183



「アメリカの分も頑張ってくれよ!」
「ギンギンにね!」
「同じグループAを戦った者として、イタリアとジャパンの健闘を祈る」
「みんな…ありがとう!フィディオ、お互いに頑張ろうな!」
「あぁ、決勝戦で会おう、守」

硬い握手を交わす二人に思わず喜びの微笑みが漏れたところで、どうやら彼らの用件は済んだらしい。しかし、せっかくここに実力者たちが集まっているこの状況を守が見逃すわけが無かった。さっきのフィディオくんに対してと同様に、守はみんなを練習に誘う。それを快く受け入れてもらったところで、守の視線が私に向いた。何が言いたいのかはもう分かる。

「薫!」
「うん、すぐにチームを組み直すね」

この後予定していたのは九対九のミニゲームだったのだけれど、彼らも入れれば人数は揃うから逆に都合が良い。ちなみに人数が一人余るが、リカちゃんは突如現れたイケメンたちを鑑賞する側にまわるそうだ。声をかけていたふゆっぺの微笑みが引きつっている。

「この状況でチームバランス考えるのもアレだし、くじ引きで良いかな…」
「ウチがくじ引かせにいく!」
「いってらっしゃい…」

イケメン目当てにリカちゃんが雑務を引き受けてくれるのでとてもスムーズ。先にキーパーの守と立向居くんがくじを引いたところで、他のみんながそれぞれくじを引いていった。
そしてそんな分けられたチームなのだが、守の居る赤組に振り分けられたのは、士郎くん、雷電くん、風丸くん、染岡くん、基山くん、壁山くん、木暮くん、塔子ちゃん、エドガーさん、フィディオくん。そして立向居くんの居る白組は、豪炎寺くん、鬼道くん、佐久間くん、不動くん、綱海くん、飛鷹くん、虎丸くん、マークくん、ディランくん、テレスさん。割とバランス良く分かれたような気がする。

「あんたは出ないのか?」
「…私、ですか?」

審判か何かしようかと準備をしていれば、不思議そうな顔のテレスさんに話しかけられてしまった。私は別に選手側ではないのだから、審判にまわった方が良いと思ったのだが、テレスさんはそこが少し不満らしい。

「この前は一緒にプレーできなかったからな。今回ならできるんじゃないかと楽しみにしてたんだが」
「買い被りすぎですよ…」
「いや、俺の目に狂いは無いね。ぜひあんたとプレーしてみたいんだ」

そう言われると少し照れる。この人のことが苦手だったとはいえど、実力者から褒められるのは気分の良いことだ。しかし、もう既に人数が埋まっている以上私の入る余地は無い。それを踏まえてどうするべきかと考えていれば、塔子ちゃんが手を上げた。

「なら次のゲームはあたしと変わろうよ!どうせワンゲームじゃ済まないんだから!」
「ありがとう!」

それなら、私も遠慮せずに後で入るとしよう。たしかに世界規模の選手たちと共闘なんて、そんな機会は中々無いのだから。
そんな話も済んだところで、いよいよ試合開始だ。高らかに吹いた主審の目金くんの笛の音を合図に、試合は白組のキックオフでスタートすることになっている。

「それでは、試合開始!」

しかしそれと同時に、頭上で唸るような雷鳴が聞こえた。思わず眉をしかめる。このタイミングで雷雨になるのは、少し不味い。選手の安全性のためにも練習中断を考える必要が出てくるからだ。でも今日はたしか一日晴れの予報だったし、もしかしたら一時的なものかもしれない。他のみんなも天気に構わず試合へのやる気に満ち満ちているので、ひとまずは様子を見ることにした。

「どうしますか円堂さん!」
「今のところはまだ大丈夫だけど、雷が酷くなったら中止にしようか」

今も少し音が近くだったけれど、鳴っているだけだからまだきっと大丈夫。そう思いながら、私は目金くんに試合続行を促した。みんなも気を取り直して試合に向き合い始める。
キックオフこそ白組からだったものの、早々にボールを奪取した赤組が攻め上がっていく。佐久間くんと対峙したエドガーさんが、しばらくの攻防の末に佐久間くんを突破して前へ。そしてパスが渡った塔子ちゃんは、鋭い虎丸くんのスライディングをものともせず華麗に避けてみせた。さすがは塔子ちゃんだ。

「フィディオ!」

そしてそのボールは最後にフィディオくんに渡ったところで。…そこで、今までで一番強い雷鳴がグラウンドに響き渡った。思わず身を竦めるほどに鳴った大きい音に思わず空を見上げていれば…突然、首元がチリ、と熱を帯び始めた。

「ひゃあ!?」
「薫!?」

チョーカーが、光りだしている。まるで何かを主張するかのように輝くそれに思わず覆うようにして手を伸ばしていれば、どうやらそれは私だけでなくリカちゃんや、隣に居た春奈ちゃんも同様であったらしい。突然の事態にみんなが狼狽えている。

「これ、まさか夏未さんの言ってた話の…」
「まさか!あれは伝説よ」

夏未ちゃんがさっき口にしていた、この島の伝説。たしかにあれは御伽話なのだろう。けれどそれだとしたら、この木彫りのチョーカーや腕輪が光り出しているのはいったい何故。

「あの爺さんたち、絶対怪しかったもん。やっぱり何かあるんだよ!」

…そのときだった。グラウンドのライトを貫くようにして、一筋の雷が地に落ちる。その凄まじい光と音、そして砂埃に思わず顔を覆ってしまった。やがて恐る恐る目を開けると、そこに居たのは。

「円堂さん!上!」
「!!」

守の居るゴールの頭上には、背中に羽を背負う三つ編みの謎の少年が立っていた。どこか人外じみた、清廉な雰囲気を漂わせた彼は、余裕そうな笑みをたたえて私たちを見下ろしていた。私は思わず隣の春奈ちゃんを庇うようにして抱き締める。春奈ちゃんも縋りつき返してきたということは、やっぱり彼女も怖いのだろう。私が、守らなきゃ。

「ててて、天使…!?」
「なんだよお前!」

尋ねられた彼は何も答えなかった。そしてその代わりに、無造作に空へと高く打ち上げたボールをもって、グラウンドにいるみんなを凄まじい勢いで吹き飛ばす。こちらまで届くものすごい風圧に耐えていれば、向こうのベンチからリカちゃんの声が聞こえたて顔を上げた。…そこに見えたのは、リカちゃんの目の前に立つ少年の姿。

「迎えに来た」
「リカちゃん!」

そう言った少年がリカちゃんの額に指を押し当てた瞬間に、何故かリカちゃんは胡乱な目つきで少年に従うように立ち上がった。そのまま彼女へ手を伸ばす少年に、守が怒りの声をあげる。

「人間…邪魔をするな!」
「ぐわっ!?」
「守!」

しかし至近距離で腹に打ち込まれたボールに、守はなす術もなく再び吹き飛ばされて。思わず悲鳴じみた声を上げて反射的に駆けつけそうになったが、ここには春奈ちゃんがいる。守らなければ、と思うと簡単には動けなかった。そして意識を失ったリカちゃんを横抱きにした少年は、倒れ臥す守を見下ろしながらまるで諭すようにして口を開く。

「これ以上の邪魔立ては、恐ろしい結末を迎えることになるぞ」

そして何故か、今度はこちらへと目を向けた。真っ直ぐに私たちを見据える少年に、春奈ちゃんを抱き竦める力を強くして睨みつける。しかしそこで、なぜかその余裕そうだった顔が苛立ちに歪んだ。何事かと訝しげに思っていれば、その理由は腕の中の春奈ちゃんの悲鳴と、突然掴まれた腕の痛みで分かった。

「痛っ…!?」
「こりゃあ運が良い。まさかお目当てがいっぺんに手に入るとはな」

そこに居たのは、こちらへ向けて凶悪な笑みを浮かべる少年だった。いっそ禍々しささえ感じるようなその雰囲気に身が竦む。せめて春奈ちゃんだけでも逃さなければと背中に押しやれば、その行動が無意味だと言わんばかりに嘲りの笑みを浮かべられた。…しかしそこでボールが突然少年に向けて飛んで来た。その拍子に離された腕を押さえながら蹲れば、春奈ちゃんが心配そうに駆け寄ってくる。

「薫さん、大丈夫ですか!?」
「うん、何とか…」

強く掴まれたせいで軽く痣になりかけていた腕を摩りながら、ボールを蹴った張本人である三つ編みの少年に目を向けた。互いに睨み合っていることから見て、彼らはどうやら敵対しているらしい。まるで嫌なものでも見るかのような目つきを向ける三つ編みの少年が、吐き捨てるようにして口を開いた。

「失せろ!ここはお前たちのような邪悪な者共の来る場所ではない」
「偉そうに言ってんじゃねぇよ。お前こそ消えろ!世界は魔王と魔界軍団Zが支配するって決まってんだよ!」
「笑止!世界を統べるは天の輝きのみ。天空の使徒が、今ここでお前を成敗してくれよう」

…魔王?天?その聞き覚えのある言葉に思わず瞠目する。魔界軍団Zという名前と言い、あの羽を生やした少年のことと言い、これじゃまるで夏未ちゃんの言っていた魔王伝説の踏襲じゃないか。
そんなことを考えながら呆然としていれば、悪魔らしい少年がこちらへと近づいてきて手を伸ばす。それに身を強張らせていれば、三つ編みの少年が鋭いを声をあげた。

「不浄の者がその方に触れるな!」
「ハッ、運が悪かったな…こいつは俺たちが連れて行く」

今度は春奈ちゃんも一緒に再び腕を強く掴まれて、逃さないとでも言いたげなその痛みに呻けば、それを見た豪炎寺くんと鬼道くんが私たちの名前を呼んだ。しかし、少年はそんな二人を鼻で笑い、先ほどの守のようにボールで二人を簡単に吹き飛ばす。

「お兄ちゃん!」
「豪炎寺くん!」

思わず駆け寄ろうとしたものの、掴まれたままの腕がそう簡単に逃してくれる訳はなく、勢いよく引き寄せられてしまった。睨みつけようと振り返れば、そこにはリカちゃんのように意識を失った春奈ちゃんを抱えた少年の姿が。咄嗟に掴まれていない方の手で春奈ちゃんを取り返そうとしたものの、そんな私の必死な抵抗を嘲笑うかのように、瞳を覗き込まれる。


「俺たち魔界のために、お前はその身を捧げろ」


怪しい光が私の視界を貫いた。途端に、まるでスイッチを切られたかのようにふつりと落ちて行く意識の中。
最後に見えたのは、必死な顔でこちらに手を伸ばして私の名を呼ぶ豪炎寺くんの姿だった。





再び落ちた激しい雷と共に、少年たちは忽然と姿を消した。それと同時に跡形も無く消えてしまった三人の姿に、皆が悔しそうに歯噛みする。どうやら連れ去られてしまったらしいと、怒りに苛まれる中でも冷静な判断を下した彼らは、あの少年たちの言動とリカたちが身につけていた腕輪から考えて、彼女たちの連れ去られた場所がマグニード山であると推測した。

「よし…行くぞみんな!」

目の前で見ておいて放ってはおけないと、エドガーたちも後をついて来た。そして逸る心を抑えながらも駆け上がった山の麓、二手に分かれる道の分岐点で一同は立ち止まる。そこに立っていた二人の老人に、顔を険しくさせた塔子が噛みつくようにして怒鳴った。

「あんたたち!ここで何してんだよ!」

それは、リカや薫にあの腕輪とチョーカーを渡した露店の老人たちだった。この事態の元凶とも呼べるその存在に、皆が敵意を剥き出しにして睨みつけるものの、その視線に物怖じせず老人たちは飄々とした態度で塔子を眺める。

「ほう…やはり伝承の鍵はお前さんを選ばなかったと見える」
「良い、それで良い」
「な、何なの、あんたたち…」
「知ってるのか?」

その異様な雰囲気に思わずたじろいだ塔子を見て、前に出て来た円堂が塔子にそう尋ねた。それを受けて塔子は、憎々しげに老人たちを睨みつける。

「伝承の鍵と伝承のしるべをあたしたちに押し付けたのは、あの爺さんたちなんだよ!」
「え!?」
「本当か!?」
「あぁ…間違えるもんか…!」

それを聞いた豪炎寺は、苛立ちを隠しもせずに歯噛みする。…この老人たちが原因で、彼女はこんな目に遭っている。たとえ自分の弱さのせいであったとしても、みすみす目の前で連れ去られてしまったのだ。

「あんたらのせいで、リカと春奈、薫が…!」
「待て!」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ…どうやらあの娘さんたちを取り戻しに来たようじゃな…」
「当たり前だ!」
「二人は何処にいる!?」

老人たちはなおも余裕げだった。人数の差では圧倒的に劣勢であるというのに、三人を手の内に落としているという優位性があるからだろうか。怯むことなく円堂たちを見据えて、口を開いた。

「天空の使徒住まうは、ヘブンズガーデン」
「魔界軍団Z蠢くは、デモンズゲート」

まるで道を指し示すように、三人を連れ去った少年たちの住処を告げた老人たちに、しかし円堂たちは怯まなかった。名前からして恐ろしい目的地の場所を耳にしても、その戦意と怒りは治らない。

「春奈はそこに居るんだな…。たとえ地獄の果てだろうと、俺は春奈を助け出す!」
「その粋だ、鬼道!…俺も、あいつを連れ去られて黙っているわけにはいかない」

するとそこで、豪炎寺が前に出た。燃え滾る怒りを瞳に宿して、老人たちを睨みつけながら彼は問いかける。

「あいつは…薫は、どこだ」
「あの娘さんならば、戦いの後、いずれ巡り合うじゃろう」
「あの者には課された使命がある。厳重に、慎重に仕舞い込まれておるじゃろう」

…つまりは、そう簡単には会えない場所に居るということだった。欲しかった答えを十分にもらえなかったことに苛立ちが湧くものの、今はまだ無事だということは信じることにした。

「行くが良い。天界への道は上だ」
「魔界への道は下じゃ」
「貴方たちは一体何者なんです!?」

思わず尋ねたフィディオに、老人たちは笑うばかりだった。その楽しんでいるかのような様子に苦い顔をする円堂たちへ、老人たちは手を広げて彼らを戦いの場へと誘う。

「さぁ行け!この祭りを盛大に執り行おうではないか!」

そしてそう言ったっきり、洞窟らしき道を戻っていった老人たちは、二度とこちらへと振り返ることは無かった。追いかけることも叶わず、その場に踏みとどまりながら悔しがりつつも、次の行動への判断は早かった。

「キャプテン、今の話だと、リカさんは天界、春奈さんは魔界に連れて行かれた、ということだね」
「あぁ…鬼道、ここからは二手に分かれよう」

何の因果か、都合よく彼らは先ほどのゲームで二手に分かれている。リカを救いに天界へと行くのは円堂たち赤組、春奈を救いに魔界へと行くのは鬼道たち白組。そう決められることとなった。
出発前に簡単な打ち合わせを行う中、豪炎寺の元に歩み寄った佐久間が小さく耳打ちする。

「豪炎寺」
「…何だ」
「薫を、絶対に助けるぞ」
「!…あぁ!」

決意は誰よりも硬く、その役目を誰かに譲るつもりは毛頭無かった。救えなかったのならば、今度こそこの手が届くまで伸ばすのみ。たとえ千切れそうになったとしても、次こそは彼女の手を掴むのだと、そう決めたのだ。
鬼道の号令と共に駆け出した豪炎寺は、未だ行方の分からぬ彼女の無事を願って、唇を噛み締めていた。





TOP