182




このままでは練習ができる事態では無いと、私たちは練習を切り上げて、何かを知っているらしい夏未ちゃんから詳しい訳を聞くことにした。ちなみに監督たちはまだ戻らない。

「これはライオコット島に古くから伝わるお話よ。遥か古代のこと、このライオコット島は天界と魔界が交わる場と言われていたの。天界の民と魔界の民は互いに覇権を争い、長い戦いを繰り広げたけど、決着がつくことは無かった。不毛に続く戦いを終わらせるために、彼らは人間が用いる力の優劣を決める手段で戦い始めたの。それがサッカーよ。
勝負の結果、天界の民が勝ったわ。そして、魔界のリーダーである魔王が封印され、長かった戦いは終わりを告げた」

一通り、伝説について詳しいことを聞いたのは良いのだけれど、なんだか余計に現実味が無くなってしまった気がする。古代の話が本当に関係するのだろうか。民芸品販売を装った悪質な業者だったりしない?本当に?

「すっげぇなぁ…!天界と魔界のサッカーか、本当に居るなら、俺試合してみたいな」

守はのんき。ここに今にも泣きそうな双子の妹が居るのだが、あまりにも言うことがのんき過ぎやしないだろうか。いつでもサッカーに夢中なところは守の美徳でもあるのは分かっているのだが。
そして続く夏未ちゃんの説明曰く、天界と魔界の民とやらはマグニード山に住みついているらしい。先ほどあのお爺さんたちから説明を受けた山だった。それだけは出まかせで無かったようだ。

「今でも天界と魔界の民って居るのかな」
「あくまでも伝承よ。でも、マグニード山に昔から住んでいる先住民の少年たちの中には、天界と魔界の力を操ることができる者が居るとも言われているわ」

心の底から伝承であれと思う。その手の話に現実味が帯びてくると私の苦手分野になってしまうので。人外はおとぎ話の中の存在で十分なのだし、どうか生きている人間の仕業であれ。いや、生きている人間の仕業だともっと恐ろしいのだが。

「不思議な力か…」
「面白そうだな…。俺、こういう話結構好きだぞ」
「むり…」

私は無理。駄目。好きじゃない。外れないチョーカーのことも相まって、精神的に少々参ってきている私は思わず隣のふゆっぺに縋り付いた。労わるように撫でてくれるふゆっぺの手が優しくて安心する。私がこの手の話が苦手だと知っている面々が苦笑いをしているが、本当に嫌なものは嫌なのである。

「…で、その伝承の鍵だけど…」

そして夏未ちゃんの示した先、そこには、リカちゃんと春奈ちゃんが着けている腕輪に少し似たものをつけている人間の絵が映し出されていた。みんなが騒めく。私も思わず見比べたものの、色といい形といい、どうやら同じものっぽい感じがした。

「でもそれ、鍵には見えないけどなぁ」
「具体的にどう使ったかは謎みたい。それぞれ天界の民と魔界の民が、何らかの儀式に使ったのではないかとは言われているけど…」

博識の夏未ちゃんでさえもそこまでは分からないらしい。行き詰まった情報にみんなが頭を抱える中、ふとそこで士郎くんが私に目を向ける。

「じゃあ、薫ちゃんのチョーカーは?」
「記述が少ないからおそらくだけど…薫さんのそれは、これだと思うわ」

今度は私の話に移り変わったらしい。画面の切り替わったプロジェクターの中、次に映されたのは天界と魔界の民と思わしき人間たちが誰かを崇め奉るかのように傅いている絵だった。さっきのリカちゃんたちの腕輪のように、その誰かも首に何かを着けているように見える。たしかに、これが一番私に近そうだ。

「けれど、貴女の情報が一番少ないのよ。多分その文献だけ失われてしまったのか、もともと無かったのかのどちらからしいけれど…」
「そっか…」
「でも、研究者曰くこの真ん中の人間は天界と魔界の民の争いにおいて、何らかの重要な役割を果たす役目ではないかと言われているらしいわ」

重要な役目、とは。まるで神様か何かのように崇め奉られているから、たしかに何かしらの役目はあるのだろうけれど。自分のことなので思わず真剣に考え込んでしまう。…けれど、考えるにはあまりにも情報が無さすぎてすぐに行き詰まった。みんなも考えてくれているらしい雰囲気の中、しかしそこでリカちゃんが明るい声をあげる。

「ウチは気にしてへんで」
「え、マジ?」
「別に害があるちゃうしー。何ちゅうても可愛いやん?まぁそのうち取れると思うで」

こんなときのリカちゃんの楽観的思考が羨ましくて仕方ない。私といえば、もしも一生取れなかったらどうしようとか、チェーンソーで切り落とすべきなのか、とかそんなことばかり考えているのに。

「取れなかったらどうする」
「人間が作ったもんやったら、外せるに決まってるやん!これ常識。なぁ?はーるな」
「そうですね!そのうち外れますよ!良いじゃないですか、こういうのカッコ良くて!」

しかも春奈ちゃんまでそっち側か…。つまりは、私だけが割りかし重く受け止めている当人という訳だが、ここで私だけ気にしている様子を見せるわけにはいかない。こちらへ向き始めた視線に応えるようにして、私は精一杯の笑顔で答えた。

「…うん、きっと何とかなるよ。いざとなれば切り落とせば良いしね」
「一緒に首までちょん切れちゃったりしてね…ウッシッシ!」
「木暮くん」
「ひえ」

人が強がりを言ってるんだから茶化さないの。何ならまとめて切って差し上げようか。
そんな圧を乗せた笑みを向ければ即座に目を逸らされた。…まったく、次に言ったらとりあえずお仕置きをしなければ。

「さあ!そういう訳ですから、練習です!決勝トーナメントまで僅かですよ!」
「せや!勝利の女神が二人も来てんのに、優勝せえへんかったら許さへんで!」
「さ、練習練習」

私たちが良いのなら、とみんな顔を見合わせながら部屋を出ていく。私も息を吐きながらそれに続こうと部屋を出れば、途中で豪炎寺くんに引き止められてしまった。どこか少しだけ険しい顔をした豪炎寺くんは、私の目を見つめながら口を開く。

「…本当のところはどうなんだ」
「…やっぱり分かる?」
「あぁ」

どうやら豪炎寺くんには私の強がりがバレていたらしい。気まずくて頬をかく私に、豪炎寺くんは私の喉にあるチョーカーを指で撫でながら、ため息をつく。

「怖いときは怖いと言え」
「…うん、心配してくれてありがとう」
「当たり前だ」

少し照れたように顔を背けた豪炎寺くんに思わず浮かべた笑みが深くなる。…大丈夫だよ、きっと。何とかなるに違いない。少なくとも、こうして豪炎寺くんが気がついて心配してくれた。それだけで私の不安は薄くなってしまったのだから。…それに。

「私に何かあったら、豪炎寺くんが助けてくれるんでしょ」
「…あぁ」
「それなら大丈夫だよね」

大丈夫、ちゃんと怖いときは、大変なときは、豪炎寺くんに助けを求めるから。誰か助けてくれる人が居るだけで、心はこんなにも楽になる。だからきっと、今回も大丈夫なのに決まっているのだ。





気を取り直して練習を再開した。みんなもいよいよ迫り来る決勝トーナメントに向けて気合は十分だ。私も今は監督たちが出かけている分、精一杯監督補佐の役目を果たさなければと意気込む。白熱する練習に、私の指示や他のみんなの声が飛び交う中、練習を見学していたリカちゃんたちもその熱気に充てられてしまったようだった。

「よっしゃよっしゃ、みんなレベルアップしてええ調子や!ウチらも練習混ざろか塔子!」
「おぉ!やろうやろう!」
「ちょ、待ってください!!」

いっそ練習に乱入しそうなまでに興奮している二人に、目金くんが慌てて止めに入る。目金くん曰く、練習メニューもきちんと組んでいるからイレギュラーなことは起こしたくないようだが、そんな理由は二人には効かないと思うよ。案の定、目金くんの理屈に食ってかかっているリカちゃんに、私は思わず遠い目になってしまった。

「せやったら監督補佐!」
「許可しまぁす…」
「円堂さん!!」

しょうがないじゃないか。たしかに二人の実力を考えれば、みんなの練習に協力してくれるのはありがたいし。ただ、あと少しだけで良いから待ってね。シュート練習が終わったらミニゲームしようと思ってたし、そこで二人には力を貸してもらおうかな。

「やった!」
「さっすが薫!太っ腹やなぁ!」
「良いんですか円堂さん。監督の許可も無しに…」
「どうせ人数が足りなかったし、場合によっては柔軟にメニューを組み直すのも私たちの仕事だよ」

それに、どうやら守たちみんなの調子も右肩上がりだからここでさらに調子づけていくと良いかもしれない。そう思っていれば、ふとそこで夏未ちゃんがベンチから背を向けたのが目に入って思わず呼び止めた。

「夏未ちゃん?」
「…もう行くわね」

…そういえば、夏未ちゃんはここに一応留学という形で来ているんだっけ。留学は形だけで、実際はお祖父ちゃんの事故についての調査に来ていたらしいけれど、でもそろそろ、イナズマジャパンに復帰しても良い頃ではないのだろうか。個人的には夏未ちゃんの力も借りたいくらいだし。そしてそんな私の気持ちを、秋ちゃんが代弁してくれた。

「夏未さん、そろそろマネージャーに復帰しませんか?」
「…まだやることがあるから」
「なんや?やることって」

しかし、夏未ちゃんは困ったような顔でその誘いを固辞した。やることとは、何だろう。お祖父ちゃんの生存しかり、ノートしかり。私たちのために夏未ちゃんはもう十分動いてくれたというのに。
そんな私たちの疑問が分かったのだろう。夏未ちゃんは肩を竦めながら申し訳なさそうな顔で口を開いた。

「私、これでも結構忙しいのよ。…あら?」

そしてそのまま立ち去ろうとした夏未ちゃんは、立向居くんの居るゴールネット側の入り口を見上げて微かに声を上げた。その視線を追えば、そこに居たのは。

「あ!イタリアの白い流星じゃん!」

フィディオくんだった。顔を見るのはこの前の試合ぶりだろうか。つい数日前の出来事なのに、なんだか少し久しぶりなような気がする。友達の登場に、守も興奮気味に声を上げていた。敵情視察か?と不動くんは揶揄するように呟いたけれど、そんなことは一ミリも気にしていないらしい守は、フィディオくんを練習に誘う。

「いいね!ボールをくれ!」

快い返事に、守はボールを蹴る。しかしフィディオくんは胸でトラップしたそれを守に蹴り返すのではなく、何故か別の場所に向けてパスを出した。ミスか、と一瞬眉を潜めたものの、そのパスの先に居た人物に目を見開く。そこに居たのは、アルゼンチン代表のテレスさんだった。しかもそれだけでなく、アメリカ代表のマークくんとディランくん、そしてイギリス代表のエドガーさんまで。予選グループ大集合といったところだろうか。最後にパスを受け取り、守に向けてエクスカリバーを撃ったエドガーさんに対し、イジゲン・ザ・ハンドで見事シュートを逸らした守を見据えるエドガーさんに、もうあのときのような舐めた態度は存在しない。

「圧巻だね…」
「イケメン軍団やぁ!ダーリンを失ったウチにこんなイケメン授けてくれるやなんて、さっそくご利益あったわぁ!」
「通常運転だね…」

リカちゃんの興奮ぶりがすごい。いや、たしかに皆さんイケメンだとは思うけれど、もしやリカちゃんは一之瀬くんのことと言い、顔がある程度整っていて英語を喋れる男の人がタイプだな?意外と分かりやすいタイプをしている。
そして、そんなイケメン大集合となったジャパンエリア。何でも、ここに集まったのにはちゃんと理由があったらしい。

「守、彼らはジャパンのみんなに言いたいことがあるそうだよ」
「言いたいこと?」

最初にその話とやらを切り出したのはエドガーさんだった。実に丁寧な仕草で一歩前に進み出た彼は守に向けて、穏やかな笑みと共に口を開く。

「まずは、イナズマジャパンの決勝トーナメント進出決定に、イギリスを代表してエールを贈りたい。おめでとう」
「エドガー…ありがとう!」

そう言って握手を交わした二人。あの親善パーティーの険悪さを思い出せば、何か天変地異の前触れかと疑うくらいの穏やかさだ。これも、あの試合を通してエドガーさんがジャパンの強さを認めたからなのだろう。

「思い出さないか?俺たち、ここでちょっとしたゲームをやったよな」

そういえばそんなこともしてたね。あの守が親善パーティーのことを忘れるくらい夢中になっていたであろう、ミニゲームのことだろう。秋ちゃんにとんだ迷惑をかけてしまったものだ。本当は私が迎えに行くべきだったのだが、あのときは動揺や羞恥を抑えるので精一杯でそれどころじゃなかったのだ。…駄目だ、なんか思い出すと顔が熱くなりそうだから考えないようにしておこう。
そんなことを思いつつ、少し前の思い出話に花を咲かせていれば、そこでテレスさんが口を挟んだ。

「円堂、お前に言いたいことがあると言い出したのは俺なんだ」
「?」
「あのゲームをやった日のこと、謝罪したい」
「しゃ、謝罪って、そんなおおげさな」

…驚いた。まさか、テレスさんがそんなことを言い出すなんて思わなかった。いや、たしかにあの初対面の日も日本との試合の日も、彼は自分のプライドの高さゆえに守やイナズマジャパンを舐め腐ったような態度をとっていたし、私はそれがどうしても気に食わなかった。けれどそんな彼が今までのことを謝りたいという。

「いや、キーパーのお前を無視してかかっていたんだ。ジャパンなんて大したことないとな。
ところがこの結果だ。みんな驚いてるよ。ジャパンがこれほどの力を秘めていたとは、とね」
「私も、今回の結果を戒めとするよ。世界は広い。まだまだ上がいる。そしてその上に居たのは、紛れもなく君たちイナズマジャパンだった」

…なんだか、いつの日かのわだかまりが消えていくような気がした。この人たちとの激闘の末に、みんなの強さが認められたのだと思うと感慨深くさえ思う。たとえ最初は険悪であったとしても、サッカーを通じて分かり合うことはできる。それを実際に証明してもらえたような気がした。





TOP