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佐久間くんおよび士郎くんがものすごい勢いでキレている。その理由は私の服装のことだった。今はあの胡散臭いお爺さんたちから制服を取り返したのでいつもと同じ格好をしているが、デスタたちに捕まっていた間に何もされていないか確かめられたときに、私は意識の無かった間にいつのまにか着替えさせられていたことを涙ながらに語った。私だって年頃の女の子なので、勝手に着替えさせられていたなんてそんなことはとてもじゃないけど看過できないのだ。
ちなみにリカちゃんと春奈ちゃんの着替えをさせたのはちゃんと女の子だったらしい。意識もある中での着替えだったそうだ。私との差はいったい何。

「鬼道ォ!!そいつらをぶっ飛ばせ!!地の果てまでな!!!」
「大丈夫だよ薫ちゃん、僕たちが必ずあいつらを倒して、君の無念を晴らしてみせるから」
「うん…」

巻き舌気味の怒声で鬼道くんへ喝を入れる佐久間くんに、私の前で膝まづきながら安心させるように微笑みながら肩を撫でてくれるが、実際その目は笑っていない士郎くん。私の親友たちがこんなにも優しくて幸せ。豪炎寺くんも怒ろうとしてくれたらしいが、この二人のキレ方が尋常で無かったせいで逆に冷静になったようだった。

「薫さん…大丈夫ですか…?」
「…うん、大丈夫だよ春奈ちゃん」
「酷い顔しとるで?無理はせんとき!」
「キツイなら休んでても良いんだよ?」
「リカちゃんと塔子ちゃんも、気遣ってくれてありがとう。…でも、私もみんなを応援したいから」

それに、私と同じように連れ去られてきた春奈ちゃんたちも気丈に振る舞っているのだ。私だけが甘えて引き下がるわけにはいかない。それに、戦いはみんなに任せてしまうけれど、それならせめて私はこの戦いの結末を見届けなくちゃいけないと思ったから。

「これより、儀式を執り行う」

そしてとうとうホイッスルが鳴った。前半のキックオフはダークエンジェルの方からで、最初にボールを蹴り出したのはセインさんだった。それを受けたデスタは、前の方へと勢いよく上がってくる。そんな二人がかりでのパス回しは、先ほどまで敵対していたとは思えないほどの精密さをもってみんなを翻弄した。どうやら魔王となったことで、さらにパワーアップしたらしい。たった二人であっという間にみんなを抜き去った彼らは、いよいよ守の待つゴールと対峙した。

「恐怖しろ!」
「そして魂にかえるがいい!」

二人が同時に飛び上がる。そして繰り出されたのは二人での連携シュート。シャドウ・レイというらしいその技は、禍々しい空気を纏いながらゴールへと迫り、守の繰り出したイジゲン・ザ・ハンド改を容易く撃ち抜いて先制点を奪った。

「あっという間に一点…!」
「何なんやこいつら…」

試合が始まって時間はまだそう経っていない。それなのに、ここまで圧倒的な速さで点を奪われるだなんて思いもしなかった。だって仮にもみんなは、一度それぞれのチームに勝っているはずなのだ。だというのにそれを上回るほど、魔王の力は強大なのだろうか。

「いいぜ、その顔!恐怖を味わうほど魂は美味くなるんだ。もっと恐怖しろ…もっと!」

その言葉に、思わず体が縮こまる。今までで一番のスピードと威力を合わせ持つ彼らに、私たちは本当に勝てるのだろうか。そんな弱気な思いが脳裏を過ぎって、私はそれを振り払うように首を振る。…こんなこと考えたら駄目だ。守たちを、信じるの。
するとそのとき、ダークエンジェルの力の恐ろしさに飲まれかけていたみんなを叱咤するように不動くんが声を荒げて吠えた。

「何ボッとしてんだお前ら!取られたら取り返せ!それがサッカーってもんだろ!!」
「不動…」

いつも冷静沈着な不動くんらしいと思った。どんな時でもその場の空気に飲まれることなく、自分の描いた道を突き進む。そんな彼の言葉にみんなは我に返ったような顔で頷いた。私も一度深呼吸を挟んで再びフィールドを睨みつける。ここからはもう二度と、弱気になんてならないように。
そして気を取り直して再開された試合、鬼道くんと不動くんの二枚司令塔によって私たちの攻撃は展開された。二人だけが使える技であるキラーフィールズによって道を切り開こうと試みるものの、しかしそれは相手の技によって破られてしまった。

「行かせない!」

途端にこちらへ攻め込んでくるのを、フィディオくんとテレスさんが同時にスライディングで応戦したが、それも難なく交わされて。けれどその二人をカバーするようにして、士郎くんがボールを奪うことに成功した。何とか攻撃は封じることはできたものの、それでも三人がかりでやっとだ。状況は未だこちらが厳しい。
そしてこちらが再び攻撃体制に入り、繰り出されたのは豪炎寺くんと士郎くんのクロスファイア改。それは実に二人分のパワーが撃ち込まれた、イナズマジャパンの必殺技の中でも強力なシュートだった。…しかしそれもやはり、相手のキーパーにはあっさりと止められて。

「やばい…向こうの方が上手や…!」

リカちゃんが焦ったように歯噛みするのを見て私も唇を噛み締める。追加点こそ無いものの、こちらには打開策さえ無い。せめて同点に追いつければ話は変わってくるのだけれど。そう思っていると、ゴールを止められて悔しげな顔をする豪炎寺くんたちを見てデスタが嗤う。

「恐怖しろ、魂はますます美味くなる」
「…ッ魂、魂しつこい!何ならお好みソースも付けたろか!?」
「リカちゃん…!」

相手の余裕そうな様子に腹が立つのは分からなくも無いが、喧嘩を売るのはどうかやめて欲しい。私としては、もう既に現在の恐怖度ランキングぶっちぎり一位を叩き出したデスタたちダークエンジェルには金輪際関わりたく無いのだ。そしてほら案の定、リカちゃんの怒りの声を聞いたデスタの目がこちらを向いた。

「な、何や…」
「…こいつらの後、お前の魂も美味しくいただく」

楽しげに細められたその目を見て、私は気が遠くなりそうなのを何とか耐える。涙腺が緩みに緩み切っている今、恐怖に震えても泣いていないのが不思議なほどだった。

「ウ、ウチは根性が腐ってるから魂はめっちゃ不味いで!」
「リカちゃん…」
「こっちの三人でどうや!?」
「リカちゃん…!?」
「…じょ、冗談や冗談」

ナチュラルに売られてしまった。いや私はもともと生贄だし、この敗北の時点で確定するというだけのことなので、売っても大して変わりはないのだけれど。冗談には聞こえないその言葉に、春奈ちゃんたちがジト目でリカちゃんを見ている。分かるよ、もっと言ってやって。

「さぁ!一緒に応援や!円堂頑張れ!!!」
「…万が一のときにはあいつからだな…」
「はい」

焦りながらも誤魔化すように応援するリカちゃんを見て、塔子ちゃんたちは怒りに拳を震わせながらそう言った。けれど多分、食べられるなら私が最初なんだろうなぁと思う。そんな私の呟きを拾ったらしい染岡くんはギョッとしながらも、少しだけ躊躇いながら慰めるようにして肩を叩いてくれた。

「心配すんな、あいつらなら絶対に勝つ!」
「…うん、分かってる。信じてるもん」
「あぁ、それで良い」

そしてそこからは粘りに粘って膠着状態に陥った。ディフェンスはみんなで一丸となりながら守備に没頭し、そのおかげか今のところ追加点は無い。しかし着実に削られていく体力に限界が近づきつつあるのを見て、豪炎寺くんたちフォワードも下がろうとしたのだけれど。それを他でも無い不動くんが拒絶し、鬼道くんが肯定した。怒鳴るようにして追いやられたことに虎丸くんは不満そうだったけれど、たしかにここでフォワードがディフェンスに参加してしまえば、彼らまで体力を削られてしまう。既に一点失っている以上、逆転のために攻撃陣の体力を温存させなければいけないのだ。

「もう限界ですよ!俺たちも守備に協力した方が良いです!」
「今は耐えろ!それが俺たちの役目だ」

我慢の限界らしい虎丸くんを豪炎寺くんが留めているが、守備をみんなに任せきりにしてしまっているこの現状に、虎丸くんはとても歯痒そうだ。そして再び、デスタとセインさんがシャドウ・レイを繰り出そうとする。しかしそこに満身創痍の不動くんが立ちはだかった。

「フッ、また二人でシャドウ・レイか。一人で来いよ。それとも…俺が怖いか」
「息切れしているお前など恐れるわけがない」

その挑発に、デスタは乗った。体当たりじみたドリブルで不動くんへとぶつかっていく。既に体力の限界が来ている不動くんは当然、それに押し負けて膝をついた。肩で息をする彼を見下ろしてデスタが嘲笑う。

「話にもならないね」

そうして不動くんから興味を失ったように目を背けたデスタは、今度こそセインさんに向けてパスを出そうとボールを蹴り出す。…その隙を不動くんは狙っていたらしい。パスコースを塞ぐようにしてデスタの前に立ちはだかり、至近距離で腹にボールを受ける。尋常じゃないダメージのはずだ。けれど不動くんは、それが何でもないかのように笑いながらデスタに向けて口を開く。

「ナイスパスだ」
「ふざけるな!」

ほとんど騙しうちに近い形でボールを奪われたデスタは激昂して、不動くんから奪い返さんとして突っ込んでくる。その冷静さを欠いたプレーが、不動くんの思うツボだということに気がつかないままで。陣形の崩れたダークエンジェルの隙を突くように鬼道くんへ出されたパスは、そのまま前線の豪炎寺くんに繋がった。

「虎丸!ヒロト!」

三人が繰り出したのは、グランドファイアG2だった。ジ・エンパイア戦で完成した三人の技。強力な威力を持って撃ち込まれたそれは炎を巻きながら、相手キーパーの必殺技を砕いてゴールネットに突き刺さった。…これで同点に追いついた。そしてここで前半が終了。何とか帳尻を合わせて後半を迎えることができそうなことに安堵しながらも…しかし、今の不動くんの作戦は今後通用しないだろう。得点に喜ぶ私たちを悔しげに睨みつけるデスタたちを見ていれば、そんなことは容易に想像がついた。

「無敵の力を手に入れたはずなのに、よもや失点など…!」
「一人一人の力が強いから勝つんじゃない。全員の力と思いが一つになるから勝つんだ。だからサッカーは面白いんだ!」
「…面白い?」

守の言葉に、セインさんが心底疑問だと言いたげな声を上げる。その目にはやはり地の底で渦巻くような闇があった。今もなお魔王としての意思に支配されているセインさんは守たちに向けて口を開く。

「我らのサッカーに面白さなど必要無い。サッカーは儀式。憎い相手を叩き潰すための手段に過ぎないのだ」

…サッカーに憎しみなんて必要無い。それを私たちはこれまでの戦いで嫌というほど知っている。フィールドに在るべき感情は、サッカーを楽しみたい心と勝ちたいという気持ち。そんな純粋な思いだけで十分なのだ。けれどそれを本当の意味で知らない彼らは、サッカーというスポーツを戦いの道具だとしか見ていないのだろう。

「お前たちをぶっ潰す。魂も残らないほどにな」

だから私は、底知れぬ闇と共に憎しみを滾らせたその瞳を見て、何だかやるせないような、悲しい気持ちを感じてしまったのだ。





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