25


後半までの休憩中、明らかに調子の悪い守を心配したみんなが守を気遣うものの、やはり守は自分が鬼道くんたちのことを気にしていることに気がついていない。春奈ちゃんもここに居る以上、個人の事情をペラペラと告げるわけにもいかないしで、どうすれば良いか分からない。
…けれどそこで心配そうな顔が並ぶ中、豪炎寺くんだけが険しい顔でいるのが見えた。その様子を見て、決意する。みんなから見えないようにそっと、豪炎寺くんのユニフォームの裾を引いた。

「…豪炎寺くん」
「!」
「守を、お願い」

目を見開いてこちらを見つめる豪炎寺くんに、私は真剣な顔で頷く。この中で守の目を覚まさせることができるのは、きっと豪炎寺くんだけだ。他のみんなじゃ優し過ぎる。
…別に、守に厳しくしてほしい訳じゃない。守のことを傷つける人間は大嫌いだ。でも、このままじゃきっと守は後悔する。後悔ばかりのサッカーを、私は守にして欲しく無いから。

「…分かった」

豪炎寺くんが確かに頷くのを見て私は安堵の息を吐く。豪炎寺くんは、約束を守る人だ。だから大丈夫。
それに、みんなだって守の不調の理由を知らなくてもやる気だ。誰一人弱気な人間なんて居ない。風丸くんが他のメンバーに目配せして頷き合っているのを見た。守は一人じゃない。このチームは互いを助け合って戦えるんだ。

「お前が調子の悪いときは、俺たちがフォローするッ…!」

後半が始まって、帝国はさらに差をつけようと攻め上がってくる。しかしそんな帝国側と守の間に立ちはだかり、風丸くんたちディフェンス陣は体を張ってボールを止めた。猛攻に続く猛攻。けれどみんなはそれでもなお諦めず、守をカバーするのを止めない。
ふと撃たれたシュートが栗松くんの顔面を直撃し、跳ね返ったボールが高く上がる。そのチャンスを、鬼道くんは見逃さなかった。

「今だ!」

鬼道くんの合図で、佐久間くんたち三人の選手が宙に飛び上がる。デスゾーンだ。完全な隙をつかれた攻撃に、守は反応が出来ない。これ以上の失点は致命傷なのに…!
…けれどそこに走り込んできた土門くんが迫り来るボールの間に滑り込み、咄嗟に当てた顔面でその凶弾を跳ね返してみせた。

「土門くん!」
「秋ちゃん担架を!」
「ッ、分かった!」

あれは、もう駄目だ。これ以上試合には出られない。ただでさえ強力なシュートを頭で受けてしまったのだ。下手をすれば命に関わることだってある。氷嚢を引っ掴んでゴール前へと走り出す。土門くんの体を支えている守の目の前に立ち、当たったらしき場所に押し当てれば、よほど冷たかったのか土門くんは小さな唸り声を上げた。

「ごめん、みんな場所開けて。担架が来るから」
「…悪いな、薫ちゃん」
「あんまり喋んない方が良いよ。立てないくらいダメージ受けてるでしょ、無理しないで」

遅れてやってきた担架が、土門くんの体を運んでいく。それを見届けるや否や、私はどこか強張った表情の守の頬を両手で叩くように挟んだ。周りのギョッとしたような視線がこちらに集まる。でもそんなの、構うもんか。
突然の私の暴挙について行けず、呆然としている守に向けて私はしかめ面で口を開いた。

「しっかりしなさい守!」
「!」
「どこ見てるの!?守が今、ちゃんと向き合わないといけないことは何!?」
「…薫、俺…」
「言いたいのはこれだけだよ、叩いてごめんね。…頑張れ、守」

守の目がどこか、何かに気づいたように見開かれた。自分が何と向き合わなきゃいけないのか。それに守はちゃんと気がつくことが出来たらしい。…もう、大丈夫だね守。今度こそ、ちゃんと自分らしいガムシャラなサッカーに戻れるよね。
そしてその後に放たれた豪炎寺くんの守に向けてのシュート。真剣にやれ、と叱りつけられたことに、守はようやくハッキリ目を覚ましたらしい。
…けれど、さすがに守に向けてシュート打つのは力技過ぎな気がしなくもないよ豪炎寺くん。頼んでおいてなんだけど。





目を覚ました守と、土門くんと交代で入った影野くんを含めてようやく雷門は本領を発揮し出した。帝国側のコーナーキックで試合が再開される。
佐久間くんと鬼道くん、二人の連携シュートがゴール前の守へと襲いかかった。…でも、もう大丈夫。
目を覚まして、本領を発揮した守は誰よりも強いんだから。

「新必殺技…!」

守の努力がまた実を結んだ瞬間を目の前で見た。体の奥底から震えるような歓喜を喉の奥に飲み込んで、代わりに精一杯の声援でそれを称える。敵だというのに、シュートを止められた鬼道くんも何だか嬉しそうに、楽しそうに見えた。
そして今度は雷門の反撃。アイコンタクトで一緒にピッチを駆けていく染岡くんと豪炎寺くんが攻撃の態勢に入った。染岡くんが撃ったドラゴンクラッシュがあちらのキーパーの必殺技、パワーシールドに阻まれる。前半の繰り返しかなんて危惧する中、弾かれる寸前のボール目掛けて豪炎寺くんのファイアートルネードが叩き込まれた。

「本ッ当に力技だなぁ…!」

たとえパワーシールドの弱点がその薄さといっても、並大抵のシュートじゃなきゃその弱点も弱点にはならない。それを押し切って見せた豪炎寺くんは、やっぱりとても凄いストライカーだった。豪炎寺くんを信じてボールの勢いを上乗せする為に思い切りシュートを蹴った染岡くんも。
そしてとうとう、雷門の一点。同点に追いついた雷門と帝国の攻防は、それからさらに激しさを増した。お互いがシュートを撃ち、止め合い、相手の得点を許さない。
だんだんと近づく試合終了間近、体力が削られ疲労困憊になっていくその中、雷門の連携の一瞬の隙をついてボールを奪い取ったのは、鬼道くんだった。

「行くぞ!!」

放たれたのは、前半の最後に守のゴッドハンドを打ち破る形でゴールをもぎ取っていった皇帝ペンギン二号。鬼道くん渾身の力を振り絞って放たれたそれを、守はやはりゴッドハンドで迎えうった。
…押されている。守も同じく渾身の力だというのに。それを上回るように鬼道くんたちのシュートは重く、強い。
けれどそれがなんだ。守が負けてたまるもんか。守は強い。どんな壁だって超えていく。

「負けるな!!守!!」

そうやって何度も、私の手を引っ張ってくれた守は、私のヒーローなんだから。
…そうして両手のゴッドハンドで帝国のシュートを、守は完璧に止めて見せた。試合終了はもうすぐそこに。守が振りかぶって投げたボールを、みんなが繋いで攻めていく。


「いっ…けぇぇぇ!!!」


そうして、守と豪炎寺くんが壁山くんを踏み台にして撃ち放ったシュート。目金くんをして『イナズマ一号落とし』と名づけられたそれは、さらなる威力を増した帝国キーパーの必殺技をも撃ち破り、帝国のゴールを揺らした。
…同時に、試合終了のホイッスル。
それは正しく今ここに、雷門中の勝利を高々と告げていた。





TOP