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天気良し!選手良し!準備良し!観客良し!グラウンド良し!憎っくきお祖父ちゃんも良し!

「絶好の爺孫喧嘩日和!!」
「物騒な話をするんじゃない」

とは言っても、喧嘩のつもりなのは私だけで、きっとお祖父ちゃんはちっとも気にしていないのだろうけど。風丸くんに小突かれた後頭部を押さえつつもチラリとリトルギガントの方に目を向ければ、お祖父ちゃんは選手たちと話をしているようだった。…真剣なその様子は、サッカーに向き合う守と少しだけにているような気がする。まあ私は本人曰くお祖母ちゃん似だそうなので、お祖父ちゃんに似てることなんて無いのだろうけど。

「……試合前にいったい何を落ち込んでるんだアイツは…」
「気にするな鬼道、アイツは自分で自分の地雷を踏んで自滅してるだけだ」

やかましい佐久間くん。落ち込んだって良いじゃないか。私はお祖父ちゃんに関しては殊更精神的に不安定になりやすいんだぞ。丁重に扱ってほしいところだ。それに、お祖父ちゃんに似たって別に嬉しいわけじゃないし。美人と評判だったお祖母ちゃんに似てると言われた方が嬉しいに決まってるし。
そんな言い訳じみた弁解をぶつぶつと小さく呟いていれば、向こうのベンチからガシャガシャと何かを落とすような音が聞こえてきた。不思議に思ってそちらに目を向ければ、そこにはお腹に巻いていたらしい何かを取り外す選手が居て。そしてどうやらそれは、リトルギガントが試合中にも巻いていた重しであるらしい。

「にじゅっきろ…?」
「す、凄いですね…!」

力仕事が苦手なわけじゃないけれど、そんなの私がつけたら一歩も動けない自信はある。それを着けてなおかつ必殺技を使わないまま勝ち上がってきたというリトルギガント。…末恐ろしいチームだ。けれど未知数的な恐ろしさはイナズマジャパンだって負けてはいない。今にリトルギガントの選手たちをぎゃふんと言わせてくれるのに違いないのだ。
そんな意気込みを抱きつつ始まった、フットボールフロンティアインターナショナル決勝戦。キックオフはイナズマジャパン。さっそくフォワード陣が飛び出していく。ボールを持って上がっていくのは染岡くんだ。このまま上手く上がっていければ、攻撃のチャンスも生まれてくるはず。…しかしそう思った瞬間、ボールは相手選手にスライディングで奪われてしまった。

「速い…!」
「今、動きが見えませんでしたよ!?」

オルフェウスの選手たちが言っていた通り、尋常じゃないスピードだった。…けれど、どうやらついて行けない速さではなかったらしい。すぐさま対応して見せた鬼道くんが見事にパス途中のボールを奪って上がっていく。そしてボールは佐久間くんを経由して豪炎寺くんへ。この試合で最初にシュートチャンスを得たのはイナズマジャパンだった。

「真・爆熱スクリュー!!」

炎を纏った豪炎寺くん渾身のシュートがゴールに向けて飛んでいく。今までよりも格段に気合の入ったシュートは、パワーもスピードも段違いだ。これならきっと決まる。…しかし、そんな期待を他所に、凄まじいシュートを目の前にしているはずのロココくんは不敵に笑ってみせた。…笑った?…嫌な予感が、する。

「使うよ、ダイスケ……ゴッドハンド、X!!」

繰り出された必殺技は、豪炎寺くんのシュートを難なく止めてみせた。…あれが、ロココくんのゴッドハンド。お祖父ちゃんが彼に教えた必殺技なのだろうか。両手で気を溜めて、それを片手に集約することで、そのキャッチ力は守のゴッドハンドよりも高い。…正直言って厄介な必殺技だった。
しかしそんな動揺する私たちを他所に、ロココくんは小さく笑ったかと思うと、無造作にボールを落とし、地面に着く直前に思い切りボールをこちらへ蹴り飛ばす。まるで弾丸のような勢いで放たれたそれは、選手たちの間を縫うように飛んで、守の居る日本ゴールまでたどり着いた。…棒立ちだったとはいえ、キャッチした守が思わず後退りしてしまうほどの威力。そこから彼の居るところまで、どれだけの距離があると思っているんだ。

「…ゴールからダイレクトだと?」
「なんてキック力だ…!!」

明らかにこれは、ロココくんからイナズマジャパンへの挑戦状だった。それを悟ったらしい守は、気を引き締め直すようにグッと眉を寄せると鬼道くんにボールを投げ渡す。受け取った鬼道くんは当然、攻撃のためにフォワードへボールを回そうとするものの、リトルギガントのマークが思ったよりもキツかった。そこに久遠監督から「空だ!」という指示が飛ぶ。…つまり、あのタクティクスを使えということだ。

「必殺タクティクス…ルート・オブ・スカイ!」

あの韓国戦で身につけたイナズマジャパンの必殺タクティクス。地面での攻撃が駄目なら、空中でボールを回して攻撃のチャンスを掴むしかない。そしてそれが功を成したのか、さすがにリトルギガントも空中のパスにまでは届かないようだ。…けど、そんな私たちの高揚をまるで裏切るようにして、高く跳躍した選手が豪炎寺くんへのパスを高い空中でカットしてみせた。…ルート・オブ・スカイが、破られたのだ。
何とかこぼれ球は鬼道くんが拾ったものの、これ以上の解決策が見つからないイナズマジャパンは再びルート・オブ・スカイでボールを回し始める。しかしそう同じことはさせまいと、リトルギガントが取った行動は…日本と同じく必殺タクティクスでの攻撃だった。

「必殺タクティクス…サークルプレードライブ!」

選手たちは鬼道くんの周りをぐるりと囲い、勢いよく周囲を走り出した。それによって突破不可能な壁が生まれ、勢いに押された鬼道くんはそのまま後退し、気がつけばゴールエリアにまで押し戻されていた。そしてそこに一斉に飛びかかる選手たち。さすがの鬼道くんといえども、この数の選手を捌き切るのは到底不可能だった。
呆気なく奪われたボールはリトルギガントのエースストライカーに渡り、至近距離でのシュートチャンス。守も未完成ながら新必殺技で対抗するものの、その圧倒的なパワーに押され切ってしまい、先取点を許してしまったのだった。





しかしそこでイナズマジャパンが簡単に諦めるわけがない。執念じみたパス回しとボールカットで何度も攻撃に繋いでいく。でもそれも全てロココくんの前には何ひとつ通用しなかった。三度のシュートチャンスをことごとく破られたイナズマジャパン。…今度はリトルギガントの攻撃だった。スピードも、パス回しですらも圧倒され、イナズマジャパンは猛攻を防ぐので精一杯。何とか周りのフォローもあってシュートを防ぐものの、その途中で染岡くんが身を呈したブロックをしたことで動けなくなってしまったのだ。

「染岡くん!」
「クソ…悪りぃな、こんなところで…」
「ううん、染岡くんのおかげでゴールは割られなかった。…ナイスプレーだよ、ありがとう」

そんな染岡くんと交代したのは虎丸くん。ベンチの中では染岡くんのパワーを補えるのは彼だけだという監督の判断だろう。…そして監督は虎丸くんを通じてフィールドのみんなへ指示を出した。それは、とても大変なことかもしれない。消耗だって激しいだろう。けれどここで追加点を許してしまえば何もかもが終わりだ。今はここを耐え切ることだけを考えて。

[なんとイナズマジャパン!全員がゴール前に集結!!]

選手全員がゴール前で身を張ってシュートを防ぐ。側から見れば無謀だろう。けれど今はそうするしかない。守の新必殺技…ゴッドキャッチが完成して、守がボールをキープできるようになるまでは耐え抜くのだ。

「…思い切った采配に出たな、久遠」
「…私はずっと考えてきました。イナズマジャパンの強さとは何なのかを。何故世界の強豪チームを相手に互角に戦い、そして破ってくることができたのか」
「お前が課した特訓の成果ではないのか」
「いえ、それはきっかけに過ぎません」

久遠監督曰く、みんながここまで勝ち上がってきたのは選手自身が相手に必死で食らいつき、想像を遥かに超える進化をしてきたから。そしてその中心に居たのはいつも守だった。守が居るから、後ろでいつも守ってくれるから、選手たちは心から安心して戦える。イナズマジャパンは、守を中心にした円のようなものだと、久遠監督は言った。その円がある限り選手たちは限界が来ても崩れない。必ずチャンスは来ると信じて戦い続けるのだと。
これは、一人一人が百点の実力を持つリトルギガントと、百パーセントの力を引き出す守が率いるイナズマジャパンとの戦い。…けれどそのことを選手たちは忘れている。だから監督は、それを守に思い出させることでみんなの目を覚まさせようとしているのだ。

「円堂!」

久遠監督が自らの腕を掴む。守の腕に嵌っているキャプテンマークを示すように。守が果たすべきキャプテンの役割を思い出させるように。…そうだ、守は何故自分がそこにいるのか思い出さなきゃいけない。守は決して、今のようにみんなに守られるためにそこへ立っている訳じゃないのだ。
守の役割はみんなのためにイナズマジャパンのゴールを守ること。選手たちの背中を守ることだから。

「…大丈夫、守なら」

守は、みんなの期待を裏切らない。迷わず自信を持って進めばそれは絶対に叶えられる。私はそう信じている。…だから守がとうとう新必殺技であるゴッドキャッチを完成させた時も、私は驚かなかった。守なら絶対にできると信じていたから。
そしてここからはとうとうイナズマジャパンの反撃だ。相手は満身創痍のイナズマジャパンを舐め切っている。…ならその頭に教えてやれば良い。人をそう簡単に舐めたら痛い目を見るのだということを、その身を持って教えてやれ。

「全員で守った。だから今度は、全員で攻めよう」
「…全員で止めたボールを」
「今度は全員でゴールへ!」
「みんな、反撃だ!」

威勢のいい声が守の鼓舞に応えた。一斉に走り出したイナズマジャパンのみんなが、次々に前線へと駆け上がっていく。ギリギリで交わしながら、転びそうになっても踏みとどまり、ボールを奪われそうでも突破して。一つの円のように繋がった今のイナズマジャパンは、そう簡単に止められない。
そしてこぼれ落ちたボールを、ゴールから駆け上がってきた守が蹴り上げ、それを基山くんがシュートへと繋げる。基山くんの新必殺技、天空落とし。とびっきりのパワーと気合を込めたそのシュートは、ロココくんの待つリトルギガントのゴールへと噛みつき、最後には向こうのゴッドハンドを破って同点ゴールを決めることができたのだ。





前半はそこで終了した。同点のまま試合は後半へと続く。予想もつかない波瀾万丈の展開に、会場は興奮で沸き立っていた。…かくいう私も興奮しているのだから、人のことは言えないのだけれども。
そして後半から、イナズマジャパンは風丸くんに代わって不動くんを投入。司令塔二枚でのフォーメーションになる。…しかしそれよりも驚いたのは、リトルギガントのポジションチェンジだ。何とお祖父ちゃんは、あのロココくんをフォワードとして起用した。ポジションに拘らない戦術を採るお祖父ちゃんらしい采配と言えばそうだけれど、これはあまりにも大胆過ぎた。…でも、あのロココくんのキック力を考えれば油断はできない。少なくとも、攻撃力は格段に跳ね上がったと考えてもいい。

「あっちも攻撃のリズムを変えてきたってことですね」
「あぁ…少し厄介だな」

鳴り響く後半開始のホイッスル。さっそく攻め込んでくるロココくんに不動くんが立ちはだかったものの、あの不動くんが何とあっさりと抜かれるという事態になってしまった。不動くんが駄目なんじゃない。あまりにもロココくんが速過ぎるのだ。何とか士郎くんと壁山くんが二人がかりでボールを奪い、前へと駆け上がっていく。…このままロココくんを何事もなく抑え込めるかが勝負の鍵だ。そしてボールは、さっきのシュートで勢いがついている基山くんに渡った。あの天空落としで追加点を狙う。…しかしそれは、相手のブロック技によって弱体化された上で止められた。綺麗な連携ブロックだった。そしてまさか、ゴッドハンドXを使えるのがロココくんだけじゃなかったなんて。
ボールがリトルギガントに渡り、攻撃のチャンスを与えてしまった今、なんとしてもロココくんに繋がせるわけにはいかない。みんなもそれが分かっているのか、懸命にロココへのパスを封じようとボールを奪いにかかる。…しかし、それは咄嗟に飛び出したロココが、出されたボールをギリギリで取ったことで状況が整ってしまった。ロココの前にいるのは守一人。一対一という絶好のチャンス。

「来い!ロココ!!」
「Xブラスト!!」

ロココから放たれた必殺シュート。守はそれに対してゴッドキャッチで応戦するものの、その凄まじいシュートは守ごと弾いて、ゴールに突き刺さっていった。イナズマジャパンと同じように、チーム一丸となって決めた思いの乗った渾身のシュート。…敵ながらすごいとしか言えない執念のプレーだった。

「すごい…」
「でもまだ終わりじゃないよ。守たちの力だってこんなものじゃない。守たちなら勝てる!」
「…えぇ、もちろん!」

みんなの目は死んでない。守も、新必殺技であるゴッドキャッチを破られてもなおその闘志は健在だった。
まだチャンスだって終わったわけじゃない。まずは一点、同点に追いつけば勝機は見えて来るはずなのだ。





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