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私はお祖父ちゃんのことが、どうしようもなく嫌いで、どうしようもなく好きだ。それは矛盾した答えかもしれないけれど、私が悩みに悩んでどこまでも苦しみ抜いて見つけた答えは結局それだけだった。許せそうにない過去も何もかも全部ひっくるめて、確かに私の胸の底にはお祖父ちゃんへの敬慕が渦巻いている。…それなら私はそれを、お祖父ちゃんが愛し抜いたサッカーを通じて伝えたいと思った。
あの後守にはそれを全部話した。私がお祖父ちゃんに対して良くない感情を抱いていたことに守は驚いていたけれど、最後にはそれを受け止めてくれた。軽蔑もせず、「それが薫の本当の気持ちだから」と笑ってくれて。

「…守はいいな、お祖父ちゃんを心から好きでいられて」
「…でも多分、それは薫のおかげでもあるんだと思う」
「私の…?」
「あぁ、俺が母ちゃんから何度も『サッカーは辞めろ』って言われても、その度に薫が庇ってくれたから、俺は今でもサッカーができてる。薫が居なきゃ俺はとっくにサッカーを辞めてて、その原因になったじいちゃんを恨んでたかもしれないから」

…そんなことはないと思った。守はきっと私が居なくたって自分の心に決めたことは最後までやり切っていたと思う。それに私はただ、無邪気にボールを追いかけ回していた守を見るのが好きだったのだ。大好きな兄が、片割れが、初恋の相手が。誰よりも輝いている様を、私は自分の目で見届けたかっただけだから。

「…でも、言い訳に聞こえるかもしれないけどね、私本当に、それでもお祖父ちゃんのこと尊敬してる気持ちもあるんだよ」
「うん」
「祖父としては赤点も良いとこだけど、守に、私にもサッカーの偉大さを教えてくれたことだけは、感謝してるの」
「俺もだ!」

もしもお祖父ちゃんが居なかったら、私たちはきっとサッカーというスポーツに思い入れなんて抱かないまま他の道を進んでいたのかもしれない。今の仲間たちにも出会うことなく、胸を焦がすような熱い気持ちも抱かないままで空虚な日々を過ごしていたのだろう。だから、そこだけは感謝しても良いと思っている。お祖父ちゃんのおかげで私たちはサッカーを通じてかけがえのないものをたくさん手に入れた。

「…だから、守」
「?」
「勝ってね、絶対絶対、お祖父ちゃんたちに勝ってね」
「!」
「そうしたら私は、守のことをお祖父ちゃんに自慢してやるの。これが私の大好きで自慢の兄の円堂守だって、言ってやるから」

お祖父ちゃんが他所で家族を放ったらかしにしていた間に、才能の塊を逃してしまったと後悔させてやるのだ。何せ、守に聞いた話だと日本に一度も帰らなかったのは、ガルシルドたちに追われていたのも勿論のことだけど、コトアールに愛着が湧いたからだというじゃないか。当然私は怒ったね。よその国を馬鹿にするわけじゃないけど、家族よりも価値があると思われたようで私は嫌だったから。

「……もしかして薫、怒ってる?」
「とーっても♡」
「お、おう…」
「いつかお母さんに向けて土下座させてやろうと思っちゃうくらいには」
「めっちゃ怒ってる…!!」

当たり前だ。お祖父ちゃんが死んだふりをしたことで一番傷ついたのはお母さんなのだから。私はお祖父ちゃんがちゃんと日本に帰ってきてお母さんに土下座し、お祖母ちゃんの墓前に手を合わせるまでは絶対許してやらないと決めている。それをしないままで和解なんて出来るわけがない。そう言ったら、守は引きつった顔をしながらも仕方なさそうに笑っていたので、私の気持ちが分からないわけではないのだろう。
…そして、守としっかり膝を突き合わせて話をしたところで、私はもう一人話をしなきゃいけない人がいる。別にそれは相手が悪いことは一切ない。あくまで謝りたいのは私の方だけ。私を心配してくれたあの優しさを、たとえ余裕が無かったといえど私は無惨に踏み躙ってしまったから。

「豪炎寺くん!」
「…どうし、」

だけどそれを面と向かって言うのは何か気恥ずかしい。もしも豪炎寺くんが気にしてなかったら私の一方的な空回りな気もするし。だから私は、豪炎寺くんが一人になったのを良いことに素早く駆け寄って名前を呼ぶと、振り返った瞬間その頬に唇を押しつけた。

「…?……??」
「ごめんね、心配してくれてありがとう。じゃあまたね!」
「………いや、待て」
「待たない!」

待つわけがないのに決まっている。私は豪炎寺くんが固まっていることを良いことに脱兎の如く逃げ出した。気分は通り魔である。実は私も今、結構恥ずかしいのを我慢しているので、どうか今だけは逃げるのを許して欲しい。心臓が持たない。思えばこんなことをするのはアルゼンチン戦のあった夜からたったの二度目だし、私はただほっぺに押しつけただけなのにまだまだこんなにも慣れない。

「…あれ、どうしたんですか薫さん。顔が真っ赤ですよ」
「な、んでもないよ、立向居くん。今ちょっと走ってたから」
「ロードワークですか?」
「そんなとこ…」

途中で立向居くんに会ってしまったが、彼の純粋無垢さに救われた。嘘をついてしまったのが心苦しいが、先輩の恋愛事情なんか知ったって気まずいだけだろうし、今はこれで誤魔化しておこう。





そんな次の日私たちイナズマジャパンの元にとある珍しいお客様が訪れてきた。ロードワークに行っていた鬼道くんと佐久間くんから呼ばれて慌ててグラウンドに駆けつければ、そこには何とオルフェウスの選手たちが勢揃い。いったい何がどうしたのだ、と目を白黒させていれば、彼らの目的は「リトルギガント戦に向けたイナズマジャパンへの恩返し」だという。
前に影山総帥さんが率いるチームKとやらにイタリア代表の座を奪われかけたとき、助っ人に入った守たちがそれを阻止してくれたらしい。

「もしかして、アルゼンチン戦の時の」
「…その節は本当にすまなかった……」
「良いよ、多分、私も鬼道くんと同じ立場ならそうしただろうしね」

それに、そのおかげでオルフェウスとああして良い試合ができたようなものだ。むしろ鬼道くんたちはイナズマジャパンのために貢献したと言っても過言じゃない。そう言ったら、鬼道くんと佐久間くんはお互いに顔を見合わせて、それから嬉しそうに小さく笑っていた。

「リトルギガントは、後半の動きがまるで違っていた。無駄のない動きと恐るべきスピード、まるで相手の人数が倍になったようだったぜ」

そして、守がフィディオくんを連れて帰ってきたことで始まった、リトルギガントについての解析と説明。オルフェウスの人たちは、自分たちの身を持って経験した試合の様子を、試合映像を使って詳しく語ってくれた。話だけ聞くと太刀打ちなんてとうてい敵わないような気がする。人数が倍になっているかのようなんて、それだけ凄まじい実力だということだ。

「どこにパスしても奪われ、どんなに守っても突破されたよ。…カテナチオカウンターでさえもね」

…あの、カテナチオカウンターが。私たちを最後まで苦しめたあの必殺タクティクスが、リトルギガントには通用しなかったのだ。それだけリトルギガントが突破力に優れていたというのに違いない。内心また一段と脅威度が上がってしまったけれど、試合本番でそれを知るより今知れて良かったと心から思う。

「奴らに勝つには、あのスピードとパワーを封じることが必要だ!」
「俺たちは全力で、リトルギガントの戦い方を伝える。今日は決勝戦本番のつもりでぶつかってきてくれ!」
「よし、みんな、やるぞ!!」

そうして始まったミニゲーム。十五分ハーフという普通の試合よりも遥かに短い時間で設定されたこの試合は、恐らくオルフェウスの選手たちの体力消耗を危惧してのことだろう。それだけ本気でリトルギガントの選手たちの動きを再現しようとしてくれている。…それなら私たちだって、それに応えるプレーをしなくては。
そんな試合はいつも先発の鬼道くんがベンチで今日は不動くんが司令塔としてピッチに立つらしい。みんなはそれに対して不思議そうな顔をしたけれど、監督の考えだときっと、鬼道くんにはベンチで試合の観察をしてもらいたいのだろう。試合本番で先発になるのは鬼道くんだ。最初から試合の流れを渡さないためにも、流れを掴ませておく必要があるからね。

「!?あのフォーメーションは…!?」

オルフェウスがこちらに向けて取ってきたフォーメーションは、何と全員がフォワードの位置に上がるというとんでもないものだった。正しく人数が倍になったようなその様子に、ベンチのみんなまでもが驚愕に表情を歪める。けれどそれはフィディオくんにゴールを決められ、次はイナズマジャパンの攻撃に切り替わった時も同じだった。今度は全員がディフェンスに。フィディオくんまでもがディフェンスに下がるという形になっていたのだ。…なるほど、人数が倍になったようなという比喩表現を物理的に表してきたらしい。そのおかげで、イナズマジャパンの攻撃は少しも通らず、ディフェンスさえままならない。こんな一方的過ぎる攻撃を…しかしオルフェウスは今よりも少ない人数相手に受けたのに違いなかった。

「攻撃も守備も、常にこっちより人数が多い」
「あれがリトルギガントの強さなのか…」
「…実際の倍の選手と戦っているような、圧倒的運動量を持ったチームということだろう」
「そんな相手とどう戦えっていうんですか」
「イタリアから八点も取った上に無失点なんて完全無欠っスよ…」
「完全なチームなんて無いわ」

オルフェウスを通じてまざまざと実感させられたリトルギガントの強さに対して弱気になっているみんなに向けて、夏未ちゃんが真剣な声で口を開いた。

「夏未」
「大介さんは言ってた。どんなチームにも必ず自分たちには見えない穴が生まれると」
「…祖父ちゃんが?」

…そうだ、そもそもイナズマジャパンは完成されたチームじゃない。他のチームのように決まった攻撃やフォーメーションなんて無く、いつでも状況に応じてトリッキーに対応していく未完成さが、ここまでイナズマジャパンを押し上げてきた。だからその分、咄嗟の対応力はどこのチームよりも高い自信がある。リトルギガントの穴…それさえ見つければ、みんなならそれを攻略の鍵にできると私は信じているから。

「虎丸、土方、吹雪、そして鬼道。後半はお前たちで行く」

そして後半が始まった。不動くんはそのままで司令塔に鬼道くん加えた二人体制。鬼道くんは何か掴めただろうか…と内心固唾を飲んで見守っていれば、ふと鬼道くんが蹴り損ねたボールが相手選手たちの頭上を超えて遠くに転がっていく。…ガラ空きの、スペースに。
私はそれにハッと気がついて思わず久遠監督の方を向けば、監督も小さく頷き返してくれた。…なるほど、そういう突破方法があったのか。そしてそれは鬼道くんも気がついたことらしく、不動くんに指示を出すことでディフェンスを突破。皇帝ペンギン三号からの、豪炎寺くんの爆熱スクリューで見事ゴールを決めていた。これで、攻撃やディフェンスの突破口の糸口は見つかったと言っても良い。…けれど問題は。

「…これだけやっても、駄目なのか…!!」

未だに新しい必殺技を形にすることができていない守だった。なかなかコツが掴めないらしく、フィディオくんのオーディンソード改を相手に何度も吹き飛ばされている。掛け声から見つけた新しいその技を、果たして守は自分のものにできるのだろうか。しかしそんな悔しげな守に対して、フィディオくんが熱い激励を送ってくれた。守ならできると、今まで自分の力で乗り越えてきた守なら大丈夫だと言ってくれた。…そうやって、守の力を信じてくれる人が居るということが私はとても嬉しかった。

「…守なら、大丈夫だよ」
「…薫ちゃん…」
「守はこれまで、何度も何度も、挫けないで頑張ってきた。だからあとは、自分の力を信じて突き進めば良いの」

努力が報われるとは限らないけれど、少なくとも守の血の滲むような努力は守を裏切らなかった。それならあとは、守が自分自身を信じるだけなのだ。私たちはその背中を押して後押しする。…それだけのこと。
そして、そんな私たちの願いや希望が届いたかのように、次に守が挑戦した新必殺技は、今までよりもずっと鮮明になってフィディオくんのシュートに食らいついた。結局は止められなかったけれど、その一瞬の奇跡が守に新しい一歩を与えてくれるだろうから。

「…見えた……やっと見えたぞ!新しい必殺技の姿が!」
「…やったな」
「あぁ!」

それを聞いて、嬉しそうな笑みで守と握手を交わすフィディオくんに、私の表情も思わず綻んだ。…もう大丈夫。あとは、守がどこまでその新必殺技を形にできるかどうかだ。
試合が行われるその日はもう近い。色んな人の願いや期待を背負って、私はお祖父ちゃんに向けたこの感情を晴らすためにも。決勝戦を、絶対に勝ち抜かなければならないのだ。





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