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体調もしっかり回復し、またチームの補佐に回れるようになった頃。私たちが居たAグループとは違い少々日程が遅れていたBグループは、この日最後の試合を迎えていた。だから決勝グループで戦う相手が誰なのかを見届けるために私たちは、みんな食堂に集まってジッとテレビの中継を見つめている。戦っているのはブラジル代表ザ・キングダムとフランス代表ローズグリフォンだった。しかし、その戦況は一方的。勢いに乗るブラジル代表とは裏腹に、フランス代表は先ほどから防戦一方だ。
そしてそのブラジル代表で特に厄介なのが必殺タクティクス。アマゾンリバーウェーブという名前のそれは、選手たちがまるで荒れ狂う川の流れのように緩急をつけた動きで相手を翻弄する技だ。フランス代表選手たちが身動きも取れないその中で、ブラジル代表キャプテンでありエースのロニージョさんだけが何でも無いように動いている。きっと普段からの信頼関係もあって味方の動きを予測しているのだろう。

「すごいシュートだな…」
「ロニージョさんの攻略法を何とかして見つけないとね」

そしてやはり予想通りというか、試合はブラジル代表ザ・キングダムの勝利で幕を閉じた。おまけにロニージョさんは大会得点王の争いを独走しているらしい。たしかに、今回の三得点全部が彼のシュートだったから、それもあり得るのだろう。

「…これで、準決勝の対戦相手が決まった」

そんな圧倒的な勝利を目の当たりにした私たちに、久遠監督が静かに口を開いた。…そうなのである。私たちの次の相手、準決勝を争う対戦チームは、たった今画面の向こう側で華々しい勝利を飾ったザ・キングダムなのだ。決勝リーグの組み合わせは予選リーグの結果で決まる。Aの一位とBの二位、Aの二位とBの一位という組み合わせだ。あちらは一位上がり、それに対して私たちイナズマジャパンは二位上がりである。

「ザ・キングダムは予選リーグを全勝で突破。間違いなく、世界最高レベルのチームだ。特にアマゾンリバーウェーブは、これまで対戦してきた必殺タクティクスを遥かに凌駕する。破るのは厳しいぞ」

もちろん私や監督たちでも突破口を開くために策は考えるのだが、そのためには何よりもみんなの負けん気が必要になってくる。負けそうなときでも踏ん張って、険しい道のりを進む覚悟が問われるのだ。…けれど、そんな心配は要らなさそうだった。

「そんなに強力な相手と戦えるなんて、わくわくするぜ!」
「…ふ、そう言うだろうと思っていた」

守の輝く目と共に、みんなも頼もしい面持ちで頷いてくれたから。きっとこれまでの激戦に揉まれてきたことによって、メンタル面でも鍛えられてきたのだろう。何せ世界を相手に戦ってきたのだ。ここに至るまでの苦労が、自分たちの力を肯定してくれている。
そんな意気込む私たちを前にしてテレビの向こう側では、本日のヒーローインタビューを受けるロニージョさんが、これからの試合への意気込みを語っていた。清々しくて、真っ直ぐで、仲間や故郷を大切に思っていることがはっきり分かるコメントに、私は好感を抱いた。





翌朝、今日は私の当番だったので朝食の準備をしていれば、あと少しで完成するところで雷電くんが食堂に入ってきた。随分と早起きだと感心していたのだが、雷電くんはどうやら私に用があったらしい。手招きされたので、春奈ちゃんに断って雷電くんの元に歩み寄る。

「おはよう、どうかした?」
「おう、おはよう。…実は朝っぱらから悪りぃんだが、今から弟たちに電話するんだよ。それで良ければだが、お前もあいつらと話さねえかと思ってな」
「ちぃちゃんたちと?」

それは大歓迎だ。普段私は雷電くんを経由して彼の弟妹であるちぃちゃんたちと連絡を取っているのだが、世界大会に参戦してからは忙しさも相まって連絡なんてできていなかった。時差というものもあるしね。そして雷電くん曰く、ちぃちゃんたちの方も私と話したがってくれているらしい。なので私も雷電くんの電話について行くことにした。朝食の方はあとはみんなが起きてくるのを待つだけだし、少しくらいなら大丈夫だと春奈ちゃんにも言われたので遠慮なく。

「わ、今日も晴れそうだね」
「練習日和だな!」

外に出ると、向こうからは朝日が登り始めているのが見えた。澄んだ光が眩しくて思わず目を細めてしまう。今日もちょっと暑くなりそう。
そして行われたちぃちゃんたちとの電話は実に有意義だった。お隣のおばさんに預けられているというみんなは、テレビで雷電くんの活躍も見ているらしい。最近は全然映って居ないと不満そうだったし、この前は私も映っていたと教えてくれた。それはちょっと恥ずかしいかもしれない。ちぃちゃんたちは豪炎寺くんとも話がっていたけれど、この時間なら既にランニングに行っているはずだから宿泊所には居ないだろう。「また今度ね」と窘めれば残念がられてしまった。

「よっしゃあ!」
「ふふ、みんなをガッカリさせないためにも頑張らなきゃね」
「おう!」

電話を終えて中に戻ろうと踵を返す。しかしそのとき、背後で誰かの足音が聞こえた。外周しに行っている誰かが帰ってきたのだろうかと思ったのだが、振り返ってみるとそこに居たのはイナズマジャパンの選手では無かった。
ブラジル代表ザ・キングダムのキャプテン、ロニージョさんの姿だったのだ。

「お前は…マック・ロニージョ!?」
「…何か、御用ですか?」

次の対戦相手の最重要人物が単身でここに訪ねてくるなんて、どう考えても何かあるとしか思えない。ほんの少し警戒心を持ちつつそう尋ねてみれば、ロニージョさんは少し言いにくそうな顔で一瞬目を逸らしたものの、しかし意を決したように来訪の要件を告げた。

「…円堂は、どこだ」
「え…」
「円堂に、会わせてくれ」
「守に…?」

私も円堂だけど、きっとロニージョさんの言う相手は守のことだ。でも守に用だなんて、いったい何だろうか。思わず怪訝な顔になって雷電くんと顔を見合わせてしまった。しかもこんな朝早く、まるで人目を避けるようにしてだなんて。しかしロニージョさんはそんな不可解な来訪とは裏腹に、態度はとても真剣だった。

「円堂に会わせろって…いったい何を言い出すんだよ」
「…大事な話があるんだ」
「…今の時間なら、浜辺の方で自主練中だと思うので案内しましょうか?」
「!本当か!?」
「…良いのか?薫」
「うん」

見た感じ、悪い人では無さそうだし。こうして丁寧に対応してくれるなら、私もそれ相応の誠意を返したい。それにきっと守もロニージョさんと話したがるだろう。そう思っての判断だった。雷電くんには先に建物の中に戻るように促したのだけれど、やはり私と二人にするのは気が引けたのか私たちについて来た。浜辺までは少し歩くので、その間は他愛無い話で沈黙を塞ぐ。

「ここまでは何で来たんですか?」
「あ、あぁ…バスだ」
「バスの乗り継ぎなら、結構遠かったんじゃないです?」
「まぁ、それなりにはかかったよ」
「ブラジルエリアまでは遠いもんな」

というより、やはり国同士で余計な干渉で摩擦を起こさないためか、それぞれエリア間の距離は結構離れている。そのため、基本的に移動はバスなどの交通機関が主になっている。同じエリア内での移動だと、徒歩でも十分なんだけどね。たしかブラジルエリアに着くまでにも、ここからだと四十分はかかるはずだ。
そんなに時間をかけてまで、ロニージョさんは守に何を言いに来たのだろうか。
そう思いながらも、やがて私たちは浜辺にたどり着いた。向こうには予想通り大きなタイヤで自主練を繰り返す守が居るのが見えて、その背中に声をかける。

「おーい円堂!」
「守!」
「ん?」

私たちの声に気がついたのか、一度練習の手を止めた守はこちらを振り返り、その後ろから歩いてくるロニージョさんに目を見開いた。やはり守にとってもロニージョさんは意外な人だったらしい。ロニージョさんは私たちに向き直ると、ここまで案内したことに対するお礼を言ってくれた。

「ありがとう、土方、薫」
「大事な話って、なんだ?」

雷電くんが気になるロニージョさんの用件を尋ねると、ロニージョさんは一度黙り込んでから守の側に歩み寄る。その動きを雷電くんは一挙一動注意深く見ていた。彼の中ではまだ、ロニージョさんは警戒すべき人物なのだろう。
しかしそんな警戒を裏切るようにして、ロニージョさんは守に握手を求めた。それに快く応じた守へ、ロニージョさんが不敵な笑みを浮かべて口を開く。

「…会うのは初めてだね」
「どうして、ここに?」
「…話したかったんだよ、準決勝を戦う、キャプテン同士でね」
「そっか!エールの交換ってやつだな、よろしくな!」

…どうやらロニージョさんの目的は、単に試合前に互いを激励するためだったらしい。それにしては訪問する時間帯が早過ぎる気はしたけれど、人目につくと逆にややこしい事態になるからかもしれない。そう一人で納得して頷いていれば、二人は次々と穏やかに話を続けて行く。

「イナズマジャパンは、ガッツと粘りのあるしぶといチームだな。決して楽とは言えないグループAの予選で、戦いながらその強さを身につけてきた」
「あぁ!俺たちは、ザ・キングダムにも全力でぶつかるつもりだ」
「…ファイティングボーイ、円堂守。君は大会中にもどんどん進化している。…その君との対決、楽しみだったけど…」
「だったけど…?」

…しかしそのあたりでだんだん雲行きが怪しくなってきた。浮かない顔で言葉を途切れさせたロニージョさんに、思わず訝しげな顔になってしまう。するとロニージョさんは、まるで窺うように私たちの方を見た。もしかすると、私たちが居ては話しにくいのかもしれない。そう思い、私と雷電くんは先に戻ることにした。

「何の話なんだろうね…」
「深刻そうな顔だったがなぁ…」

そんなことを二人で話していた。けれどそのとき、背後の方から守の「なんだって!?」という驚愕の声が聞こえた。思わず足を止めて振り返れば、話し声は聞こえないものの、何かを真剣な顔で話すロニージョさんとそれを驚愕の面持ちで聞く守が居る。しかしその話は決裂したのだろう。守と話を終えて踵を返したロニージョさんの顔は、どこか鬼気迫るように険しかった。

「待てよ!」

でも守はそんなロニージョさんを引き止めた。それと共にボールを渡し、戸惑いながらも華麗なボール捌きで受け取ったロニージョさんに向けてシュートを撃つように促す。

「何…!?」
「来い!ロニージョ!」

守が腰を落として構える。まるで試合本番と変わらないその真剣な姿を見て、ロニージョさんの表情も変わった。そして地面につけていたボールを爪先で浮かせると共に、勢いをつけたキックをボールに叩き込む。それは、必殺技でも何でもないただのノーマルシュート。しかしそれは、守の手を弾いて後方へと飛んでいってしまった。きっとこれが試合だったならば得点されていただろう。

「これで分かっただろう?無駄なことはしない方が良いってね」

…無駄なこと?ロニージョさんの口にする言葉の意味がよく分からない。守たちはさっき、何の話をしていたのだろうか。けれどその答えはすぐに分かった。ロニージョさんが浜辺を後にした直後、守に先ほどの話を尋ねた私たちに説明されたのは。

「何!?それじゃあ八百長を頼みにきたってことか!?」

次のブラジル戦で私たちには負けて欲しいと。ロニージョさんはそう頼みに来たらしい。けれどあんなに強くてすごいチームが、わざわざそんなことを頼む必要があるとは思えなかった。そしてロニージョさん自身が、そんな卑劣な真似をしようとするようには見えないとも。
守も同じくそう思ったらしい。守は、先程の会話の中でロニージョさんの態度に何らかの違和感を感じたのだという。

「…だけど、ロニージョのシュートは本気だった。あいつもちゃんと真正面から全力で戦いたいと思ってるんだ」
「それじゃあ、どうして…」
「…ザ・キングダムに何か起こったのかもしれねぇな」

そう推測した雷電くんに、私も納得する。ここまで順調に、自分たちの力で勝ち上がってきたロニージョさんたちが、ここでそんな弱気を出すとは思えない。もちろんこれは私たちの主観だし本当は違うのかもしれないけれど、少なくとも話してみた感じでは誠実そうな人だと思ったから。
だから私たちは宿泊所に帰ってすぐ鬼道くんや基山くんに頼んで、まずはザ・キングダムの情報収集から行うことにしたのだが。

「パス成功率九十三%だって!?」
「ボール保持率は七十二%もあるぜ!?」
「予選一位とまでは聞いてたけど、ここまでなんて…」

分かったことは、ザ・キングダムの彼らが圧倒的な実力で予選を勝ち上がってきたということだった。たしかに試合映像を見た感じでも特に可笑しなところは無かったし、これが彼らの実力なのだろう。…だからこそ、不思議に思う。こんな実力を持っているくせに、どうしてロニージョさんは守に対して八百長なんかを頼みにきたのだろうかと。

「ロニージョの真意が分からないな…」
「いくら負けたくないからと言っても、無敗で勝ち上がった強豪チームのキャプテンが八百長を持ちかける理由が見当たらない…」
「…こんな気持ちじゃ戦えない!ロニージョに会いに行くぞ!」

やはりロニージョさんの真意をはっきりさせたいらしい守のその言葉にみんなは頷いた。それを聞いて私も当然同行を申し出る。ここまで話を聞いたんだし、私だってこの事態をはっきりさせたいのは同じなのだ。幸い今日は午後からの練習は休みの予定だったので、久遠監督には遅くなる旨を伝えて出立したのだった。





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