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ブラジルエリアにたどり着き、私たちが目指すのはロニージョさんが居ると思われる宿泊施設だった。ちゃんと真正面から話を聞こうという意図の元、目的地へと足を進める私たちだったのだが、その途中で街頭のモニターに映されたインタビュー映像に目が止まった。それは、ブラジル代表ザ・キングダムのガルシルド監督へのインタビューだった。

[ガルシルド監督、決勝トーナメント進出を果たしたお気持ちは?]
[責任を感じています]
[…と、言われますと?]

この世界大会の主催者も兼任しているガルシルド監督曰く、この大会は自分が愛するサッカーを通じて世界平和を広めるために開催したもので、そのメッセージを全世界に伝えるためにも、勝ち進むことは使命であるのだと語った。とても崇高な意思だと思う。たしかこの人はお金持ちでもあったはずだし、この大会の設備なんかも自分の資産を使って開いたものらしい。…けれどそんな感心の反面、胡散臭いとも感じた。少年サッカーの大会において主役となるべき存在は選手たちであるはずなのに、まるでそんな彼らがこの人にとっては世界平和を伝えるための手段だと言っているように聞こえたからだ。

「お前はそう感じたのか…」
「うん…気のせいかもしれないけど、でも私は何かあの人の言うことは好きじゃないな」

今朝のロニージョさんのことも踏まえて、何だか監督と選手たちの意思が噛み合っていないように思えて仕方ないのだ。そう言えば、みんなもまた唸って考え出した。なんだか私の一言がみんなを混乱させているようで申し訳ないね。しかしそれもこれからロニージョさんに直接聞けば全部解決することだ。そう思い直しながら、宿泊施設にたどり着く。正面入り口の方に回ろうと外壁に沿って歩いていれば、裏口らしき方から誰かが揉めているような声が聞こえた。

「っ、兄ちゃん!」
「とっとと出て行け」
「ま、待ってください!」
「親父にも仕事を辞めてもらうからな」
「そんな…!それじゃ俺たち家族は生きていけないよ…!」

聞こえてきた内容がただならぬ雰囲気で、私たちは思わず顔を見合わせる。何事かとそちらへ駆け足で行ってみると、ちょうど頭上をサッカーボールが飛んでいった。それを思わず呆然としながら見送り、泣き声のし始めた方へと目を向ければ、そこには黒服にサングラスの男二人と、その前で膝をついて俯いているザ・キングダムの代表選手らしき少年。そしてその隣には、悲しげな声をあげて泣く男の子が居た。

「ッ、お願いします!次の試合、絶対期待に応えてみせます!!だからもう一度…もう一度だけチャンスをください…!」
「…チャンスか」
「お前たちのミッション成功率は常にチェックしている。それを忘れるなよ」
「はい!二度とミスはしません!!」

明らかに不穏な会話に、雷電くんは我慢ならなかったのか声をかけた。男の子が泣きっぱなしだったのも彼にとっては気がかりだったのかもしれない。雷電くんはお兄ちゃんだから。今も泣き噦る男の子を優しく宥めている。私もそっちに駆け寄り、膝を曲げて男の子の背中を撫でた。

「お兄ちゃんたちとあとで一緒に探そうね」
「…うん」

するとその様子を見ていた黒服の人たちは、舌打ちをこぼし「余計なことは喋るなよ」と念押ししてその場を去って行った。その態度が傲慢なことが気に食わなくて、私はその背中を最後まで睨みつけていた。どんな事情があれ、こんな小さな男の子を泣かせて良いわけがないのだから。…そしてその男の子は、車で去っていく奴らに向けて忌々しげな声で叫んだ。

「ちくしょう!ガルシルドめ!」
「ガルシルドって…」
「よせ、もういい。…来い」

それは先ほども街頭のモニターで見た、ブラジル代表監督の名前だ。自分たちの味方であるはずの存在ことを、どうしてそんな風に呼ぶのだろうか。しかしそれはどうも後ろめたいことであったようで、選手の少年は男の子を咎めると小さな手を引いて足早にその場を立ち去って行った。

「…何か訳ありのようだな」
「どうやら話を聞く必要がありそうだね」

鬼道くんと基山くんの言う通り、あの様子はどう見ても可笑しい。それにあの男の子とボールを探すという約束もした。それを考えていたのか、目を合わせた雷電くんが一つ頷く。私もそれに頷き返して、守たちの方を見た。

「とりあえず、あの子のボールを探してから、話を聞いてみない?」
「そうだな、そうしようぜ!」

快く頷いてくれた守に釣られるようにして、鬼道くんたちも難なく受け入れてくれる。そしてそのボールだが、飛んでいった方向は広い公園の敷地内で植木が多いせいか、捜索には割と時間がかかってしまった。植木の影に隠れてしまっていたのを見つけた頃には夕方になっていて、しかしせめてボールは返そうとあの選手の少年たちを探していれば、彼らも同じ公園のベンチで項垂れていた。それを見て雷電くんが男の子に近づいていく。

「ん」
「…あっ、僕のボール!ありがとう!」

つい先程まで悲しげな顔をしていた男の子の顔が満面の笑みに彩られる。それを見て思わずホッとしながら胸を撫で下ろしていれば、私たちが側に歩み寄ってきたことに気がついたらしい少年が、やや疲れたような表情で私たちを見上げた。

「…何か用か」
「ロニージョに会いたいんだ。どこにいるか知らないか?」
「…さあな」
「さっきの男たちは何者だ」

鬼道くんが真面目な顔で問いかけるのに対し、少年はそれを沈黙で答えた。「知らない」というよりは「言えない」というようにも見える。何かしらの事情があるのだろう。それを悟ったらしい雷電くんは鬼道くんの言葉を受け継いで、攻める角度を変えてきた。

「…『ガルシルドめ』って言ったよな。自分たちの監督を、そんな風に言うなんて変だぜ」
「…」
「ロニージョが、負けてくれと頼みに来たことと関係があるのか?」
「何…!?」

だんまりだったその少年は、守の言葉に顔色を変えた。彼にとってそれは予想だにしない言葉だったらしい。たしかに、自分たちのキャプテンで対戦相手に八百長を頼みに行くなんて耳を疑うのだろう。けれど今の驚きは、少しだけ種類の違うもののように思えた。信じられないと言いたげに見開かれたその目に、僅かな悲しみが混じっていたようにも私には見えて。

「…知らなかったのか?」
「…ロニージョのやつ、そこまで追い詰めていたのか」
「…ッ、兄ちゃんたちがこんな苦しい思いをしてるのはガルシルドのせいなんだ!!」
「!!」

もう耐えられない、と言いたげな男の子が悲痛な声をあげた。騙されたんだと悲鳴じみた声で叫ぶその内容は穏やかではなくて、守も真面目な顔つきで歩み寄ると詳しい訳を問う。…そうして彼の口から語られたのは、善行という壁に隠された悪辣な支配への苦しみだった。
ガルシルドは、もともと貧しかった彼らにサッカーをするための場所やお金を提供してくれたらしい。職のなかった親に対しても仕事を与えてくれたそうだ。それだけ聞けば素晴らしい人格者にも聞こえるが…けれどそれには何とも酷い裏があった。奴は恩を傘に着て、サッカーにおける独裁を開始。命令に逆らったり僅かでもミスをすれば、厳しい罰を与えられるようになったのだという。しかもそれは、選手たちの家族にまで被害が及んだ。
選手たちに対して自分の作戦通り完璧に勝つことを要求したガルシルド。そのせいでミスは許されず、選手たちへの負担は大きい。すでに現在、オーバーワークで動けなくなった人も出ているそうだ。そしてここから決勝トーナメントという激戦に入れば、二度とサッカーができなくなる人も出てくるかもしれない。…だからロニージョさんは、守に八百長を頼みに来たのだ。それが卑怯なことだと分かっていても、プライドを傷つけると分かっていても。

「そうだったのか…」
「酷い…!」
「…ロニージョは君たちを、強いチームと認めたからこそ負けてくれと頼んだんだ。確実に勝ってチームメイトや家族を守るために、自分のプライドを捨てて…!」
「…家族を守るためって…」
「罰は家族にもって言っただろ!もし試合に負けてしまったら俺たちの家族もどうなるか…」
「そんな…!それじゃまるで人質みたいなもんじゃねぇか!」

試合に負ければ厳しい罰が自分だけでなく家族にまで及び、勝っても終わりの見えない支配される人生が待っている。まさしく地獄だ。じゃあこれまで、予選からここに至るまで、彼らはどれだけの苦しみを味わってきたのだろう。やる気や希望ではなく、絶望でサッカーを続けてきた彼らの心は、きっと痛いほどに悲鳴をあげているのに。

「そんなことを自分のチームの選手に…」
「なんてヒデェやつなんだ!」
「選手を道具としか思ってないのか…!」

鬼道くんたちもその地獄に対して憤っている。…いや、きっと鬼道くんたちだからこそその気持ちが分かるのだろう。鬼道くんはかつて総帥さんに春奈ちゃんという存在をチラつかされながら勝利を貪欲に求めてきた。基山くんは養父への恩と愛情を利用されながら必死に尽くしてきて。そして雷電くんも小さな弟妹たちがいる。家族の大切さを分かっているのだ。だからこそそんな卑怯なことをするガルシルドが許せなかった。

「…許せない、絶対に…!」

そしてそれは、私と守も同じだ。純粋にサッカーという競技の勝負を楽しみたい選手たちの心を蔑ろにする汚い大人たちの思惑を、私たちは絶対に許さない。

「こんなの可笑しいぜ!なぁ、何とかなんねぇのかよ!!」
「…どうしろって言うんだ?」
「…それは」
「…俺たちにはどうすることもできない。ガルシルドの言うことを聞くしかないんだ」 


そう言うと立ち上がって私たちに背を向ける。そのまま弟である男の子の背を押して帰ろうとする少年に、雷電くんが「それで本当に良いのか?」と声をかけた。それを聞いて思わずといった様子で体を強張らせたその姿は、どう見ても今の現状に納得はしていない。…納得はしていなくとも、理解せざるを得ないのだ。

「…兄ちゃん」
「…良いんだ」

力無い足取りで宿泊所へと帰って行くその背中を、私たちは無責任に引き止めることはできなかった。見上げれば隣、それを悔しげに顔を歪めて見つめている雷電くんの横顔が私の目に焼き付いていた。





「…やっぱり駄目だ!!このままじゃ、準決勝を戦うなんてできない!!」

何もできないと分かっていても大人しく帰ることができなかった私たちは、とある橋の下へと続く階段に腰掛けて先程の話を繰り返す。すると諦めきれないらしい守が声を上げた。当然、同じ気持ちである私たちも揃って頷き、雷電くんが同意の声を返す。

「あぁ、あの二人の辛そうな姿を見たらほっとけないぜ。何とか助けてやらなきゃよぉ」
「ザ・キングダムをガルシルドの手から解放するんだ!」
「…だが、簡単にはいかないぞ」
「家族のことがあるからね」
「…私たちは、何ができるんだろう」

選手たちの苦しみを取り除き、なおかつ彼らの家族の無事まで確約できる方法。そんなものを、私たち子供が見つけられるのだろうか。一見すればあまりにも無謀なそれに途方に暮れそうな錯覚にさえ陥りそうだ。
しかし、我らが司令塔鬼道くんは、そんな無謀な状況をひっくり返す道筋を捉えたらしい。

「…家族を人質として、選手に限界以上のプレーをさせていたことが知れ渡れば…。ガルシルドをこの大会から排除できるかもしれない」
「!」
「知れ渡ればって、どうやって…?」

そこだ。証拠がない以上、下手に騒ぎ立てれば名誉毀損でこちらが訴えられるのが関の山。今度はこちらの立場が危うくなる。だからガルシルドを完璧に封じ込めるためには、確たる証拠が必要になるというわけだ。するとそこで、基山くんが一つの可能性に思い至った。

「…そうだ、手下が選手たちをチェックしてると言ってた。ガルシルドの屋敷には必ず証拠があるよ」
「…屋敷に侵入してそのデータを奪えば…!」
「うん、僕たちの勝ちだ」

それは危険なことかもしれない。私は監督補佐として選手を守る役目があるのだから、本当は止めなきゃいけないのだろう。…けれどここまで関わってしまった以上は私も力になりたい。何より選手たちが何の憂いもなくプレーができるように私もサポートしたいのだ。

「よし、行こう!」

みんなで顔を見合わせて頷き合う。もう既に、それぞれに覚悟はできていた。それならあとはもうやるだけなのだ。
だから私たちはさっそくその足でガルシルドの屋敷に向かい、夜になるのを待つ。監督たちには遅くなることを伝えた。さすがにこの件についての詳細を話さない訳にはいかなかったので、私は一人怒られることを覚悟でガルシルドの屋敷に侵入することを話した。監督はそれを聞いて一瞬絶句したものの、ブラジル代表選手たちが悪質な環境に置かれていることに関しては聞き逃せなかったらしい。そして時間がない以上、私たちに戻れとも言えなかったようだ。何より私たちの決意と覚悟が固かった。

[…無事に帰ってこい。説教はそれからだ]
「はい」
[何かあれば迷わず逃げろ。自分たちの無事を最優先にするんだからな]
「分かりました」

そして今、警備や監視カメラを掻い潜りながら私たちは屋敷の外壁前に居る。正面から入るなんてもっての他だし、こうして泥棒まがいの入り方をするしか無かった。一応、方法としては気を伝って飛び降りるということになる。先に基山くんが行くことになった。私が行っても良かったのだが、それは何故か鬼道くんに却下されてしまった。

「私も索敵くらいできるよ」
「そうじゃなくてだな……」
「じゃあ何」
「…………ス、スカートだろう」
「ちゃんと短パン履いてます」

というかどこを見ているんだ鬼道くんは。私だってバタバタ動くから普段からちゃんとズボンを履いているんだぞ。だというのに目の付け所が可笑しい。いや、女子としては気にするべきなのかもしれないのでその辺りは深く突っ込まないが。加えて基山くんからも「危ない真似はさせられないから」と嗜められたので諦めることにした。そこまで言われてわがまま言うのもアレだしね。
そしてそのまま私たちは息を潜めて建物の窓際に移動。そこから侵入しようとしたのだが…窓が開かない。守がやっても動かないということで、この中では一番力のある雷電くんが開けることになった。…しかし。

「…思いついた」
「…薫さん?」
「もしかしてその窓、嵌め殺しなのでは?」
「あっ」

私の名推理が光った瞬間、バキリという嫌な音とともに窓枠が壊れた。…もしかしてぶち抜いちゃった感じかな…?途端に遠くで鳴り出すアラート。当然の帰結だ。つまりどうすれば良いか。さっさと入って別の部屋に隠れなければ見つかるということだ。私たちは急いで窓から侵入すると、適当な空き部屋に身を潜めて辺りを伺う。案の定駆けつけてきた警備の人たちが、私たちの入ってきた部屋に向かうのが見えた。

「開け方が強引すぎたな」
「…だってぐずぐずしてらんねぇだろ?」
「ダイナミックだったね…」

でもどうせいつかバレたことだ。こうなったら急いでいくしかない。もともと行き当たりばったりの作戦のようなものだし、なるようになるだろう。適当だなんてことは言わないで欲しいところだ。

「早くデータベースに繋がっているコンピュータを探そう!」

屋敷の構造なんて分からないから、一部屋ずつの地道な作業になってしまう。しかも屋敷が広いのもあってなかなか作業は進まない。追っ手である警備から隠れながらの捜索だったこともある。…そしてそんな中、私たちはとうとう見つかってしまった。振り返った先、四人の黒服を連れた男が不敵に笑っている。

「見つけましたよ」
「走れ!!」

鬼道くんの声を合図に私たちは走り出した。たとえ相手が大人とはいえど、こちらはサッカー選手なのだ。私も簡単に負けてやるほど柔な足腰はしていない。むしろ追いかけっこはこの中で私に軍配が上がる。屋敷内を縦横無尽に駆け巡りながら、私たちはやがて一つの部屋の前についた。しかも行き止まりだ。ここに入って籠城するしかない。しかしこの部屋には鍵がかかっているのか、それとも立て付けが悪いのか、守がドアに手をかけても開かなかった。

「…下がれ円堂」
「雷電くん」

威勢のいい声をあげて体当たりした雷電くん。そのおかげで私たちは部屋に入れたのだが…その部屋は何と、私たちのお目当てである情報室であったらしい。大きなコンピュータが設置されたそこに基山くんが歩み寄り、持ってきたUSBでさっそく情報のコピーを始めた。その間に雷電くんと守がドアを死守している。私も手助けをしたいところなのだが、あいにく力に関して私は全くの専門外の役立たず。悔しいながらお任せすることにした。

「…終わったよ!」
「よし、もう良いぞ!」

情報を盗られない、という自信があったのだろう。特にパスワードとかそういった類のものは無かったらしく、コピーはスムーズに終わった。私たちは少しドアから離れて待つと、雷電くんと守がタイミングよく飛び退く。すると、ちょうど向こうは体当たりしてきたところらしく、抑える側を無くしたおかげで無様に倒れ込んできた。それを乗り越えて私たちも走り出す。

「逃がさんぞ!」
「まだ追いかけてくる…!」

しかし外まで逃げてもなお、奴らは私たちをしつこく追いかけ回してきた。ここらで一度足止めをしなければ、とてもじゃないけどみんな逃げきれない。どうすればと頭を回転させていれば、そこで最後尾を走っていた雷電くんが一人足を止めた。「ここは任せろ!」と追っ手に向かい合ったかと思えば、地面を力強く踏みしめる。

「スーパーしこふみッ!!」

その勢いと気迫に押された追っ手は、情けない悲鳴をあげながら橋の下へと落ちて行った。その隙に私たちも敷地の外へ。みんなで達成感に湧きつつもスピードを緩めることなく走り、ジャパンエリア行きのバスに飛び乗ってようやく私は、肩の力を抜くことができたのだった。





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