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とうとう決勝戦本番の日が来た。あれから何となく鬼道くんには連絡を取っていなかったけれど、今朝出発前に一言「頑張ろうね」とだけメールで送っておいた。返信はまだ無い。私の自己満足なメールだから見ても見てなくても大丈夫なんだけれど。
そんな今は電車に乗って移動中だ。響木監督曰くバスや車だと総帥さんに何をされるか分からないからあえて手を出しにくい電車で行くらしい。総帥さんのことはよく知らないが、そこまでやる人なんだとか。

「守、椅子の上に立たないの」
「ごめんなさい…」

試合前にやる気があるのは良いが、公共交通機関内なのだからマナーは守ろうね。目の前で秋ちゃんと春奈ちゃんが苦笑いしているぞ。私の隣の響木監督は呆れた顔だ。
ちなみにこの場にいない夏未ちゃんは自分の車で来るという。公共交通機関は嫌いなようだ。まぁたしかに夏未ちゃんはそういうの嫌いそう。
しかしそこで一つ気になるのは響木監督の思い詰めたような顔だった。何かを覚悟しているような顔と言うのだろうか。恐らくこれから行く帝国と、何らかの因縁があるのかもしれない。どうしてこうサッカーという競技に陰謀みたいな何かがついて回るのだろう。
そんなことを思いながらもやがて見えてきたのは、まるで要塞とも言うべき厳つい建物に囲まれた帝国学園。空が曇りなのも相まってすごく不気味だ。

「スタジアム大きいね、もしかして学園内で一番大きいんじゃない?」
「学園内を牛耳っているのは影山だからな…サッカー部の権力も強いんだろう」

うちにも一応学校を牛耳れる夏未ちゃんが居るのだが、そこはさすが夏未ちゃん。たとえ自分の所属する部活でも目に見えて贔屓はしないらしい。やるとしてもイナビカリ修練場のような人目につきにくい形でだ。素晴らしいね。
やがて到着した最寄り駅から降りて徒歩で向かう。しかしまるでみんなを守るようにして先頭を監督が歩いているのを見ていたら、自然と私は最後尾についてしまった。最後尾に居たのは豪炎寺くんと染岡くんだ。車道側に居た豪炎寺くんの隣に来た私に、染岡くんが訝しげな顔で尋ねてくる。

「どうしたんだよ、後ろなんかに来て」
「んん、何か、ね…?響木監督が前を守るんなら私は後ろを守るべきかと思って…?」
「はぁ?なんだそりゃ」

お前に守られるほど弱くねぇよ、という呆れたようなお言葉と共にチョップされてしまった。最近みんな私の頭を狙いすぎでは。馬鹿になってしまう。しかし、豪炎寺くんはどうやら監督の警戒態度がやけに過敏なのに気づいていたらしい。私の言葉に頷いてくれた。

「…いや、確かに監督の警戒は異常だ」
「ほーらねー」
「うるせぇよ」
「…だが」
「?わっ」

豪炎寺くんは車道側に立っていた私の腕を引き、彼と染岡くんとの間に私を立たせる。入れ替えがあまりにもスムーズ過ぎて思わず唖然としてしまった。本当にさりげない力加減だった…紳士みたい…。そんな私を見て、豪炎寺くんは私を諭すように微笑みながら口を開く。

「染岡の言う通り、守られるほど柔じゃない」
「今それを実感したところです…」
「お前らイチャつくんなら他所でやれ…」
「焼きもちかい染岡くん」
「違ぇよ!!」

そんなさり気ない気遣いができるからモテるんだろうなぁ、なんて思いながら豪炎寺くんにはお礼に塩飴を渡しておいた。また塩飴かよ、という呆れた声の染岡くんには塩を瓶ごとあげるね。飴状ではなく塩をそのまま舐めると良い。塩っ辛いだろうさ。





「気をつけろ!バスに細工してきた奴らだ、落とし穴があるかもしれない!壁が迫ってくるかもしれない!」

それはもはや忍者屋敷の域なのでは。
帝国学園に入って早々に、監督の警戒心の強い言葉に対して一年生が真面目に辺りを警戒し始めてしまった。それを見て夏未ちゃんは呆れ顔だし、秋ちゃんは何とかフォローしてるけどあれは絶対本気で言ってるやつだね。
春奈ちゃんにも同意を得ようとそちらを向いてみたものの、いつもの晴れやかな笑顔とは裏腹にどこか強張ったような表情を見て思わず閉口する。ここに来てから、春奈ちゃんはずっとこんな調子だ。

「緊張してる?春奈ちゃん」
「っ、あ、いえ!そんなことないですよ!」

強張った笑顔。やっぱりいつもの春奈ちゃんらしくない。何かあった時はフォローしなければ、と緊張を解すように頭を撫でれば、照れたように微笑まれてしまう。可愛い。
やがて、雷門中のために用意されたロッカールームに辿り着けば、何故か中から鬼道くんが出てきた。染岡くんには「何してたんだ!」と噛みつかれているものの、本人に答える意思は無さそうだった。

「…ごめんね春奈ちゃん、ちょっと話してくる」
「え、薫先輩!?おに、…鬼道さんといったい何の関係が…!?」
「友達だよ」

それだけは揺るがない事実を言い残して、私は鬼道くんの後を追いかけると曲がり角に差し掛かっていたところの鬼道くんを引き止める。まさか私が追いかけてくるとは思っていなかったらしく、少し驚いたような様子の鬼道くんに、私は声を潜めて囁くようにして尋ねた。

「…もしかして、ロッカールームに何か仕掛けられてないか調べてくれた?」
「…あぁ」
「そっか、ありがとう。なら安心して使えるね」
「…俺が何かした、とは疑わないんだな」
「だって鬼道くんは、正々堂々守たちとサッカーがしたいんでしょ。友達の言うことくらい、私は無条件で信じるよ」

何なら鬼道くんが警戒していることをみんなに伝えておこうか、と提案してみたものの、しかし鬼道くんには断られてしまった。彼曰くこれは帝国の問題らしいので、詳しいことは何も話さないで欲しいという。何やら大変そうだけれど責任感の強い鬼道くんのことだからこれは自分でつけたいけじめでもあるのだろう。
なら私はそれを頑張れと応援するだけだ。

「よし、じゃあそんな鬼道くんには良いものをあげようね」
「…良いもの?」
「じゃーん、塩飴。一袋あるから帝国のみんなで食べてね」

私たちは敵チームでこそあるけれど、一応友達が二人いるのでこれは善意の差し入れである。お互い頑張ろうね、という激励ともいう。呆気に取られた顔でそれを受け取った鬼道くんは、次の瞬間何かを思い出したかのように小さく笑った。

「…そういえば、お前と初めて話したときに貰ったものも塩飴だったな」
「あ、そうだっけ」
「しかも同じものだ」
「それがね、一番塩が効いてて美味しいんだよ」

他の帝国メンバーの人たちは分からないけれど、佐久間くんなら食べてくれそうだ。でも所詮は市販品なんだしそんなに警戒はしなくて良いと思う。
まだ何かしら会場を調べてまわりたいらしい鬼道くんとはそこで別れ、私はロッカールームへと戻ることにした。しかしそこで、何故か春奈ちゃんとすれ違うことになる。

「あれ、春奈ちゃんどうしたの?」
「…ちょっと、あの人に言いたいことがあって」
「鬼道くんに?春奈ちゃん実はファンとか?」
「違います!!」

緊張の理由はそういうことかな、と考えながら思わず揶揄う調子でそう問えば、思ったよりも強く否定されてしまった。本気で違うとでも言いたげに顔を険しくさせて否定の言葉を吐いた春奈ちゃんは、私の呆気に取られたような顔を見て我に返る。

「あ、す、すみません!」
「…ううん、私もごめん。変なこと聞いたね。鬼道くんならグラウンドに向かうって言ってたよ」
「ありがとうございます。…本当に、すみません」

そのまま走り去っていく春奈ちゃんを見て、少しだけ複雑な心境になってしまう。何せ今日は、守が待ちに待っていた決勝戦だ。相手が誰であろうと守は全力で試合を楽しむだろうし、私はそんな守を応援したい。それだけなのに。

「…もっと単純にサッカーしようよ」

響木監督と言い、鬼道くんと言い、春奈ちゃんと言い。それぞれが抱える事情を持っていて、そしてそれは簡単に解決するようなものでは無いらしいけれど。こんなに複雑に絡み合った事情ばかりで、私たちは本当にサッカーを心から楽しむことなんて出来るのだろうか。





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