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鉄骨を落とした犯人は予想通り総帥さんだった。守や鬼道くんたちが真実を突き止め、鬼瓦の刑事さんに連行されていったと聞かされた私は先ほどまで、あまりのショックに貧血を起こしベンチで介抱されていた。許されるならばあのスカした面に一発拳を叩き込んでやりたかったのだが無理だった。
珍しく弱々しい私を見て狼狽た夏未ちゃんの膝枕で休んでいる私を見て、全てが終わったらしい守が驚いたように駆け寄ってきた。

「大丈夫か薫!?」
「…まもるたちが、無事で良かった…」

守に縋り付いてべそべそ泣いていれば守も心配をかけた自覚があったのか、ぎゅうと抱きしめ返して小さく謝罪とお礼の言葉を呟く。あんな明確に恐怖したのは生まれて初めてだった。あの鉄骨の一本でも当たっていれば、きっと守はもうこの世には居なかっただろう。
そうなると分かっていて落としにきた総帥さんが恐ろしい。人の命をなんだと思ってるんだ。
そしてそんなことを考えていたら何だか怒りが湧いてきた。やっぱり無理やりにでもついて行って殴り飛ばしてやれば良かったかもしれない。

「飛び蹴りでも良い…」
「もう大丈夫だな!」

大丈夫ではない。でも怒りでショックは大概吹き飛んだ。まだ少しだけ心配そうな夏未ちゃんにお礼を言って立ち上がる。そうだ、ここで参ってたら総帥さんの思うツボじゃないか。それなら嫌でも元気に立ち振る舞ってやる。

「…そういえば試合は?」
「するんですって。でも、薫ちゃんが少し落ち着くまで待ってて欲しいって、円堂くんがお願いしてたみたい」
「嘘ぉ」

バッと帝国側ベンチを見てみれば心配そうに私を見ている鬼道くんと佐久間くん、そして不思議そうにこちらを見遣る他の方々。ご迷惑をおかけして申し訳ない。
鬼道くんと佐久間くんに向けて頭を下げつつピースサインを向ければ、安心したように息を吐く二人以外の方々がギョッとしたような顔をしていた。

「お前…この前の鬼道とのことと言い、あいつらと何の関係があんだよ」
「どっちも友達」

私たちのやり取りに訝しげな顔をした染岡くんに尋ねられたので、正直に友達だと答えればため息をつかれて叩かれた。痛い。
敵に絆されんなっていうけどね、どっちかというと絆されたのはあっちの方だったりする。元帝国だからか、あの二人の性格を分かっているらしい土門くんだけが仕方なさそうに笑っていた。





試合が始まった。大人の策謀も因縁も何もかも、必要の無いそれら全てを無くしての正々堂々とした戦い。思い出すのはあの帝国との練習試合をした日。あの日の守たちはなす術もなくボロボロにされて、全く歯が立たなかったけれど、あの試合が無ければ今のサッカー部は無かった。
足りないメンバーに新しい人たちが入ってきた。
ちゃんとした監督がついてくれた。
ここまでみんな強くなってきて、今ならあの日のように負けはしないと心から言える。

「…大丈夫かな」
「…秋ちゃん?」
「あ、ご、ごめんね、何も無いの」

けれど、隣に座る秋ちゃんの様子が暗くて変だ。もう心配することは無いはず。あとはみんなの頑張りに任せれば良いだけなのに。守を見つめる秋ちゃんは、どこか不安そうだ。

そしてキックオフの合図が鳴る。

最初に攻め込んだのは雷門。豪炎寺くんが蹴るボールをカットしようと滑り込んできた帝国選手を二人躱し、同じく攻め込んでいた染岡くんへパスする。ドラゴントルネードだ。
けれとそれは、あっちのゴールキーパーの必殺技でアッサリと止められてしまった。

「私は彼より優秀なキーパーを知っているわ」

その通りだ。目金くんは源田くんから点を取ることは難しいと言うけれど、私たちにはここまで数々のチームからゴールを守ってきた守がいる。自分で地道に特訓を重ねて、自分の力で今の実力を手に入れた守のことを、誰も疑うことは無い。
だからあっちのシュートを守が止めきれず、弾いてしまったその時、誰もが自分たちの目を疑った。

「…守、集中しきれてない…?」

見れば分かる。本人は集中しているつもりなのだろうけど、それにしては足が地について無い。何か悩み事でもあるのだろうか。

「…まさか」

優しい守が、サッカーに集中できなくなるくらい悩んでしまっていること。そうなりそうな何かを、私はもう既に知っている。
…鬼道くんと春奈ちゃんのことだ。やっぱりあの総帥さんは守にもあの脅しにも等しいことを言ったんだ。

「…なんで」

なんで、ここまでして守に、みんなにただ純粋なサッカーをさせてくれないの。





どこかぼんやりとした守を庇うようにシュートをブロックしてくれた豪炎寺くん。そのおかげで鬼道くんは足を痛めてしまったらしい。ヒョコヒョコと足を引きずりながらコートの外へ出て行く鬼道くんを見て、私はその姿を心配そうに見つめる春奈ちゃんに救急箱を押し付けた。

「薫さん…?」
「話をしておいで、春奈ちゃん」
「!」
「話さなきゃ何も分かんないよ。だって春奈ちゃん自身が鬼道くんのこと、ちゃんと知りたいんでしょ」

私の言葉に真剣な目で頷いてくれた春奈ちゃんを送り出す。あの二人が和解してくれれば、それはそれで良い。けれど問題は守だ。
守はあれで気にしていないつもりだし、実際鬼道くんたちの事情は頭に無いんだろう。けれど無意識な良心がそのせいで守のプレーにストップをかけている。だからこそ私は、守に直接気にするなとは言えない。言えばきっと今度こそ、守はそのことを意識してプレーできなくなる。

「…どうしよう」

春奈ちゃんは帰ってきて、何だかスッキリしたような顔をしていた。お礼を言われたけれど、私は曖昧にしか返せなかったような気がする。ただひたすらに早く前半が終わることを願った。このまま攻め込まれたら、とんでもないことになるような気がする。
そして、その予測は当たってしまった。走り出したのは鬼道くんと佐久間くんともう一人。鬼道くんの指笛と共に繰り出されたシュート技の名前は、『皇帝ペンギン二号』。
パワーも勢いもこれまでのシュートとは段違いのそれは、守のゴッドハンドを破って、雷門側のゴールに深々と突き刺さった。

そしてそのシュートを最後に、前半は終了してしまう。





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