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ザ・キングダムとの後半戦は苛烈を極め、私たちは点数を取ったり取られたりの繰り返しで激しい攻防を繰り広げたものの、最後は私たちの粘りもあって見事決勝への切符を掴むことができた。そしてそれと同時に入ってきた連絡によれば、響木監督もちょうど手術を無事に成功させて終えたのだという。…ただ、時間が掛かった分体力を消耗したらしく、目が覚めるまでは安心できないらしい。それでも後は響木監督の頑張り次第。私たちは、響木監督が病気に打ち勝って戻ってきてくれるのを信じるしかなかった。
でもきっと、響木監督なら大丈夫。私たちはそんな信頼を胸に、いよいよ明日行われるイタリアとコトアールの準決勝を見届け、私たちの最後の試合となる決勝戦にイタリアが上り詰めてくるように応援しようと会場に向かうことになった。

「な!の!に!」

…しかし翌朝、その希望はすべて無惨に断たれてしまった。昨日の試合がよほど激戦だったのが災いしたのか、起床時間になっても誰も起きて来なかったのだ。最初は「寝坊かな」「もう少しゆっくりさせてあげよう」とマネージャー同士でもニコニコしていたのだが、出発予定時刻の三十分前になったあたりでそれは焦りに変わった。さすがにこれ以上は寝かせてあげられないので。

「か!ぜ!ま!る!い!ち!ろ!う!た!!!起きて!!!」
「…ん…ちがう……かべやま、そのタイミングじゃな…」
「怒るよ!!!!!」

慌ててマネージャー勢で手分けして起こしにかかるものの、誰も起きやしない。佐久間くんはとりあえず寝ぼけ眼ながらも洗面所に突っ込み、不動くんには寝起き早々ガンつけられたので鼻を強めの洗濯バサミで挟んでやりながら、同じように洗面所に突っ込んだ。今は風丸くんを起こしているのだが、いつもは起こす側のくせしてちっとも起きやしない。腹がたったので、髪をおさげにしてやってから、同じようにベッドから引き摺り出して洗面所に送り出してやった。せいぜい廊下で恥をかくと良いさ。

「……豪炎寺くんまで寝坊…!!」

そしてそんな次の起こす相手は、何とびっくり豪炎寺くんである。いつもは起床時間よりも早く起きてロードワークに行っているのに、さすがの彼でも昨日の激戦は疲れてしまったのだろうか。そう思いながらもしかし、起こさなければいけないことに変わりはないので、私は心を鬼にして部屋のドアを開ける。案の定豪炎寺くんは明らかにまだ夢の中なベッドの上。ひとまず私は声をかけてみることにした。

「豪炎寺くん、朝だよ、試合観に行くよ」
「……」
「寝るのお終いだよ〜〜!おはよ〜〜〜!」
「………」
「寝返り打たないで」

顔を顰めながら壁側に寝返りを打たれたので、つまりは強制的に起こしにかかっても良いということですね?私はそう捉えました。仏の顔も三度まで。私は仏じゃないので、監督補佐の顔も三度までということで。バシバシと強めに背中を叩きながら、背けられてしまった顔を覗き込もうとベッドに身を乗り出す。それでもやはり、豪炎寺くんが観念して起きる様子は無い。…仕方ない、こうなったらちょっと苦しいかもしれないけど、いつも守が寝坊しすぎた時に使う技で起こすしかあるまいよ。

「よ、いしょ…っと」

私は豪炎寺くんの上に跨るようにして座り込むと、ちょうど腹部を圧迫するようにして体重をかける。負担をかけすぎないのが重要だ。こうすれば大概は苦しさのあまりに起きるのでおすすめである。そしてそんな豪炎寺くんもさすがに眠気よりも苦しさの方が勝ってきたのか、唸るような苦悶の声を上げた末に、薄らと目を開いてこちらに視線を寄越した。

「おはよう豪炎寺くん。朝ですよ」
「…………………………は?」
「いやだから…朝ですよ…って…」

豪炎寺くんはしばらくそのままぼんやりとしていたかと思えば、不思議そうに手を伸ばして私の横っ腹を掴むようにして撫でてきた。何かを確かめるようなその動きに思わずドギマギしていれば、やがてだんだん意識がはっきりしてきたのだろう。みるみるうちに目を見開きながら素っ頓狂な声を上げられてしまった。

「……ッ、とりあえず、降りてくれ…!」
「え、あ、はい……」

ちょっとだけ焦ったようなその声に、私も何となく殊勝な気持ちになって大人しく降りる。するとそのまま豪炎寺くんには「先に行ってて欲しい」と言われてしまった。しかし二度寝されるのを心配する私としては、それはちょっと…と渋っていたのだが、「頼む」とやけに緊迫したような真剣な顔で言われてしまえば断れない。私は大人しく退散することにした。…それにしても、豪炎寺くんは何であんなに必死な様子でブランケットを握りしめていたのだろうか。薄手とはいえ、お腹にかけてもそこそこ暑いと思うのだが。
しかもその後、少しだけよそよそしい豪炎寺くんのその可笑しな様子に不安になって、私は一番最初に叩き起こした両頬が真っ赤な士郎くんに相談したところ、彼は実に良い笑顔で親指を立てながら豪炎寺くんの元に突貫していった。何やら話していたようだが、怖い顔でどつかれていたので不穏な気配はしたとだけ。





そしてそんなドタバタな朝を迎えた私たちは、それでも終盤ギリギリで会場に到着することができた。試合の一部始終を見ることはできなかったけれど、きっとフィディオくんたちなら大丈夫。…そう思っていた私たちの余裕は、しかし会場に入って目に入った試合結果を見て呆気なく崩れ去ってしまった。

「…はち、たい、ぜろ…?」

…イタリア代表選手の中にヒデ・ナカタさんの姿はなかった。それでも、フィディオくんたちのチームがそう簡単に負けるような力ではないと、他でも私たち自身が身に染みて痛感している。それだというのにこの圧倒的な試合結果は何なのだろうか。満身創痍なフィディオくんたちとは裏腹に、どこか余裕ささえ残しているコトアール代表の選手たち。その実力差は試合を終えてもなおハッキリとしていて。

「…あのオルフェウスがここまで圧倒的にやられるとは…」
「…みんな先に帰っててくれ」
「円堂」
「…私、守を追いかけてくる」
「薫!」

堪らず走り出した守の後を私も追いかけた。今きっと、守はとてつもないショックを受けている。そんな守を、一人にしてはいけないと思った。けれど追いかけて行った先、私は控え室の外で待っていたのだが、そこからボソボソと聞こえてきた会話はやはり打ち拉がれた様子で満ちていた。…オルフェウスの選手たちこそショックなのだろう。決勝戦という舞台で大敗を喫した事実は、きっと何よりも重くのしかかっているはずだ。
だから、守が遠慮がちに、しかしはっきりと追い出されて部屋から出てきたときも、私は何も言わなかった。どこかしょんぼりとした守の背中を叩いて、私たちは一緒に歩き出す。

「…勝つと、思ってたんだ」
「…うん」
「フィディオたちなら絶対大丈夫だって。……でも俺、さっき何も言えなかった」
「…私だってきっと、何も言えなかったよ」

守はきっと、フィディオくんたちに何も言えなかったことがショックだったのだろう。勝った自分たちが、オルフェウスに対して何を言ったってそれはただの嫌味や皮肉にしか聞こえない。たとえ守にそんな意図は無かったとしても、人間の耳は都合の良いようにできている。良い意味でも、悪い意味でも。

「フィディオくんたちはきっと、整理する時間が欲しいんだと思う」
「…あぁ」
「それまではさ、そっとしておいてあげよう。…放っておいてもらえる方が救われることだってきっとあるんだよ」

守はそれを聞いて黙って頷いた。決して私の言葉に納得したわけじゃないのだろうけど、それ以外にきっと最善策が見つからなかったのだろう。だから今はとりあえず距離を置いて、オルフェウスの選手たちが今日の試合を消化できるまで待つつもりなのに違いない。
そう思いながらも、私はそのオルフェウスを下したリトルギガントというチームに対して考えてみる。…優勝候補をいとも簡単に下した、今大会においてはダークホースと名高いチームだ。知名度が高くなかったこともあってあまり注目していなかったのだが、今日は帰ったら資料を読み直した方が良いかもしれない。そんな今後の予定について考えを巡らせていたその時、二人並んで歩いていた廊下に面した部屋から誰か二人が出てきた。一人は、あのお爺さんで、もう一人は…。

「リトルギガント…!?」
「…守、失礼だよ」

同じことを思わなかったわけではないのだが、さすがにその言い方は相手に失礼だ。そういう意味で嗜めるように肩を叩けば、しかし今度は同じドアの向こうから聞き覚えのある凛とした声が耳を刺した。…思わず、目を見開く。だってそこに居たのは、紛れも無く。

「どうしたんですか、監督…」
「な、夏未!?」
「夏未ちゃん!?」
「…円堂くん、薫さん…」

ついこの前、密かにイナズマジャパンから離れてしまっていた夏未ちゃんだった。何故こんなところに居るのだろうか。しかも今出てきた部屋はよく見れば選手の控室だ。…リトルギガントのものと思わしき控室から出てきたこと、そして今、このお爺さんを「監督」と呼んだこと。その二つが、私にある一つの可能性を囁いてくる。でも、そんなまさか。

「なんでお前、こんなところに?それに今、その人のこと監督って…」
「ええ、こちらはMr.荒矢。コトアール代表の監督よ」
「!」
「そしてここに居るのはキャプテンのロココ」
「……リトルギガントのゴールキーパー、だったよね」
「さすがね、薫さん。その通りよ」
「…」
「リトルギガント…私のチームよ」

…どうやら、嫌な予感が当たってしまったらしい。夏未ちゃんが他のチームに在籍しているだなんて。日本で最後に会った時には、「頑張ってね」と応援してくれた夏未ちゃん。…その時にはもう既に、彼女はイナズマジャパンから離れるつもりでいたのだろうか。

「…どういうことだよ」
「私、リトルギガントのチームオペレーターになったのよ。情報収集から相手戦術の分析まで何でもやるわ。このチームを世界一にするためにね」
「…まさか、オルフェウスのサッカーを分析したのって…」

夏未ちゃんは、ただ微笑むばかりで何も言わなかった。けれど、その表情はどんな言葉よりも明白な肯定の返事だったから。

「夏未、お前、このために…?」
「…お別れはしたはずよ」

…守の顔色が変わった。私には何の話か分からないけれど、この二人にはそんなやり取りがあったらしい。きっと時期的に私が熱を出して寝込んでいた、ヘブンズガーデンから帰ってきた次の日の話なのだろう。思えばあの日から夏未ちゃんはチームからも姿を消していたから。

「…行くぞ」
「はい。…決勝戦で待ってるわ」
「なんで…なんでなんだよ、夏未!!」

悲痛な声を上げる守とは違って、踵を返して振り返ることなく歩き出していく夏未ちゃんの背中を私は見つめることしかできなかった。…夏未ちゃんが遠くに行ってしまう。それでも、私は。…彼女を引き留めるための言葉をいくら探していても夏未ちゃん自身にそのつもりが無いのなら、どれだけ言葉を重ねたって無駄なのだということを、決して浅くはない付き合いの中でとっくに悟ってしまっていたからだった。





そのまま二人してトボトボと宿に帰れば、私たちを待っていたのは鬼瓦さんからの良い知らせと悪い知らせの両方だった。
悪い知らせの方は、ガルシルドを逃がしてしまったということ。どうやら逃亡手段を用意していたらしく、鉄骨を落とした隙を突いてまんまと逃げてきたらしい。…鉄骨と聞いて嫌な記憶が蘇る。
けれど良い知らせは本当に良い知らせだった。響木監督が峠を越えて一般病棟に移されたそうなのだ。まだ意識は戻っていなくても、それならいくらか安心できる。これからみんなでお見舞いに行こうという話になり、みんなしてバスに乗り込んで、そうしてたどり着いた先の病院で。

「な、夏未さん…!?どうしてこんなところに…」
「…まだ話してなかったのね、円堂くんたち」
「あ、あぁ…」
「…」

…言えるわけがない、そんなこと。だって言ってしまえば、夏未ちゃんが裏切り者のように言われてしまうことは目に見えていた。たとえそれが本当のことであれ、私は、私が大事に思っている友達をそんな風に思われたくない。だって夏未ちゃんのことだから、ちゃんと理由があるはずなのだ。…夏未ちゃんが敵になると分かっていながらコトアール代表のマネージャーになった、ちゃんとした理由が。

「こちらはMr.荒矢、コトアール代表リトルギガントの監督よ」
「この人が…」
「フィディオたちを倒したあのチームの…」
「でも、コトアールの監督さんと夏未さんが、どうして一緒に?」
「…私がリトルギガントのマネージャーだからよ」
「夏未さんが!?」
「どういうことっスか!?」

…先に知っていたとはいえ、もう一度聞かされるとなかなかくるものがある。こうして改めて敵同士だと突きつけられるのはやはり悲しいものだ。そしてそれが、ここまでどんな時も一緒に支え合ってきた夏未ちゃんが相手なら、なおさら。チームにも衝撃が走り、みんなが戸惑っているのがわかる中、しかしそんな雰囲気に水を差すようにしてお爺さんと夏未ちゃんを呼ぶ声が聞こえてきた。

「おーーーーい!!監督!!ナツミ!!」
「…リュー?リューじゃない」

向こうから走ってきたのは、リトルギガントのジャージを着た選手。夏未ちゃんからリューと呼ばれた彼は、ここまで一目散に走ってきたのか、たどり着いた瞬間に力が抜けたように膝をついてしまった。夏未ちゃんたちがそこに駆け寄っていく。

「ど、どうしたの?」
「何があった!?」
「大変なんです、コトアールエリアが…!」

…コトアールエリアが、何者かに襲われて壊滅状態に陥っているらしい。突然の事態に現場から中継しているらしいテレビの映像には、砂埃を舞わせながら崩れ落ちていく建物が目に見えた。…犯人と思わしき奴らの影も。その酷さに思わず口元を抑えてしまった。一体誰が、何の目的でこんなことを。
そんなことを考えていれば、背後でお爺さんがぽつりと口を開いたのが聞こえた。

「…どうやら奴は、本当にわしを怒らせたみたいだな」

けれど、その怒りに満ちた言葉が、何故か私の心をざわつかせて仕方なかった。あの時、私の身には何ら関係無いはずの、その言葉が、感情が。思わず「嫌だ」だなんて感じてしまったのは、いったい何故だったのだろうか。





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