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コトアールエリアの危機。そう聞いて、お人好しのきらいのあるみんなが黙っているわけはなく、バスに飛び乗ったかと思えばすぐさま私たちはコトアールエリアへと向かいだした。無言ながらに緊迫した車内で、私は守と目金くんの隣に座っているお爺さん…荒矢さんの方に目を向ける。…さっきあの人に感じたアレは、いったい何だったのだろうか。頭の中がぐちゃぐちゃになるような…何が変だ、私。荒矢さんと顔を合わせたあの日から、あの人に既視感のような何かを感じている気がする。私たちは初対面のはずで、そんなこと感じるのが可笑しいはずなのに。
「おい」
「!」
「…大丈夫か、顔が真っ青だぞ」
隣の席に居た豪炎寺くんが私の様子に気がついたのか、険しい顔で私の顔を覗き込んでいた。私はそれに対して咄嗟に取り繕うとして…けれどそれがどうしてもできなくて、黙って首を横に振る。大丈夫じゃないけど、大丈夫だと思わなきゃどうしようもないのだ。私自身もこれが何か分かっていないのだから。…豪炎寺くんはそんな私の心情を読み取ってくれたのか、黙って私の左手を握り締めてくれた。その温もりが、少しずつ私の頭を落ち着かせてくれたから、やっと私は呼吸の仕方を思い出せたような気がした。
「そろそろ、コトアールエリアだぞ!」
古株さんのその言葉にパッと顔を上げれば、そこには少し離れていても明らかに異変が起こっていると分かるコトアールエリアの様子が見えていた。その光景を見て、私もある種の覚悟を決める。…あの様子だと、絶対に無事では済んでいないはずだったから。
案の定、バスを降りてみれば街の様子は散々な状態になっていた。あちこちで建物が崩壊していて、瓦礫が転がっている。
「何だよこれ、めちゃくちゃじゃねぇか…!」
「ヒデェことしやがるぜ…!」
この状態を見て、リューと呼ばれていたあの男の子も呆然としている。荒矢さんや夏未ちゃんも同じだった。きっと、こんな風になるまでは素敵な街並みだったのだろう。伝統的な建物が無惨になってしまっている。…犯人は、いったい何のつもりでここに住んでいた人たちの日常を壊したのだろうか。
「…許せない…!みんな!壊してる奴らを止めるんだ!!」
守の言葉に、私たちは一斉に頷いて走り出す。どうやら住民の人たちはリトルギガントの選手たちが避難させたようだが、それでもまだ犯人たちは破壊活動をやめていないらしい。少し離れたところから地響きが聞こえ続けている。一応、避難し損ねている人が居ないかを確認しながら、マネージャーのみんなで犯人たちを探していると、少し近くで地響きが聞こえてきた。そちらに足を向ければ、そこにはあのロココと呼ばれていたゴールキーパーと守、その側には腰を抜かしている男の子が蹲っていた。どうやら、瓦礫か何かに潰されそうだったのを守が庇ったらしい。男の子を背負い直し、守と二人してこちらに駆け寄ってきたロココくんは…その時、私たちの後ろから歩み寄ってくる荒矢さんを目にして、嬉しそうに笑って、その名前を呼んだ。
「ダイスケ!」
………音が、止まったかと思った。何かを聞き間違えたのかと思った。けれど、少し高い声で紡がれたその言葉は確かに、私の耳に届いた四文字で間違いなかったし、それを聞いて荒矢さんは確かに反応した。…そんな、まさか。そんなことがあるわけがない。ダイスケなんて、そんな名前を持つ人間はいくらだっている。お祖父ちゃんだけのものじゃない。そんなこと、ちゃんと分かってるのに。当てはまりそうなパズルのピースが、目の前に落ちているのを知っていながら、私はそれを知らないふりで目を逸らし続けている。…当て嵌めてしまえば最後、信じたくない事実に気がついてしまうことを、恐れているから。
一人で密かにそんな葛藤を続けていれば、私たちの空気を割くようにして、緩慢な拍手が水を差してきた。そちらに目を向ければ、そこにはあのニュースの中継に映っていた犯人たちが勢揃いしている。
「さすがはイナズマジャパンのキーパー、円堂守。見事な反応です」
「でやがったな!!」
「何者だ!顔を見せろ!!」
その要求に対して、犯人たちは意外にも素直に応えた。いとも簡単に外された布の下…そこにあった顔は、確かガルシルドの隣に控えていた男と同じ顔をしていて。
「私たちは、ガルシルド様のために作られたサッカーチーム。チームガルシルド!」
「チームガルシルド…!?」
「___イナズマジャパンの諸君、君たちまで現れるとはな…」
「ガルシルド…!!」
砂埃の向こうから姿を表したのは、警察の手から逃れたガルシルドの姿だった。つまりこのコトアールを破壊していたのは、全てガルシルドの指示だったのだ。…けれどそれにしては、少しだけ疑問が出てくる。今ガルシルドは「君たちまで」という言葉を使った。それはつまり、私たちが現れることは想定外だったということ。このコトアールエリアを襲ったのは、別の目的があったということだ。
「やはりお前の仕業だったのか!」
「そんなこったろうと思ったぜ…!ンなことをする奴は他にいねぇからな…!!」
「…でも何故だ、何故コトアールの街を破壊する!?」
みんなも疑問だったのか、それを代表するようにして鬼道くんが上げたその問いかけに、こちらへ歩み寄ってきたガルシルドは答えた。
「…何故?知りたければその男に聞いてみるんだな」
「…この人に?」
「そうだ。コトアール代表リトルギガントの監督、Mr.荒矢。…いや」
…それ以上は、聞いちゃいけないような気がした。必死に目を背け続けたあのパズルの最後のピースを無理やり持たされて、残りの隙間に埋めさせられているかのような感覚に、眩暈がしそうだった。けれどそんな私の都合なんて知ったことじゃないガルシルドは、容赦無くその名前を口にした。…願わくば違って欲しいと、私の恥ずかしい勘違いであったと言って笑って欲しかった、その事実を。
「円堂大介にな」
…リトルギガントの監督、Mr.荒矢。この島に来て初めて出会った不思議な人。なのに初めて会った気がしなかった人。「似ている」と私を誰かと重ねるようにして見ていた人。…今の話が本当なら、何十年も昔に事故で死んだはずの私たちのお祖父ちゃんである、円堂大介だった?影山総帥さんに命を狙われて、死んだと言われていた。そのくせに、私たち宛に手紙なんて送ってきて、生存を仄めかしていたの?…あぁ。
(………いやだ)
知っていることがある。私にとってお祖父ちゃんは出会うことのなかったとっくに過去の人で、守にとってはサッカーの師匠でもあって、ノートという存在で私たちを何度も助けてくれた人だ。…それでもなお、覆せない事実だってあった。何度も何度も私が思い出すのは、お母さんの言葉。お母さんの涙。お母さんを悲しませ続けてきたこの人のことを、私は、私は心の底から。
(だいっきらいだ)
埋められるはずのない数十年の間に刻まれてきた私の感情を、持て余し続けてきた、そこに巣食うドロドロとした嫌悪と憎悪が。今にも口の端から溢れてこぼれてしまいそうな、そんな嘔吐感を堪えるように。
私は血が滲むほど唇を噛み締めて、血が繋がっているらしいあの人を、強く強く睨みつけた。
*
お祖父ちゃんは、四十年も前からガルシルドの悪事を暴こうとしていたらしい。響木監督が在籍していた雷門中イナズマイレブンが全国大会決勝に向かうその途中で、謎のバス事故に遭ったあの日から。けれどそのせいでお祖父ちゃんは命を狙われることになり、家族を守るという意味もあって死んだフリをすることを決めたのだとか。
「……ん」
…それを聞いても、私の心は無感動に凪いだままだった。薄情だろうか。実の祖父が四十年も誰かの為に戦っていたのだと聞いても、その裏で不幸になった人がいることを知っている分、認め難いからなのかもしれない。その勇敢さが無ければもっと不幸になっている人が居たかもしれないと言われても、それでもそれは、家族よりも大事だったのかと問いただしたくて仕方なかった。
「…ちゃん」
そしてそんな、さっきから酷いことしか考えられない私の身勝手さにも嫌気がさす。まるで子供の癇癪でも起こしているかのようだった。守はあんなにも普通に、お祖父ちゃんと接しているのに。
「薫ちゃん!」
「!」
「もう、どうしたのよ薫ちゃん」
「……ごめんね、ボーっとしてた」
秋ちゃんに肩を揺すられてハッとすれば、目の前には試合の準備をしているみんなの姿があった。…そうだ、今から私たちは、ガルシルドが率いるチームと戦うのだ。私たちを叩き潰すと宣言したガルシルドの企みを、サッカーを道具のように利用する奴の野望を、今度こそ潰えさせるために。慌てて繕うようにして笑えば、秋ちゃんは顰めっ面から一転して心配そうな顔になった。そうして、守と話しているお祖父ちゃんの方に視線を向ける。
「薫ちゃんは話さなくて良いの?お祖父さんと」
「…今、それどころじゃないと思うし、私が行っても迷惑になりそうだから、良いや」
「そんなこと…!」
「良いの。…気を使わなくても良いんだよ、秋ちゃん」
それに今、お祖父ちゃんと話したら何を口走るか分からない。こんな状況になっている以上、余計なことは何も言いたくなかった。そんな態度をしているからか、お祖父ちゃんも私に話しかけてくる様子はない。それに対してまた何となく憤りを感じてしまうのだから、私という人間はどこまでも自分勝手で仕方がなかった。
そして始まった試合。キックオフはイナズマジャパン。出だしは順調で上手くパスを回し、鬼道くんまでしっかり繋いでいくものの、その途中で鬼道くんについたマークの選手に少しだけ違和感を抱いた。…動きが、速すぎるのだ。うちの最速を誇る風丸くんでさえ、あんなスピードは出ない。そんな私の違和感を肯定するかのように、鬼道くんから豪炎寺くんに向けられたパスを、やはり速すぎるスピードで相手選手にカットされた。
「…また!」
こちらの陣地に攻め込んでくる選手に、風丸くんがボールを奪おうと立ちはだかったものの、またもや尋常じゃないスピードで駆け抜けた選手が風丸くんを置き去りにする。…これには既視感があった。だってついこの前目にしたばかりなのだ。ブラジル代表ザ・キングダム。ロニージョさんのプレーと、まるで同じような。
「油断するな!相手は強化人間プログラムを受けているぞ!!」
鬼道くんもそれに気がついたらしい。厳しい声でそう言い放った彼の言葉は、吹雪くんが咄嗟に放ったスノーエンジェルを難なく避けたことで証明されたようなものだった。…でもあれは、下手をすれば身体を消耗させる諸刃の剣だったはず。けれど私たちのそんな嫌な予感を嘲笑うようにして告げられた事実は、それよりももっと残酷で最低なものだった。
ロニージョさんや、私は知らないけどデモーニオさんという人はあくまで実験台。今、チームガルシルドが身に受けているそのプログラムは、その実験データを参考にして完成された本物のプログラムであるらしい。…そんなプログラムのために、ロニージョさんは酷い目にあったのか。
「…許せない、デモーニオやロニージョを、実験台に使うなんて」
「すべてはガルシルド様が支配する理想の世界を実現するため」
男が指を鳴らした瞬間、それがスイッチだったかのように相手選手たちの動きが変わった。尋常じゃないスピードやキレのあるプレーでイナズマジャパンのみんなは翻弄されていく。
そしてとうとう、抜き去られた先でフリーになった相手のフォワードが、強化人間として秘めていた強大なパワーで撃ち放ったシュートが、守の必殺技を貫いてゴールを揺らした。その圧倒的な力の差に、ベンチが思わず呆然とする。
「…勝負は後半だな」
「…?」
…その時だった。多分、その会話を私が耳で拾ってしまったのは、ある種のタチの悪い奇跡だったのかもしれない。私はその時、何も聞かないですぐに意識を逸らしてしまえばよかったのに、何故かこの耳はそんな私の心に従ってくれないまま、とても鮮明にお祖父ちゃんの言葉を拾ってしまった。
「しっかり選手の動きを見ているんだぞ」
「…はい!」
まるで指示を出すようなその言葉。目を向けずとも信頼に満ちた声。それに応える夏未ちゃんの返事。満足そうに頷いたその動作。その全てが、一つ一つ棘のように私の心を貫いていく。
痛くて、もどかしくて、苦しい。…酷く、不快な気持ちだった。何がだなんてそんなの、安直に言葉に表せたならきっと私はここまで苦しまなかった。言えないから、言葉にできないからこそ、私は。まるで地獄の底でもがくかのように、止まりそうな呼吸を必死で繰り返して、誰にも気づかれぬように強く強く手の甲を摘み上げた。
そうでもしなきゃ泣きそうだったのだと、そんなことを。他でもない私自身が認めなくなかったのだけれど。