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その日の夜、日本に残っている半田くんたちから中継でビデオメッセージが届いた。半田くんたちを知らない人たちからは、不思議そうな顔をされたものの、雷門中の仲間だと言えば「良かったね」と笑われてしまった。いや本当に嬉しい。思えば最近はこっちもあっちもバタバタしていたから、やり取りはメールくらいで完結していたけれど…果たして、みんな元気でいるだろうか。

「それじゃ、繋げまーす!」

春奈ちゃんがセットしてくれたビデオは、どうせならとみんなで見ることになった。いつものミーティングルームに集まり、再生されたビデオに映ったそこには、変わらぬ雷門中の仲間たちが…と思ったのだが。

[おーいイナズマジャパンのみんな、こんにちは!見てくれ、みんな雷門中サッカー部なんだ!]
「これみんな…?」

何と、その後ろには簡単には数え切れないほどの人数がズラリと並んでいたのだ。なんでも半田くん曰く、アジア予選の頃から入部人数がどんどん増えていて、今では学年問わず部員が毎日のように増えているらしい。雷門中から選ばれたみんなは、それに対してとてもびっくりしている。私も勿論、空いた口が塞がらないというやつだ。

「キャプテン!信じられないっス!こんなに部員が増えてるなんて!!」
「…すごい…!!」

…四月のあの頃、人数が足りなくて試合ができていなかったのが嘘のようだ。けれどそれだけ守たちイナズマジャパンのサッカーが、いろんな人に感動を与えているのだということがよく分かる。この人たちもまた、みんなのサッカーに憧れてサッカーをしたいと志してくれた同志だ。…帰ってからの事務処理やら部員把握やらが忙しくなりそうだというのはとりあえず置いておくとして。

[キャプテン!凄いニュースがあるんです!]
[ズバリ、これです!!]

凄いニュース?これ以上に?とみんなして首を傾げたものの、次の瞬間に映し出された建物を見て、私たちは一斉に言葉を失うことになる。

[復活!雷門中サッカー部部室!]
[理事長がサッカー部のモニュメントとして建て直してくれたんです!]
[継ぎ接ぎでヤンスけど、前の時のをほとんど使ってるでヤンスよ!]

…思い出すのは、フットボールフロンティア決勝戦後、エイリア学園のレーゼと名乗っていた緑川くんたちと戦った日のことだ。あの時の私には力が無くて、みんなの帰る場所を守り切ることができなかった。それがこうしてあの頃と同じ形で蘇っている。まるで奇跡のような光景に、私は思わず涙ぐんでしまった。

「…ありがとうございます、理事長!」

雷門中メンバーみんなで一斉に立ち上がり、理事長に向けて頭を下げる。こんなの、とんでもないサプライズだ。私たちにとっては始まりの場所で、たくさんの思い出があるあの部室をもう一度目にすることができるだなんて。
向こうから聞こえてくるエールに、私たちはお互いに顔を見合わせ、一緒になって拳を突き上げた。…絶対勝とう。勝って、みんなの期待に応えるのだ。私たちを信じて応援してくれている仲間たちのために。

「…今日のエール、嬉しかったね、守」
「あぁ、半田たちもみんな、俺たちのこと応援してくれてるんだ」

その日の夜、私たちは物置になっている空き部屋の中、二人でひっそりと今日のことを話していた。他のみんなは、あのエールに刺激されたらしく夜の自主練に励んでいる。私たちも、物置からサッカー部の看板を回収してから行くつもりだったんだけど、それを眺めているうちにいろんなことを思い出したのだ。…去年の一年間のことや、そもそも中学に入るまでのことも。

「やっぱりここに居たか」
「あぁ、豪炎寺」
「お前も居たんだな」
「うん、思い出話してたの」

すると後ろから、豪炎寺くんが部屋に入ってきた。どうやら守と話したかったらしく、私が席を外そうかと尋ねるとそれは良いと断られてしまった。どうせなら三人で話したいとのことらしい。それなら私も遠慮しないでここに居座らせてもらおうと思う。

「…サッカー部、良かったな」
「うん」
「あんなに応援してもらえるなんて、今でも夢みたい」
「だよなぁ、サッカー部員があんなにいっぱい居るのも、俺にはまだ夢みたいだよ」
「…初めは七人で始まったんだよな」
「そう、でも最初は俺だけ」

そう、最初の内は染岡くんと半田くんが入部するまでは、部員は守一人だったのだ。私と秋ちゃんはマネージャーだったし、私が何とか守の練習相手になれていたから良かったけど、それが無ければ私たちは練習さえも苦労していただろう。サッカーは一人じゃできないスポーツだから。

「サッカー始めた時も一人だったな」
「…薫が居たんじゃないのか?」
「そう思うだろ?でもな、薫も最初は母さんみたいに猛反対してきたんだぜ」

…思い出すのは小さい頃の大晦日の日。大掃除をしていた時、守が倉庫からサッカーボールやお祖父ちゃんのノートを見つけたあの瞬間から全ては始まった。確かあの時、私は守と一緒に重たい本の山を抱えて歩いていたのだ。

『守!薫!それ置いたらこっち手伝って!』
『はぁい!』

けれど小さい子供がそんな重たい荷物をちゃんと運べるわけがなくて、倉庫に放り込もうとした瞬間に守が勢い余って荷物ごと倉庫に突っ込んで行ってしまったのだ。あの時はとても驚いた。守が死んじゃうんじゃないかと真剣に思って、必死でダンボールの山を跳ね除けて。でも、けろりとした顔で守は出てきたから、思わず安堵してしまったものだ。…そしてその時、きっとお母さんが奥深くに仕舞い込んでいたであろうお祖父ちゃんの荷物が転がり落ちてきた。

『…さっかーぼーるだ…』
『ぼろぼろだねぇ』

ノートもグローブも。何もかもお祖父ちゃんのものは全てそこに仕舞い込まれていたらしい。私がいろいろと興味深く見ていた間に、守は何気なくお祖父ちゃんのノートを開いて…その瞬間に、サッカーというスポーツに魅入ってしまったのだと思う。気がつけば、守はもうサッカーの虜だった。私が見ていなかった一瞬のうちに守が取られてしまった。…そう思ったのだ。

「…あの頃はね、お母さんが守がサッカーするの見てよく思ってないのが分かってたし、二人が喧嘩するのを見たくなくて反対したの。遊んでくれなくなって寂しかったっていうのもあるけどね」
「そうなのか…」
「…でも、守が本気でサッカーしてることが分かったとき、私はもう何も言わなかった。置いていかれたくなかったら、私が追いかければ良いんだって気づいたの」

ギャン泣きしてまでサッカーをするのだと譲らなかった守にお母さんは折れた。お父さんに説得されたのもあると思う。けれど私はそれを見て焦った。だってこのままじゃ、サッカーに守が盗られてしまうと本気で思って…それなら私もサッカーをすれば良いと考えたのだ。そうすれば、私はいつまでも守の隣に立っていられる。守は私を見ていてくれる。そんな打算的な考えで始めたサッカーだったけれど、いつの間にかそんな目論見を置き去りにして、サッカーは私の一部になってしまっていた。ある意味それは、私にとっては誤算だったのかもしれないね。

「円堂が初めてボールを蹴った日か」
「朝から晩までずーーっと蹴ってるし、部屋の中でもサッカーして物壊して怒られたりね」
「そ、それを言うなよ…」

そして中学に入ったら守は絶対にサッカー部に入るんだって決めてて、けれど私は中学からは女の子は男の子とプレーできないんだと知っていたから、守には「マネージャーをやる」と誤魔化してサッカーを辞めた。…あの頃の私にとって、サッカーはまだ守と繋がっているための手段に過ぎなかったから。
けれどその肝心のサッカー部はそもそも無かった。…昔はあったけど、当時はもう既に無くなっていたらしい。けれど守は諦め切れず、その時ちょうど秋ちゃんという新たな味方が現れたことで無理やりサッカー部を設立したのだ。つまり雷門中サッカー部は、その三人で始まりの一歩を踏み出したというわけである。物置に成り果てていた部室を三人で根気強く片付けたんだっけ。

『よーし!雷門中サッカー部!』
『始動!!』

最後に看板をかけて、ハイタッチしながらスタートラインを切った。それからすぐに、染岡くんや半田くんが入部してきて、それでもそれ以上はメンバーも増えないまま、部員は三人で一年が過ぎた。けれど二年生になった春、壁山くんたち一年生が四人も入ってきてくれたのだ!あの時の感動は今でも忘れられない。人数が増えれば賑やかになる。賑やかになれば、それを聞きつけてまた人が集まる。…でもまあ、それでもやっぱり練習も満足にはできなかったから、一時期はみんな腐っちゃったんだけど。

「それでもみんな辞めなかった。だから今があるんだ」
「…お前がサッカーをやってたから、みんな集まってきた。俺も同じだ。お前が居なかったら二度とボールを蹴ることは無かった」
「…そうだね。私も、守が居たからこうしてここに居るんだよ」

守が居てくれたから、今の雷門中サッカー部があって今のイナズマジャパンがある。私はそう思っている。誰もが守のサッカーへの直向きで熱い心に惹かれて、同じようにサッカーをやりたいと思ってしまうのだ。そしてそれはきっと、誰のものでもない守の才能でもあるんだと思う。

「……結局、みんなサッカーが好きってことだろ」
「ふふ、そうだね」

確かに、やっぱり最後に結局はそこに行くつくんだろうな。サッカーが好きで仕方ないからみんなここに居る。どんな過去があっても、思いがあっても。私たちがサッカーを好きでいる心だけは誰にも覆せない。…そう思うのだ。





「…自分を見つめ直す、か」

そしてとうとう、試合前日の夜になった。今日の練習は最後の仕上げ。無理をせず、けれど自分の力を最大限に引き出すための練習。これまでの試合の中で成長してきた選手たちの気持ちも、これまで以上に引き締まっていたように思える。そしてその中でも、私はみんなの中で話題になったお祖父ちゃんの言葉について考えていた。全部で十一もあるその言葉は、私たちが自分自身を見つめ直して新たな気持ちで試合に挑むための大切な言葉。…きっと私が選ぶとすれば、本当は士郎くんに取られてしまっているけれど、七つ目のことばである「人の過ちを許す強さ、ユルスツヨサ」なんだと思う。…お祖父ちゃんのことを飲み込み切れない私は果たして、明日の試合で変われるのだろうか。お祖父ちゃんのことを許して、ちゃんと自分の気持ちを伝えられるのだろうか。

「…ここに居たのか、薫」
「…豪炎寺くん」

グラウンドの金網前でぼんやりとしていれば、後ろから声をかけられた。そこには豪炎寺くんがいて、どうやら私を探していたらしい。探させるなんて申し訳ないことをしたと思っていれば、豪炎寺くんは静かに首を横に振った。

「…いよいよ、明日だな」
「うん。泣いても笑っても、試合は明日で最後なんだね。緊張してる?」
「いや、むしろ眠れないくらいだ」
「そっか、私もだよ」

どうなるか分からない明日の試合。もちろん私はみんなの勝利を固く信じているけれど、やはり相手は同じく決勝まで勝ち上がってきた強敵なのだ。簡単に勝てるような相手じゃないのは分かっている。

「だけど、大丈夫。日本のゴールには守が居るし、エースストライカー豪炎寺修也がいるんだから」
「…期待されてるな」
「勿論。…ずっと助けられてきたんだもん、期待だってしちゃうよ」

何度も何度も、ピンチを救い上げてくれた豪炎寺くんはきっと、明日の試合でだって私たちを助けてくれる。期待をかけすぎだと言われてもそう思ってしまうのだ。そう言って笑えば、豪炎寺くんはまるで何か眩しいものでも見つめるかのようにして目を細めた。そしてやがて一瞬だけ視線を彷徨わせて、私を真っ直ぐに見つめる。…その目がとても真剣だったから、私は思わず息を呑んでしまった。

「…前に、何でも俺の願いを聞くって言ったこと、覚えてるか」
「…うん」

木暮くんの掘った落とし穴を埋めた時のやつだね。ちゃんと覚えてるよ。自分でやるつもりだったのに結局豪炎寺くんに助けてもらっちゃったから、その代わりに豪炎寺くんからのお願いを何でも聞くという例の約束だ。もしかしてそれがようやく決まったのだろうか。

「…改めて、ちゃんと言おうと思ってな」

少しだけワクワクしながら、豪炎寺くんの言葉を待つ。すると豪炎寺くんは、手持ち無沙汰だった私の左手を取って優しく握り込む。まるで壊れ物を扱うかのようなその仕草が、やけに愛おしげな目をしていたこともあって、私は思わず息が詰まった。そうして、何やら覚悟が決まったらしい豪炎寺くんは口を開いて。


「…この大会が終わったら、俺と、付き合ってくれないか」


…一瞬、時が止まったかと思った。夢を見てるんじゃないかと思った。私と豪炎寺くんが、付き合ってはいなくてもいわゆる両思いだということはちゃんと分かってるし、この中途半端な関係性もFFIが終わるまでだと理解していたけれど。まさかこんなにはっきりと言われるだなんて思ってもいなかったのだ。しかもそれが、「絶対に私が叶えなくちゃいけない」という制約付きだ。…それだけ豪炎寺くんが私を望んでいてくれるのだと言うことが分かる。もう、やだ、そんなの聞いたら、頭が沸騰して死んじゃいそうになるよ。

「…そんなの、お願いごとに入らないよ」
「俺には重要な問題なんだ」

思わず抱きつけば、豪炎寺くんも同じように抱き締め返してくれた。まるで私を逃がすまいとしてしっかり閉じ込められた腕の中、その強さがとても嬉しくて、幸せで、どうしようもなく泣きたくなってしまう。

「…薫」

腕の力を緩められて、名前を呼ばれたから顔を上げれば、頬を撫でるようにして手のひらをそっと添えられた。近距離にあった豪炎寺くんの顔に驚いて思わず後ずさればそこは金網で、豪炎寺くんは囲い込むように私の顔の横へ手をついた。狼狽えていればもう一度名前を呼ばれる。恐る恐る意を決して目を向ければ、ほとんど鼻先がぶつかりそうなくらいの距離に豪炎寺くんがいて。自分が今から何をされるのか、その先を何となく想像してしまい、私は息を呑みながら目を瞑って。

「…へ」
「…この前の、お返しだ」

…頬に、柔らかな感触と微かなリップ音を聞いて目を見開いた。そこにはしたり顔の豪炎寺くん。この前のお返しというのは、もしや私が通り魔的に豪炎寺くんへかましたアレのことだろうか。アレは別に豪炎寺くんへのお詫びであってお返しを望んでいたわけじゃないのだが…それはさておき。私は思わず腰が抜けて、その場にへたり込んでしまった。

「…するのかと、思ったぁ…」
「…まだ付き合ってないからな」

…今きっと私の顔は熟れた林檎のように真っ赤な自信がある。同じように蹲み込んだ豪炎寺くんが楽しそうな顔で目を細めているのだ。鏡を見なくたってはっきり分かってしまう。でもそんな豪炎寺くんも私に負けず真っ赤なのだから、今のは結構彼なりに勇気を振るった行動だったのだろう。そしてそれが全部、私だけに向けられるものだというのだから、やっぱり私は幸せ者に違いないのだ。





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