがリカちゃんの着けている腕輪に気がついた。リカちゃんにしては珍しいデザインのものだったからなおさら目立ったのだろう。

「これか?タダでもろうたんや。塔子も持ってんねん。薫はチョーカーもろうてたな」
「薫さんも?」

軽く髪を上げて首のチョーカーを指し示せば、みんなが驚いたように目を見開く。やはり私の好きそうなデザインというわけでも無かったからだろう。けれど不思議なことに惹かれてしまったのだから仕方ないじゃないか。

「だからあたしは趣味じゃないってばこういうの」
「私も好みじゃないかも…」
「でしょ?」

秋ちゃんも微妙そうな顔をする中、しかし春奈ちゃんはどうやら違ったらしい。塔子ちゃんの取り出した黒い腕輪を見つめながら、どこか惚けたように近づいていく。

「私はこれカッコいいと思うけどな…」
「春奈ちゃんそういうの趣味だっけ…」

ううん、どうやら春奈ちゃんも民芸品独特の雰囲気に惹きつけられてしまったようだ。さっそく腕に嵌めながら目を輝かせ、こちらに歩み寄りながらふゆっぺにも着けてみないかと声をかけている。…しかし。

「…あれ?」
「どうしたんですか?」
「取れないんです」
「えっ」

腕輪を掴む春奈ちゃんの顔が強張る。何事か、と思ったのも束の間、不穏な申し出をし始めた春奈ちゃんに思わず顔が引きつった。どうやらリカちゃんも同じらしく、腕輪が抜けないという事態に陥っているらしい。嵌めるときはあれだけすんなり通せたのに、外せないなんてあるわけ無いのだが。

「お前は大丈夫か」
「……ごめんね、ちょっと誰か見て欲しい…」
「俺がやる」

豪炎寺くんが背後に回ったので、私は邪魔にならないように髪を掻き分ける。しかしどうやらチョーカーを引っ掻いたり小突いたりしているらしい豪炎寺くんは、やがて訝しげな様子で私に声をかけた。

「…これはどうやって着けたんだ?」
「えっと、たしか留め口が少し独特な噛み合わせをしてるって…」
「無いぞ」
「…え?」
「留め口なんて、無いぞ」

思わず血の気が引いた。そんな訳がない。お爺さんが手づから着けてくれたのだ。それなのに留め口が無いなんて、それじゃ私はどうやってこれを嵌めてもらったというのだ。思わずチョーカーを引っ張って動かしてみるものの、滑らかな木の肌触りが喉に食い込むばかりで息苦しさしか生まない。

「やめろ、跡が付く」
「え、で、でも、これ」
「薫も取れないのか!?」

あまりのピンチに少し泣きそうだ。せっかくちょっと気に入っていたアクセサリーだったのに、まさか外せないなんていう欠陥があっただなんて。もしやこれらは、着けたら最後外さないことを前提にして作られたものだったのだろうか。…いや、でもそれにしてはすんなり嵌められたものが取れないのは可笑しい。

「あのおっさん…!取っ捕まえて文句言うたる!」
「何が伝承の鍵だよ、とんだ不良品じゃん…」
「待って!今、何て言ったの?」

憤るリカちゃんたちに、夏未ちゃんがふと何かに反応した。どうやら、塔子ちゃんの口にした「伝承の鍵」という言葉に聞き覚えがあるらしい。何か知っているのかと尋ねた守に、夏未ちゃんは顎に手を添えながら、何かを思い出すようにして口を開いた。

「…もしかするとそれは、ライオコット島に伝わる魔王伝説と関わりがあるかも」
「魔王伝説…?」

…何やら、物語じみた何かにこの原因があるらしかった。








マグニード山の何処か、神殿の如き清廉で厳かなる建物の中、今はまだ主人無き玉座の前に膝まづく少年たちに、とある老人は敬虔なる仕草で彼らに向けて口を開いた。


「さぁ、花嫁はまもなく来る。はばたけ、天空の使徒よ」


そして所変わり、暗黒に満ちた禍々しい洞窟のごとき暗闇で何者かを恭しく奉る少年たちに、とある老人は仰々しいまでの仕草で彼らに向けて口を開く。


「さぁ、生贄はまもなく来る。牙を剥け、魔界軍団Z」


そして何の因果か、偶然か、運命か、宿命か。二人の老人は、それぞれの少年たちに向け、まるで口を揃えたかのようにして同じ言葉を紡いだ。



「そして、すべての栄光をもたらす巫女を手に入れるのだ」



…間も無く、時は訪れようとしていた。





TOP