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ピンチコールを雷門側に送るにはどうすれば良いんでしょうか。

「円堂守くんの妹の、円堂薫さんだったね」

目の前にあの屋根より高かった総帥さん。今日は低いけど。
救急箱をロッカールームに置き忘れたことに気がついて取りに向かう途中、ばったりと鉢合わせてしまったのだ。薄らとした笑みを浮かべるサングラスの総帥さん。一応他校とはいえど目上の方なので立ち止まって頷けば、何やら話があるらしい。

「鬼道とは随分親しくしているようだが」
「はぁ、友人ですので」

だからなんだと思ったし、まさか保護者でも無いんだからこれからも鬼道をよろしく、なんてことも無いだろうと思っていれば案の定、違うことが言いたいらしい。
しかしそれは、今まで聞いたこともない初耳の情報だった。


「鬼道と雷門のマネージャー、音無春奈が実の兄妹だということは知っているかね?」


…目を見開いた。知っているわけがない。そんなことをどちらからも聞いたことは無かった。けれど、そのおかげであの春奈ちゃんの可笑しな様子にも納得がいく。兄妹間で何かしら拗れているところがあるのだろう。私の経験上、鬼道くんが何か一人で抱えてるせいだと見た。たぶん当たり。
そして総帥さんの話によれば二人は現在別々の家に引き取られていて、鬼道くんは三年間フットボールフロンティアで優勝し続けた暁に春奈ちゃんを鬼道家に迎え入れると養父と約束しているらしい。
そう言って私を見下ろしてくる総帥さんではあるが、いまいち彼の言いたいことがよく分からない。

「はぁ、それで、それがどうかしたんですか?」
「…心配だとは思わんのかね?」
「それは同情の間違いではなくて?それこそ鬼道くんへの侮辱に当たるのでは?」

鬼道くんはそこまで柔じゃない。たとえ雷門中が勝利して養父さんとの約束が破棄されたとしても、簡単に諦めるような人じゃないでしょう。
大人になって、いずれ財閥を継ぐというのなら尚更のこと。時間が無いわけじゃない。ただすごく不愉快なのは、ここでその話を持ち出すことで鬼道くんに対して同情させるという無礼極まりない行為を促してきたこの人の言動だ。

「…頭の良い女は好かれんよ」
「ご心配なく。これでも友人は少なくはないので」

最後の言葉を鼻で笑ってその場を立ち去ろうとする総帥さんに、ふと嫌な予感がよぎる。どうしてそれを、私に話してきた?鬼道くんの友達だ、というだけであってマネージャーは実質的な戦力にはならない。
…もし、私が、念のためのダメ押しだったとするなら。私の他に、今の話をされた人がいる?
そしてそれを聞かされて一番効果のありそうな人は。

「…すみません、まさかとは思うんですが、これを兄にまで話した、なんてことはありませんよね?」

その問いかけに、総帥さんは答えなかった。





ベンチに戻ると、秋ちゃんと春奈ちゃんがおらず、夏未ちゃんがボトルを抱えて狼狽ていた。そして私の姿を見つけた途端にほっとしたような顔をされて心が癒される。ありがとう夏未ちゃん。
ぷんすかしている夏未ちゃんによれば、守も居ないらしい。先ほどの総帥さんの言葉がよぎるけれど、下手につついて刺激してしまうよりは様子を見た方が良いかもしれない。

「…もっと、何も考えないでサッカーできたら良いのに」
「…円堂さん?」
「あ、ごめんね、何でもないよ」

雷門も帝国も、このただならぬ雰囲気を感じているのか空気がぎこちない。鬼道くんもまだ調べまわっているようだし、これで本当に満足のいく試合が出来るのだろうか。
しばらくボトル作りをしていればだんだんと増えてくる観客の数。さすがは帝国学園の会場というか、観客席まで驚くほど広い。
今までで最大規模の観客ではなかろうか、とぼんやり考えつつ、最後のボトルの蓋を閉めた。…そのときだった。

「キャーーーーー!!」

絹を引き裂くような甲高い悲鳴がコートから聞こえた。尋常じゃないその声音に思わず立ち上がれば、何故だかコート内で仰向けになって横たわりながら震えている宍戸くんがいた。何事だとみんなが駆けつける中、安心したことに宍戸くんに怪我は見当たらない。
…けれど、問題は宍戸くんが悲鳴を上げた理由だった。

「…ボルト?」

しかも、手のひらで覆い包めるほどの大きさのものだ。これが上から落ちてきたというし、あの天井も見えないほどの高さから落ちたこれが宍戸くんに当たっていたらと思うと恐ろしくなる。さめざめと泣きながら壁山くんにしがみついている宍戸くんを宥めながら上を見上げる。…あの総帥さんと話したからだろうか。
何か、とんでもないことが起こるような。そんな嫌な予感が頭を過ぎった。

「…薫ちゃん大丈夫?」
「え、あ、うん。…なんか、今日の試合心配だなって思って」
「たしかにそうよね…何もなかったら良いんだけど…」

選手が入場してきた。フィールドの中央で整列し握手している鬼道くんと守を見ていれば、ふと遠目に二人が何かしら話しているのが見えた。何を話しているんだろうか。
そうして、雷門が円陣を組みポジションにつきキックオフは雷門から。
審判が試合開始のホイッスルを、高々と吹いた。


それと同時に轟音と共に鉄骨が、雷門側のフィールドの上に落ちてきて。


「…………え」

何が起こったのか分からなかった。自分たちの体よりも大きな鉄骨が山ほど落ちてきて。砂煙が立つほどにその勢いは凄まじくて。

あそこに、みんな、立ってて。

「まもる」
「ッ!」
「ま、守、守ッ!!みんな!!」
「薫ちゃん落ち着いて!!」

しがみつくように止められるけれど、私はそれに抗う。止めないで、どうして邪魔をするの。早く行かなきゃ、守が、みんなが死んじゃうじゃないか。
だってキックオフは染岡くんと豪炎寺くんだった。あの二人のいた位置なら、大怪我してたって可笑しくは無い。

「落ち着け!よく見ろ!!」
「ッ!?」

響木監督に強く肩を引かれて思わず我に返れば、目の前に見えたのは無人のフィールドに突き刺さる鉄骨と、いつものポジションよりも後ろに立って呆然としているみんなだった。…十一人。誰一人、怪我をした様子もなく揃っている。
安堵で思わずその場に崩れ落ちてふと辺りを見渡せば、見えたのはホッとしたような顔をしている鬼道くんだった。…もしかして、鬼道くんが、守ってくれた?
鉄骨が落ちてくるだなんて予想できるはずが無い。あの挨拶の時の一瞬、話していた二人の間でこのことが伝えられていたとするなら。

「…ありがとう」

守を、みんなを守ってくれたのは、鬼道くんだったんだね。





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