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後半が始まった。しかし良い雰囲気で終わった前半とは裏腹に、開幕早々ダークエンジェルは攻撃的なサッカーを展開した。まるで暴力を振るうかのようにしてみんなにボールをぶつけ、痛めつけるその行為に思わず絶句する。それを見て、さすがに攻撃に専念するのは無理だと判断した豪炎寺くんたちも守備に戻ったものの、プレーの激しさは変わらなかった。

「喚け!叫べ!恐怖しろ!」

そのプレーを前にみんなが次々と倒れ伏していき、とうとう守にまで及んでしまったその攻撃に守が倒れたのを見ながら、私は震える手で口元を覆う。それくらい目の前で起きている状況が、とてもじゃないけど信じられなかったのだ。

「嘘や…」
「こんなことって…」
「円堂、みんな」

圧倒的な力に打ちのめされていくみんなの苦悶の表情を見ていて心が痛い。何も力になれず、グラウンドの外でみんなの無事と勝利を願うことしかできない役立たずな自分の不甲斐なさがとても恨めしかった。

「フン、どうやらここまでのようだな」
「我らに歯向かった結果がこれだ」

みんなを蔑むように見下ろし、嘲笑いながら踵を返すデスタとセインさん。…しかし、その声を聞いて絶望に染まりそうだった私の心の闇を振り払うようにして、守の凛とした声がその場に響き渡った。

「…違う」

守が、立ち上がった。ボロボロの体なのに、本当は痛みで苦しいはずなのに。守の目は諦めていなかった。むしろどこか、こんな一方的で暴力的なサッカーを繰り広げるダークエンジェルに対して怒りを抱いているようにも見える。

「お前たちのやっているのは本当のサッカーじゃないんだ」
「…愚かな、我らを認めぬだと?」
「ならば止めを刺してやろう…お前たちのサッカー諸共な!」

デスタとセインさんが再びシャドウレイの体勢に入った。禍々しい勢いと共に繰り出されたそれは守に向かって牙を剥く。みんなが守の名前を呼んだのを聞いて、私も堪らず縋るようにして守の名前を叫んだ。すると守はまるで、そんな私たちの思いに応えてくれるかのようにして、またさらに進化したイジゲン・ザ・ハンドを展開してみせたのだ。そしてそれによって弾かれたボールがゴールポストで跳ね返ったのを、守が確実に受け止める。

「仲間の思いに応える…それもサッカーだ!」

もう残された時間は多くない。だからこそ、ボールがこちらにある今が攻撃できる最後のチャンスだ。それを覚悟しているのだろう。守が投げたボールを受け取ったフィディオくんが必殺技であるオーディンソードを撃ち、そのシュートの勢いを利用して、豪炎寺くんたちがグランドファイアを重ねて撃つ。二つの強力な技によって威力を増したシュートは、抗うように出された相手キーパーの技を貫いてゴールを迫る。…しかしそこにデスタとセインさんが滑り込んできた。そして二人がかりでのブロックで、シュートは撃ち返された。けれどそれだけで、諦めるような守じゃないのだ。

「行くぞ!」

ゴールから飛び出し、跳ね返ってきたボールに向けてメガトンヘッドを繰り出した守。そんな執念のシュートは、先ほどのブロックで油断していたらしいセインさんごと吹き飛ばして相手ゴールを貫いた。これで一対二。激闘を勝利で終えた今の応酬に、私は思わず呆然と呟く。

「やった…?」
「…や、やりましたよ薫さん!ゴールが決まりました!」

そしてそれと同時に鳴り響いた、試合終了のホイッスル。つまりこれで私たちが生贄にされるという最悪の結末も回避できたのだ。そのことが嬉しくて、そんな未来を防いでくれたみんなのことが誇らしくて、私は思わず溢れそうな涙を抑えて春奈ちゃんと手を取り合って笑う。

「…儀式は失敗した」
「魔王は再び千年の間封印される」

お爺さんたち二人のその言葉が合図であったかのように、セインさんたちの暗く闇に満ちていた目が元の澄んだ色に戻るのが見えた。ダークエンジェルが敗れ儀式が失敗に終わったことで、セインさんたち天界の民が魔王の意思から解放されたのだろう。合流した他の仲間たちと無事を喜び合う彼らに守が嬉々として声をかける。

「戻ったんだな、お前たち!」
「感謝するぞ、円堂」

守たちとある種の友情を築いていたらしいセインさんたちがそう言ってお礼の言葉を告げる。そして私に向けて黙って頭を下げてくれたのを見て、私も同じく下げ返した。それを受けて微笑んでくれたセインさんはしかし次の瞬間、厳しい顔つきで魔界軍団Zの面々を見遣る。

「…デスタ、使命によりお前たちを封印する」
「待った!」

しかしそんな彼のことを何故か守が止めた。意外なところからの制止に驚いたようにしてセインさんが振り返ると、守はそんな彼に向けて諭すように口を開く。

「サッカーは、使命とかそんなもんでやるんじゃない。もっと楽しいものだぜ!」
「お前、何を…」

守のその言葉が意外だったのだろう。むしろ、魔界の民を封印するためにサッカーを用いていた彼らにとって、その理屈は青天霹靂なことだったのに違いない。
するとそのときだった。セインさんたちが守の言葉に呆気に取られていた間に、魔界へと続く扉が開く音が聞こえた。そちらを見ると、扉の向こうに立つ魔界軍団Zの彼らが私たちを見て苦々しげに顔を歪めている。

「今回は失敗したが、次の千年後には必ず我ら魔界の民が天界を征服する!」

そして高笑いと共に消えていった奴らをセインさんが咎めるが、閉じ切った扉は彼の追随を許さなかった。つまりこの状況は、逃げられたという他無いのだろう。それが悔しかったのか、逃げられる原因となった守を振り返ってセインさんが睨みつける。

「お前が止めなければ、奴らを永遠に封じ込めることが…!」

しかし、そこでふと言葉が途切れた。そして何かを悟ったかのような驚愕の表情をするセインさんに、戸惑ったような天界の少女が声をかける。セインさんは、まるで思考を整理するかのようにゆっくりと口を開いた。

「今分かった。私の中にある憎しみの心。そのせいで私は悪魔に漬け込まれたんだ。…我ら天界と魔界の者とが合体したチームが魔王そのものだとするならば、魔王とは我々の中にある醜く争う心だということになる」
「どういうことだ?」
「伝説にあったような魔王は居ないのだ。魔王は自分の心の中にあったのだから」

魔王とは何かというその疑問に、彼らなりの答えを見つけたのだろう。それによって次にこちらを見たセインさんの目は、とても静かで穏やかだった。

「先祖は魂と魂のぶつかり合うことの大切さ、それを伝えるためだけにサッカーを選んだのでは無い。自分自身の醜い心を抑えるための授業としてサッカーを選んだのだ」
「貴方の言う通りかもしれないわね」

同じくセインさんの言葉を肯定した天界の民の人たちに向けて一つ頷いたセインさんは、改めて私たちに向き合った。そうして、私たちにお礼の言葉を告げる。それに対して、守はあくまであっけらかんとした様子で笑った。

「修行かどうかはよく分からないけど、楽しいもんだぜ!」
「楽しいか…そうだな」

そしてセインさんたち天界の民の人たちは私たちの見送りと共にヘブンズガーデンへと戻って行った。千年後の復活に備え、また魔界の民の人たちと対峙したときに今回気づいた大切なことを伝承するためにも。フィディオさんたち他のチームの助っ人の皆さんにもお礼を言った。ただ彼らは巻き込まれただけだというのに、私たちを助けにきてくれたことに感謝だった。





…と、何とか無事に終わったは良いものの、宿に帰ってすぐに、私はストレスがピークに達してぶっ倒れた。熱を出したのだ。床に倒れそうになったところを豪炎寺くんにギリギリで支えられたので地面にぶつかりはしなかったものの、意識が朦朧としていたのでそれ以降はあまり記憶に無い。
次に目が覚めたのは日が結構高く上っていた頃で、みんなが既に午前練習へと飛び出している時間帯だった。少しまだ体がだるくてぼんやりと天井を眺めていれば、どうやら様子を見に来てくれたらしい秋ちゃんが部屋の中に入ってくる。

「目が覚めたのね。具合はどう?」
「心配かけちゃってごめんね。もう平気だよ」

午後から練習に参加したいくらいだと笑えば、無茶をするなと怒られてしまった。そんな秋ちゃんに謝りながら、もらった薬を飲むために体を起こしたところ、ふとそこで私はパジャマの上からジャージを羽織っていることに気がついた。選手のものだ。守のものだろうかと袖に鼻を寄せて見たところ、しかし確かに覚えのある柔軟剤の香りに私は見事固まることとなった。そんな私を見て、秋ちゃんが微笑ましげに笑う。

「あ、あの、秋ちゃん、これは」
「ええ、豪炎寺くんのジャージよ。覚えてないかもしれないけど、昨日の夜寝る前に薫ちゃんの様子を見にきてくれたのよ」

しかも熱に魘される私の手をしばらく握っていてくれた上に、「寒い」とうわ言のように呟く私にジャージを着せてくれたらしい。熱があったとはいえ、あまりの醜態に顔を覆ってしまう。豪炎寺くんには相当迷惑をかけただろうに。

「安心してね。このことは私たちマネージャーしか知らないから」
「ありがとう…」

たしかジャージは予備があるしね。…なら、もう少し借りてても良いだろうか。何しろあったかいし、言い方は変態くさいけれど豪炎寺くんの匂いでとても安心する。だからせめてお昼前までで良いから借りるとしよう。秋ちゃんには、午前練習が終わったら返す旨を豪炎寺くんに伝えてもらうことにして、私はもう一度ベッドの上に寝そべった。あと、もう一眠り。あと少し寝ればきっとこの体の倦怠感も取れるだろうしね。

「…ん」

そしてしばらく眠った頃だろうか。誰かがゆっくりと頭を撫でる心地良さに微睡んで、私は微かに唸りながらぼんやりと目を覚ます。朧げだった視界が少しずつ明朗になっていって、クリアになったその先には優しい顔で微笑む豪炎寺くんが居た。

「悪い、起こしたな」
「…練習は…?」
「終わった。あと十分もすれば昼食だ」
「そっか…」

どうやら豪炎寺くんは、秋ちゃんに頼んだ伝言通りにジャージを取りに来たのと、私にご飯を食べるかを聞きに来てくれたらしい。そういえば昨夜から何も食べていない。お腹も空っぽだったので、みんなと一緒に食べる旨を伝えれば、豪炎寺くんは頷いてくれた。私も、あんまり引き止めるのも迷惑かなと思いつつ、脱いだジャージを豪炎寺くんに返す。

「ジャージありがとう、豪炎寺くん」
「…もう大丈夫なのか」
「?」
「…昨夜は『寂しい』って言ってただろ。もう寂しくないのか」
「へ」

…一瞬思考が止まってしまったものの豪炎寺くん曰く、昨夜熱で朦朧とする私は部屋に戻ろうとする豪炎寺くんを半泣きで引き止めた挙句「寂しい」を連呼したそうだ。そんな私のために自分の代わりとしてジャージを渡してくれたのだとも。おまけに私はそれに大満足したあげく、数秒も経たず眠りに落ちたらしい。それを秋ちゃんには正直に言うわけにもいかず、適当に誤魔化してくれたのだとも。恥ずかしすぎて穴があったら入りたいんですが。

「ん゙ん゙ん゙」
「顔が赤いぞ」
「うるさい…」

思わず赤くなった顔を隠すように布団を引き上げた私を見て、豪炎寺くんは楽しそうに目を細めて私を見ている。…前々から思っていたのだが、豪炎寺くんは私が自分のことであたふたするのを見るのが好きらしい。私としては恥ずかしいところばかりを見られているので切実に忘れて欲しいのだが。

「無理だ」
「無理かぁ」

真面目な顔での即答に、私は何も言うことはできなかった。むしろ今は、ずっとこちらを眺めている豪炎寺くんの視線から逃れるので精一杯であるのだ。何せ見ないで欲しいという私の懇願も、一瞬にして黙殺されてしまったので。現在は布団の中に籠城中である。

「食堂に行かないのか」
「豪炎寺くんが行ったら行く」
「そうか」

…というやり取りだってしたのに、豪炎寺くんはしばらく私の部屋に残って私が布団の中から出てくるのを待っていたので本当に意地悪。でもその後に秋ちゃんが様子を見に来てくれたおかげで何とか助かったのだった。





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