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後半戦は苛烈を極めた。お互いの強さがお互いを刺激し合い、まるで化学反応のように次々と進化していく。あっちのボールはみんなの連携によって奪い返し、こっちの渾身シュートは進化していくキーパーによって止められた。その凄まじい応酬に一瞬も気は抜けず、けれどとうとうロココにボールは渡ってしまったものの、そのシュートも守は自ら進化させたゴッドキャッチG2で止めて見せた。
そしてボールは何度でも前線へ。ボールを送り出す守からは他のみんなへの信頼と頼もしさが窺えた。…たとえ何度シュートを撃たれようとも、守が居る限りゴールは割らせない。そう思わせるような笑みに、みんなも勇気づけられるのだ。

「そうだ…円堂だけじゃない!」
「僕たちだって…」
「もっと強くなれる!」

鬼道くん、士郎くん、基山くん。守と出会ったことで、本来の自分を取り戻せた三人には三人だからこそ分かち合える思いがある。そんな三人が放った渾身の新必殺シュート、ビッグバンは進化したゴッドハンドを貫いて今度こそゴールを決めることができた。同点ゴール。これでまた振り出しに戻った。…守もロココくんも、一進一退が続く中で競い合う今の状況がとても楽しそうだ。どこか似ているところのある二人だし、何か通じるものがあるのかもしれない。
…しかしそんなことを思っていれば、ホイッスルが高らかに鳴り響いた。そちらを見ると、リトルギガントのゴール前でキーパーが手首を押さえながら蹲っている。どうやら先程のシュートを止めるときに無茶して手首を痛めたらしい。そうなれば当然選手交代。ロココくんがキーパーに戻り、フォワードにはリューくんが入る。

「…なんか、ここからが本番って感じだね」
「…えぇ、そうね」

一瞬たりとも油断ができない。相手のシュートを守はしっかりセーブし、またもや鬼道くんたち三人がシュート態勢に入ってビッグバンを撃ち放った。それはロココくんに迫り、凄まじいシュートを目の前にして、彼は。


「タマシイ・ザ・ハンド!!!」


新しい必殺技で、そのシュートを完璧に止めてみせたのだ。ここに来ての必殺技の開花。イナズマジャパンの攻撃に感化されて、ロココくんはまた一つ強くなってしまった。
そしてそこから、誰も譲らない激しい攻守が始まった。誰かがボールを奪えばそれを取り返し、ミスはみんなでカバーする。息を吐く暇もない圧倒的なその応酬は、やがて虎丸くんが競り合いの末に外へボールを弾き飛ばしたことでようやく止まった。思わず深い息を吐く中、するとそこで突然隣のベンチから楽しそうな笑い声が聞こえて来る。…お祖父ちゃんの笑い声だった。

「よーし、胸の重りを外せ」

…胸?お腹だけじゃなくて、まだもっとさらに重りをつけていたというのだろうか。しかしそれにしては指示を出されたはずのリトルギガントの選手たちは呆然としているように見える。いったい今の指示はどういう意図だったのだろうか。そう訝し気に思っていると、どうやらロココくんだけはその指示の意味に気がついたらしい。不思議そうなリトルギガントの選手たちに向かって声をかける。

「心の重りってことさ。気負うな、思いっきりやってこい。後悔しないようにってね」
「ならそう言えばいいのに。ま、ダイスケらしいけど」

…心の重り。後悔のないプレーをするための指示ということか。その言葉を聞いて肩の力が抜けたような顔をするリトルギガントの選手たちを見て、思わずこっちの肩が強張る。…リラックスしたプレーのできる選手は手強い。視野も広くなるし、力の抜けた動きをするから繊細なプレーもできる。つまり今のリトルギガントは、お祖父ちゃんのたった一言の指示だけでまた一つ強くなったということだ。

「よし、やろうみんな!」

その予想通り、リトルギガントの動きは格段に凄くなっていた。そのパス回しのスピードは圧倒的で、イナズマジャパンはそれについて行くので精一杯。…しかも、その最後に繋がったのは何とロココだった。まるで守のように、ロココもまた攻撃に上がってきたのだ。
そしてロココが撃ち放ったのは、さらに進化したXブラスト。守はそれを何とかギリギリ持ち堪えたものの、弾いたボールはゴールポストで跳ね返って、またもやリトルギガントの手に渡ってしまった。そこからは、まさに矢継ぎ早にやってくる怒涛の攻撃だ。イナズマジャパンは必死の守備で何とか耐えている。けれど、そんな必死のプレーをしていても向こうが止まるわけじゃない。またもや前線に駆け上がっていたロココがパスをカットして、ゴールを目指してきた。…そして。

「XブラストV2!!」

今までよりもずっと凄まじい気迫のこもったシュートが放たれた。しかしそれを、みんなは自らの身を呈して懸命に防ごうとしている。ディフェンスの四人が弾かれ、それでもなお勢いは死んでいないシュートが守へ。守はそれに対して同じように気迫のこもったゴッドキャッチで応戦したものの、完璧には止めきれずボールは必殺技を貫いてしまった。…けれど、そこに豪炎寺くんと虎丸くんが間に合った。二人がかりで止めたシュートはコートの外へ。何とか追加点は免れたけれど、リトルギガントはコーナーキックのチャンスを手に入れてしまった。

「守れ!守り抜くんだ!!」

そこからはずっと、リトルギガントが攻めっぱなしでイナズマジャパンは守備に徹してばかりだった。向こうが調子づいていく中で、こっちは消耗するばかり。…いつ誰が膝をついてしまっても可笑しくはない状況だった。
このままじゃ、まずい。けれどその解決策は見つからない。耐えるばかりしか方法がない今を打開できる策は無いのだろうか。そんな願いを込めて縋るように久遠監督へ目を向ければ…しかし監督の目はどこか、なにかを覚悟したような色に染まっていた。…監督には何か策があるらしい。時間は残り少ないし、きっと最後の指示になるであろうそんな久遠監督は、今にも折れそうな心を必死で繋いでいるみんなに向けて口を開いた。

「…よく聞けみんな、これから最後の指示を出す。…思い切り!楽しんでこい!!」

…監督にしては、今までで一番要領を得ない、らしくない指示だと思った。けれど今までで一番、好きな指示だと思った。何か具体的な策な訳では無かったけれど、その胸に抱えたもの…お祖父ちゃんのように言うなら、心の重りを下ろさせるような言葉。選手のみんなもそれを聞いて、はじめはポカンとしていたものの、やがてはみんなはそれに肯定の返事を返した。

「…どういうことですか?こんな苦しい時に、楽しめなんて…」
「多分それが、円堂くんたちの力を最大限に引き出す方法だからよ」
「…終盤になって、互いに進化し合えるライバルが居て。しかも今ここは、普通じゃ立てない世界の頂点を決める舞台だよ。…楽しまなきゃ損だと私も思うな」
「!」

限られた人だけが立つことを許されるこの舞台に、守たちみんなは今立っている。なのに、それをろくに楽しむこともないままガムシャラに食らいつくだけだなんてもったいないじゃないか。ここまで勝ち抜いてきた激戦を乗り越えてきたみんなには、ここには来られなかった仲間たちの分まで全部堪能してほしい。

「ナイススライディング!鬼道!!」

「良いぞ!佐久間!!」

「ナイスファイト!ヒロト!!」

「良いぞみんな!!」

「よし!!」

「次は獲れる!!」

フィールドに守の鼓舞が飛んでいく。たとえボールを奪えなくても、触れなくても。上手くいかなくても、その声が選手を奮い立たせて次のプレーの糧になっていく。気がつけばみんなこんなにたくさん動いているというのに顔は笑っていて、この試合を心から楽しんでいることが側から見てもはっきり分かった。そしてそれを見て、私たちもまた応援する気力が湧いてくる。まさにみんなチーム一丸となってこの試合を楽しんでいるのだ。
そしてそれは、やがてリトルギガントへ食らいつくための力に変わり、あれだけ好き勝手を許してきた相手の攻撃は私たちの守備によって鈍くなりつつあった。…たった一言で選手の動きを変えることができるのはお祖父ちゃんだけじゃない。私たちの監督は、こんなにも凄いんだ。

「渡さないッ…!!」

そしてとうとう、士郎くんがボールをカットした。久しぶりにリトルギガントの攻撃を防げたことで、みんなが喜びに沸き立つ。ようやくここから反撃だ…と、こぼれ落ちたボールをみんなが追いかけ始めたものの、それよりも一瞬早く飛び出していた影があった。…ロココだった。またもやゴールから飛び出して攻撃に加わったロココ。凄まじい勢いとスピード、そしてテクニックで瞬く間にみんなを抜き去り、残すは守のみ。

「マモル…君たちが強くなるなら、僕たちも強くなる…!!」

そんな叫びと共に放たれたのは、またさらに進化を遂げたシュート。ここでもしも決められてしまえば逆転は絶望的。思わずみんなが固唾を飲んで見守る中、私は思わず守の名を叫んだ。お願い、そのシュートを止められるのは、もう守だけなのだから。

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

…けれど、そんなシュートを目の前にしても守は怯まなかった。今自分が持てる力を全て注ぎ込んで、ロココくんと同じように必殺技を進化させる。またさらに強固な壁となったゴッドキャッチでロココくんのシュートを掴み取り、日本のゴールを守り切ったのだ。
そしてここで、時間はとうとうロスタイムに入る。残された時間はほとんど無い。正真正銘、これが最後の攻撃チャンスになるだろう。みんなもそれを分かっているから、残りの力を全て出し切って全力で挑んでいく。

「行っけぇぇぇぇ!!!」

お互いにぶつかり合い、ボールを奪い奪われ、ただひたすらにゴールを目指して競い合う。白熱した一進一退からは目が離せず、私たちは懸命に声を張り上げて応援した。もうあとは、本当にみんながチャンスの糸を手繰り寄せるしか無いのだ。
そして士郎くんが競り合って弾いたボール。それを拾い上げたのは守だった。キーパーである守も一緒に挑む最後の攻撃。みんなが守の名前を叫ぶ。期待と、願いを込めて。このチームで世界一を掴むために。

「守!!!」

声が枯れそうなほどに叫んだ私の声は、果たして守に届いたのだろうか。…それは分からないけれど。
豪炎寺くんと虎丸くん、二人と一緒に合わせた三人の必殺シュート。本来なら守のところには不動くんが居たはずのそのシュートは、まるで奇跡のように土壇場で完成した。…いや、この奇跡だってみんなの頑張りが引き寄せたものなのだからきっと実力のうちだ。

「行くぞ!みんな!!」

最後のシュートだった。そこには、遠くで勝負の行方を見守ってくれているであろう人たちの思いはもちろんのこと、ベンチで応援している私たちやここまでボールを繋いできたみんなの思いまでをも全部乗せて。


「ジェットストリーム!!!」


何もかもを繋いで、乗せたそのシュートは、同じく渾身のロココくんの必殺技とぶつかった。それは一瞬、ロココくんが止めたようにも見えたけれど、最後にはきっとギリギリの差で私たちの気迫が勝ったのだろう。
ボールはロココくんごと弾き飛ばし、リトルギガントのゴールを貫いた。これで、三対二。勝ち越し点だ。…そしてそれと同時に鳴り響いた試合終了のホイッスル。
それは、この試合の終わりを高らかに告げていて。

「…試合、終了…?」

…それは、何だか現実からかけ離れているかのような感覚だった。その笛が本物なのかどうかさえ怪しいほどに辺りは静まりかえっていて、もしや今のは都合のいい幻聴だったのでは無いかと勘繰りそうになる。
けれど、視線を向けた先。点数を見ればそこには紛れもなく私たちの勝利を示した証が記されていて。それを見て、私の目からはぼろりと堰を切って涙が溢れ出した。

「か、かった、勝ったよ…!」
「勝ったわ薫さん…!」

隣の夏未ちゃんと抱き締めあって、私は声を上げて泣いてしまった。だって、ただひたすらに嬉しかったのだ。みんなの努力が報われて、勝利という形となってここに現れている。…いっぱい苦労をしながらも、ここまで私たちはやってこられた。そしてそれはきっと、このメンバーじなきゃできなかったことなのだ。

「久遠監督!」
「…俺に言わせれば、まだまだ欠陥だらけだ。お前たちは今、世界で一番マシなプレーができるチームになった。……よくやった」
「……ありがとうございました!!」

最後まで素直なようなそうじゃないような、そんな言葉を残した久遠監督だけれど、この人の指示でイナズマジャパンは何度も救われてきたのだ。そう思えば自然とこぼれ落ちたのは感謝の言葉だった。
表彰式で、優勝トロフィーを手にした守が晴れやかに笑っている。…思えば随分と遠い場所まで来たものだ。最初は、家の物置の前。無理やり掴んだサッカーという道を突き進んだ守に着いてきて、私はたくさんの贅沢をさせてもらった。仲間ができて、勝利の味を知って。敗北と挫折の苦しみを知り、けれどそれを乗り越える大切さを学んだ。全部、守が居てくれたからこそ得られたものだ。だから今、守があの場所に立てていることが嬉しくて仕方ない。ひたすらに望んだ夢を叶えられた片割れを、私は誇りに思う。

「……ありがとう、守」
「何か言ったか?」
「ううん、何でもないよ」

守と二人で抱き締めあって、勝利の喜びを分かち合う。フットボールフロンティアの時のように、またこうして守と頂点で笑い合えた。
それができた幸福を胸に刻んで。
私はきっと、今日という喜ばしく誇り高い日を忘れることなく、これからの糧にして生きていくのだろう。





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